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ギルドのチートな受付嬢

作者:夏にコタツ
8/13 所々修正しました。内容に変化はありません。
9/16 誤字修正しました。同上。
9/26 誤字修正しました。同上。
「いらっしゃいませー……」

 私は覇気なく来店した客を出迎える。
 やってきたのは四人。
 見たことない顔の一見様。
 脳筋っぽい剣士。根暗っぽい魔術師。腹黒そうな回復術師に、下卑た笑顔の盗賊。
 盗賊といっても犯罪者じゃなくて職業……クラスだ。
 クラスやレベル、HPやMPみたいなステータス。その他諸々が私の視界に表示されている。
 鬱陶しいが、ここでは重宝してるから我慢だ。

「おうねぇちゃん。依頼確認してぇんだけどよ」

 脳筋剣士がカウンターに身を乗り出して聞いてくる。
 人に聞く前に一回探せやボケ。
 のど元まで来た言葉を飲み込み、左の窓際を手の平で示す。

「あちらに一覧がございますのでー……」
「おう、わりぃわりぃ!」

 ぞろぞろと四人組は依頼が張り付けてある掲示板の元へと歩いて行った。
 脳筋剣士が退いたおかげで開けた視界には、幾つものテーブルと椅子が並んでる。

 ここはギルド連合のリュネヴィル支部。
 ギルド員の登録や所属ギルドへの斡旋と仲介、依頼任務の受注と斡旋、それに達成確認なんかが主な仕事内容だ。

 で、話は戻って目の前ホールに広がるテーブルと椅子の用途だけど、ギルド支部はギルド員の休憩所や情報交換の場も兼ねてたりする。
 でだ。

「仕事しなよ……」

 そのテーブルは現在満席。壁に凭れ掛かって立ち食い立ち飲みなんかしてる奴もいる始末。
 ここはそーいう機能はあっても居酒屋じゃねーんだぞ。
 私の怨嗟の声に、カウンター席に座ってるおっさん剣士がガハハと笑う。

「そりゃ無理だ! この街にゃ酒場も食堂もほとんどねーんだから!」

 うるせぇよ酔っ払い。こういう輩は構うと付け上がるからな。無視するに限る。
 と無視しようとしたら、隣のおっさんが便乗した。

「安い! 美味い! それよりなによりイリアちゃんみたいな美人がいる!」
「リュネヴィル支部最高! イリアちゃん様様!」

 酔っ払い共はジョッキを突き出しあってさらに盛り上がっている。
 相手にしなくていいならどうでもいいや。
 でも、この酔っ払い共の言うとおり、この街リュネヴィルには飲食店が少ない。
 正確には少なくなってしまった、って言うべきだろう。
 しかも、その原因は私のせい。本当に申し訳なく思ってる。
 ……のに。

「イリアちゃんも一杯どう!?」

 なんておっさん剣士の横で飲んでるおっさんが元酒場の店長だったりする。
 言っておくが、ダメ人間になって飲んだくれてるわけじゃない。
 もともと酒が好きで酒場をやっていたらしいんだけど、この支部のせいで売り上げが落ちてきたから店をたたんだ。
 そこで私が頼み込んで、その仕入れ先との繋がりをウチで生かして貰うことになった。
 所謂商業ギルドに所属した形だ。
 おっさん剣士と仲間が行商の護衛について酒を運送してきてくれたのが今日。
 今は打ち上げの真っ最中というわけだ。

「うちのババアはちゃんとやってんのかねぇ」
「勿論です。セシリータさんの包丁捌きは絶妙ですから」

 今度は真剣な話っぽいから真面目に答えておく。
 本当に助かってるから、辞められちゃっても困るんだ。けっこうマジで。

「ほんとイリアちゃんには感謝してもしきれないよ……」

 酔っ払いの躁鬱ってホントめんどくさい。
 それに、感謝したいのはこっちだ。
 セシリータさん以外にも、もともと飲食業を営んでた人たちがこの支部で働いてくれてる。
 こっちが客を攫ってったのに、恨み言一つ言わずに、だ。
 飲食店が潰れていくって聞いた私の頭に浮かんだのは、前世の記憶。
 慣れ親しんだ商店街に人が通らなくなって、色鮮やかだった商店街がシャッターの灰色や白に埋まってしまった光景だ。
 その二の舞を私は必死で止めたくて、支部長には支部の増築を、飲食店で働いてた人たちにはそこで働いてもらえるよう頼み込んだ。
 ここの人たちの気性なのか、皆受け入れてくれて……というかむしろ働かせてくれって言ってきてくれて、今では健全な雇用体制に落ち着いている。
 そうしてできたのが今の支部。
 リュネヴィルなら美味い郷土料理と見たことも聞いたこともない料理も食べられる。
 そんな触れ込みが今では定着してしまっているらしい。
 そのおかげでこの有様。
 ギルド支部としてより飲食店として儲かってるってどうなんだ。

「ねえちゃん、この依頼受けるぜ」

 我に返ると、目の前には脳筋剣士。
 掲示板から剥がしてきた依頼表を差し出してきた。
 依頼表を受け取り、手元にある二枚のガラス盤の間に挟み込んでおく。

「魔物の討伐依頼ですね……。では登録証の提示をお願いします」
「おう!」

 提示された4枚の登録証を受け取り、ガラス盤に翳す。
 魔力を込めると、淡い光がガラス盤を包む。
 ガラス盤は魔道具で、所謂スキャナーだ。違反歴やランク、登録ギルドの契約を照らし合わせて依頼の受注が可能かどうかを判定してくれる優れものだ。
 受注完了を示す青い光へと変化し、発光は消えていく。因みに受注不可は赤い発光に変わる。
 依頼表の裏に4つの文字列があることを一応確認。
 登録証の裏も見て、簡潔な依頼内容と討伐数が記入されていることを確認しておく。
 よし大丈夫。
 これで何かあっても私のせいじゃない。不思議技術万歳!

「受注登録が完了しました」

 登録証を脳筋剣士に返却する。

「該当地域以外での討伐はカウントされませんのでご注意ください。……御武運を」
「おう! いくぞ!」

 4人組を見送りながら私はそれを眺めていた。

「どうしたんだいイリアちゃん。……まさかあーいうのが好みなのか!?」
「まさか。あの人たちの能力なら二手に分かれてもう一つ受注したほうがいいのになーって思っただけです」
「あー……言ってやりゃいいのに」
「勤務内容にないので」

 そんな面倒なことしてられるか。
 誰だって自分の戦闘能力を数値化なんてできないから、今みたいな勿体無い人たちや死に急ぐ人たちがいるわけだ。
 さすがに死なれると後味が悪いから後者は忠告するけどね。
 ほとんど無駄だったけど。
 まぁ無駄だったのは本人たちだけで、周りにいた人たちはちゃんと忠告を聞いてくれるようになったりした。受注した時と死亡が確認された両方のタイミングにいなきゃわからないから、ほんの少数だけどね。

「イリアちゃんにかかればなんでもお見通しだからなぁ」

 そう苦笑するのはボリスさん。傭兵ギルドの一員で、職業は剣闘士だ。
 飛龍退治なんて無茶なことをして死んでしまった人たちを一緒に止めてくれた良い人。

「なんでもは知りませんよ……」

 人の過去とか気持ちとかは表示されないし。

「またまたご謙遜を」

 ボリスさんは好物のから揚げに齧り付く。
 敏捷性やスタミナといったステータスに微妙な変化が生じた。簡単に言うと、食ったら胃もたれするし消化にエネルギー使うからいつもより体力持たないよ、ってことだ。

 固有スキル【神の目】スキルレベル10
 効果:見たもののステータス・スキル・潜在適正・状態・装備内容が詳細に表示される。

 敵のスキルとかステータスも分かる。敵の残り体力なんか分かると戦う方は楽だよね。あと状態で体の弱点部位とかも。
 私はもう絶対戦わないけど。
 なんで転生してまで辛い思いしなきゃいけないんだ。

 今の私はイリア・シュルツ。
 家畜みたいに働かされた平凡男子、秋野友昭じゃない。
 ……そう。私は転生した。

 普通の家に生まれ、普通に生きた前世の私。
 そんな私が就職したのは、ブラック企業。当時の私は社畜だということにも気付かず頑張って働いた。なんの疑問も抱かず、それこそ家畜のように。ブヒ。
 久しぶりに終電以外で帰れて、夜寝て起きたらいきなりチカチカするような空間にいて、光の玉が目の前にあった。

「ワリ。同姓同名の人と間違えちゃった」

 寿命で死ぬはずだった同姓同名の人と間違えて、俺だった私は死んでしまったらしい。

「新しい人生、始めてみない?」

 私は迷った。
 自分の人生を振り返って、自分が幸せになる姿が想像できなかったからだ。

「今ならチートし放題!」
「のった!」

 私は即答した。
 普通の容姿、普通の能力だからダメなら、チートならいいじゃないか、と。
 転生先は、夢と魔法の国……じゃなくて、剣と魔法の世界。
 話を聞くと、どうもレベル制とスキル制のMMORPGをごちゃ混ぜにしたような世界らしい。

「君がいた世界も私から見るとそんなもんなんだけどねー。あ、君は全スキル適正無しの限界値3。固有スキル無しの何をやっても普通人間だったね」

 やかましいわ。
 今思うと挑発だったのか、もうありったけのチート能力を付加させてやった。
 超人・俺の誕生だ。
 次に問題になったのが容姿。

「ありとあらゆる種族がいるよ。亜人獣人魚人鳥人、竜にエルフに鬼にドワーフ。妖精だってなんだってありさ~」

 私は悩んだ。
 強かったら絶対戦闘に駆り出される。なら、戦闘が少ない種族がいい。それと、獣の一部が混じってるなんてダメだ。それが許されるのは女の子であって野郎じゃない。

「……エルフで」

 だいたい人里から離れてるって設定だし、何より女の子に美人が多い。

「容姿は?」
「超絶イケメンの細マッチョ! ついでにナニも大きく絶倫で!」

 今思い出すと、俺だった私って本当に最低だと思った。
 だけど、私は失念していた。
 気づくべきだったんだ。

「じゃあいてら~」
「はい! ありがとうございました!」

 おそらくいってらっしゃいと言った神様(?)に感謝なんかしてないで、

「……あ、やべ」
「え?」
「しくった。エルフの女の子になっちった」
「なにぃぃいいいいいいい!?」

 この神に、ドジッ子属性がついていることを指摘してやらなきゃいけなかったんだ。


 生まれてから、私は違和感と戦いながら必死に生きてきた。
 何故必死だったか。
 女の子の体に慣れなかったから? ちがう。そこは結構すぐ慣れた。というか子供にはほとんど違いなんかない。
 両親が私を恐れて育児放棄したからだ。
 襲ってきた人間を撃退したのに、逆に追い払われるとは思わなかった。
 もうエルフなんか頼らない。しかもエルフの里って森の中だから、虫がそこらじゅうにいるんだよね。
 虫は前世でも現世でも大嫌い。
 たぶん育児放棄されてなくても出てったと思うわ。
 で、次に生きる場所を探さなきゃいけなかったんだけど、最低条件として安心・安全という2つの柱があった。
 魔物をなぎ倒し、犯罪者のほうの盗賊をぶっ飛ばしながら世界を安息の地を求めて彷徨った5年間は黒歴史。チート能力を抑えるのに二年もかかってしまったのが最大の原因。もう何も殺したくありません。
 最終的に行き着いたのはリュネヴィルのギルド支部だった。
 リュネヴィルがあるロンドヴィル王国は凶悪な魔物の生活圏は人の生活圏から遠いし、種族同士のいがみ合いも少なくて、他国との関係も悪くない。
 ギルド支部は強盗に襲われる心配もないし、住み込みもできるうえに給料も悪くない。
 すぐに支部長に相談して雇ってもらえたところまでは良かった。
 問題は、気に入られようと思ってスキル全開で作った料理だった。
 これでギルド支部は大繁盛。
 で、さっきまでの話に繋がるわけだ。

「イリア。お疲れ様」
「あ、お疲れ様」

 カウンター裏の事務所からリアが顔をだす。
 黒猫の獣人で、耳と尻尾が生えている以外はほとんど人間と変わらない美少女。黒髪のセミロングがところどころ跳ねていて可愛い。もふもふしたいお。

「リディさん5番だから、厨房入ってくれる?」
「わかった」

 5番は退勤。因みに7番はトイレで10番は犯罪者のこと。
 リディさんは昔定食屋をやっていた女将さんだ。定食のメニューはそのまま支部でもやってもらってる。私が鑑定スキルと調合スキルを使ってほんのちょっと味付け変えたけど。
 リアに受付を任せて厨房へ。

「イリアちゃんが厨房!?」
「聞いたか野郎ども!」
「「「「うおぉぉおおおおおおおおお!」」」」

 後ろで変な雄叫びが聞こえた気がしたけど気にしない。
 エプロンを交換して手を洗い、厨房に入るとリディさんに会った。

「今日もありがとうございました」
「やだよ。雇われてるのはあたしだよ?」

 快活に笑うリディさんに、厨房にいた人たちもつられて笑う。

「いつまでも他人行儀はおよしよ」
「感謝してるのはこっちなんだから!」
「ほんとほんと! うちなんてもともと潰れてたようなもんだったんだから!」
「「「あはははは」」」

 重なり合う笑い声に、私は少しだけ心が温かくなった。

「イリア! オーダー!」
「あ、はい!」

 ホールで給仕をしてる子から切羽詰った声が厨房に響いて、慌てて持ち場に走る。
 私が入るのは炒めたり焼いたりする焼き場。鑑定スキルのおかげで微妙な焼き加減が簡単だからだ。それに、味付けの微調整もしやすい。

「イリアちゃん、受付にいるときと比べて活き活きするわね!」
「本当に料理が好きなのね~」

 こんな会話をしながら、手元ではガンガン料理を進めていく奥様方。この辺りは完全に経験値で負けてる感じだ。

「あんなむさ苦しい男ばっかりじゃ愛想も振りまきたくなくなるか!」
「あはははは! 違いない!」

 ええ全く。男に愛想振りまくなんて御免です。
 むしろリアたちとイチャイチャしたい!
 イチャイチャどころか火と格闘すること4時間。

「チョコバナナパフェ、バニラアイスできました~」
「はいは~い」
「……終わった~」

 食堂の時間は終わって、これからは酒がメインでおつまみとか軽いメニューだけ。
 奥さんたちにも自分たちの生活があるから、食堂メニューラストオーダー1時間前には皆あがってもらってる。
 体力的には大したことないんだけど、精神的な疲れはどうしようもない。
 読み書きや発音は勿論異国のものだから、翻訳スキルがなくて知らない言葉だらけだったと思うとぞっとする。

「イリア、お疲れ様」
「あ、はい」

 夜の部で厨房に入ってくれるフランクさんだった。
 茶髪に碧眼。いつも優しげな微笑みを浮かべてる皆のお兄さんタイプの人だ。
 皆この人を虫も殺せないような人だって思ってるらしいけど、私はそうは思わない。
 だって、ギルド支部長だし。レベルもスキルも王国騎士団以上だし。

「今日はもう休む?」
「いえ、明日の仕込みはやっておきたいので」

 この人には雇ってもらった恩があるから未だに頭が上がらない。

「そっか。いつもありがとう」
「いえ……」

 ありがとう。
 感謝の言葉を聞くたびに、私はちょっとした罪悪感に襲われる。

 ステータス:魅力……9999

 サブでもカテゴリがステータスだから鍛えれば(磨けば?)上がるし、魅了の邪眼とか魅了の黒子とかのスキル効果以外に魅力にボーナスポイントが加算される。
 だけどね、サブステータスの上限って99なんですよ。
 なんだよ9999って。FFか。
 一応9999の効果としては、常時発動・強度[S]・耐性無効。所有者が見たもの、所有者を見たもの、所有者の声を聞いたもの(省略)邪眼とか黒子とか声とかの魅了系スキルがレベル10の効果も全てありますよ……ってもう呪いだろそれ!
 おかげで、ですよ。

 固有スキル【神王結界】スキルレベル10
 効果:彼我のあらゆる物理攻撃・魔術・精霊魔術・古代魔術・神聖術・呪術・の各スキルを無効化。状態異常・状態変化・精神干渉のスキルを遮断。消費MP=999/sec

 1秒間に999だよ!? カンストした普通の化け物でも十秒しか持たない最強の結界を常時発動してなきゃいけないっていうね。
 何の罰ゲームだよ……。
 自分も相手も無効にする術って、使い道あったんですね。
 前世の時なんかRPGで一回も使わなかったわ!
 使いまくったおかげで自分の体の形に結界張れるようになったわ!
 MP0000009999でよかったわ……。

 スキル【魔力回復】スキルレベル99
 効果:毎秒最大MPの九割九分が自動的に回復。状態を問わず常時発動、無効不可。

 ってことで寝てても大丈夫!
 MPの上限見えてないんだけどね! 回復量は神の目でも見えないから逆算することもできないし。

 で、だ。
 呪いみたいなステータスとスキル効果を打ち消すためにスキルを自分にかけたりしても、それでもやっぱり優しい声をかけられたりすると魅了効果が漏れてるんじゃないかって不安になる。
 なんか、騙してるみたいで。
 まぁ魅了を抑えられてなかったら捨てられたりしないんだけどさ。

「イリア?」
「へ?」

 気づいたら、フランクさんが心配そうな表情で顔を覗き込んでいた。

「大丈夫?」
「あ、すいません。ちょっと考え事しちゃって」

 仕込み仕込み!
 味噌と醤油は……ちょっと心許ないかな。他の人だと駄目だけど、フランクさんなら錬金術スキルと調合スキルを私が使えること知ってるから、気兼ねなく補充できる。
 本当は熟成と発酵に古代魔法の時空魔術も使ってるんだけど、錬金術ってことで納得してもらってる。古代魔法は現代人には解読できなくて、一応世界で二人しか使えないってことになってるし。中でも時空魔術は禁術指定だし。
 できる限り迷惑はかけたくないから、農業ギルドの人に頼んで味噌と醤油、あと日本酒と酢も作ってもらってるけど、まだいい成果はでてないみたいだ。

「これでよしっと……」

 アイスの追加にプリン、ティラミスとクレームダンジュとかのデザート系も完了。あとは冷やしておけば明日出せる。野菜やお肉、ケーキとタルトは朝の仕込みだから大丈夫。

「支部長、先にあがらせていただきます」
「うん。お疲れ様」

 ああん? 俺より先にあがるつもりかぁ?
 とか言う上司じゃなくて本当に良かった。

 三階の一室が私の私室。
 増改築前は事務所の奥に宿直室みたいなのがあって、そこに寝泊まりしてたんだけど、支部長に押し切られて立派な一室を使わせてもらってる。なんと浴室とトイレ付。
 因みに、三階の他の部屋は支部長の私室に執務室、それと応接室に資料室だ。
 二階はフロア四分の三が食堂で、残りが個室。
 一階がギルド事務室と更衣室と受付、待合室兼集会所兼食堂、それと厨房。
 ギルド本部の中でも結構大きめ、支部の中では最大級らしいけど、抱えてるギルドの規模とか常駐してるギルド員の数じゃなくて食堂としての規模っていうのが悲しい。
 傭兵ギルドとしては比較的平和。
 商業ギルドが頻繁に訪れる程の特産品もなければ、海が近いわけでも主要街道を通っているわけでもない。
 魔法ギルドは魔法の研究が盛んだったり良い素材が手に入るところに拠点があった方がいい。
 工業ギルドが居座るような鉱山資源があったりするわけでもない。
 農業ギルドはまぁ普通。特産品はないけど、米は絶賛品種改良中。
 盗賊ギルドは壊滅状態。こいつらはいなくていい。
 盗賊か……。

「神の目もややこしいんだよね……」

 ふかふかのベッドに横たわりながら目を擦る。
 神の目で表示される職業……クラスは、所持スキルによる称号みたいなもので、実際に所属してたり営んでたりする生業とは別物だったりすることもある。
 痛覚遮断スキルと疲労障害解除スキルの両方を、レベル7以上に上げることで得られる称号バーサーカー。
 会ったのは妹のために寝る間も惜しんで仕事をしまくった優しいお兄さんだった。称号獲得ボーナスで腕力が上がって、妹さんを肩車していたのが微笑ましかった。あの時ほどこの目を恨んだことは無い。妹さん泣かせちゃったし。
 なんというか、調子のって考えなしにチートしまくった罰がいろんなところで与えられてる感じだ。
 平凡を嫌った私が自分から平凡を装わなきゃいけないとか、ほんと天罰だよね。


 ぐっすり眠ってぱっちり起きた早朝。
 シャワーを浴びて歯を磨いて、拘束装備から専用装備に着替える。
 純白の生地にところどころ水色の紐があしらわれたブラ、ショーツ、ロンググローブ、サイハイソックス……鑑定スキルで表示される名称は[巫女の枷]シリーズだ。
 もともとは邪神の生贄にされる女の子のステータスを低下させる呪具だったんだけど、邪神をぶっ殺して譲り受けた。
 錬成スキルで装備効果を10倍にして、装備品の効果を倍増させる首飾り[神の加護]を装備して、これでステータスを四十分の一に低下することができるようになった。やっと手加減すれば大の大人並みの化け物レベルに落ち着いたわけだけど、どうせならステータスだけじゃなくてサブステータスまで低下させて欲しかった。
 で、エプロンドレスを着て一階に下りる。まだ出勤時間じゃないけど、顔を出しておくのが習慣になっていた。起きてるから手伝えることがあったら言ってください、みたいな感じ。

「おはようございます」

 ホールに顔を出して、受付の二人にも声をかけておく。
 はっきり言って野郎の相手をしなきゃいけない受付業務は鬱だから、不快な思いをさせて辞めて欲しくないしね。人間関係は大切に。

「あ、おはようイリア」
「おはよう」

 今日の受付にはリアがいた。
 短めのスカートの下で揺れる尻尾が可愛さ倍増。癒される。
 もう一人は普人のリュック。エルフが嫌いなのか、あまり話しかけてこない。こっちとしてはありがたい限りだ。

「エクトルさんが探してたよ。見つけたらすぐ来てほしいって」
「エクトルさん? わかった」
「わ、わかったって言いながら、どうして撫でるのをやめてくれないの?」

 リアが可愛いからだ。
 もう少し癒させておくれ、と思っていたら、客らしき二人組が来店してしまった。
 仕方ない。エクトルさんのところに向かおう。

 エクトルさんはこの街の領主。
 なんとかっていう戦争ですごい戦果をあげたおかげで爵位と領地を貰えたけど、平民上がりだからこんな何にもないところに追っ払われてしまった人だ。因みにこれ、自分で言っていた。
 フランクさんよりも気さくな人で、しょっちゅう街を散策する。仕事はないのだろうか。
 領主の館の前まで来たけど、門番の人に止められてしまった。なんでも西門のほうに行っているとか。上司のたらい回しには慣れています。
 西門に着くと、門番の騎士と護衛に囲まれてエクトルさんが何やら難しい顔をしていた。

「おはようございます」
「ああ、イリア。おはよう。呼びだててしまって申し訳ない」

 頭を下げるエクトルさん。
 あまり領主が人に遜ってはいけない気がするけど、周りの人も苦笑してるくらいだし放って置くことにした。

「いえ。それより、何か問題ですか?」

 私を呼ぶということは、十中八九ギルドへの依頼絡みだ。
 事務員は書類と情報伝達関連で事務室から動けないし、支部長が支部からひょいひょい離れられるのも問題があるから。
 フットワークが軽いといえば聞こえはいいけど、結局使いっ走りですよね。慣れてますけど。

「まだ確証はないんだが……どうやら西の街道にロンドベアが出たらしい」

 ロンドヴィル・ベア。通称ロンドベア。ロンドヴィルの国中に生息する、前肢が強大に発達した熊型の魔物だ。魔物にしては温厚で雑食なため危険度は低いけど、冬眠から起きた直後や、攻撃をしかけて狂暴化すると下手な傭兵では手に負えなくなる、比較的高レベル帯に位置している。
 だけど、今は春も半ば。雑食の彼らが街道に出てまで食料を探す理由は無い。
 なにせ西の街道の南には、人が立ち入ることのできない魔物の巣食う密林が広がっているからだ。
 食料を求めて街道に出ているとしたら、行商のような一般人にとっては最悪の部類だ。

「……妙ですね」

 食料のことだけではない。
 昨日四人組の受けた依頼で魔物を討伐する地域もここ、西の街道近くだった。
 杞憂ならいいけど、関連しているとしたら厄介なことになる。

「一度支部に戻って調べてみます。討伐依頼は出されますか?」
「ああ。見積もりを頼む」
「はい。では後程」

 支部に戻ると。食堂には朝食を食べに来た人でそれなりの賑わいをみせていた。
 お前ら働け!

「クロードさん、ロンドベア討伐依頼の報酬の見積もり、よろしくお願いします」
「ロンドベアね。わかった! 相場はどんなかな~」

 実際には現在のロンドベアと同ランクの魔物討伐依頼の相場と、ロンドベアの素材の相場も含めた討伐依頼の報酬の見積もり。クロードさんは言わなくても分かってくれる。

「デジレさんは西の街道周辺の討伐依頼の検索をお願いします」
「二か月くらいでいい?」
「はい。お願いします」

 皆私よりベテランなのに聞き分けよすぎ。しかも仕事の速い有能な人ばかりで本当に助かる。
 私は外で調べもの。服は……このままでいいや。
 視線を感じて振り向くと、リアとリュックがぼーっとこっちを見ていた。

「どうしかした?」
「う、ううん! なんでもない!」

 上司に見つかったわけでもないのに、真っ赤になるほど慌てて受付に戻るリア。
 可愛いけど、ちゃんと仕事はしようね。
 リュックはどうでもいい。


 支部の裏口から出て南門に向かう。

「お、イリアちゃん。おでかけかい?」
「はい。少し散策です」
「気をつけてな」
「ありがとうございます」

 この世界でも御多分に漏れずエルフは人間嫌いだ。だから私のような人間社会で仕事をしているエルフは極稀で、顔パスできるくらい知れ渡っていたりする。
 決して服装のせいではないと思いたい。
 さて、南門から少し迂回するように南西の密林へと歩みを進める。
 とはいっても、足を踏み入れる必要はない。
 ていうか虫多くて無理。

「このあたりでいいかな」

 周囲を見回しても人の気配はない。
 よし。
 固有スキル【千里眼】発動っと。

「ぎゃぁああああああああ!」

 む、む、虫っ、虫がいっぱいいっぱ、いっぱ――……


 失☆神


 うう……、気持ち悪い……。

「イ、イリアちゃん!? 大丈夫かい!?」

 帰る途中、南門の門番さんが心配そうに近寄ってくる。
 ああ、大丈夫そうに見えますか……?
 なんて愚痴をいうくらい精神的にやられてるし、それを口にできないくらい心が折れてます。

「大丈夫です。すこし日光に当たり過ぎて……」
「そ、そうか。そうだよな」

 我ながらなんだその言い訳はと思ったけど、門番さんはすんなりと理解してくれた。
 そんなに病弱な印象をもたれていたんだろうか。

「歩けるかい?」
「はい……大丈夫です」

 だから服に着いた土を落とすふりして尻を触るな。
 ショック療法で少し持ち直しちゃっただろうが。

「あ、イリアおかえり」
「うう~……リア~」
「ふぎゃっ!?」

 リアに抱き着き心を癒す。
 カウンターで受け付け待ってる人が見えるけど知らん。
 回復するまで頑張れリュック。



「タイラントスパイダー……」

 見積もりを受け取りに来たエクトルさんは応接室でその名前を聞いて硬直してしまった。
 タイラントスパイダー。体と頭の比率的に普通の蜘蛛と同じく小さな頭部が人間の大人くらいある馬鹿デカイ蜘蛛。人を丸呑みするくらい大きな口に、下手な武器では傷つかない外骨格をもつ。鉄も砕く牙と爪には麻痺毒があり、生きたまま骨を粉々にして丸呑みするのを好む。悪趣味だ。しかもじゃかじゃか動いてすばしっこいし、糸は下位魔術じゃ燃えない、生半可な刃物じゃ切れない強度をもつっていうね。
 あれだ。ボスです。暴君っていってるもの。
 しかもボスクラスの中でも上位。
 そりゃあんなのが密林のなかにいたんじゃ他の魔物は怖くて追い出されちゃうよね。
 っていうのが、ここ最近の西の街道周辺で頻発した魔物討伐からの推測。
 密林の浅いところに住んでる魔物から順番に出てきてたし、たぶん間違いない。
 同席したフランクさんもさすがに苦い顔をしてる。

「では、イリア。これからも密林から追われた魔物が押し寄せてくる、と君は考えているわけだ」
「はい。西のウィルヴィルと密林より南西のアール砦に問い合わせれば、より確証を得られると思います」

 たぶんどっちも密林から出てきた魔物の討伐依頼が増えてるだろうし。
 むしろ、そっちに流れていない方が怖い。操られてこっちに流されてる可能性なんて考えたくない。

「フランク。支部長としての意見を聞きたい」
「タイラントスパイダーは災害指定の魔物です。傭兵ギルドと魔法ギルドで連携して大々的に参加者を募り、速やかに対処に当たるのが賢明でしょうね」
「どれくらいかかる」

 エクトルさんの視線は私に向けられていた。
 使い魔の伝令で連合本部に知らせるのは一日で済むとして、そこから各ギルドが集まって……各支部に依頼を出して、集めるのに五日はかけたいけどそれじゃ遅すぎるし……リュネヴィルにくるとなると……。
 災害指定なら国から報酬は貰えるから上限は取り敢えず排除して……複数の編成……あの強度だし、きっとギルドもランクの下限は設定するはずだから……。

「出発まで十日ですね。報酬は2000万ギルズで山分けってところでしょうか」

 ギルズっていうのは、ギルドが発行してる通貨。金や銀、銅なんかの含有率で値が変動する各国の通貨ではなく、普遍・世界共通の通貨として生まれた。転がして利益を出そうっていう人を出さないように、各国の通貨からの換金しか受け付けてなかったり色々しがらみはあるけど、おかげで世界で最も安心安全ってことで広く普及してる通貨でもある。
 閑話休題。

「十日で集められるか?」
「2000万で済むのか?」

 二人の疑問は別々だった。

「十日なのはそもそも時間に余裕がないというのもありますが、篩いにかける意味もあります。実力のある方々は行動力もありますから」

 色々な意味で。

「2000万は基本報酬です。持ち帰った素材で追加報酬とすれば文句は出ないでしょう」

 そもそも、ある程度上位にランク付けされるギルド員は皆金以上に素材に飢えている場合が多い。
 戦士なら武器や防具の素材。魔術師なら媒体や研究の素材といった具合に。
 だから、素材強制引き取り額込みの報酬金額よりそっちの条件のほうが美味しいはず。

「十日集まった人員で成功する見込みがないようでしたら騎士団の方に依頼することになりますので、エクトルさんは騎士団が十四日後にこちらに到着するよう手配をお願いします」

 二人は苦笑いを零す。

「本部と国を脅す気か」
「まさか」

 気を悪くされたようなので、精一杯の笑顔を作る。
 こちらとしては善意でしかない。
 本部には、2000万と珍しい素材が手に入りますよ。でもさっさとしないと国が掻っ攫っちゃいますよ。ってこと。
 国には、2000万(+ギルド支部への仲介料)払うより騎士団五十人のひと月の給料と兵糧の方が安いですよね。ギルドに先を越されないよう頑張ってください。ってことだ。
 ほら、善意じゃないか。ギルドの方が有利なのは、支部で働かせているので。

「時間がないのは確かだが、少し急ぎ過ぎじゃないか?」
「だって、蜘蛛とか気持ち悪いじゃないですか」
「「……」」

 本気で答えたのに、余計呆れられたのは釈然としない。

「今回の依頼ですが、依頼主は私名義でも宜しいでしょうか」
「構わないが……」
「理由を聞いても?」

 確かに街の一大事にたかがギルド支部の受付如きが依頼を出すというのは不自然だ。二人が訝しむのはわかるけど、そんな大それた理由はなかったりする。

「保険ですよ」



 期日となる十日後。
 集まったのはたったの5人。
 でも、応接室に迎い入れたフランクさんと、同席してるエクトルさんは失望した表情はしていない。
 というか、困惑して頭が追いつかないって感じだ。

「イリアイリアイッリアぁ~っ!」
「痛いですよ、ルーラ」

 さっきから抱き着いて頬ずりしてくるのは、褐色の肌と長い耳を持ったダークエルフのルーラだ。
 本来犬猿の仲であるエルフとダークエルフだけど、私たちは異端だから仲がいい。……というか、ルーラが完全に懐いてしまっている。というか好かれている。愛されている。
 百合っこである。
 だが、ダークエルフという特性のとおり魔術スキルに長け、古代魔術を使う二人のうちの一人でもある。最後に会ったときは職業が魔道士だったけど、今ではさらに高位の魔導師。ステータスも魔術特化だ。

「羨ましい……」
「クぅリぃスぅ~?」
「ひぃっ! 嘘です! だからその振り上げた拳を下ろそう!」
「セレナ。今のはきっと、俺もセレナとイチャイチャしたいな~ってことだよ」
「え? ……えぇ~!?」
「ばっ、何言ってんだエリック!」

 そんな漫才を繰り返しているのは、傭兵ギルドの三人組〈常夜の星〉。剣士クリスと闘士セレナ、それと召喚術師のエリックだ。この三人と会ったのは、東の列島諸国を彷徨ってた時かな。悪魔を倒す旅だかなんだかで、一緒に公爵だかなんだかの大悪魔を倒した覚えがある。みんな二十歳になってないのに馬鹿みたいに強い子たちだ。……実年齢は私の方が下なんだけどさ。
 まぁとにかく、みんな元気で旅を続けられてるみたいで良かった。

「イリア様。私を弟子に」
「嫌」
「そんな……」

 崩れ落ちたエルフの青年。エルフは嫌いだ。以上。

「貴様ルーラ……! ダークエルフの分際でイリア様に触れるな!」
「……あんた誰?」

 抱き着いたままルーラは青年を見下す。

「ふ、フフフ……鎮まれウンディーネ。標本にするのはまだ早い」
「すごい……精霊だったんだ……」

 青年の隣にいる女性に漲る力を見て声を上げたのはセレナだ。精霊魔術の適正あるよって教えてあげたけど、まだ手を出してなかったんだね。っていうか、大精霊以外見えてない? スキルは初期値ですら結構上なのに……なんでだろ。

「ウンディーネ……エルフ……あー! あんたヨルクか! エルフの泉の大精霊と契約したバカエルフ!」
「口に気をつけろ黒エルフ。貴様を今この瞬間に氷漬けにすることも我らには可能なのだぞ」
「ハッ。その前にペシャンコにしてやんよ!」

 成長しない人たち。人間より寿命がある分、精神年齢の成長速度も遅いんだろうか。

「二人とも、それくらいにしなさい」
「は~い」
「ハッ」

 よし、静かになった。

「申し訳ありません」

 茫然としてるエクトルさんとフランクさんに頭を下げると、二人は狼狽してしまった。

「いや、いいんだよ。数より質とはこのことだ」

 フランクさんの言うとおりなんだけどさ。
 っていうか、このメンバーなら魔王どころか邪神も倒せるんじゃないだろうか。

「エクトル様、お手数ですが騎士団への通達をお願いしてもよろしいでしょうか。このメンバーを知らせていただければ、問題もないでしょう」
「あ、ああ。それがな、騎士団の派遣は中止された」
「え?」

 あの国王、正気か?

「そういきり立つな。ギルド連合から派遣の必要はないと通達があったらしくてな」
「あー、それ俺らのせいかも」

 片頬の腫れたクレスがおどけながら言う。

「傭兵ギルドのおっちゃんに、俺らが行くから心配すんなって言っちゃったんだよね」
「成程……」

 得心がいった。傭兵ギルドも魔法ギルドも、募集閉め切っちゃったんだね。
 だから、こんなに人が少なかったんだね。

「その代わりと言いますか、常夜の星の方々には登城する旨を陛下から承っております」
「うへぇ。めんどくせ」

 何をさせるつもりか知らないけど、2000万払うかわりに三人を呼び寄せる算段だったのか。確かに、そうでもしないとすっぽかしそうだもんね。

「あれ? でもそれならどうしてルーラたちは依頼を受けることができたんですか?」
「そりゃ勿論、ギルドに依頼出したでしょ? イリアの名前で」
「イリア様からのご依頼は見つけ次第報告するよう、魔法ギルドの職員には仰せつけておりますので」

 二人の執着がちょっと怖い。保険程度だったけど、今後は止めようかな。危険な気がする。
 ともあれ、依頼的には全く問題なしだ。

「注意事項です。持ち帰った素材には品質鑑定を行いますので、くれぐれも留意してください」
「「「 はーい 」」」

 炭なんか持ってこられても困るよ、と。

「あまり生態系を壊さないでくださいね。……御武運を」

 蜘蛛よ。安らかに眠れ。



 結論から言うと、圧勝でした。
 生態系を壊すな、って言ったのを考えてくれたのか、エリックの召喚したワイバーンに皆を乗せて蜘蛛の真上まで無傷で到着。
 飛び降りると同時にヨルクがスプレッドからアイスロックの連携で蜘蛛の関節部分を確実に凍結させて動きを封じ、ルーラがその真上からストライクノヴァで隕石を落として外殻を破壊。
 あとは皆でフルボッコ。最後の締めは、クレスの超絶最強聖輝剣。……ダサイから変えろって言ったのに、また叫んでるし。見た目は完全にセイバーのエクスカリバーでかっこいいのに……。
 哀れ蜘蛛。
 私にその姿を晒したことこそ最大の失敗と知れ。
 ……なんて。
 まさかあの五人が揃うなんて誰も思わないって。


「依頼の達成を確認させていただきました。素材は……」
「「「……」」」

 あるわけないか。

「では、報酬は山分けの一人頭400万ギルズでございます。現金でお渡ししますか? 口座に振り込みますか?」
「「「 口座で 」」」

 ですよねー。

「お疲れ様でした。またのご利用をお待ちしております」

 これで、人知れず上層部だけを震撼させ、人知れずオーバーキルに散った暴君の騒動は終結した。



 ……わけないですよね。
 ただ討伐のためだけに、この五人がくるわけないですよね。

「イリア、俺たちと来てくれ!」
「また一緒に旅をしようよ! きっと前以上に楽しいよ!」
「……それに、南の大陸に悪魔が出たっていうんだ」
「僕たちは、そいつを倒しに行く。力を貸してほしい」

 南の大陸かぁ……。
 ん? 待てよ?

「大丈夫。皆なら勝てるよ」
「力だけの話じゃないんだ!」
「それも大丈夫。新しい仲間が増えるから」

 私の言葉が理解できなかったのか、三人は揃って首を傾げた。
 仕方ない。もう一つヒントをあげようと思う。

「ラント火山に行ってみて。素敵な出会いがあると思うから」

 言ってみてすげぇ恥ずかしかった。
 え、何これ黒幕? 裏で操ってる奴っぽくね?
 と、私が一人で恥ずかしがってる間に、察したヨルクが口を開こうとした。
 だから、しーっていうジェスチャーで黙っててもらった。

「……わかった。イリアの言葉って、なんか当たるしな」
「でも、私たちは友達だよ」
「絶対また会おうね」
「じゃあな!」

 純真すぎる言葉を残して、少年少女は去って行った。
 大精霊、サラマンダーとの契約。
 いつも足手まといなんじゃないかって怯えてたあの子に、ちょっとは自信がつくといいな。
 ……セレナに火傷一つでもつけたらあのトカゲぶっ殺す。

「じゃあイリア、私と結婚しよ!」
「無理です」

 じゃあってなんだ。じゃあって。

「またフラれたぁ~」
「貴女は人に構ってないで自分の可能性を広げてください。古代魔法の解読もいいですが、身体を動かすのも大事ですよ。……そうですね。槍術なんか楽しいと思いますよ」
「それって……」
「自分で考えてください。好きでしょ?」

 問題解くの、って言おうとしたんだけど……。

「うん! イリア大好き!」
「んむっ」
「じゃあまたね!」
「うう……」

 あのキス魔……!
 嬉しかったじゃないか! 元が男じゃなかったら泣いてるところだぞ! しかも普通の人間だったらスキルで洗脳されてるところだ!
 さっさと槍術レベルでもあげて悪魔から魔槍でもかっぱらってこい!

「あの黒エルフ……!」

 あ、こいつまだいたんだ。
 っていうか黒エルフって悪口になってないよね。まんまだし。

「イリア様。私如きを弟子にしてくださいとは言いません。ですが、どうか……どうか長老に会っていただきたいっ……」

 うわぁ……土下座ってやられると引くわ……。
 エルフってプライド高いのに……こんな人前で土下座なんかしたら禿げちゃうんじゃないだろうか。イケメンが勿体無い。どうでもいいけど。

「却下」
「そんなっ」
「どうせあのジジイが呼べって言ったんでしょ? 会いたかったら自分から来いって言っといて。それが最低の礼儀よ」
「……はい」

 とぼとぼと立ち去るヨルク。どうせあの頑固ジジイが村を出ることも人里に下りてくることもない。絶対にな! せめて育毛剤でも送ってやるか、と悩んでいたところで、目の前に大きな力の渦が生じた。

『あの子には助言していただけないのですか?』

 水の女王ウンディーネ。私の好みに合わせて清廉な女性の姿で現れた大精霊に、私は首を振る。
 精霊の言葉も翻訳・通話可。チートってズルいね!

『彼はまっすぐ最良の道を歩んでます。貴女が支えてくれればそれで十全ですよ』
『貴女にそう言っていただけると嬉しいわ。……でも、他の方は何かいただけたのに、と拗ねて道を外れてしまうかも』

 くすくすと笑う大精霊に、私は苦笑を返す。

『仕方ありませんね』

 エプロンのポケットにたまたま入っていたピアスをウンディーネに託す。

『これは?』
『水龍の角から作ったと言われるピアスです。彼と言葉を交えれば、何かが掴めるかもしれません』
『あの子、人の話は聞きませんものね』

 天才故の傲慢というかなんというか。
 お互いの思いが伝わり、二人で忍び笑いを交わす。

『では失礼します。神の子よ』

 次の瞬間、ウンディーネはヨルクの傍に立っていた。彼女から何か手渡され、こちらに走り出そうとしてヨルクはこけた。足元が凍りついて反射していることはヨルクには不幸な事故だと思う。気絶した人間が引き摺られるように動くという怪奇現象が起きたけど気にしない。

 今度こそ本当の終わり。

 ホールにいる人たちは有名人に圧倒されてたけど、いなくなっていくうちにいつも通りに戻って行った。数分も経たないうちにホールはいつもと同じ喧噪に包まれる。
 働けよお前ら。

「イリア、良かったの?」
「え?」

 ホールを眺めていると、いつの間にか隣にはリアが立っていた。

「だって、すごい人たちだったんでしょ? 皆、イリアのこと大切に思ってくれてたみたいだけど……」
「うん。それはすごく嬉しいし、私も大好きだよ。……でも」

 皆の選んだ道はそれぞれのもの。紛い物の出番はない。
 だから私も、自分で選んだ道をいく。
 誰かのためじゃない、自分のために生きる道。

「私、この街と、街の皆が好きだから」

 だから今は、これでいい。
 ここじゃないどこかで道が交わるその時まで。

 ゆるく楽しく、私は生きます。
性転換はフラグをへし折るため。
イリアとしてチートで楽をしながら好き勝手に生きようって思いつつ、結局誰かのために行動してしまうお人よしの話でした。

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