挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
ランドスケープ・アゲート 作者:紅亜真探

【三】 決起 -アレサンドロの未来・前編-

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

114/236

実力行使

「やった?」
「わからない」
 ユウはテリーにうながされるまま、手すりに耳を押し当てて、海中の様子を探ってみた。
 なにかをこするような音は、絶えず続いている。
 ただ、それがサーペントのものなのか、どうか。
 ……嫌な感じだ。
 ユウは胸騒ぎしか感じなかった。
 そこに聞こえたのは、やや焦り気味の足音。騒ぎを聞きつけたハサン、クジャク、モチのものである。
 そして、これは誰もが恐れていたことではあったが、少し遅れて、アレサンドロも駆けつけてきた。
「アレサンドロ……」
 本当に、どうして来てしまったんだと言いたい。
 大きな怪我はしていないとはいえ、人は張り詰めていた糸がゆるんだとき、緊張時に蓄積させた疲労を、一気に感じるものだ。
 見ろ。足元がふらついてるじゃないか。
 しかし、アレサンドロはもの言いたげなユウよりも、ライフルをかついだテリーの方を眺めやり、ひどく決まりの悪そうな顔をした。
「敵は」
 ハサンが言った。
「大きな、蛇みたいなL・Jが、一体」
「それをどうした」
「火薬樽で潰した」
「とどめは」
「いや」
「死体は」
「見てない」
 ハサンはユウへ質問をぶつけながら、いちいち指を鳴らした。
 そして最後に指を立て、
「では、もう手遅れだな」
「手遅れ?」
「そう。つまり……こういうことだ」

 突如、大きく船が揺れた。
 力ずくでねじ曲げられるような不愉快な金属音は、艦尾からだ。砲弾でも、爆発物でもない、なにか別の力でスクリューを破壊されたのである。
 推進力を失った船は進路を東寄りへ変え、ただの浮かぶ箱と成り果てた。
「やれやれ」
 ハサンは手すりにもたれて身体を支えながら、この状況の中でも、おどけ調子に髭をなでつけた。
「だから馬鹿は困る。後先構わず手を出してこのざまだ」
「い、いやいやいや、俺も彼氏さんも頑張ったんだけどなぁ!」
「頑張って危機を招くな」
「あ、あんねぇ!俺は前言の撤回を求めるよ、断固!」
「……とにかくクジャク君」
「無視!」
「N・S二機で、この船を動かしてくれ。テリーロックウッドは甲板に待機。我らがリーダー君は……」
「中で、待機か……」
「わかっていればいい」
 ハサンは、慌てて羽織ってきたらしい、乱れたアレサンドロのコートの襟を正し、幼い子にするように、その頬を優しくなでた。
「待ってくれ、ハサン。俺だって戦える。N・Sに乗りゃあ、傷は治る!」
「おお、アーレサンドロー」
 手を焼かせるな。その声が聞こえるようだ。
「お前の想いは察して余りあるが、生憎今は時間がない。警告、足止め、実力行使、捕縛。奴らの行動は、すでに三段階目に入っている」
 目配せされたクジャクは、ユウとモチをうながし、甲板最後尾へ向かった。
 テリーも、アレサンドロへ鋭い視線をくれたまま、シューティング・スターの昇降機をつかんでいる。
 俺の言ったことを覚えているか、という、強い意思のこもった目だ。
 アレサンドロはそれに気づいていたがゆえに、テリーを見ることができなかった。
「……でもよ。逃げるにしても、奴らを足止めしなきゃならねえはずだ」
「いかにもな」
「だから、それを俺がやる。やらせてくれ、ハサン」
「そして死ぬのか」
「もうユウの真似はいい。俺はマジで言ってるんだ!」
「……何故だ」
「なに?」
「だから、何故だ」

 アレサンドロはうろたえた。
 なにが何故なのか、などということにではない。
 自分を見上げる黒い瞳。スナイパーのそれよりはるかに恐ろしい、魔術師の目にだ。
 それはかつて見たのと同じ、心の奥底まで突き通る針のようで、
「う……」
 思わず腰の引けたアレサンドロは、よろめいた。
 いや、よろめいたと思ったのは、船が揺れたのだ。くだんのサーペントか、もしくはそれを操っていた鉄機兵団が、ハサンの言う三段階目の行動を始めたに違いない。
 先ほどまでは凪いでいた黒い海面が、今はかき混ぜたように波立っている。
「アレサンドロよ。お前には、もっと重要な仕事がある」
「……?」
「生きることだ。……おお、冗談冗談。生きるために生きるほど馬鹿なことはない。そう、お前の仕事はブリッジに行き、この船を押すクジャクとカラスに進路を指示することだ。用済みの操縦士たちは皆、倉庫にでもぶちこんでおけ」
「……」
「坊や、お返事は?」
「……わかった。あんたは……?」
「決まっている。お前がやろうとしていたことをする」
 待て。アレサンドロが言う前に、甲板に光が走った。
 立ち上がったのは、暗血色のN・Sコウモリ。
『アレサンドロ、ここからはお前が指示を出せ。私を待つな』
「ハサン!」
『テリー・ロックウッド!いつでも撃てるようにしておけ!』
『……あいよ』
 ハサンの乗ったコウモリは、ひらり、海中へ飛びこんでいった。


 そのやり取りを知らないユウとモチ、クジャクは、艦尾へたどり着くや否や、こちらもN・Sを呼び出していた。
 これからこの巨大戦艦を、たった二体で押していくわけだが、なんと言っても水に浮かんだものだ。やってやれないことはないだろうと、モチは自らを奮い立たせるように言う。
 右舷と左舷、ふた手に分かれたカラスとクジャクは、その中央よりやや艦尾側に突き出した側砲へ手をかけ、
「ム……!」
 と、押し出した。
 打ちつける波にも負けず。モチの力強い羽ばたきが、カラスを通してユウの背を叩く。
 推進力を得られないながらもそれまでの惰性で流されていた戦艦は、どうにか止まることなく、カラスとクジャクの誘導に従った。
 と、そのときだ。
 ザン、と波を割るような音がしたかと思うと、海中から飛び出したなにかが、すぐ近くの船べりへ取りついた。
 敵L・Jかと思ったが、そうではない。それはコウモリだった。
『ハサン?』
『おお、ご名答』
 コウモリは腕に巻きついたマント、いや翼膜を振りほどき、水滴を払った。
『どうして海に』
『どうして?私が、この極寒の海に貝でも取りに入ったと?』
『別に、そういうことじゃない』
『そうだろう。ならば、その小うるさい口を閉じていろ。お前が逃がした、その大蛇とやらを見てきた』
『え?』
『なるほど、あれは化け物だ。見えただけでも極太の首が二十本』
 だが、ハサンはその根元をひとつと見た。
 何故ならば、
『それぞれの首が秩序を持って動いている。複雑怪奇に動きまわりながらも、互いが絡まり合わんようにな』
『ホウ。しかし、考えようによっては、話は簡単です。本体を足止めできれば……』
『簡単?君は本当に簡単だと思っているのか』
『ホウ?』
『二十匹の竜が、実に統率の取れた動きで宝を守っている。それが本当に簡単だと思っているのか』
『ムウ……!』
 モチは息を呑み、その羽ばたきを乱れさせた。
『だが、まあ、そう絶望するものでもない。……ユウ』
『ああ』
『腰の剣を貸せ』
 言うより早く、両腕で船体を支えるカラスの腰から、それはするりと奪われている。
 船外灯のせいかもしれないが、コウモリの手に握られた太刀は、黒く、血色によどんで見えた。
『ハサン、まさか、ひとりで……!』
『フフン』
 コウモリは、再び海中に消えた。
『ハサン!』 
『ユウ、手を離しては……!』
『ハサン!』
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ