第4話 魔封じ
ここはどこだろうか、俺は誰だろうか。
わからない……。ただ、目の前には生活感のしない寂れた村が存在するのみ。
寂しい――心の奥がちくりと痛む。
どこかで子供の泣く声がする。
どこだろう。俺は歩き出す。
無残に崩れた家屋や納屋、それら全てが俺の心を抉る。
無性に頭が痛い。何かが直接頭の中に響いてくる。
俺は呻き声を上げた。呼吸が荒い。
荒い息のまま俺は顔を上げる。
「っ!」
目の前に母親にすがる小さな子供が見える。ずきりと俺の中の何かが疼く。
子供は俺には気づかず、ただ母親にすがり泣き叫ぶだけ。
何かが思い出せそうな気がする。俺は頭を抱える。
だが、霧に覆われたように頭の中はただ真っ白になるだけ。
それでもこの霧の奥に何かがある。確信があった……。
第4話 魔封じ
「師匠、舞妓さんですよ〜。凄いですね」
「でやんしょう? やっはり春香ちゃんは違いがわかる娘でやんす」
春香と湯田にはさまれ、七尾は辟易としていた。確かに舞妓さんにある種の魅力があるのは認めるが、なぜそこまで騒ぐのか七尾には解らなかった。
「目的を忘れるなよ、二人とも。今日は何をしに来たか覚えてるか?」
「えっとなんでやんしたっけ?」
「確か師匠の知り合いに会うんでしたよね」
「そうだよ」
湯田に呆れつつ、七尾は春香の言葉に頷く。
「ああ、ようこさんでやんすね」
「うん」
ぽんと湯田が手を叩く。
「で、そのようこさんってどんな人なんですか?」
春香が興味津々と言った表情で訊ねてくる。
「優しそうな美人でやんす」
「昔京都一の芸者さんだった人だよ。まあ、百聞は一見にしかず。実際に会ってみないと」
七尾はそう言って、小さな店の前で足を止めた。
「ここでやんすね」
「うん」
春香と湯田を伴って七尾は店に入る。落ち着いた感じの和菓子屋だ。
「来たね」
「貴田」
高価な服に身を包んだ青年にむかって七尾は片手を上げる。
「あら、七尾さん」
「ご無沙汰してます、ようこさん」
鮮やかな着物に身を包んだ妙齢の婦人がにっこりと七尾にむかって微笑む。
「おひさしぶりでやんす」
「湯田さんも元気そうね」
「えっと、はじめまして……」
春香が少し緊張した面持ちで頭を下げる。
「七尾さん、この娘は?」
「俺の弟子の……」
「倉見春香です」
「あらそうなの。よろしくね、春香ちゃん」
ようこが誰をも魅了する優しい笑みを浮かべる。春香はぽうっと惚けるが、すぐにぺこりと頭を下げた。
「えっと今日来て貰ったのは私の友達が困っているからなの」
ようこが話を切り出す。
「その人は名家の娘さんでね。僕とも面識があるんだ」
「私が七尾さんのことを話したら、是非会ってみたいって言われてね」
ようこの言葉に貴田も相づちを打つ。どうやら貴田にも同じことを言ったらしい。
「それでここに彼女を呼んだんですよね?」
七尾の言葉にようこと貴田が目を見開く。
「何でわかったの?」
「何となくです」
七尾は苦笑した。
「静耶、入ってきて良いわよ」
ようこが隣のふすまに声を掛ける。ふすまが開いて隣の部屋から小柄な少女がやってくる。
「おお、かわいいでやんす」
「ちょっと湯田君、黙ってろ」
「そなたが七尾か?」
静耶と呼ばれた少女は七尾をしげしげと見ながら訊ねる。
「はい」
「そんな居住まいを正さんでも良い。私のことはシズヤと呼んでくれ」
「わかった」
「ところでそこの眼鏡と……」
「ああ、この二人?」
「七尾君の友達で行商人をしている湯田でやんす」
「七尾の弟子の倉見春香です」
二人の言葉にシズヤは納得したように頷く。
「七尾、そなたには我が一族に伝わるランプをどうにかしてもらいたい」
シズヤが真剣な表情で口を開く。
「え、ランプが奪われたから取り返せじゃなくて?」
湯田が不思議そうにする。シズヤは首を横に振り
「我が一族には江戸時代に西洋より伝わったとされる古いランプがある」
「ランプ……ですか?」
「そうなのだ。そのランプはなぜかいくら捨てようとしても手元にかえってき、持ち主を不幸にするのだ」
「厄介な代物でやんすね」
「ああ、そうだな」
湯田の言葉に七尾は頷き返す。
「そういうわけであなたを呼んだのよ」
とようこ。貴田もそれに同意する。
「わかりました。何とかしてみます」
「そうか。それはありがたい」
シズヤは少し嬉しそうに微笑んだ。
「七尾、私は暇ではないのだぞ。もしつまらないことだったら切るぞ」
男物の衣服に身を包んだ女性・埼川珠子は不機嫌そうに七尾を見た。七尾は少し焦ったような表情をする。
「でも異様な雰囲気がするで」
珠子と同様に七尾に呼ばれて来た詩乃が眉をひそめて、屋敷の方を伺う。
「確かに」
珠子も二つの日本刀を取り出す。
「そなたたちを待っていたぞ」
シズヤがこちらにやってくる。
「シズヤ、ランプはどこに?」
「あの倉の中じゃ」
シズヤを案内に七尾達は広い屋敷の中を進んでゆく。
「大きな屋敷でやんすね」
「それはそうだ。京都の名家の一つだからな」
湯田の感想に珠子が答える。
「ここか」
「予想以上やな。これは骨が折れそうやわ……」
詩乃がアメノムラクモを取り出す。
「ランプを持ってくる。私しか触れないのでな」
シズヤの言葉に七尾は頷く。
シズヤは暗い倉に入るとごそごそと中を漁る。そしてしばらくして
「あったぞ」
といって倉から出てくる。
「こんなぼろっちいランプがでやんすか?」
こつんと湯田がランプを叩く。
「あ、あかん!」
詩乃があわてて湯田を制止しようとするが、すでに遅くランプからもくもくと黒い煙が上がる。
「む」
珠子が黒い煙を刮目する。
「な、何だ。この者は」
「え、何にも見えないでやんすよ?」
シズヤがおびえたように宙を指さす。
「二人とも下がれ」
珠子が二つの刀を抜刀し、シズヤの前に立つ。
「姿を現せ」
珠子は宙を睨みながら呟く。
「久々に出てきたと思ったら物騒でマジン」
奇妙な衣装に身を包んだ恰幅の良い男が姿を現す。
「貴様、この国のモノではないな」
珠子が二つの刀を構える。
「そうでマジン」
「こやつ、何のようじゃ」
シズヤが男を睨む。
「せっかくご主人様の願いを叶えようとしたのに、それはひどいでマジン」
「えっ…………」
シズヤが虚を突かれたような顔をする。
「騙されるな。こいつはかつて他国から渡ってきた邪神の仲間だ」
「ほう、なぜそれを知ってるでマジン?」
「俺は諸外国を渡り歩いたこともある冒険家だ」
男が七尾を興味深そうに見つめる。
「なるほど、あの方の……」
「否定はしないようなら、封印させてもらうで」
詩乃が魔封札を手に出現させる。
「おもしろいでマジン。このジンの力、見せてやるでマジン」
男――ジンは両手をかざす。火の玉が生成され、シズヤめがけて放たれる。
「させるか」
珠子が驚異的な身体能力でシズヤを抱え、火の玉を回避する。
「春香ちゃん、これを使え」
七尾はポケットから銃を取り出すと春香に手早く渡し、自らは鬼切を持って駆け出す。
「無駄でマジン」
ジンが七尾に手をかざす。急に体が重くなり、七尾の動きが鈍くなる。
「く」
ジンの屈強な腕が振るわれる。詩乃がアメノムラクモで受け止める。
「やるでマジン。でもこれはどうでマジン?」
ジンの体がみるみるうちに巨大化する。唖然とする湯田と春香。
「雷神剣、轟け!」
珠子が右手に持った刀を振り上げる。空の遙か彼方から一筋の雷光が煌めく。そしてジンを襲う。
「食らえや、とっておきの魔封札!」
詩乃がジンの体に強力な札を貼る。苦しみ呻くジン。
「湯田さん、爆弾を大量に」
「わかってるでやんす」
湯田がジンのまわりに爆弾を放つ。そこに春香が対霊体用の弾丸を放ち、爆弾に引火させる。
「うう、まさかこれほどまでとは」
ジンが苦しげに呻く。
「だが、これは防げないでマジン!」
屋敷一つを丸呑みにするほどの巨大な火球がジンの頭上に出現する。これを食らえば一溜まりもないだろう。
「封印する」
七尾が鬼切を構え、ジンに向かって言い放つ。
「出来るでマジンか?」
ジンの言葉を無視して七尾が駆け出す。
「私のありったけの霊力。この魔封札にいれたで」
詩乃が片膝をつきながら呟く。
「ふむ。不可能ではない」
珠子が再び雷神剣を振るい、ジンの動きを一瞬止める。
「響け、風神剣」
七尾を高く吹き飛ばす。
「くらえ」
ジンの顔の前に飛んだ七尾は勢いよく魔封札を貼り付けた鬼切をジンに投げつける。
ぐさりと額に突き刺さる鬼切。
「ぐ、こんなはずじゃ……」
ジンは勢いよくシズヤの持っていたランプに吸い込まれていった。そしてランプのふたにはきつく詩乃の魔封札が貼られ、ジンを封じた。
「はあはあ」
地面に降り立った七尾は嫌な汗を拭った。
「大丈夫ですか、師匠」
慌てて春香が駆け寄る。七尾は荒い呼吸をなんとか落ち着かせ頷く。
「うん、もう大丈夫だ」
七尾はすっと立ち上がり、疲れた表情の詩乃をねぎらう。珠子は詩乃に肩を貸し、立ち上がらせる。
「事件、解決でやんす」
湯田は疲れたように呟いた。
「この度は本当に助かった。魔人を封じてくれて礼を言う」
後日、シズヤは深々と頭を下げた。
「ところであの魔人は何だったんでやんしょうね?」
「あれは、人の願いを叶える精霊だったものだよ」
湯田の言葉に七尾が呟く。
「願いを叶える?」
「ああ。だけど長い年月を経たうちにその存在が、人間を害するものになってしまったんだろうな」
「なるほど、だから願いを叶えるか……」
シズヤは目を伏せた。
「詩乃ちゃんの話によると100年くらいは封印は持つらしいよ」
「そうか。ならば我が一族が責任を持って安置しておこう」
「うん」
シズヤの言葉に七尾はそれがいいと頷いた。
「じゃあ、俺らはこれで」
「ありがとう。色々すまなかった」
「いや、これくらい何でもないよ」
七尾はシズヤに手を振ると、春香と湯田をつれてその場を後にした。
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