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風の吹く港町
作:N澤巧T郎


「どうしたらいいんだろう……」

海に向かって一人呟いた。
僕一人だけが座っていた。
正直な話、すこし恥ずかしいんだけれども、この時、僕は今にも泣き出しそうだったんだ。

プシューッ!!!!

突然だ。

ああ、あまりにも突然だったね。

海の中から、いきなり水柱が飛び出してきたんだ。

10mや20mくらい飛び出したと思っちゃいけないよ。

あと少しで雲につきそうなくらい高く、サクラが舞い上がるより、ひばりが巣立つときよりも、比べ物にならないくらい勢い良く飛び出したんだ。

だけどその時、僕が抱いてた驚きなんて所詮ビフィズス菌みないなもんだったことを、このあとすぐに痛感したんだ。

山だ。

山ができた。

僕の前で、水の山ができた。

立とうと思った。

一目散に逃げ出そうと思った。

だけど、腰から下がまるで糸こんにゃくみたいになっちゃって、いくら力を入れようとしても立ち上がることができなかったんだ。

そんな僕に大粒の水滴がびしゃびしゃ当たってきた。

山の水が滝みたいに流れた。

そして、その中から見たこともないくらい大きな大きな生物が現れたんだ。

「やれやれ、1000年ぶり、ん?違うか、200年、いや300年?まあ1000年も300年も変わらんか。とにかく久々に息をしに地上に出て見れば、なんだなんだ、まだ若いくせしてそんなため息などついて」

たぶんこの時の僕の目は、どんぶりくらい丸く大きく開いていたんじゃないだろうか。
当然この状況で声なんて出るはずもなく、僕は考えることも息をすることも忘れてしまっていた。

「おい、どうした。お前は石像だったのか?さっきしゃべってたと思ったら急に黙り込んで。それともシャイボーイか?はじめての人とは口が聞けんか?まあそう緊張するもんじゃない。同じ命を持った生命じゃないか。あっはっはっ!!」

体と同じで、大きなくくりだなあ。

なんてこの時は考えてる暇はなかったんだけど、僕はゆっくりと息をすることを思い出して、その次に声帯の揺らし方を思い起こして、やっとのことで声を出すことに成功した。

「あ、あ、あなたは・・・?なに・・・?」

「なにって、さっき言っただろう。息をしに上がってきたんだよ。それよりお前はどうなんだ?いったいどうした?」

本当は「何しに来た」ってことじゃなくて「あなたはいったい何ていう生物なんですか」って意味で聞いたんだけど、この時は訂正しようにも心臓が激しすぎて頭で考えるのが億劫だったし、なにか気に障るようなことを言ったら食べられちゃうんじゃないかと思って、素直に質問に答えた。

「ぼく、迷ってて。それで、考えてて」

うまく言葉が出てこなかった。
いいたいことはあるんだけど、なにせ口は一個しかないし、どうにも狭いもんだから、こんな言葉しか出てこなかったんだ。
僕は続けてなにか言おうとしたんだけど、今度は完全に出口で詰まっちゃって、なに一つ出すことができなかった。
彼は僕がもうなにも言わないことを確認してからこう言った。

「悩みか〜。うん。悩むことはいいことだ。悩みのない人生は太陽のない地球みたいなもんだ。何一つ始まらない」

そういって彼は目のようなものを閉じて「うんうん。そうだそうだ」と、まるで自分に言い聞かすみたいに言葉を発した。
そして、まるで思い出したかのように僕のほうを見て「それで、その悩みとはどんなものだ」と聞いてきた。

僕は未だに落ち着くことができてなかったけれど、なんとか伝えようと一生懸命になって話した。

「ぼ、僕は、続けたいことが、あるんです」 

「うん。」

「だけど、それを続けるには、ほかにもやらなくちゃいけないことができてしまって」

「うん。」

「僕には、それをやりながら続けることなんてできなくて」

「うん。」

「だから、続けることをやめるか。それとも新しく出来たやらなくちゃいけないことをやめるか迷ってて。」

「うん」

「新しくできたことをやめればいいって思ってるかも知れないけど。それをやめると僕の大事な人たちが、大変つらい目にあってしまうんです。」

「うん」

「だから、僕は続けることをやめようと思ってるんだけど、だけど、やっぱりやめることなんてできないんです。」

「うん」

「僕には、それが、すべてだから・・・」

彼はさっきと同じようにして、目みたいなものを閉じて「うんうん。そうかそうか」と、まるで自分に言い聞かすみたいに言葉を発した。
彼がまるで思い出したかのように、僕のほうを見るのを待った。

波の音が、静かに僕の住む小さな町へ進んでいく。

ふと、僕はいったいなにをしているのだろうと考えた。
突然現れた彼が、僕の悩みを解決してくれるなんて、ほんとに僕は思っているのか。
僕は僕に尋ねた。
だけど僕は彼の言葉を待たなくてはいけない。
僕の言葉を聴いてくれたんだ。
それだけで十分だ。

「続けるには」

突然、彼がしゃべり始めた。
僕の耳は一気に集中した。

「やめなくちゃいけない」

もしもこの場に鏡があって、僕が自分の顔を見たら、きっと頭の上にハテナマークが出ていたと思う。
彼がハテナマークを見つけたかどうかはわからないけど、彼はもう一度言った。

「続けるにはやめなくちゃいけない。うん。続けることはやめることだ」

このとき僕の中に生まれた落胆を、僕は今でも彼に対して申し訳ないと思っている。
彼は僕から反応がないことをたしかめて、ゆっくりと説明を始めた。

「なにかをするには、なにかをやめなくてはいけない。たとえば、そうだな。心から笑うためには、怒ることをやめなくてはいけない。」

潮風がさわやかに吹いていた。

「呼吸をするには、息を止めることをやめなくてはいけない。何かをするには、ほかの何かをやめなくちゃならない。それと一緒だ」

砂浜の砂がチリチリと走っていた。

「なにかをし続けるには、何かをやめ続けなくてはならない」

白い砂はきらきらと走っていた。

「はじめる勇気をとは、やめる勇気を持つことだ」

僕の目からきらきらと流れていた。

僕に足りなかったもの。

―やめる勇気―

僕が今しなくちゃいないこと。

「僕は……逃げえることをやめる……!!」

彼はなにか満足げだった。
彼は大きく大きく息を吸い込んだ。
世界中の空気が、彼の大きすぎる口の中へと吸い込まれていく。
倍くらいに膨らんだ彼は、にこりと笑って戻っていった。

再び独りになった僕は、新たに生まれた勇気と共に、うちへと帰った。

すごい風が吹いたあと、僕は今でも思うんだ。
彼が呼吸をしに現れて、もやもやした気持ちや、嫌な空気を全部吸い込んでいるんじゃないかって。
あの時と同じように、すがすがしい気持ちになれるから。















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