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新機動戦士ガンダムバーサス
作:灯宮義流



第二話『鬼と呼ばれたガーレンド=ブリッド』その3



 その頃、カーポとブロスの二人はある場所に向けて一直線に走っていた。彼等の目指す先、そこには醜い瓦礫の山が広がっている。
 瓦礫のほとんどがコンクリートの塊を占める中、一つだけやたら際立つ木製の残骸が山の上に転がっていた。
 木製の残骸には、何かが描かれていたような形跡があり、それはどうやら何かの看板だったようである。
 絵のようなものが描かれているが、崩れた後に埃を被ったのか、それが何なのかはあまりよくわからなかった。
 しかし、そこに書いてあった文字は埃を被ってもまだ見えたため、なんとか読むことができた。
 『パン屋ドリーズ』そう、先程アームがパンを買いに来たあのが、そこにはあった。この瓦礫は元々、あの気の良い親父の経営していたパン屋だったのだ。
 アームはここの常連客だったが、今ここを目指して走っている二人も列記とした常連客なのである。
 だから彼等は、ただ看板の文字を見ただけで判断したのでなく、看板の雰囲気からそこが何であったかを察していた。一心不乱に駆けつけてきた二人は、改めてその参上を目の当たりにする。
 まず、砕け散った店のガラスやコンクリートが、元々店のあった場所に無残にもほとんどバラバラになっていた。
 さらには、所々から鉄骨が剥き出しになっていて、ここで起こった事の大きさを一目で嫌というほどわからせてくれる。
 そして、二人はそれらを見渡していくうち、二人にとって最も見たくなかった光景が目に映った。
 瓦礫の下に人がいるのである、それも少し大柄の中年男性らしき人間が……。
「ガンサのおっさん!」
 二人は揃って、目の前に倒れている人間の名前を呼んだ。
 倒れて気を失っていたこの店の店長ガンサは、二人の声によって、ゆっくりとだが目を覚ます。
 目を開けたガンサを見て、二人は彼が生きていたことに安心し、ホッと息をついた。
 とはいっても、このままでは助かったとはいえない状況である。彼は改めて見渡してみると、上半身は見えるものの、家のコンクリートによって下半身は完全に埋まっているらしい。
 このままだと、彼は本当に死んでしまうだろう。
 ガンサを助けるにはどうすれば良いだろうと脳を回転させていたそんな時である。
 突然後ろから、静けさに包まれたコロニーには相応しくない、声が響いてきた。これは、誰かが自分達を呼ぶ声である。
 その声は、少しずつ二人の元へと近づいてきており、もう数秒もしないうちに自分達の前に姿を現すであろう。
 一体今度は何事かと、二人は勢い良く後ろを振り返った。
「貴様達! 避難勧告がでているんだぞ!」
 声の主は、なんと警察官であった。
 それもこの男、先日アームの初登校日、スカイ・ボードに乗った彼に上手いこと撒かれてしまったあの男、立山総次郎巡査だ。
 アームのことがこの立山巡査に知れているように、この二人のことも彼はよく知っていた。だから彼は、後姿だけでその人間が誰かまでを見抜き、大急ぎで駆けつけてきていたのである。
 走ってきた顔を真っ赤にしながらも、立山巡査は二人に注意を促す。
「今になってまでこんなところで油を売りおって、命が惜しくないのか!」
「この馬鹿おまわり! それどころじゃ無ぇんだよ!」
「状況を見てみろよ、まさかこれを見てもまだそんなことが言えるか?」
 そう言われて、立山巡査は彼等の指差す方向をそっと覗いてみる。すると、彼の目先には瓦礫の下敷きになっている人間が一人いるではないか……。
 今まで怒り顔だった彼は、血相を変えて下敷きになっているガンサの元へと駆け寄る。
「ガ、ガンサさん、大丈夫ですか?!」
「アンタ……おっさんを知ってたのか?」
「知ってるも何も、本官はここに着任して以来、ずっとこの店の常連だ!」
 そう言いつつ、彼はガンサがどのような状況に陥っているかを改めて確かめる。
 ガンサはとても酷い状態であった。腰から下にかけては全て瓦礫の下に埋もれてしまっており、おまけに彼の上に乗っかっている瓦礫は結構な量だ。
 これはここにいる人間だけでは助けられないと、彼は応援を呼ぼうとした。
 持っていた通信機を使い、他に誰かいないか確認してみるも、電波のとおりが悪いのか、全く通じない。次に、携帯電話も駆使してなんとか連絡を取ろうとしてみるが、やはりこちらも駄目であった。
「何故こんなときに……ええい!」
 最後の希望とばかりに、彼は周りをまず見渡してみた。
 しかし、人の気配は全くといって良いほど無く、感じるのはどこからかともなく響いてくる振動と、破裂音だけであった。
 助けをここで呼んだとしても、恐らく誰もこないだろうし、手助けを探しに入ってる間に、ガンサの体力は尽きてしまう可能性が高かった。
 そうなれば、ここにいる三人という少人数だけで彼をなんとか助けるしかなかった。問題はガンサの体力がもつかどうかであるが、見た限り衰弱が激しく、一刻の猶予も無い。
 三人で果たして助けられるのかどうかはわからない。だが、事態は一刻を争う、そんなときに迷っている暇は無かった。
 立山巡査は、とにかく三人で手分けして、彼の体の上にのしかかっている忌まわしき瓦礫を取り除こうと行動を始めた。
 いよいよガンサを救出するための戦いが幕を開けたのである。しかし、ここで突然ガンサの口が開いた。
 とてもか細い声だったが、その口調はそのか細い声とは裏腹に、芯が通っていた。
「おまわりさんもお前等もありがとうよ、だが俺のことはどうでもいいから、君達だけでも逃げろ」
 その一言に三人は一瞬手を止めたが、すぐさま作業を再開した。
「何弱気なこと言ってんだよ、オッサン!」
「まだ俺達は、おっさんのパン食い足りてねぇんだ」
「もう少しの辛抱であります、だから諦めないでください!」
 そう励ましながらも、三人は先程よりも力の篭ったような感じで作業を続ける。
 ガンサは、この危険な状況下で、自分のために命を賭けてくれる三人の姿に、少し決意が揺らいだ。しかしそれでも、彼の言うことは変わらなかった。
「俺のために常連を三人も死なせちまったなんて、パン屋ドリーズの名折れになっちまう……」
「だからさ、俺達もオッサンも生きて帰るんだよ!」
「世の中そう上手くはいかねぇさ、上を見上げてみな」
 彼等はそう言われて、ふと上を見上げてみる。すると、そこには目を疑うような光景が広がっていた。
 このパン屋ドリーズは、少し高いビルに挟まれて佇んでいた。
 少々日当たりが悪いといえば悪いところだったが、それでも客はたくさん来ている店だったのだ。
 だが、今まで特に気にしていなかったこの左右のビルは、今彼等に牙を向こうとしていたのである。このパン屋が崩れたのは、このビルの瓦礫が落ちてきたことが原因だ。
 そして今この時、崩れきっていないビルの瓦礫が、まさにガンサの真上でゆらゆらと揺れていたのだ。
 何かの拍子でバランスを崩そうものなら彼は、いや、今この場にいる三人達もお陀仏である。それを見た三人は、一気に慌て始めた。
「だったら尚更大変じゃねえか! 早くおっさんをこっから出さねぇと、力尽きる前にペシャンコじゃねぇか!」
「俺はもう力尽きたも同然だよ……」
「だから諦めるなって言ってるだろうが!」
 半ば声が裏返ったような声を張り上げるブロスに、ガンサはふっと軽く笑った。その笑い顔は、この状況に似合わない、朗らかなようで、自嘲的な表情だった。
「この瓦礫にな、妻が潰されてんだよ……」
「えっ……」
「ちょっと前までは息があってな、ずっと励ましあってたんだが、お前達がくるちょっと前に声が聞こえなくなっちまった」
「……」
「俺のパン屋は俺の命より大事な仕事だが、俺の妻エリーザはそれより大事な、掛け替えの無い人なんだよ……」
 そう語る彼に対して、彼等は少しの間言葉をかけられなかった。しかし、決して納得したわけではないカーポは、それでもガンサに希望を与えようとする。
「アンタが死んだら、エリーザさん悲しむだろ? こんなところでくたばんなよ!」
「命より大事な人間が死んじまったんだ、もう俺は……死んだも同然よ……」
「そんな訳のわからねえ理屈で……!」
「理屈なんていらねぇさ、俺はもう大事なものを全てを失くしたんだ。この世に未練なんて無ぇ……あとはこの体がくたばるのを待つだけだ」
「……」
「だがな、ここでお前等に死なれたらな、俺は本当に死んだ後もそのことで永遠に後悔することになるんだよ」
「そんなよぉ……」
 最早カーポの目には、薄っすらと涙が浮かんでいる。
 横でそれを聞いていたブロスも、顔を下向けて苦々しい顔で歯を食いしばっている。
 だが、その中でただ一人、立山巡査だけは、彼の話すことを真剣な眼差しをしながら聞いていた。そして、ガンサは相変わらずの口調でさらに話を続けていく。
 息も絶え絶えだというのに、彼は最後の力を振り絞って、彼等に何かを伝えるために言葉へと力を込める。
「あと何十年もすりゃな、お前達だって嫌でもあの世へくるんだし……不謹慎だけどな」
「……」
「あの世にお前等がきたらな、嫌ってほど俺のパンを食わしてやる、だから今、お前達だけは生き抜け……!」
「……了解しました!」
 今まで後ろで黙っていた立山巡査が、突然大声で叫んだと思うと、前で泣いていた二人の手を引いてその場から離れた。
 そこから少し離れたところに二人を無理矢理伏せさせた丁度その時、ビルの瓦礫がいよいよバランスを崩し始めた。すると彼は、二人を伏せさせたまま、自分だけは立ち上がって、直立不動でガンサの方に顔を向ける。
「ガンサ=ドリーズ氏に、敬礼!」
 彼は、非の打ち所の無い見事な敬礼をガンサに向けて送った。
 すると、それを見たガンサは、とても力尽き果てようとしている人間から出るとは思えないような、しっかりとした敬礼を返す。
「あと五十年はくたばるんじゃねーぞ、お前等ぁ!」
 この瞬間、ビルの残った瓦礫は音を立てて崩れ、ガンサの上へと落下していく。それと同時に、非の打ち所の無い敬礼をしていた立山巡査の顔から、大粒の涙がこぼれた。
 その涙は、瓦礫がガンサの上に落下すると同時に、埃で汚れた土の上で割れた。
 小さなパン屋の店長、ガンサ=ドリーズは、こうして本当の意味での生涯の幕を閉じることとなった……。












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