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ランドスケープ・アゲート 作者:紅亜真探

【二】 逃亡 -ユウの過去編-

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魔術師と弟子

『ソブリン』
『信用できる人だ。ご安心くださいと、ディアナ大祭主様に伝えて欲しい』
『承知した』
『乱暴な手段を、お許しくださいとも』
『それはカジャディール様にか』

 ユウの、打信号を書き留める手が、しばし止まった。
 そうだった。
 ディアナは今、カジャディール大祭主の庇護の元にある。
 ペン先を眺め、コンコン、と通信台を叩いたユウは、
『ふたりに』
 と、返信して、ヘッドフォンを外した。
 打電の相手は、言うまでもなくジョーブレイカーである。
 あの後、アレサンドロの口からカジャディールの私兵であることを伝え聞かされたユウは、もちろん驚いた。
 すぐに今と同様、打電で交信したが、
『大祭主様に申し訳ない』
 と言うユウに対して、ジョーブレイカーの答えは……、
『それは、あの方が決められることだ』
 ユウの信頼は、いやが上にも増した。
「あの……?」
「ああ、すまない」
 ユウは暗号表とヘッドフォンをメイに返し、やりとりを書き留めたメモを丸めてポケットへ押しこんだ。
 装甲板の張替えのために壁を叩く音が、ブリッジにいても、かなり響く。
「修理は、かなりかかるのか?」
「え?じ、時間ですか?ええと、空調はそんなにかかりません。居住区と装甲の方が、ちょっと。あと、サンセットも」
「サンセット?」
「はい、ちょっと改造を……」
 マリア・レオーネに敗れてからのララが、時折セレンの研究室や格納庫に出入りしているらしいことは、ユウも知っている。
「コンセプトからの見直しで、ブーストノズルの追加と、スラスターの位置を大幅に変えることになりそうなんです。機体の重量も削らなくちゃならないし、ほとんど新型ですよ。大変です」
 などと言いながら、メイはとても楽しそうだ。
「チャノム爺に、話を通そうか?」
「え!」
「そっちも人手がいるだろ」
「は、はい!実は足りない部品もあって……そうしてもらえると助かります!」
「わかった。手を貸してくれるように、頼んでおく」
「あ、ありがとうございます!あの、本当に!」
「いや、俺にも、関係あることだから」
「わかります、ララさんのL・Jですからね!」
 いや、別にそういうわけではないのだが……。
「あ、それじゃあ、あたし、セレン様に知らせてきます!喜びますよ!」
 メイは、スキップするようにブリッジを飛び出していってしまった。


「L・Jだあ?」
「ああ、少し手を入れたいらしいんだ」
「おりゃあ、そっちにゃ明るくねえぜ」
「わかってる。人手と、部品の調達を手伝って欲しい」
「ふむう……まあ、おめえの頼みだ。嫌とは言えねえ」
「ありがとう」
「なあに。ここまでくりゃあ、おんなじよ」
 アンカーに貫かれた居住区の修理にかかっているチャノム爺は、こうして、いとも簡単にそれを請け負ってくれた。
 結果、百人からなる船工は、それぞれ空調室、居住区、外装甲の修理に分かれ、サンセットには、ブラック・クール・ハーマンの機関士。ドックは、いよいよ活気づいてきた。
「俺にできることは?」
「あー、ねえな。暇なら、あいつんとこ行ってこい」
 チャノム爺は、両の人差し指を鼻の下にあてがってみせた。その意味するところは、ハサンの口髭だ。
「おめえに言うのも今更だがよ、鍵開けってのは大層な仕事だ。片手でできるもんじゃねえ」
「あ……!」
「あいつがほえ面かこうが知ったこっちゃねえが、箱が開かねえのは困る」
「い、行ってくる!」
 ユウは弾かれるようにドッグを飛び出し、係留中のブラック・クール・ハーマンへ駆けていった。
「……ソブリンの言う通りだぜ。けなげすぎて涙が出らあ」
「チャノム爺!」
「おう、今行く!」

 俺はなんて馬鹿なんだ。
 ユウは、相変わらず血のめぐりの悪い自分の頭に、腹が立った。
 ハサンの錠前外しが失敗するはずがない、とは、別れる以前までの話だ。片腕を失った今もそうであるはずがない。それをすっかり失念していた。
 おまけにあれは聖石を預かる代償で、本来は、自分の仕事ではないのか。
 ……だが、どうだろう。
 自分が手伝いにきましたと言って、あのハサンが素直に受けるだろうか。
 わからない。
 わからないが、とにかく行こう。
 ユウはタラップを駆け上がり、ハサンが錠前外しの場所に選んだ船長室の前で、一旦足を止めた。
 呼吸を整え、ノックしようと手をかざすと……、
「?」
 中で話し声がする。

「……節操なしに、目につくものを手当たり次第に盗む。それもいいさ。でも、それだって最初の一年だ。最近は、そんなつまらない盗みの噂さえ聞かなかった」
「……」
「見かねたバングが、あんたに仕事をまわしたって言うじゃないか」
「フフン、『帝都の吸血鬼』も口が軽くなったものだ」
「それだけ、あんたを心配してんのさ」
「おお、涙が出るな」
「……ハサン、あたしはねえ、あんたのことを、よおく知ってる。あんたは盗みが好きでしょうがないって顔をしながら、いつもどこかで呑まれないようにしてた。人生じゃなく手段なんだって、あたしはいつも思ってたよ」
「……」
「だから、あんたが隠居するのもいいと思ってたのさ。ねえ、それがどうして、あの子たちといるんだい?」
「フフ、さあて……」
「どうも、ユウかわいさ、ってわけでもなさそうじゃないか」
「……それは勝手な思いこみという奴だ。私とてあれはかわいい。私の技も、言葉も、よく覚えた。できれば手放したくはなかった」
「おや」
「たとえ盗み聞きが趣味であってもな」

 冷たい金属の扉に、耳を押し当てるようにして話を聞いていたユウは、そこでハッと身を離した。
 直後、中から扉が開き、
「おーや、本当だ」
 ソブリンのたくましい腕が、襟首を捕まえる。
 ユウは、部屋に引きずりこまれてしまった。

 鉄鋼船であるブラック・クール・ハーマンは、いまだ木造帆船の多い帝国海域においては、数少ない近代船舶のひとつである。
 ただ、キャプテンも含め、乗員の大半は古き良き木造時代からの乗り組みで、内装や空気は、大部分でそれを踏襲していた。
 たとえば今、ユウが連れこまれたこの船長室も、床壁天井こそ白いツヤ消しの鋼板だが、その上にカーペットを敷き、調度品は木製。天井の明かりも電気ではなく光石を使っている。
 戦利品らしい船のプレートや、先代キャプテン愛用のアイパッチ、三角帽、魚を突くモリ、海図、中にはガラスの浮き玉までもが、それでもすっきりと部屋の壁を飾っているところも、シンプルすぎるマンムートの部屋から比べると、いかにも生きている匂いがするのだ。
 ハサンはその中央、ソブリンが古くから愛用しているベルベットのソファに身を投げ出し、ひどくぞんざいな態度で、例の箱についたダイヤルをまわしていた。
「おお、ソーブリーン、連れてくることはなかった」
「どうしてさ。ユウはあんたを手伝いに来たんだ、そうだろう?」
「ん……」
 さすが、ソブリン。すべてお見通しだ。
 だが、ダイヤル式の鍵という事実が、多少なりともユウを拍子抜けさせたのも確かだろう。これならば、片手でも開けられる。
「でもまぁ、せっかく来たんだ。ここで話し相手にでもなってやりな。あたしは向こうに帰るから」
「え!」
「えっ、てなんだい。十年も一緒にいた仲だ。今更じゃないか」
「いや、それは……」
「とにかく、あたしだって仕事があるんだ。箱は、あんたたちふたりにまかせるよ。いいね」
 ユウは、ハサンとふたり、部屋に残されてしまった。

 さて、それからの気まずさを、どう表現すればいいのだろう。
 始めから、ふたりになるとわかってここへ来たのだが、さあどうぞと言われると、かえって言葉に困ってしまう。
 当のハサンは胸に乗せた箱をいじり、ユウを見ようともしない。
「あの……ハサン」
「……」
「それ、俺が……」
「自信はあるのか」
「え……?」
「私より早く開ける自信だ」
「う……」
 ハサンは眼球をぐるぐると動かし、手を振った。
「私の退屈しのぎなら、裸踊りでもしてみせろ」
「で、できるか!」
「ならば去れ。……ああ待て、行くな」
「どっちだ!」
「やはり寂しい。なにか話をしてくれ」
「……なにを」
「まずは座れ」
 ユウは、指示された椅子をハサンの頭元まで動かし、座った。
 ここまで寄ると、箱の装飾がよく見える。
 四十年ほど前まで西部一帯を治めていた、ロンドランドの伝統紋様だ。
「いくらつける」
「……七万五千」
「ンンン、妥当な線だが、魔人の持ち物ならば桁が違う」
「そう、か」
 素直にうなずいたユウを、ハサンは鼻で笑った。
「さて語ってもらおうか。題目は、私と別れた後の生活について」
「別に、特別なことはしてない」
「それはわかっている。特別でないなりに、なにをしていた」
「俺は……」
 ユウはダイヤルをまわすハサンの指先を眺めながら、時計の針をあの日へと巻き戻していった。
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