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5月の第2日曜日に作成したことを念頭に置いて読んで頂けると幸いです。
Just For You
作:斉藤剛


贈る言葉

実際うんざりだった。
昨日がそうだったなんてまるで知らなかった。
知らないままで過ぎればそれですむのに,知ってしまうともうどうしようもない。
その存在がうんざりなのではない。それにまつわるいろいろがうんざりな気がしたのだ。

だから塾が終わったにもかかわらずこんな所で佇んでいる。
既に時刻はもうぞろ目になろうかどうかという時刻だ。
最寄の駅から家までの途中の川。
疲れた体と頭に川からの涼しげな風が気持ちいい。
人通りはまるでなく,時折川を渡る電車がガガガガガと走っていく音が聞こえるくらいだ。
別に悪いことをしてるわけではないのに,気がつまる。
むしろ何もしてないからなのか。
なんでみんな疑問ももたずにやっていけてるんだ。
ぐだぐだした気分のまま,手持ち無沙汰な手が石を川にほうりこむ。
ポチャーン,ドボーン,ポポローン。
「なんだ,びっくりするとこにいるんだな」
背後から声をかけられ,内心かなり穏やかではなかったがそれを隠しながら振り返った。
「あ,ああ。白鳥さんか」
だが知人だとわかり安心した。
「夜の風が気持ちいい季節になってきた」
そう言いながら白鳥さんはこっちに向かって近づいてくる。
「今帰りですか」
「そうだね」
白鳥さんはスーツのままで自分の近くに腰をおろした。
「ずいぶん遅い帰りだけど,大変そうですね仕事」
白鳥さんと話す時はなぜか敬語とため語がまざってしまう。
「学生服の君に言われたくはない。そっちこそこんな時間まで塾かい。それこそ大変そうだ」
「まあそうですね。でも今日は最後の講習が講師の都合が悪くなっただのなんだので
 休講だったんで結局だべって帰ってきただけですよ。本来やるびきことをやってない。
 だからあまり大変じゃない」
「こっちも似たようなものだ。別に必要とも思えない接待をしてきただけだ。
 あれが仕事かどうかなんて,と思ってしまう」
白鳥さんはたばこをとりだし,一服し始める。
また電車が通りガガガタガガと音が聞こえる。
俺の手持ち無沙汰の手は相変わらず石を投げ続けてる。
「白鳥さんは知ってました?昨日だったなんて」
「あ,ああ。うん,知ってたよ」
「そっか。じゃあちゃんと何かしたんですか」
「いや,うちはそういうレベルじゃないからさ」
「あ,そうなんですか。すいません」
「いや,別に。全然あやまるようなことじゃないし」
白鳥さんはほんとになんでもなさそうに煙を吐き出す。
「世間の人はうまくやってるんでしょうか」
「うまくってどういうこと」
「いや,贈り物をしたり,遠くにいる人は電話とか,なんだとか」
「まあそうなんじゃないか」
今日感じてたうんざり感がまた急激にふくれあがる。
「なんで,なんで昨日なんですかね。しかもなんでみんなちゃんとうまくやるんすかね」
自分でもちょっと語気が荒くなったのがわかる。この荒さを隠すために敬語の割合が増えるのも
気付いている。
「そうか,君は特に何もしてないんだ。でも別にそれは君がまずいのでもなんでもないと思うけどね」
「そんなことはわかっているんです。ただ,なんで昨日そういうことをするんですかね。
 いえ,するのが悪いということではないんです。ただその日だからってそういうことをすればいい
 っていうそういう安直さがひっかかるんです。しかもなんでみんなそれにひっかからないんでしょう」
白鳥さんはちょっと驚いた感じでこっちを見ている。俺は続けて話す。
「それでさ,例えば花を贈ればいいとか,カードを贈ればいいとか,そういう風にしとけばなんか
 問題はないみたいな感じで。街はそういう人間を狙ったかのような対応をするし。
 いや,別にそれが悪いわけじゃない。でも,そういうきっかけがないと動けないってのは
 ちょっと情けなさすぎないですか」
自分でも伝わらないようなことを言ってるなと気付いた。
でもそこで白鳥さんは口を開いた。
「普段は何もしないくせに,そういうことをしなきゃいけない日だから,そういうことをする。
 それがあまりにもばからしいってことかな」
「そうです。別に全ての人がそういうわけじゃないってことはわかります。でも,じゃあ普段は感謝してないのかよって」
「は,ははは」
白鳥さんはたばこを消しながら少し笑った。
「やっぱり変ですか,こんな風に考えるの」
「いや,申し訳ない。ただ,君がそんなにまっすぐとは思ってなかったから」
「まっすぐ,ですか」
「なんていうのかな。今の僕にはない感性だね。昔の僕だったらどうかはわからないけど」
「じゃあ今の白鳥さんはこういう疑問ももたないんですか」
「残念ながらね」
白鳥さんは川の向こうを見ながら立ち上がって言った。
「たぶん人はさ,きっかけがないと動けないんだよ。本当の本気の意思なんてめったにないんだよ」
俺は白鳥さんの言ってる意味が少しわからず聞き返した。
「本当の本気の意思って?」
「うん,つまりさ,実際君はどうしたいんだ。世間の連中はけっこううまくやってるとか思ってたりして,
 でも自分ではそれにひっかかってるっていう状況で。本当は君はどうしたいんだ?ってこと」
それがわかれば少しは気持ちが晴れるのかもしれない。だからこう答えた。
「それがわかれば少しは楽だと思うけど」
「だから君はまっすぐなんだよ。たぶんみんなそうだよ,でもさ,めんどくさいしさ,かっこわるいんだよな。
 それでみんな思ってるふりをする。昨日がそういう日でそういうことにのっかれば楽だからそうするんだよ。
 普段から感謝してる人もそうでない人も」
「でもそれじゃあ本当の気持ちじゃないんじゃないですか。なんというかきっかけがなきゃ動けないなんて」
また白鳥さんが少し笑う。そして白鳥さんも石を一つ持って川にぼちゃんと投げ入れた。
「他人に何も言われずに,環境にも流されずに,自発的に動かない限りそれは本当の気持ちじゃないか。
 すごいね,君は。そして残酷だね」
俺は何も答えられずにいた。なんとか
「すごくはないです」とだけ答えた。
俺は下投げでぼちゃぼちゃと石を投げ続けた。
白鳥さんはたったままだ。
別に何も解決してなどいない。でもうんざり感よりかも自分が意地をはっているだけ感のほうが大きくなっていた。
白鳥さんがおもむろに言った。
「からすも啼かないし帰るか」
俺もおもむろに立ち上がり言う。
「蛙は啼いてるし」
二人で川から車道にむかってとぼとぼと歩く。
白鳥さんが前を歩きながら振り返らずに聞いてくる。
「で,どうする?カーネーションでも買う?」
「こんな時間じゃ買えないし」
「それはそうだ」
白鳥さんを前にしてとぼとぼとぼと歩く。
「でもな,きっかけのせいで言わされてる言葉でも贈り物でもそれだけでも伝わるものがあるんだよな。
 逆にそれに意地になって反抗して何もしなかったら絶対に何も伝わらない。まあそんなことは
 君は十分わかってるんだろうけどね」
ああ,わかっている。でもわかっているからこそ俺は動けなくなる。
踊らされるなんて今の俺には耐えられないんだ。
自分で踊らない踊りに何の意味があるんだ。
「じゃあ,おやすみ」
T字路で唐突に白鳥さんはそう言って俺とは別の方向に歩いていった。
「あ,おやすみ」
今度は一人でとぼとぼと歩く。
一人で歩くとすぐにアパートに着いた。
アパートからは寂しそうな光がもれている。
決心も何もしないまま玄関を開ける。
「…ただいま」
部屋の奥からちょっとはった感じの声で返事がある。
「あ,おかえりー。遅かったわねー。ちゃんと手洗いなさいよー」
「あ,うん」
何もしなかったら絶対に何も伝わらない。
白鳥さんの言葉が蘇る。
もちろん感謝してないわけじゃない。じゃあ俺はいったい何と戦っていて何にひっかかってるんだ。
こんなのはくだらない意地だ,そう思い,少し心に覚悟を決める。
「あのさ」
「あ,ご飯はテーブルの上に置いてあるから,悪いけどチンして食べてくれる。
 ちょっと明日パートで早いから,母さんもう寝るね。ごめんね,おやすみ」
そう言って母はしきりを閉めた。
「あ,うん。おやすみ」
俺はそう言うしかなかった。
覚悟を決めた途端にこれだ。意地をはっていたからこれだ。
俺はいつでも遅すぎる。くだらないことにわずらっていて肝心なものを零してしまう。
ぼーっとした感覚のまま寝る用意をした。
自分の寝床に戻って窓から空を見る。
窓の外では月が浮かぶように光っていた。
外がやたら明るかったのはあの月のせいだったんだ。
言えばよかったんだ,恥ずかしかろうが,ばかっぽかろうが,それで伝わるのに。
突然世間のうまくやってる人達が立派に思えてきた。
たぶんあの人達もこういう葛藤の果てに花を買ったり,カードを贈ったりするのだろう。
そしてそれで伝わるんだたぶん。
でも俺は言えなかった。それが現実だ。
俺はふがいないんだなと思いながらまん丸の月をみながらつぶやいた。

今宵は満月です。

ありがとう



この話は題名と最初の一文と最後の一文を繋げるだけで言いたい事を全部言えてしまいます。それでもそれ以外の部分も書いてしまうのはやっぱり葛藤があるからですよね。













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