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【一】 始まり -アレサンドロの過去編-
トレース
 硬い。
 身体中が硬い。重い。
『う……う』
 ユウはうめいた。

「……ユウ」

 アレサンドロの声がする。額をつつくのは彼か……。
「おい、ユウ!」 
『……ッ!』
 ユウは鋭く息を吸い、覚醒した。
 すぐ鼻先に、血相を変えたアレサンドロが、へばりついている。
 ……へばりついている?
 ユウは目を見張った。
 人並みなオオカミの背中。
 それを貫く刃も薄く、アレサンドロに至っては、まるで人形のようだ。
 なんとN・Sカラスの目を通し、景色を見ていたのである。
「それが、N・Sに乗る、ってことだぜ」
 アレサンドロはユウが無事らしいと知るや、大きく息をはき、オオカミの肩へと飛び移った。
 そこからは丁度、カラスの顔を真正面に見ることができる。
「めまい、なんかはねえか?」
『ああ』
「なら横向いてみな。N・Sは、乗り手の動きが、そのまま伝わるようにできてる」
 アレサンドロの言う通り、ぎりぎりと筋肉がきしみ、視界が変わった。
「な?」
『ああ』
「帝国のもどきと違って、面倒な操作はいらねえが、神経がつながってる分、傷つきゃ痛え」
『いや……痛くはない。なにかが、胸に詰まってるぐらいの感じだ』
「ああ、ツイてるぜ。お前は乗ったばかりで、つながりがまだ鈍い。おまけにこいつも、脊椎がちょいと傷ついてやがる」
『……』
 要するに、ツイていなければ、今頃激痛でショック死、ということもあったということか。
 アレサンドロが心配するはずである。

「で、だ。どうする?本当は俺がやるつもりだったが……、そのままひとつ、働いてくれるか?」
 はっきりとうなずいたユウの動きも、カラスへと正確にトレースされた。
 なるほど簡単だ。ユウは思った。
「首から上は問題ねえな。指はどうだ?」
『ん……動きそうだ』 
 少し硬く、痺れてもいるが、指先一本一本の感覚は伝わってくる。
「よし。とりあえず、二体を離すぜ」
 ユウはアレサンドロの指示を受けながら、硬直するカラスの指を、オオカミの指を、剣の柄からゆっくりと引き剥がしていった。

 そうして、どれほどの時間が経っただろうか。
 ぐらり、オオカミが揺れた。
『!』
 前のめりになるその腕を、ユウはとっさにつかみかける。
「構うな!お前は踏ん張ってろ!」
 どっと、水しぶきを上げ、オオカミの巨体が倒れた。
「オオカミは後だ。お前はお前のことだけ考えてりゃいい」
 アレサンドロはカラスの肩に、間一髪、飛び退いていた。
「さて、次が大仕事だぜ」
『ああ』
 ユウは胸に突き立ったままの剣の柄を握り、呼吸を整え、引いた。

 ずるり。

『う……』 

 ずるり、ずるり。

 厚い板が、肉を通っていく。
 感覚はあるのに痛みがない。それが逆に、気味が悪い。 
『ッ……』
 吐き気がこみ上げたが、ユウはそれを呑みこみ、残りを一息に引き抜いた。
 倒れかかる身体を必死で持ち直し、剣を支えにひざをつくと、
『はあ……は……』
 抑えていた息が、一気にあふれた。
「大丈夫か?」
『……あ、あ』
 アレサンドロも転げ落ちたが、上手く受身を取ったようだ。
「痛みは」
『ない』
 ユウは胸を押さえ、立ち上がりにかかった。
 まだ、オオカミが残っているのだ。
「無理すんな。こっちは俺がやる」
『でも……』
「でも、じゃねえ!」
 有無を言わせぬアレサンドロの迫力に、ユウは二の句が継げなかった。
 ユウの何倍もN・Sに通じている、アレサンドロが言うのだ。
『……すまない』
 アレサンドロは、かぶりを振った。
「謝ることかよ。よくやってくれたぜ。さ、早く降りて休め」
『……』
「どうした?」
『降り方が、わからない』
 そもそもどうやって乗ったかさえも、記憶にないのである。
 ああ、そうだよな、と、アレサンドロは首をかいた。 
「まあ、そう難しいことじゃねえ。要はイメージだ」
『イメージ……?』
「N・Sから降りる自分をイメージする。いや、出る……脱ぐ……ってのが近いか」
 ……漠然としている。
 ユウは首をひねった。

 が、次の瞬間。 

「う、わっ!」
 突然身体が軽くなり、ユウは空中へと放り出されていた。
 なにをどうされた、ということではない。まるで空間を飛び越えたような。
 しかしそれを深く考える暇もなく、ユウは頭から湖へと落ちこんでしまった。
「ぶ、は!」
「ハ、ハハ!」
「アレ、サンドロ……」
「プ、フ、フ。そんな顔すんな。筋はいいぜ。そのうち上手く乗り降りできるようになるさ」
 アレサンドロは再び、腹をかかえて大笑いした。


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