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ランドスケープ・アゲート 作者:紅亜真探

【五】 鳴動 -アレサンドロの未来・後編-

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ふたりのシックザール

「さて、待たせた」
 部屋にはクラウディウスと、鉄仮面シックザールが残った。アレサンドロはひざまずいたままだ。
 状況はまったく変わらないように見えるが、しかし、アレサンドロの心は先ほどよりも安定し、クラウディウスことオオカミを、冷静とは言えないながらも俯瞰することができるようになっている。
 なるほど。
 こうしてあらためて見ると確かにオオカミは美しいが、その美しさにはどこか陰がある。
 野生動物が人に飼われるようになったとき、毛づやはよくなっても、格が落ちたように見える。それと同じように。
 きっとこれがクジャクであったら、この華美な部屋の中でも燦然と輝いたことだろう。
 カラスであったら、すべての金銀が恐れをなして、色を失ったことだろう。
「……カラス」
 その名を口の中でとなえただけで、息が熱くなる。
 怒りという名の、おき火のためだ。
 ようやくわかった。カラスがどうして、あの時、あの場所において、あのような殺し合いを選んだのか。
「アレサンドロ」
 呼びかけてくるオオカミの瞳には、なんとも言えない『それらしさ』があふれていた。
「力を借りたい」
 言う声には、それでもやはり力があった。
「君は賢い男だ。きっと、理解のできる男だ。だから言おう。私は、この国を滅ぼしたい」
「……なに?」
 アレサンドロは自身の頬が引きつるのを感じた。
 困惑よりも、火に油を注がれた、というのに近い。
「私、オオカミがなぜこの場にいるのか、様々考えていることだろう。だが、その仮定のどれひとつを取っても、満足のいく結論にはいたっていないはずだ。私が敵か味方か。いま確信を持って言えるかね?」
「……」
「ならば無意味な当て推量はやめたまえ。進んでいく道が同じならば、敵であっても手は組める」
「組めねえ」
「なぜ」
「裏切り者は、てめえだ」
 ついにアレサンドロは言い切った。
「俺たちを売ったな。クジャクの砦を売ったな。カラスを殺したな」
「……」
「帝国を滅ぼす?いまさらなにを言ってやがる。十五年、十六年前のその旗を、てめえ自身が破いたんじゃねえか!」
「それこそが帝国を滅ぼすためだとしたら」
「なんだと?」
「私はいま将軍としてここにいる。魔人の砦長と将軍、どちらがその目的に近いか考えてみるといい。小さな針を獅子に刺しても獅子は暴れるだけだが、内側から心の臓を刺すことができれば……」
「すり替えてんじゃねえ。てめえがなにをしてえかじゃねえんだ。てめえが、なにを棄ててきたかって話をしてるんだ!」
 オオカミの目が、す、と細められた。
「どうだとえらそうに言うことじゃあねえが、俺は拾ってきた。てめえは棄ててきた。手を組めるわけがねえだろう」
「……」
「オオカミ」
「……ではどうする。ここで死を待つか。他の将軍たちの好意にすがるのか」
 目の前にちらつかされたのは、先ほどサリエリによってもたらされた嘆願書だ。確かにこれが通れば命は救われるだろう。
 だが望みは、万にひとつもないはずだ。この程度の訴えで覆るわけがない。
 体面がある。一連の騒動の幕引きでもある。見せしめの意味もある。
 さらにここで発想を飛躍させて、刑執行前に逃がしてくれる可能性についてはどうか。
 これも、否だった。
「彼らは忠義によって動く。皇帝の最終決定には逆らえんさ」
 オオカミの言うとおりだろうと、アレサンドロも想像した。
「確かフクロウが逃げていたな。デローシス五一二号。だが四百六十人の救い手としては貧弱だ」
「皇帝にてめえを売るってのはどうだ」
「フフ、彼が私の正体を知らないとでも?」
「なに?」
「知っているとも。ラッツィンガー、ケンベル、コッセルも知っている」
 考えてみれば当然である。
 戦から、やや十六年。移りゆく時の中で人間は老いるが、魔人は老いない。
 しかし、新たな疑問もわく。
「それだけか、という顔だな。長く帝国の内部にいて、その程度の人数にしか知られていないのかと」
 オオカミは、いわくありげな顔をした。
 そう、将軍セロ・クラウディウスがいまの地位について四年になる。
 任じたのは先帝ユルブレヒト三世で、将軍の交代はその後、四世の治世の下、ギュンター、クローゼ、『スピードスター』ホーキンスへと続く。
 では、それ以前。
 将軍になる以前のクラウディウス、オオカミは、いったいどこでなにをしていたか。
「ハインツ・シックザール」
 突如上がったのは、いま床にひざつくふたりを無言で見下ろしている、亡霊のような紋章官の名であった。
「そう、私はハインツ・シックザールの名で、三世の親衛隊をつとめていた。この鎧を着て、この仮面をかぶってな」
 うふ、ふふ……。
 どこからか、無邪気な含み笑いが聞こえた。
「さあ、不思議だ。四年前の私が、私の紋章官として、ここに立っている。こちらのシックザールの『中身』は、いったい何者か」
 う、ふふふ、あはは……。
「フ、フフ、フ」
 と……。
 オオカミの顔つきが、がらりと変わった。第三者は知らず、アレサンドロにはその変化がはっきりとわかった。
 残忍な、いたぶり心をもよおした目だ。濡れた唇のかげに牙まで見えそうな。まるで、エディンだ。
「ところで、アレサンドロ。私はどちらでもいい」
「……え?」
「ここでどのような結論を出そうと、君は私を手伝ってくれる」
「う……」
 オオカミの冷たい指が左耳のうしろにふれたので、アレサンドロは思わず身を引いた。
 背中に打ち当たった硬いものはなにかとふり返ると、いつの間に近づいたものか、シックザールのひざ頭が肩甲骨のあたりを押さえている。
 さらに、その鉄に鎧われた指はアレサンドロの頭髪をひとつかみして、ぐいと荒々しく持ち上げた。
 皮ごと持っていかれそうな痛みに、アレサンドロは歯を食いしばった。
「もちろん礼はする」
「……?」
「君が一番欲しがっていたものをやろう」
 オオカミの目配せに、シックザールが動いた。
 あごと仮面の隙間に指を差しこみ、ばちんと音がしたのは、留め具かなにかを外したらしい。
 面を覆う鋼と、後頭部を覆う鋼との間に割れ目が生じ、そこから、さらさらと流れ出たのは黒髪だ。意外にも長く、絹糸のように美しいそれが、次から次へと、アレサンドロの頭上へ降ってくる。
 つい見惚れた目の前で仮面が宙を飛び、そして、彼方の床でけたたましい音を立てた。
「……ぁ……」

 このときアレサンドロは、オオカミのことも、シックザールのことも、ここが帝都の城であることも、仲間のことも、すべて、すべて忘れてしまった。それを誰が責められるだろう。確かにこれは、アレサンドロがもっとも欲しがっていたものに違いなかったのだ。
「カラス」
 アレサンドロは正しかった。
 途端に周囲の金銀は色褪せた。
 様々な色彩で人を楽しませる花畑ではなく、モノクロームの絵の中にただ一ヵ所だけ置かれた紅色のような、そんな鮮烈な印象を残す女だったということを、アレサンドロは思い出した。
「カラス」
 どうしてそんな冷たい顔をするのか聞きたかった。
 やめてくれ、そんな目で見るのはやめてくれと言いたかった。
 ぐ、と伸ばした首すじに、再び、オオカミの指がふれたのにも気づかぬまま。
 耳のうしろの柔らかい場所に、針のようなものを刺されたことにも気づかぬまま。
 アレサンドロは倒れ、夢を見た。
 腕に抱いた愛しい女が、鎧姿の男たちによって、なぶり殺しにされる夢だった。
 男たちをよくよく見れば、それは見慣れた、N・Sたちだった。
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