第二話『鬼と呼ばれたガーレンド=ブリッド』その5
「はあ、危ないことしてくれるねぇ、あいつは」
司令塔にいたアースンは、また頭を掻きながら一言つぶやいた。自分でも今日何度頭を掻いたのか、見当がつかない。
それほどにまで、今彼の頭を悩ませているのは、目の前で起きている戦闘である。
あの紫色のMS……『ガンダムバーサス』に乗っている自分の息子のあまりに強引な戦いに、先程から冷や汗が流れていたのだ。
だが、どんなにアームがピンチに陥っても、彼は声を荒げることもなければ、表情を変えることもなかった。
そんな彼の冷たい態度に、横にいたリース達はその人間性を疑った。アースンと違って、リース、シリウス、レインボルトの三人は、終始心配の声を上げたり、罵声を浴びせたりしていたのだ。
友達でさえこれなのに、親はさぞ慌てていることだろう……と思えば、アースンは平然としていた。
リースは、彼のその行動にとうとう腹を立てて、ついに非難を浴びせた。
「アースンさん! なんでさっきっから落ち着いてられるんですか!」
「へ?」
「あなたの息子さんが……アームがあんなことになってるのに、どうしてそんな平然としてられるんですか!」
「どうしてと言われてもなあ……」
アースンは、いきなりそう聞かれて面食らったのか、また頭を掻き始めた。
今日は本当に頭の痒くなる日だ。つくづく彼はそう思った。しかし、リースの質問にこのまま答えないわけにもいかなかった。
リースの表情は、いつになく真剣だったからだ。それどころか、後ろの二人まで恐ろしい顔をしている。
どうやら今の質問は、この場にいる人間達全員が感じている疑問だったのだ。
アースンは、溜息をつくと、仕方ないとばかりに話し始めた。だが、それは質問の答えではなかった。
「じゃあ君達、逆に聞かせてもらうけど、どうしてそんな慌ててるんだ」
「えっ?」
自分が質問していたのに逆に質問し返され、今度はリースが面食らった。後ろの二人も、その一言に一瞬怯んだ様子だったが、彼の質問にシリウスはリースの横から答える。
「そりゃ友達なんだから心配だからに決まってんでしょう! 親父さんは心配じゃないのかよ!」
「いや、別に」
「なっ!」
思いもよらない彼の答えに、その場にいた三人は凍りついた。今まで彼等は、この人は一見穏やかで優しそうな人間だと思っていた。
だが今の一言によって、彼等の中でアースンは、恐ろしい悪魔へと変貌していた。
とても信じられない、自分の息子があんな目にあっていて心配でないとは。リースは、信じられないとばかりに、声が裏返りそうになるほど声を荒げた。
「親子なんでしょう!」
「ああ親子だよ、だから心配しない」
「……えっ」
全く予想のつかないアースンの答えに、三人はまた固まった。しかし今度は凍りついたのではなく、全く訳が分からないからだった。
親子だから心配しない? 普通は逆だ、親子だからこそ親身になって子供のことを心配するのではないのか。
三人が彼の言葉の一つ一つに振り回されていると、アースンは全く変わらない調子で淡々と語り始めた。
「心配するってことはそいつのことを信じていないからだ、少なくとも俺はそう思ってる}
「……」
「俺は自分の息子が生きて帰って来ることを信じてるからな、だから心配する必要が無ぇのさ」
「アースンさん……」
「あいつは俺に似て大馬鹿だ、馬鹿は生きることに一番必死だからな、死なねぇよ。特にアイツは、殺しても死なないんじゃないかな?」
そう彼が言ったその時、アームのガンダムバーサスは、敵から銃を奪い取ったのだった。
一方、一人の男の死を見届けた三人は、何も考えられずにいた。たった今まで目の前で話をしていた男が、たった数秒の間に目の前から消えたのだ……。
警察官である立山は、職業柄人が死ぬ所は何度か体験していた。
なので、ショックで狂うようなことは無かったが、俯いて静かに涙を流していた。
だが一方、そんなことを経験したことが無かったカーポは、人が死んだというショックからか涙すら流すことができなかった。
どうすれば良いかわからないまま、彼の上に落ちてきた瓦礫をじっと見つめながら、突然魂の抜けた人形のように膝から崩れる。
それは、普段のカーポからはとても想像できないような滑稽な様だった。しかし一人だけ、悲しみに暮れる二人とは違って、違う感情を沸かせている男がいた。
彼だけは涙は流さず、力強く歯を食いしばり、拳を血が止まってそうなほどに、強く握り締めている。
今、彼が表にしている感情は、怒りの一つだった。
その男は、勿論この場にいたもう一人の少年、ブロスである。普段はアームら三人組の中では最も冷静な彼が、驚いたことに怒りの感情を露にしているのだ。
彼の今の顔は、明らかに冷静とはかけ離れた表情で、相手を凍りつかせるような殺気をみなぎらせた鋭い眼光をしている。
こんな男に睨みつけられたら、肝の小さい人間は腰を抜かしてしまいそうだ。
すると、その殺気に気づいたのか、我を取り戻したカーポが、いつの間にか流れていた涙を拭わぬまま彼の方を見た。
そして彼の怒り一色の表情を見た途端、昔あったことを何かの連鎖反応のように思い出した。
高校入学する少し前に知り合ったブロス達は、いつも三人でつるんでいた。
当時より不良として名高かったアームとカーポは、教師の目を無視して他校だろうと自校だろうと関係なく喧嘩を繰り返していた。
そんなアームとカーポを自然となだめたり、喧嘩を止めたりするのが彼の役目で、そのおかげでアーム達はなんとか高校に留まることができていた。
ところがある日のこと、アームが少し危険な輩に絡まれたことがあった。
手数は向こうの方が多いうえに、刃物まで持っていたため、喧嘩に自信があった彼もこれには勝てず、危ない状況に陥っていた。
そんな劣勢な状況を、たまたまカーポと一緒に町を歩いていたブロスが見つけたのだ。カーポはそれを見るなりすぐに加勢しようとしたが、その前にあることに気づいた。
ブロスの恐ろしいまでの殺気である。
今のような恐ろしい眼光で相手を睨み付けた後、ブロスは単身で自分が傷つくのも恐れずに突っ込んでいった。
相手は、飛び込んできたブロスを見て真っ先に刃物を振りかざしたが、それでも彼は臆すことなく飛び込んだ。
そして強烈な蹴りで相手の刃物を蹴り飛ばすと、逆に殺してしまいそうな勢いで相手に殴りかかった。
彼の発する殺気に、気の小さかった相手の雑魚達は、みんなその場から立ち去った。そんなことも気づかないまま、彼は刃物で切りかかってきた相手のことを容赦なく殴りつけていた。
いつもは彼に止められる側のカーポも、この時は流石に止めに入り、相手はフラフラしながらもその場から逃げた。
相手が逃げたことにより、ようやくブロスは元の調子を取り戻し、アームの無事な様子を見て心底安心そうな笑顔見せたのだった。
この時にアームとカーポは、ブロスは普段は冷静だが、一線を越えると尋常じゃない勢いで相手に飛び掛っていく人間だと知った。
そしてその一線を越える条件となる火種は、彼にとって大事な人間が何者かによって死に近い状況に陥らされてるところを見たときであった。
何故そうなってしまうのか、アームとカーポだけは初めて彼が怒り狂う所を見た時から理解していた。だが二人は、そのことについては一切触れなかった。
いかに無神経なアームでさえ、それが彼にとって辛い過去を思い出させることになるのをわかっているからだ。
一体ブロスという男がどんな過去を背負っているのか、それを知っているのは今はアームとカーポ、そしてブロス本人だけである。
しばらくすると、ブロスは殺意一色の表情のまま突然走り出した。これを見たカーポは、慌てて彼を追っていく。ブロスが今しようとしていることは明白だ。
そして、それはカーポも同じようなことをしようと考えていたことだった。もはや歯止めが外れたこの二人を止められる者など今はいない。
「待て貴様等! どこへ行く気だ!」
急ぐ彼等の後ろで声の通った立山巡査の怒声が響いてきた。だが、そんな彼の言葉などには耳を傾けず、二人はひたすら走っていった。
最後の歯止めは、なんともあっけなく破られたたのだ。
仕方なく彼も追いかけようとしたが、時既に二人は視界から消え失せようとしていた。
「おい! 人様から頂いた大切な命を無駄にするんじゃないぞ!」
彼の叫び声は、果たして彼等に届いたのか、そのまま二人は砂埃の中へと消えていった。
二人が消えていくのを見て、立山巡査は軽く舌打ちをすると、彼らを追う体勢に入ろうとする。しかし、彼はふとその前に180度回転して、あの瓦礫の方へ体を向けた。
「ガンサさん、本官はあなたからもらった命を腐るまで使って見せる所存であります、どうか安らかに」
そう言って哀悼の意を込めた敬礼をすると、彼はカーポとブロスを全速力で追う。
「そして……あいつらにも馬鹿な死に方はさせんぞ!」
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