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森という有機体

 禁忌とされている森の中に入った。

 別にしきたりに逆らってやろうだとか、そんな反骨精神があった訳ではない。その森は入る事が禁止されているお蔭で、手つかずの自然が残っている。私はその自然を楽しみたかったのだ。

 森とは、一つの有機体と見做せると私は思っている。単細胞生物が集まって、細胞群体。その細胞群体の細胞達が連携して多細胞生物となり、多細胞生物が集まって群となって、更にそれらが連携して社会となる。そして、多種多様な生物が集まって生まれるのが、森などの自然なのではないだろうか。

 自然の中の各生物達は、連携しているとしか思えないような結びつきを観せていると私は思う。ただし、それは私達が想像するような生物ではない。だから、私達は普通、それらを生物としては捉えられない。仮に何かを食べているとしても、それを捕食行動とは思えないだろう。ちょうど、私達とまったく形態の異なる生物である植物の食事が、私達にとっては食事であるとは思えないように。

 もっとも、食虫植物の捕食行動のような例外もあるにはあるが……。

 

 瑞々しい緑を身に纏った美しい蛙。10センチ程もある巨大なナメクジ。初めて見る珍しい蝶々。毒々しい色をしたキノコ。木々の隙間から漏れて頼りなく微かに到達する光を糧に健気に成長している小さな草。

 鬱蒼と茂る木々を掻き分け、時折発見するそれら動植物に、私は目を輝かせていた。そして、そうして良い気分でしばらく進んだところで、不意に私は甘い匂いをかいだのだ。

 こんな森の中に不似合いなその匂いに、私は著しく好奇心を刺激された。ハチミツを想像する。もしかしたら、ミツバチが巣を作っているのかもしれない。

 私はその甘い匂いを探して、森の奥に進んだ。ミツバチならば、木の上のはずだが、その匂いはどうやら地面の下の方から漂って来ているようだった。

 不思議に思いつつも進むと、やがて人が一人入れるほどの大きな穴が目に入った。緩やかに下る横穴になっており、どうやらその中から甘い匂いは漂って来ているようだった。

 普通、甘い匂いを発するのは花だ。しかし、地面の下には、当たり前だが、花が咲くはずもない。

 少し考えて、私はもしかしたら新種のキノコでも生えているのかもしれないと考えた。強烈な甘い匂いを発するキノコ。そんなものが未だに発見もされずにいるというのは奇妙に思えるが、もしかしたら甘い匂いを発するのには特殊な条件があって、今まで見つかって来なかったのかもしれない。

 いずれにしろ、この穴の中に入って確かめてみれば良いだけだと、私は穴の中に足を進めた。穴は少しずつ狭くなっている。湿気がやや強かったが不快ではなく、そしてとても温かった。なんだかとても心地が良い。甘い匂いは進めば進むほどに濃密になり、まるで夢の中にいるようだった。

 あまりの濃密な甘さに酔ったのか、それとも温かさの所為で眠たくなってしまったからか、私は躓いてしまい、穴の奥の方にまで滑り落ちてしまった。しかし、それでも私はそれを苦痛にも不快にも感じなかった。むしろ、そのまま寝に就いてしまいたい程の心持ちだった。相変わらずの濃密な甘さ。温かい。強い湿気すらも心地良く感じる。

 私は本当に一眠りしようと思い、目を閉じかけた。少しくらい平気だろうと。しかし、その時、視界の隅に何か白い物が入ったのだ。初めは木の根っこか何かだと思った。だが、それにしては少々質感が硬すぎるように思えた。石のようだ。だが、石にしては細長過ぎる。

 そこで私は我に返った。

 ――これは、骨だ。

 慌てて確認してみると、やはり骨だった。しかも、人の腕の骨に思える。引っ張ってみると半分埋まりかけた人骨が、ずるりと出て来た。恐らくは、まるまる一体分あるのではないか。

 頭蓋骨が転がって、カタと鳴った。まるで笑ったように思えた。

 それからよく目を凝らしてみると、薄暗い穴の中にいくつも似たような骨があるのが見えた。全てが人間の骨とは思えなかったが、中には人骨もあるはずだ。

 ここは危険だ。

 私は急速に恐怖と危機感とを覚えると、慌てて穴を登り始めた。食虫植物の粘膜に囚われ、なんとか逃れようと必死に足掻いている小虫を私は想像した。

 這い出るように穴から出る。穴の中から漂ってくる甘い匂いは、まるで私を捕まえようとしているかのように思えた。しばらく走り、穴から遠ざかると、そこでようやく私は立ち止まった。

 安堵の息を吐き出す。

 

 あの穴は、一体、何だったのだろう?

 

 それから私は考えた。あの穴は、或いはこの森という有機体が食事をする為の罠だったのではないだろうか?

 外からやって来た私のような動物を捕らえ、消化し、この森の栄養分の一部とする。私は後少しで、この森に食べられてしまうところだったのかもしれない。

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