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ランドスケープ・アゲート 作者:紅亜真探

【五】 鳴動 -アレサンドロの未来・後編-

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過ぎたるは……

 その翌日。
 N・Sカラスの姿は、リスト街道の上空にあった。
 ミミズの坑道から見て東にあたるこの場所だが、別になにかを意図してこの方角を選んだわけではない。しいて言うならば、より人里に近いほうへと飛んだ結果がこうであっただけだ。
 エディンの目的を仮に無差別殺戮だとするならば、劇場型の犯罪者であるあの男が狙うのは、間違いなく大都市だろう。そこには、マンタも現れる可能性がある。
 また、よしんばそうでなかったとしても、大都市は警備を固めるため、鉄機兵団に応援を求めるはずだ。
 鉄機兵団は、マンタについての情報を持っている。
 N・Sで恫喝してでも、それを聞きだすつもりであった。
 カラスの翼をモチにまかせ、ユウは都市部周辺のみならず、脇道の一本一本にまで目を光らせて鉄機兵団の姿を探した。
 しかし、人、人、人。地方へ身を隠そうという富裕層や家族連れでごった返した本街道は、まるで巨大な蛇を見ているようであった。
 街道を東から来る、騎馬隊によって前後を固めた糧秣の輸送車列を発見したのは、人通りのぱたりと絶えた、もう陽も落ちようかという時分であった。
『所属は?』
『桃色の軍旗だ。クローゼの』
『ホウ、どうします。別の隊を探しますか』
『いや、行こう。話を聞くだけだ』
『了解です』
 さっとひるがえした翼で風を払い、カラスは降下を開始した。
『ホ……?』
 街道の左右に迫った裸の森から、十数人の武装集団が飛び出してきたのも、これとほぼ同時だった。

『彼らは……?』
 剣だけでなく、農具を手にしている者も少なからずいる。大量のL・Jを戦力の一部としている天使の団にしては貧相なこしらえだ。
 二者は時を置かずして戦闘状態に突入し、ユウたちは、その襲撃者たちが輸送車に積まれた食糧を狙っているらしいことにすぐ気づいた。
 わああ、わああ、互いの発する奮起の雄たけびが、ふたりのいる空にまで届いた。
『止めよう』
『どちらに味方を?』
『どっちでもいい。とにかく、止めるんだ!』
 モチは、ホ、と短く息をはき出し、力強く翼を振った。
 頬へ当たる風が鋭さを増し、人ひとりひとりの表情がはっきりと確認できる距離まで近づくのに、五秒とかからなかっただろう。
 その顔は一様に、ぎょっと凍りついていた。
『やめろ!』
 ユウは叫んだ。
『剣を引け!』
 腰のバトルアックスを抜くや、それをひと振りして声を張り上げた。
 真っ先に逃げ出したのは、鉄機兵団だった。
「あ、ま、待て!」
 襲撃者のリーダーらしき男はこれを追わんとしたが、さすがに訓練された騎士たちは手ぎわが違う。騎馬部隊の一団が襲撃を押しとどめている隙に、車両は先へ先へと駆け抜けていく。またその騎馬部隊が撤退の形を見せると、車両と共に先行した別の一団が矢を射かけてくるのだ。
 ろくな装備を持たない襲撃者たちはなすすべもなく、薄闇に遠ざかっていく車両のテールランプを、指をくわえて見送った。
 ユウたちが地上へ降り立つと、待っていたのは案の定、非難と恐怖の目であった。

「なんてことをしてくれたのだ!」
 四十なかばの、木こりのようにたくましいそのリーダーは、N・S相手だというのに恐れ気もなく言い放った。
 鉄機兵団に挑んだ血の高ぶりが、まだ残っているのだろうか。いや、それにしてもどこかそれ以上の、鬼気迫る力が言葉に含まれている。
 ユウがリーダーの出方をなおもうかがっていると、
「これで我々の子どもは、もう飢えて死ぬしかなくなった!」
『子ども……?』
「子どもだ!」
 男は木立の奥を指差した。
『あ……!』
 ユウは、ようやくその意味を理解した。
 かがみこんでのぞいた木立の奥に、無理やりといった態で幌馬車が数台、引きこまれている。
 その、尻を向けた荷台のひとつから、白い目が、白い顔が、いくつもこちらをうかがい見ていたのである。
 顔はカラスと目が合うや争うように幌の中へ逃げてしまったが、皆、餓死寸前とまではいかないまでも生色を失い、うつろな目をしていた。
 よく見ればリーダーをはじめとする男衆にも脂気がなく、持ちなれたはずの農具でさえ支えきれない様子なのだった。
「もう半月は、まともに食っていない」
『金がないのか』
「金?そうだ、金もない。だが多くは恐れだ。君になら、わかると思うがな」
 力なく雪の地面に座りこんだリーダーは、すり切れかけた上着をずいとたくし上げて二の腕を見せた。すでに見慣れた、赤い三日月の入れ墨がそこにある。
「ここのところ、鉄機兵団の目も、街の目も厳しい。いまの時期、実っているものもない」
『……』
「君に、こういったことは言いにくいが」
 と、男はうなだれて前置きし、
「これもなにかの縁だと思って、なんでもいい、食べるものがあれば恵んでくれないか」
「おい、カイ……!」
「頼む。もう皆、見栄を張る気力もないのだ」

 ユウはN・Sを降りた。
 リーダーの、カイと呼ばれた男を近くで見れば、日に焼けた顔には頬骨が浮き、ひげは伸び放題、青黒いくまが目元に張りついている。
 カイはカイで、おそらく手配書ででも知りおよんでいたのだろうユウを、血気盛んな、悪く言えば行動力だけの若者だと見ていたらしく、意外や意外、書生のような、おとなしげな青年が出てきたために、眉をしかめて冗談でも見るような顔をした。
 そこでモチが、
『ユウ』
 と、誰も乗っていないはずのN・Sから声を発したので、さらに驚きは層倍のものとなったらしかった。
『ユウ、いいのですか』
「ああ」
『ま……私は構いませんが』
 ユウは荷を解きにかかった。
 食糧ならば、先の治領都市で買い求めた分が、まだそのまま残っている。
「これを」
「すべて……いいのか?」
「ああ」
「助かった!」
 つかみかかるようにして奪われた荷物は、封も解かれぬまま幌馬車まで運ばれ、すぐに、わっという大歓声となった。
 またひとつ、ユウは父に近づいた気がした。

「俺は、カイ・ライス。しかし、君の分までもらってしまったようで悪いな」
「いや」
「その歳なら、君は二世だろうな。魔人の加護があることを祈っている」
「あ……、あんたたちは、これからどこへ?」
 すると立ち去りかけたカイ・ライスは、なにか思案げな顔をして、
「そういう君こそ、これからどこへ?」
「え……?」
「君の家族は……いない?そうか、だったらどうだろう、共に来ないか。君ならこちらとしても大歓迎だ」
「ああ……?」
「我々はエディン・ナイデル、彼の元へ行こうと思っている」
「なんだって?」
 ユウは飛び上がって驚いた。
「我々は、彼の言葉に打たれて村を捨てたのだ。いや、君の事情はよくわかっている。だが力というものは、使ってこそその効力を発揮するものだとは思わないか。彼の元でならもっと有効に……」
「ま、待ってくれ、冗談じゃない」
「ああ、もちろん冗談じゃない。まあ、ここではなんだ、あの中でゆっくりと話そう」
 カイは先ほどまでとは別人のように生き生きと、ユウの肩をつかんで歩き出した。
「だから待ってくれ、俺は……!」
 と、ユウは言うまでもなくその大きな手のひらから逃げ出そうと抵抗したが、
「おい、誰が手伝ってくれ!」
 わらわらと駆け戻ってきた男たちに荷袋さながらかつぎ上げられては、もう手も足も出ない。
「モチ!モチ!」
 呼んではみたが、ここでN・Sが制止に入れば確実に死人が出るだろうことを、モチは、十二分に理解している。
 ユウは放り出された先で手足を縛られ、
「せめてN・Sをどうにかさせてくれ!」
 と、叫ぶのが精一杯であった。
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