硬い。
身体中が硬い。重い。
『う……う』
ユウはうめいた。
「……ユウ」
アレサンドロの声がする。額をつつくのは彼か……。
「おい、ユウ!」
『……ッ!』
ユウは鋭く息を吸い、覚醒した。
すぐ鼻先に、血相を変えたアレサンドロが、へばりついている。
……へばりついている?
ユウは目を見張った。
人並みなオオカミの背中。
それを貫く刃も薄く、アレサンドロに至っては、まるで人形のようだ。
なんとN・Sカラスの目を通し、景色を見ていたのである。
「それが、N・Sに乗る、ってことだぜ」
アレサンドロはユウが無事らしいと知るや、大きく息をはき、オオカミの肩へと飛び移った。
そこからは丁度、カラスの顔を真正面に見ることができる。
「めまい、なんかはねえか?」
『ああ』
「なら横向いてみな。N・Sは、乗り手の動きが、そのまま伝わるようにできてる」
アレサンドロの言う通り、ぎりぎりと筋肉がきしみ、視界が変わった。
「な?」
『ああ』
「帝国のもどきと違って、面倒な操作はいらねえが、神経がつながってる分、傷つきゃ痛え」
『いや……痛くはない。なにかが、胸に詰まってるぐらいの感じだ』
「ああ、ツイてるぜ。お前は乗ったばかりで、つながりがまだ鈍い。おまけにこいつも、脊椎がちょいと傷ついてやがる」
『……』
要するに、ツイていなければ、今頃激痛でショック死、ということもあったということか。
アレサンドロが心配するはずである。
「で、だ。どうする?本当は俺がやるつもりだったが……、そのままひとつ、働いてくれるか?」
はっきりとうなずいたユウの動きも、カラスへと正確にトレースされた。
なるほど簡単だ。ユウは思った。
「首から上は問題ねえな。指はどうだ?」
『ん……動きそうだ』
少し硬く、痺れてもいるが、指先一本一本の感覚は伝わってくる。
「よし。とりあえず、二体を離すぜ」
ユウはアレサンドロの指示を受けながら、硬直するカラスの指を、オオカミの指を、剣の柄からゆっくりと引き剥がしていった。
そうして、どれほどの時間が経っただろうか。
ぐらり、オオカミが揺れた。
『!』
前のめりになるその腕を、ユウはとっさにつかみかける。
「構うな!お前は踏ん張ってろ!」
どっと、水しぶきを上げ、オオカミの巨体が倒れた。
「オオカミは後だ。お前はお前のことだけ考えてりゃいい」
アレサンドロはカラスの肩に、間一髪、飛び退いていた。
「さて、次が大仕事だぜ」
『ああ』
ユウは胸に突き立ったままの剣の柄を握り、呼吸を整え、引いた。
ずるり。
『う……』
ずるり、ずるり。
厚い板が、肉を通っていく。
感覚はあるのに痛みがない。それが逆に、気味が悪い。
『ッ……』
吐き気がこみ上げたが、ユウはそれを呑みこみ、残りを一息に引き抜いた。
倒れかかる身体を必死で持ち直し、剣を支えにひざをつくと、
『はあ……は……』
抑えていた息が、一気にあふれた。
「大丈夫か?」
『……あ、あ』
アレサンドロも転げ落ちたが、上手く受身を取ったようだ。
「痛みは」
『ない』
ユウは胸を押さえ、立ち上がりにかかった。
まだ、オオカミが残っているのだ。
「無理すんな。こっちは俺がやる」
『でも……』
「でも、じゃねえ!」
有無を言わせぬアレサンドロの迫力に、ユウは二の句が継げなかった。
ユウの何倍もN・Sに通じている、アレサンドロが言うのだ。
『……すまない』
アレサンドロは、かぶりを振った。
「謝ることかよ。よくやってくれたぜ。さ、早く降りて休め」
『……』
「どうした?」
『降り方が、わからない』
そもそもどうやって乗ったかさえも、記憶にないのである。
ああ、そうだよな、と、アレサンドロは首をかいた。
「まあ、そう難しいことじゃねえ。要はイメージだ」
『イメージ……?』
「N・Sから降りる自分をイメージする。いや、出る……脱ぐ……ってのが近いか」
……漠然としている。
ユウは首をひねった。
が、次の瞬間。
「う、わっ!」
突然身体が軽くなり、ユウは空中へと放り出されていた。
なにをどうされた、ということではない。まるで空間を飛び越えたような。
しかしそれを深く考える暇もなく、ユウは頭から湖へと落ちこんでしまった。
「ぶ、は!」
「ハ、ハハ!」
「アレ、サンドロ……」
「プ、フ、フ。そんな顔すんな。筋はいいぜ。そのうち上手く乗り降りできるようになるさ」
アレサンドロは再び、腹をかかえて大笑いした。
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