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ランドスケープ・アゲート 作者:紅亜真探

【四】 奮闘 -アレサンドロの未来・中編-

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狂言まわし

『……エディン・ナイデル。私はオオカミの遺志を継ぐ者。赤い三日月戦線の、エディン・ナイデルです』
 広域電波に乗せたエディン・ナイデルの『檄文』は、このような一文から始まった。
 すでに、先の接触から五日。
 この二日前には『襲撃成功』の報が、ジョーブレイカーよりもたらされている。
 その出城にN・Sが、という情報はいわゆるガセネタであり、エディン・ナイデルの元にはいま、奪い取った三機のL・Jがあるのみだそうだ。
 魔人と帝国、かつての戦がどのようにして始まり、どのようにして終結したか。
 いや、真実終結したのか、まだ終わっていないのではないか。
 そう話が進むほどにエディンの論調は強くなり、
『いまの、我々の生活はどうだ!』
 声を荒ぶらせたときには、全艦放送に耳を傾けるマンムートの誰もが、息を詰まらせた。

 変わりはしなかっただろうか。昨日までは家族同然の付き合いをしていた隣人の目が、入れ墨の存在を知ったとたんに、汚らわしい密告者のそれへ!
 責めはしなかっただろうか。医者にみせることをためらい、愛するものを死なせてしまった自らを!
 戦争が終わったと言うのなら、なぜ、いまだに鉄機兵団の目を恐れなければならないのか。ホーガン監獄島を恐れなければならないのか!
 なぜ、なぜ、なぜ!
 エディンはくり返した。
『……しかし、ホーガン監獄島は、すでに解放されました。我々の同志、N・Sを持つ同志によって』
「……チッ」
『我々は、ホーガンを復活させてはいけない。いまこそ、立ち上がるべき時です。我々を愛してくれた魔人たちが、いったいなんのために戦ったのか、それをもう一度、思い出すべき時です。……あの一時代、魔人との絆こそが、我々の誇りなのだから!』


「……どう思う」
「それは私にではなく、おのれの胸に問うことだ」
「……」
「揺れたか」
「……そりゃあな」
 キャプテンシートをきしませたアレサンドロは、顔色を読まれることを恐れるかのように、ハサンから顔をそむけた。
「見事なもんだぜ。俺なんかよりも、ずっとリーダー向きだ」
「フフン、そう卑下するものでもない」
「いや……見ろよ」
 しゃくってみせるあごの先では、ブリッジクルーの誰もが苦い涙を噛みしめ、様々にわき起こる感情を抑えつけている。
 直接的には戦争を知らないはずの若者たちでさえこうなのだ。二号車ではいま、どれほどの想いがあふれていることか。
「なあ、ハサン。あんたは……」
「お前の紋章官だ。お前の望むところへ、お前を導こう」
「……好きにしろ、ってことか」
「無論、場合にもよるがな」
「あ、アレサンドロさん、通信が……」
「誰だ?」
「いまの、エディン・ナイデル、さん、です」
 虚を突かれたアレサンドロは、ハッと、ハサンを見た。
「なるほど。お前に猶予を与えん気か」
「どうすりゃいい」
「なに、構わん。やつの面を見れば、おのずと答えは出る。思うところを伝えてやればいい」
「……つないでくれ」
 ブリッジの大画面に、あの、妖物をも惑わすような笑顔が映し出された。
 背景は、戦利品のL・Jであった。


『聞いてもらえましたか』
「ああ」
『これが、私の想いです』
 と、今日のエディンは人目を気にしてか、妙に神妙な声音だ。
「聞いたぜ、確かに」
『では、先日の返事を聞かせてもらえますか』
「返事?」
『とぼけてもらっては困ります。帝国を滅ぼすために、ぜひとも協力していただきたいとお願いしたはずです』
「……」
『さあ、答えを』
「……断る」
『断る!へぇ』
 ブリッジがざわめき、エディンは、心底あきれた顔でアレサンドロを見た。
『それは、あなた方全員の意見ですか?いや、違うはずです。うしろの彼などは、心から驚いている』
「だったらなんだ」
『ひとりよがりですよ、それは』
「ハ、余計なお世話だぜ。とにかく俺は、てめえの面が気に入らねえ」
 このひと言が、ブリッジの混乱をさらに大きくしたと言っていい。
 個人の主観にまみれていることもそうだが、マンムートのことは自分が決める、それでなにが悪いという、ある意味これは、四百人の意思をないがしろにする発言である。
 信頼していたリーダーへの失望。青年たちの視線に、そんなものが含まれ始めていることに、エディンはにやりとした。
『では、こうしましょう。あと一日待ちます。今度こそ、全員で決めてください』
「俺は、くつがえすつもりはねえ」
『いえ、そうはいきません。あなたが思うほど、状況はあなたに味方しない。ねえ、そうでしょう、うしろの人』
「私か?」
『ええ、あなたがそちらの紋章官、違いますか』
「いや」
『あなたの目から見てどうです。彼は勝てますか』
「ふむ……」
 ハサンは思わせぶりに、ふたりのリーダーの顔を見比べた。
「確かに、勝利は君の手にあるようだな、エディン君」
「ハサン……!」
『う、ふふふふ』
 エディンは、ますます喜んだ。
『さすがです。冷静な判断力をお持ちだ』
「それが、私の仕事でな」
『これは失礼しました』
「ンッフフフ」
 アレサンドロは言葉もない。

「……ところでどうだろう、エディン君。私の出す条件を呑んでくれるのならば、全面的に協力してもいいが」
『へぇ、やはり話がわかる。どんな条件です』
「なに、簡単にして当然のことだ。N・Sクジャクは言わずもがな、こちらの所有する、オオカミ、カラス、コウモリに関するすべての権限を、いままでどおり、我々に一任してもらいたい」
『……え?』
 とたんに、エディンの顔色が変わった。
「知ってのとおり、我々は大所帯、非戦闘員も多い。守るためには、それなりの備えが必要なのだ」
『……オ、オオ、カミが……そこに』
「つまり、我々のリーダーであるこの男が君を拒むのも、そういうところに理由があるのではないかな。幸い、これとオオカミをはじめ、当方の乗り手は適合率が高い。我々としては……」
『待った』
「ンン?」
『待ってください、紋章官の人』
 手を突き出したエディンは、大きく目をむき出して、アレサンドロを見た。
 それもにらんだのではなく、死人でもこうはなるまいというほど感情の抜け落ちた目で、ただ見た。
 そして……、
『本当ですね、いまの話』
「私が嘘をついてどうなる?」
『そうですか』
 エディンは、抑揚のない声でそう言った。
 道化師の面をかぶったかのような不気味な笑顔。機械音かと思うほど、冷たい声だった。
『残念ですが、その条件は受けられません。では、さようなら。次は戦場で』
 と、それだけで、通信は一方的に断ち切られた。


「無礼な若造だ」
 茫然一色に包まれていたブリッジは、このハサンのひと言で、我に返った。
 なにしろ、わけがわからない。
 ハサンの突きつけた条件は、特別理不尽なわけでも、相手の足元を見たものでもなかったはずだ。
 それがどうして、突然の交渉決裂となったのか。
「あの男、はなから、我々のN・Sを奪うつもりだったのではないか?」
 ハサンが、うそぶいてそう言った。
「なにしろあれだけ口が立てば、後々、我々の上位に立つことも可能だ。そこを先んじられたために、次は力づくで奪おうという……」
「な、なるほど……」
 若者たちがうなずく。
「それにしても、お前の慧眼(けいがん)には恐れ入ったな、アレサンドロ。お前は先日のやつの態度から、いち早くそれを見抜いた。しかし、かつての仲間である以上、衆人環視の中を責め立てることも心苦しく、おのれひとりが悪役となったのだ」
「あ……!」
「ほ、本当ですか、アレサンドロさん!」
「う……」
「そうだろう?アレサンドロ」
「あ、ああ……」
 期待に満ちた、若者たちの視線に押されるように、アレサンドロは、首を縦に振った。
「あいつの気持ちも、わからねえではねえし、な……」
「おお」
「やっぱり……!」
「さすがだ。さすがアレサンドロさんだ」
 若者たちは、口々に賞賛した。
 しかし無論、これは嘘である。
 これは、エディンの内にひそむ、オオカミへの信仰心を逆手に取った誘導術。エディンにわざと敵意を抱かせ、自ら手を引かせることで、アレサンドロの意思どおりに事を運び、さらにはその名誉まで守ろうというハサンの魔術だ。
 それがいま、このような形で完結したのである。
「こうなればもう油断はできん。やつは我々からN・Sを奪うため、様々な手段を講じてくるはずだ。なまじ、軍隊などを持たんがゆえにな」
 そう説くハサンの、頼もしさと恐ろしさ。
「これからはこのブリッジ、いや、我々ひとりひとりの耳目が、マンムートを支えていくことになる。それを忘れず、わずかな変化も見逃すな。N・Sがなければ、我々など一日と持たず、鉄機兵団の餌食だぞ!」
 アレサンドロは改めて、深い感服の念を持った。


「ンッフフフ、アーレサンドロー」
「うん?」
「お前はもう少し誇りに思え。これは私を紋章官に選んだ、お前の手柄だぞ」
「ハ」
「だがいいか、私は確かにできることはやった。しかしその見返りに、エディン・ナイデルの憎悪を、お前がすべて引きかぶってしまうことになった」
「ああ、上等だぜ」
「やつの誘いを断ったお前に、いまさら聞くまでもないだろうが……」
「ああ?」
「お前はこの……これから先も数多の命を救うだろうこの手で、あの男を絞め殺す覚悟があるな?」
 アレサンドロは強く、うなずいた。
「結構」
 ハサンはひそめていた声量を、わずかに高めた。
「ではアレサンドロ。やむなく表へ出る場合は、私かクジャク君のどちらかを、必ずそばに置くこと。これだけは一瞬たりとも違えるな。お前の命も危ういが、やつはこの指切り落としてでもオオカミを奪っていく。指の一本など、あっけないほどたやすく落とせるぞ」
「あいつは、この指輪がオオカミだと?」
「知っているかどうかは問題ではない。我々が対処できているかどうかだ」
「わかった」
「アレサンドロさん、通信です。二号車から」
「どうするのかという問い合わせならば、いまから説明すると伝えておけ」
「了解です」
「さあ、リーダー君、仕事だぞ」
「ああ。……つないでくれ」
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