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花子
作:悲劇のM


久しぶりの休日、私は午後の陽気に身を委ねて昼寝をしていた。
ようやく手に入れた一戸建ての縁側での昼寝は、最近忙しい私にとって至福の時を与えてくれた。
妻がいた頃はカカア天下で、休日の日は家事をさせられていたが、妻に先立たれてからはゆっくりとした休日を過ごす事ができるのが、なんだかそれが寂しい感じもする。
そんな事を思っていたら、急に愛犬の花子が私の方へすりよってきた。
還暦を過ぎ、友人なども少ない私が拾ってきた犬だが、今ではすっかり私の心を癒してくれる心の友だ。
「どうした、花子」
私は右手を花子の方に向けた。
すると、ペロペロと手の平を舐め始めた。
私はたまらず「くすぐったいよ」といいながら笑うと、花子は舐めるのをやめた。
こうしてみると、本当に心が通じ合ってるかの様に思える。
そうだ、今日は天気も良いから花子を散歩に連れてってやろう。
私は立ち上がり、リードを取りに居間に向かった。
すると、何故か花子も付いてきた。
尻尾がブンブンと振れている。
私は引き出しからリードを取り出し花子の首輪につけた。
花子を胸に抱き、玄関で靴を履くと早速外に行った。
花子は久しぶりの散歩が嬉しいらしく、尻尾がさっきより振れていた。
夏場の午前中の日光は眩しい。
3秒ほどで慣れ、私は花子と普段の散歩道を歩いた。
昨日の雨の余韻を残すように、アスファルトが黒く湿っていた。

少しばかり歩いてお腹も減った頃、丁度近くにコンビニがあった。
弁当か何か買って適当な所にでも行って花子と食べようと思い、花子のリードを近くのフェンスに縛り付けてコンビニに入った。
店内に入ると思った以上に冷房がきいていて、少し身震いしてしまった。
私は弁当売り場に向かい、手頃な三色弁当を手に取った。
次は花子の分だが、コンビニに犬の餌は置いていただろうか。
私は缶詰が置いてある所に向かった。
小型犬用だが、食べきりサイズの犬の餌の缶詰があった。
私はそれを2個手にとってレジにそれとさっきの私の分の弁当を置いた。
ピッとバーコードを読み取る音がして、店員が750円です、と言った。
1000円札を一枚財布から出して店員に差し出す。
そして、お釣りを手渡される時、『キキィーーー!!』と車が急ブレーキをかける音が聞こえた。
何があったんだろうかと、私は釣り銭をズボンのポケットにねじ込み、レジ袋を持って外に出た。
私は、道路に横たわって血を流しているものを見て絶句した。
そこにいたのは、花子だった。

「花子ーーー!!!」
私は血を流している花子に駆け寄った。
その度に車が急ブレーキをかける。
だが、そんな事に気を払う事など出来なかった。
「花子、花子!!」
私は花子を揺り動かした。
しかし、少し足が動くだけで、いつもの元気な鳴き声は聞こえなかった。
私は花子を抱きかかえて自宅まで走った。
自宅に着いて、私はタウンページを開いて動物病院を探した。
すると、すぐ近くに動物病院があるのを確認できた。
花子をタオルで包むと、私は急いで病院に向かった。

「これは、ひどいですね・・・」
花子のレントゲン写真を見ながら、動物病院の先生が表情を曇らせた。
「お願いします、私のたった一人の家族なんです」
私は必死に先生に頼んだ。
「わかりました、出来るだけの事はします」
「あ、ありがとうございます」
そして、先生は手術室に行った。
間も無く、私の所に花子が移動式ベッドに乗せられて運ばれてきた。
大きめのシーツに全身包まれている。
すると、移動式ベッドを押している看護婦が言った。
「これが最後になるかもしれません。最後に、ワンちゃんを撫でてあげて下さい」
私は流れる涙を拭きながら、そっと花子の頭を撫でた。
すると花子はチロっと舌を出し、私の指先を舐めた。
私の涙が、花子の小さな鼻に落ちた。
涙を堪える事なんて出来なかった。

花子―――
私のたった一人の家族。
茶色に白がまじった、可愛いメスの犬。
ダシをとった後のカツオ節が大好き。
鶏肉は大嫌い。
私の事を一番に思ってくれる。
私の、愛犬。


死なないでくれと、私は心の中で懇願した。


どれくらいの時間が流れただろうか。
もう窓から見える空は緋色になり、月がうっすらと見えている。
すると、手術室のドアが開き、先生が出てきた。
私は先生に駆け寄って問うた。
「先生、花子は?」
すると、重い表情をしながら言った。
「最善を尽くしましたが、手術は失敗しました」
その言葉が、私をどん底に突き落とした。
失敗しました、の一言が、私の頭の中に何回も繰り返された。



私の自宅には、一つの大きい石がある。
その下で眠っている私の家族。
今も私を見ているのだろうか。
私は、石の傍でひっくりかえっている水入れ皿を元に戻して水を入れ、その隣にダシをとった後のカツオ節を置いた。














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