第47話「荒野の大漁旗」
漁港などと改まって言うので、てっきり遠い場所にあるのかと思ったら、チェリナの商会からさして離れていない場所にそれは位置していた。
ヴェリエーロ商会が使っている大型船の停泊している桟橋から、南に行くほどに小型の船が泊められる細い桟橋へとなっていく。一番南側周辺が漁港になっているらしい。丁度漁に出ていた漁船が戻ってきたらしく港は賑わっていた。
かなり魚臭いが漁港なんてこんなものだろう。
「なあチェリナ、この時間にも漁をするのか?」
「暗い内に篝火を焚きながらの漁が一番良いのです。そうすると早朝に港に戻ってこれますし。ですが中型以下の船の場合はこの海に夜出るのは自殺行為ですからね。広いとはいえ湾内ですら潮の流れが複雑なのですよ。外海に出ると本当に大変な海です。外海に出るには船と腕の両方が必要です。湾内でも夜の漁はそれなりの船と腕が必要になります。昼の漁はそれなりに安全なのですが、漁獲量が日によってバラツキがあるのが困りものですね」
ふむ。随分と奥の深い話のようだ。
「明るくなってから漁に出ていた船が戻ってきているようですね。この町の漁船は全て漁業ギルドに加入する必要があります。もちろんヴェリエーロも加盟しておりますがわたくしたちの商会は漁よりも海運が主ですから漁船は少ないのですよ。……ああ、あれはウチの船ですね」
チェリナは一隻の船に近づいていく。船乗りたちが海水と魚の入れられた樽を器用に細い架け橋の上を渡していく。
「なかなか大量ですね」
チェリナがどんどんと並べられていく水揚げされた樽の前で、中身を確認している大男に話しかけた。
「これはお嬢様! こんな所にどうしました? バッハール様にご用でしたら呼んできますが?」
暑い国の船乗りらしく褐色に日焼けした肌の大男がチェリナに気がつくと、身の丈が縮むほど恐縮していた。
「それには及びません、今日は少々夕食用の魚を吟味しようかと」
「お嬢様が直々に?! しかしそりゃあ運が良かった! 今日は色々穫れてますよ!」
チェリナが微笑むと大男が嬉しそうに部下に命じて樽をいくつも持ってこさせた。
「それは楽しみですね。アキラ様、何か欲しい魚はありますか?」
「俺が見るのか?」
「アキラ様が料理なさるのですから当然では?」
「それもそうだな、じゃあちょいと見させてもらうわ」
俺は並べられた樽を覗き込む。
「お嬢様、こいつは?」
「ああ、あなた達は知りませんでしたね。現在わたくしの相談役として同行してるアキラ様です。ご無礼の無いようお願いしますね」
「お嬢様が相談役?! そういやそんな話を小耳に挟みましたが、こんな若造だったとは……」
「見た目で判断しないほうがよろしいですよ? 現在商会は彼のもたらしたアイディアを実現する事に全力を尽くしておりますわ」
男が眉を顰めて小声になる。
「……お嬢……そういう事はあまり外では言わないほうがいいですよ」
「ふふふ……もう他人には真似できないところまで来ています。近日中には形になったものを発表できると思いますよ?」
「お嬢様がそう言うなら相当なもんが出来上がるんでしょうねぇ」
「ええ。残念ながら船に繋がる技術ではありませんが」
「いえいえ、商会が元気になってくれりゃあ、こっちの船が増やせるかもしれませんしね」
「そうなるよう努力しています」
「なら間違いないですな、期待してます」
二人の会話を邪魔しないように魚を選びつつもつい耳を立ててしまう。そんなに期待されるとプレッシャーが辛いのですよ。
「そうですね……そこの鯛はいい形ですね。黒鯛ではありませんか? それを2……いや4匹お願いします」
「……へえ、随分目利きじゃねえか。パロス坊っちゃんに負けてねえな」
「兄さんのことを坊っちゃんと呼ぶとまたスネますよ」
パロスってだれだっけ? ……そうだ。あまりパッとしないチェリナの兄貴だ。
「こいつはいけねぇ。どうも小さい時から見てますからね」
「気持ちはわかります」
チェリナが小さく笑った。なるほどこの船長さんは昔なじみなんだな。
「鯵もあるんですね、こいつは大量だ。これは10匹くらいお願いします」
「おう、そいつはリベリ湾をちょいと出た海流に乗ってきた奴だから美味いぞ」
「湾外にでたんですか?
さっきの話と違う。
「いやいや、この船じゃちょっと無理だ。今日は外からの海流が入ってきたみたいでな」
「そんなに日によって変わるもんなのですか?」
「ああ、それが読めない奴はあっという間に海底行きさ」
男はニヤリと笑って見せたが怖い話だ。
「この鰺は見た目からして美味そうですね。さすがにマグロは無いみたいですが……」
「マグロだって? 良く知っているな」
「あるんですか?」
あるなら是非入手したい。赤身、中トロ、テール、かま。頬肉も美味いんだよなぁ。
「いや、あれは滅多に獲れん。かなり準備してから行かないとだめだ、普通の網じゃかからんしな」
「そうなのですか?」
「銛突きするしかないが、難しい。たまに一攫千金を狙った奴が出て行くがボウズで戻ってこられりゃマシな方で、下手すりゃ海流に捕まってさよならだ」
船長が手をスイーっと動かす。
「そいつは……怖いですね」
「リベリ湾を出たらかなり危険な海だからな。最低でもあっちの漁船くらいの中型船は必要だし、さらに進もうと思ったら坊っちゃん……いやパロス様の大型船が必要になるからな」
「チェリナの兄貴だったな」
俺は彼女に確認してみる。ちょっとうろ覚えなんですよ。
「はい。ああみえて操船技術は一級品ですから」
「へえ」
そうは見えないと口にしたら、港中の奴らから袋叩きにされそうだ。しかし妹にまで「ああ見えて」とか言われちゃうのかパロス……。
マグロ専用の釣り竿とか用意したら釣ってきてくれないかな? カーボンロッドのすげえ奴。
「他に欲しいもんはあるか?」
「そうですね……」
俺の知らない魚も多いのでなかなか選べない。なんか足の生えた魚とかおんねん。怖いねん。
「ん? 向こうにある桶はなんですか?」
わざわざ目立たない場所に運ばれる樽があった。
「あっちは……ありゃ下魚だな。金にならんがスラムの奴らが欲しがるから取っといてある」
「へえ?」
なんとなく興味が湧いてその大きな木の桶を覗いてみた。
「……! タコだ! タコがいるじゃないか!」
「随分物知りだな。時々網にかかるんだ。気持ち悪いだろ」
「何言ってんだ?! 見ろ! このぷりっぷりで活きのいいタコを! 超絶美味そうじゃないか!」
後で気がついたのだが、この辺りから敬語はすっ飛んでいた。
「はぁ?!」
「おお! こっちにゃ穴子まであるじゃねーか! オコゼにカサゴ! なんだなんだこりゃ宝石箱か?!」
俺は嬉しさのあまりに飛び上がりそうになっていて、背後の3人の表情に全く気がついていなかった。
「しかしこんな暑い地域に生息するんかね?」
俺の急変に戸惑いながらも答えてくれる。
「冷たい海流もあるから、湾内の魚は多種多様なんだ……が……それを食う気なのか?」
「当たり前だろ? オコゼは丸一匹唐揚げと、もう一匹は刺し身だな。カサゴは一匹か……なら味噌汁だな。穴子はもちろん穴子丼! タコは刺し身と唐揚げとたこ焼きで決まりだ!」
……オコゼとカサゴは似たようなもんだが。
こいつぁ豪勢な夕食になりそうだ。
「お嬢……アキラはスラムの人間なんですか?」
「いえ……違うと思うのですが……」
なんでそこで戸惑うチェリナ。
「俺、タコ、見るの初めて」
今まで無言だったヤラライが興味深げに樽を覗いている。
「そうなのか? 美味いぞ」
「それ、楽しみ」
特に抵抗なく答えるヤラライにチェリナが眉を顰めた。
「ヤラライ様は、その、食べることに躊躇はないのですか?」
「毒がなければ、問題ない」
船長とチェリナが顔を合わせていた。
「そうだ、今から料理するから船長も来ればいいよ、美味いって事を証明してやる」
「はっ?! いえ、その……そうだ! 船の整備が残ってますのでこれで!」
言うが早いか船長は船に向かってすっ飛んでいった。
「ああ! 一人で逃げるのですか?!」
「ご武運を~……」
ドップラー効果を残して彼は消え去ってしまった。
「あああ……」
なぜか両膝をついてガクリと地面に伏せるチェリナ。ネットで良くあるorzのポーズだな。
「チェリナどうした?」
「い、いえ……なんでも……」
起こしてやると若干顔色が悪い。最近激務だもんな。美味いものを食わせて元気づけてやろう。
「よしチェリナ、俺がとびきり美味い飯を作ってやるから元気を出せ!」
「え? あの……お気持ちは嬉しいのですが……」
「そうと決まったらさっそく下ごしらえだ。メルヴィンさん、商会のキッチンに案内してください!」
「は、はあ……」
メルヴィンは一度チェリナの顔を窺ったが、俺が急かすと「こちらです」と案内してくれた。俺は動きの悪いチェリナの手を引いて後に続いた。
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