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ランドスケープ・アゲート 作者:紅亜真探

【五】 鳴動 -アレサンドロの未来・後編-

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「つまり君は、二世ではないと言うのだな。我々の同志ではなく、成り行きで、その、レッドアンバーの一員となったと」
「……ああ」
「だがそれでも、理解はできるはずだ。帝国がどれほどひどいことをしてきたか。彼エディン・ナイデルが、どれほど素晴らしい理想を語っているか」
「……」
「我々にも幸せになる権利はある。それを迫害してきた帝国民たちは、またそれなりの報いを受けてしかるべきなのだ。そうだろう、価値を決めるのが勝者に与えられた権利ならば、次は我々が勝つしかない。その点、アレサンドロ・バッジョはなにをしてくれた。ただ逃げているばかりではないか。そんなことでは、なにもつかめはしないのだ」
「……エディンのやってきたことは、壊すことだけだ。アレサンドロは救ってきた」
「我々は救われなかった」
「救おうとしてきた!……ただ、あんたたちが救われたがらなかっただけだ」
「む……」
「アレサンドロはわかってた。仲間の復讐を望む気持ちも、戦いはうんざりだと逃げたがる気持ちも、どこかひとつところに落ち着いて、幸せに暮らしたいと思う気持ちも。だから、赤い三日月戦線の暴力だって、止めたいと思いながら止められなかった。自分の顔を出して、自分に従えと一方的に訴えかけることもしなかった。それのどこが悪いんだ。どうして、アレサンドロが責められなければならないんだ」
「ならば百歩譲ってそれはいいとしよう。だが君たちは、力を持っているはずだ。N・Sしかり、L・Jしかり。なぜそれをもっと上手く使おうとしない。帝国への圧力、それこそが我々の存在を認めさせる唯一の方法ではないか」
「違う。圧力で認めさせた存在なんて、また圧力で消されるに決まってる」
「いいや。だからアレサンドロ・バッジョは、帝国にすり寄るため彼に宣戦布告をしたのだ。かつての仲間の命で、自分自身の居場所を買うためにな」
「違う!」
「エディン・ナイデル、彼こそが真の救世主なのだ。君にもいつかわかる日が来る」
「そんなはずはない!」
「まあ……いいだろう。君にも義理はあるだろうからな」

 ふ、と短く息をはき出したカイ・ライスは、こう言って、重たげに肩をまわした。
 元は食糧を積んでいたらしい小さな幌馬車の中である。
 それだけで、空間が埋まってしまったようになる。
「まあ、君にこう言うのもどうかと思うが、すぐに食事を届けさせよう。今日のところはゆっくりとしてくれ」
 などと余裕しゃくしゃく、カイ・ライスは粗末な椅子へ拘束したユウの頭をなでまわすような態度を見せて、幌馬車を出て行った。
 出入りの場所は背の向こうだが、持ち上げられた幌の隙間から滑りこんできた冷気も体内時計も、いまは夜中だと告げている。
 あれからしばらく走ったようだが、いったいここはどこだろう。なにやら、かすかな水音もする。
 ふと。
 ジイ、ジイ、とセミの羽音のような音がそこに加わり、ぷつり、やや前方の幌の天井に、小さな穴が開いた。
 穴は、みるみるうちに二十センチばかりの裂け目へと変わり……、
「ユウ」
「モチ……!」
 顔をねじこむようにして現れたのは、モチである。モチの頭である。
 モチは具合よく収まるまで幾度か頭の出し入れをくり返し、ようやく落ち着いたところで、ホホ、と笑った。外から見れば、足を踏ん張った鳥が、幌に首を突っこんでいる姿が見られるというわけだ。
「ロープをほどきましょうか」
「いや、このくらいなら、抜けられると思う。それより指輪は?」
「問題ありません」
 モチは頼もしく答えた。
 あのとき……。
 N・Sを指輪へ戻したユウは、これをカイ・ライスたちに奪われることを恐れ、ポーチの中に押しこむや素早く空へ放り投げた。
 それをキャッチしたモチが森の中に逃げこんでしまったため、カイたちは地団太踏んでくやしがったものだ。
「モチ」
「え、わかっています。彼らは、デローシス五一二号がこの近くにいることを知っている」
「ああ」
「せいぜい気をつけることにしましょう。心配はいりません」
「そうか……」
 それきり、戒めを解こうともせず、うつむいたまま黙りこんでしまったユウに、モチは小さくため息をついた。
「やはり、このまま彼らと行きますか」
「……ああ」
「確かに、彼らがエディンの元へ行くことを、アレサンドロもよしとしないでしょう。あのように危ない橋を渡りながらではなおさらです」
「ああ、俺もそう思う」
「ハサンは言いました、状況は常に動いている、風のごとく、弾丸のごとくと。私は責めているのではありません。臨機応変に動きましょう。……ただし」
 モチは少しばかり声をひそめ、
「マンタより先に、エディン・ナイデルに出会ってしまった場合、事は少し面倒になるかもしれません。説得するなら、早めに」
「わかった」

 このとき、どっ、と弾けるような笑い声が、幌の向こう側で起こった。
 馬車の踏み板がわずかにきしみ、モチの頭が隠れ、薄い脂の香りが風に乗って鼻に入る。誰か来たようだ。
 床板をこするような布靴の足音が近づき、椅子の前にまさしく仁王立ちしたのは、盆を持った、硬い表情の少女であった。

「……ごはん」
「あ、ああ」
 ユウは、この十五、六の少女が放つ拒絶の雰囲気に、思わず言葉を詰まらせた。
 これは、嫌われているというよりも、歓迎されていない、と言い表すのが正しい。男たちの熱狂ぶりを、女たちは冷ややかな目で見ているのだろうか。
 少女は盆をユウの足元に置き、
「ロープ、解くから」
 と、背もたれの側へまわりこんだ。
 おさげの黒髪は心なしか湿っているように見え、妙に、水気のあるにおいがした。
「食べて」
「ああ……ありがとう」
 手渡された盆に乗せられているのは、おそらく手持ちからまかなったのだろう硬パンと、千切った干し肉入りの豆スープだ。
「君は……?」
「食べたわ」
 ユウはその言葉に嘘はないと感じ、スプーンを取った。
 ……美味い。
 節約のため塩を抑えられているが、物足りなさよりも上品さが先に来る。
 ひと口すすり、ふた口すすり、思わず無心となって、かきこむように器を空にすると、うかがい顔の少女と目が合った。
 少女はあわてて目をそらし、おさげ髪の先を指先でもてあそんだ。
「……ごちそうさま」
「……ええ」
 少女は盆を受け取ると、それを馬車の外で待っていたらしい誰かに手渡し、また戻ってきた。
 そして……。
 座ったままのユウの前に立ち、目を伏せて唇をきゅっと噛んだかと思うと、おもむろに、自らの着衣のボタンへ、指をかけた。

「う……」
 冗談だろう。そんな言葉さえも頭に浮かばない。
 ひとつボタンが外されていくたびにあらわとなる、白い肌、鎖骨、そして、胸のふくらみ。
 天井に下がった光石ランプが生み出す、なんともなめらかなその陰影に、ユウの喉がごくりと鳴る。
 最後の抵抗をするように肩へしがみついていた襟が、すとん、と、床に落ち……。
 ユウは初めて、女性の裸体を目の当たりにした。
「……好きに、して……」
 若い肌へ細かに浮いた水滴は、清めのために浴びた水か、汗か。
 羞恥に顔をしかめ、身を揉みながら訴える震え声、かすれて、熱を帯びた声が、さすがのユウにも劣情をもよおさせる。
「お願い……早くして」
 浅く息づく、少女の乳房が呼んでいる……。
「できれば明かりは、隠して」
 と……。
 天井の光石ランプが、キィ、と、揺れた。

「やめてくれ」
 少女は涙のにじんだ瞳をユウへ向けた。
 ユウは固く、目蓋を閉じている。
「やめてくれ。あの人に言われたのか」
「え……」
「だとしたら、あの人に言ってくれ。俺はこんな世話はいらない。こんなのは、誰のためにもならない」
 そうだ思い出せ。
 自分は准神官だ。
 自分が真実抱きしめたい相手は、この娘ではない。
「頼むから出て行ってくれ。こんなことを続けるようなら、俺はもう、ここにはいられない」

 ……ややあって。
 ユウは左の頬を、強烈に張られた。
 床に落ちた衣服をかき集める物音がし、気配が脇をすり抜けていく。
 出入り口の踏み板がきしみ、あとはもう、それきりであった。
 ただ、男がひとりやってきて、ユウをまた、椅子へ縛りつけていった。
「私は森へ帰ります」
 モチの声が聞こえた。
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