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第3話 徐福の秘薬
「いい天気でやんすねぇ。こういう日には……」
「貴様が湯田浩一だな」
 朝日を受けて大きく伸びをする湯田の後頭部に冷たい感触が伝わる。どばっと嫌な汗が流れて、清々しげな表情は一瞬にして崩れ去った。
「だ、誰でやんすか」
「騒ぐな」
 一瞬の逡巡、湯田は押し黙り、頷く。
「我が主の元に来てもらおう」
 声と同時に、首筋に衝撃が走る。湯田の意識は一種にして闇へと落ちた。



第3話 徐福の秘薬



「師匠〜、大変です! 起きてください〜」
 春香が七尾が寝ている部屋に入ってくる。
「うーん、もうちょっと寝させて……むにゃ」
「ちょっと、師匠〜」
 ゆさゆさと七尾の体を揺するが、全く起きる気配はない。春香はあの手この手を使って起こそうとするが、起きる気配がない。
「う、どうして起きないんですか」
 春香は布団に潜り込む。そして七尾を布団の外へ出そうとする。
「師匠、重いですよ〜」
 小柄な春香にとって体のがっちりした七尾は重く感じるのは当然である。
「う、うーん?」
 ようやく七尾が目を覚ました。横の方から当然違和感を感じる。一瞥すると綺麗な素足が布団からはみ出している。
「へ?」
「へ? じゃありませんよ、師匠」
 布団を押しのけて春香が顔を出す。
「ええええええええええ!」
 七尾の声が部屋中に響いた。何か間違いを犯してしまったのだろうか、いやこれはまずいだろう、次々と七尾の頭の中を様々な思考が駆け抜ける。
「おはようございます、師匠」
 心なしか春香の顔が怒っているように見える。
「うん、春香ちゃん……」
 七尾は冷や汗を滲ませ答える。
「何で布団に……」
「師匠、湯田さんが誰かに連れさらわれました!」
 七尾の言葉を遮り、春香が緊急事態を知らせる。
「ええええええええええ!」
 本日二度目の叫び声が響いた。



「朝、事務所の方に行ったら、扉に手紙が挟まれていたんです」
 春香は七尾に手紙を渡す。
「……これは、赤龍レッドドラゴン
「赤龍? なんですか、それ?」
 手紙を見て表情を変える七尾を春香が不思議そうに尋ねる。
「香港を拠点に活動している中華系マフィアだ」
「えっ」
 七尾の言葉に春香が驚きの声をあげる。
「日本でも大阪を拠点に活動しているらしいけど」
「その通りや。流石、冒険家の七尾祐介やな」
「誰だ」
 七尾が瞬時に春香をかばいながら振り返る。
「そない警戒せんでもええよ」
 そこにいたのはやたらと背の高い女だった。七尾は息を呑む。
「ヤシャや、あんたらを主の元に案内する役目になったんや」
「湯田君はどうした」
 七尾はヤシャを見据える。
「さあ、無事なんは確かやけど、連れ去った奴が無骨な奴やからなあ」
 ヤシャの言葉に七尾は表情こそ崩さないが内心でほっとしていた。
「こんなところで立ち話もあれや。あたしについてき」
 七尾と春香はお互いに顔を見合わせ、頷いた。



 七尾達が連れてこられたのは歓楽街だった。酒のにおいや男達の下品な笑い声、それに女の嬌声。
「ここ……気分が悪いです」
 春香が不快感を露わにする。七尾はそっと春香の手を握り、そばに寄せる。
「大丈夫、心配しないで」
 七尾がそっと笑いかける。少し安心したのか頷く春香。
「お二人さん、仲ええなぁ。もしかして出来てるん?」
「は、はい?」
 ヤシャのからかうような声に戸惑う春香。
「師匠と弟子の関係だ……」
 こめかみを押さえながら七尾が言う。ヤシャは真っ赤になる春香を一瞥し
「ま、そういうことにしとくわ」
「遅いぞ」
 和やかな雰囲気を一瞬で消し去る冷たい男の声。ヤシャの気配が変わる。
「ラセツ」
 鋭い目をした男、ラセツをにらみつけるヤシャ。
「七尾祐介」
 無表情に男が七尾の名を呼ぶ。七尾は油断無くラセツに視線を向ける。後ろでは春香がごくりと息を飲む気配がする。
「我が主が貴様をお呼びだ。ついてこい」
 七尾は無言で頷く。ヤシャは殺気の籠もった目でラセツを睨んでいる。
「行こう、春香ちゃん」
 春香を促し、七尾はラセツの後に続いた。



「ラセツです、七尾祐介を連れて参りました」
「入れ」
 ラセツの声に重たそうな扉がゆっくりと開く。ラセツに促され、前に進む七尾。
「ふぉっふぉっふぉ。貴様が七尾祐介か」
 奥から白い髭を伸ばした老人が側近の男を伴い現れる。
「そうです」
 七尾は老人を油断することなく睨み付ける。
「単刀直入に聞く。あんたらの用件はなんだ? 湯田君を誘拐するのは、俺に無理矢理何かを頼もうとするからだろ」
「ボスになんて口を……」
 側近の男が七尾を睨み付けてくる。しかし老人は愉快そうに笑い
「七尾とやら、その通りじゃ。ワシの願いは不老不死、徐福の秘薬じゃ」
「徐福の秘薬、何ですかそれは?」
 今まで黙っていた春香が口を挟む。
「そちらのお嬢さんは何者じゃ」
「倉見春香です。七尾祐介の弟子です」
 春香が答える。老人は面白そうに笑い
「そうかそうか。春香とやら、徐福とはかつて秦の始皇帝に不老不死の薬を手に入れると言った者じゃ」
「徐福は不老不死の薬を求めて東に旅立った。そして戻ってこなかった」
 七尾が春香に伝える。
「それって……」
「ああ、かぐや姫でもそうだけど富士山には不老不死の薬があるって言われている」
「ふむ、確かにその通りじゃ。じゃが、徐福は日本からさらに東へ向かったらしい」
「それで?」
「南のとある島で謎の古代遺跡がある。我が一族の古文書と一致する」
「そこに徐福が秘薬を隠したと」
「いかにも」
 七尾の言葉に頷く老人。
「七尾祐介、徐福の秘薬を取ってきてもらいたい、この王大人の唯一の願いじゃ」
「わかりました」
 七尾が王大人を見据える。
「し、師匠」
「湯田君は無事なんですか?」
「それは心配ない。客として丁重に扱っておる」
 側近の男が答える。
「おお、七尾君でやんす。赤龍最高でやんす〜」
 両手に美女をはべらし、豪勢な料理に舌鼓打つ湯田。はあっとため息をつく七尾。
「湯田さ〜ん、心配したんですよ〜」
 春香が湯田の元へ行き、怒ったような表情をする。そんな二人を一瞥して七尾は再び王大人と向き合う。
「さて、古代遺跡は危険と聞く。ラセツ、ヤシャ!」
 すぐにラセツとヤシャが頭を垂れる。
「この者達はワシの部下の中でも最高の手練れじゃ。どちらか片方をお前達の護衛に付けよう」
(お目付役か……)
「……ラセツだ」
「ヤシャや。さっき顔あわしたから知っとるよな」
 七尾は二人を一瞥する。
「……ヤシャ頼む」
「はははっ、おおきに。七尾君、今後はよろしゅうな」
「ああ」
「ふぉっふぉっふぉ、決まりじゃな」
 それから簡単な説明を受けて、七尾達は帰された。



「ここか」
 あれから5日後、七尾達はジャングルが鬱そうと生い茂る絶海の孤島に降り立った。
「そうや。この奥にあるって聞いてる」
 槍を携えたヤシャが答える。
「村上、わざわざこんなところまで連れてきて悪かったな」
「気にするな。わしも今まで暇やったからな」
 けらけらと笑う村上。
「師匠、そろそろ行きましょうよ」
 春香が七尾を促す。七尾も頷き、湯田と目配せする。
「出発だ」



「いったいこのジャングル、どこまで続くんでやんすか、もう嫌でやんす」
「うっさいなぁ、みんな我慢してんねんで」
 ヤシャがいらいらした声で返す。
「のっぽ女がうるさいでやんす……」
 湯田の声にヤシャの顔つきが変わる。そして素早くのど元に槍を突きつける。
「あたしはのっぽな女やなくてスレンダーな美女や。そこんところ間違えないように」
 殺気の込められたヤシャの視線にあてられて湯田は頷くしかなかった。
「師匠、あれ、放っておいていいんですか?」
 春香がちらりと後ろを覗きながら尋ねる。七尾はすました顔のまま
「自業自得だから放っておこう」
 春香はその言葉に頷いた。
「ん、気配がかわったな」
 村上が目を細める。七尾も頷く。
「どうやらここがゴールみたいやな」
 ヤシャが巨大な遺跡群に目を見開く。
「この遺跡、嫌な感じがします」
 春香が少し不安げに遺跡を見る。
「空気がどんよりとしてる気がするでやんすね」
 湯田も同意する。
 七尾はすでに先に進み、遺跡の中を色々と調べている。
「神殿みたいだな」
「神殿やて?」
 じっと壁画に描かれた文字を見る七尾の言葉にヤシャが反応する。
「ああ、太陽神を祀る神殿だ。この文字は」
 ヤシャは壁画を見るが、意味不明な記号の羅列に頭が痛くなる。
「あたしには向いてないわ。こういうところ」
「師匠、こっちに祭壇らしきものがあります」
「わかった、すぐ行く」
 春香の声に応え、七尾が立ち上がる。
「ヤシャ、行くぞ」
「ん、ああ、わかったわ」
 七尾の後にヤシャは続いた。



「これは……」
 祭壇の周りには深い堀が掘られていた。底は真っ暗で何も見えない。
 がちゃり、どこかで音がする。
「おい、橋が……」
 さっき七尾達が渡ってきた祭壇と外をつなぐ橋が離れていく。
「それだけやない、何か来るで」
 ヤシャの声に一同が身構え、それぞれの獲物を構える。
「ずいぶんでかいトカゲやな」
 ヤシャの声が祭壇に響く。七尾もそれに頷く。
 全長約5mという驚異的な大きさのトカゲが祭壇の中心部にいる。
「もしかして生け贄の祭壇」
 春香の顔が青ざめる。
「生き残ることを第一優先に戦え、春香ちゃん」
「は、はい」
 七尾が春香を叱咤する。春香は気を持ち直し、ブラウニング構える。
「ヤシャ、村上。トカゲの陽動を頼む」
「了解や」
「おう」
 ヤシャが鋭く突きを入れ、村上は的確にトカゲの急所を打ち据える。
「春香ちゃんは二人の援護、それと湯田君、ありったけ爆弾を」
「はい」
「了解でやんす」
 七尾は湯田の元に駆け寄ると次々と爆弾を放り投げる。
「ヤシャ、下がれ!」
 幾つもの爆弾が炸裂する。さらに七尾はトカゲのいる床に爆弾を置く。
「村上も下がってくれ。春香ちゃん、そのまま爆弾を打ち据えるんだ」
「は、はい、師匠」
 春香が爆弾を撃っていく。その間、七尾はトカゲの動きを止めるべく、散弾銃を放つ。
 ばきんっと床が崩れ、トカゲの下半身が宙に浮く。
「ヤシャ、右足を貫け」
「わかった、任せとき」
 素早くヤシャが床にかろうじてついているトカゲの右前足を貫く。
「くらえ」
 さらに左前足を七尾が鬼切で切り裂く。だが途中で止まってしまう。
「危ない、師匠」
 春香が七尾に噛みつこうとしたトカゲの脳天を打ち抜く。悲鳴を上げるトカゲ。
「落ちろ!」
 村上の岩をも砕く拳がトカゲの腹に打ち据えられ、巨体が後ろに下がる。そして力なく落ちる。
 巨体を振るわせる絶叫が祭壇中に響き渡る。そして静かになった。
「はあはあ、助かった」
 春香がその場に座り込む。
「ふう、ほんま危なかったな」
 ヤシャも槍を床に突き刺し、支えにして座り込む。
「七尾君、大丈夫でやんすか」
「ああ、少し休もう」
 湯田の出した回復薬を飲みながら、七尾はふうっとため息をついた。
「さ、あたしは先に薬を探しに行くわ」
 ヤシャが立ち上がる。七尾は驚いたような顔をする。
「何けったいな顔してるん。当たり前やん」
「その必要はない」
 銃声が一つ。
「やっぱり来よったか。ラセツ」
 ヤシャが槍を構える。その表情はかつて無いほど険しい。
「あんたがここにおるって事はボスが死んだんやろ。まあ、あんたが殺したんやろうけど」
 ヤシャの声にもラセツは顔色一つ変えない。
「七尾君、先行き。こいつはあたしが殺る」
 ヤシャの決意の表情を見た七尾は頷く。そして素早く銃を抜き、ラセツの銃を打ち据える。
 ヤシャの顔が驚きに変わる。
「生き残れよ」
 七尾はそれだけ言うと春香と湯田と村上を連れて走り出した。
「ほんま変わった奴やで……」
「…………あの男に惚れたか」
 ラセツは表情を変えずに呟く。ヤシャは目を閉じ、構える。
「あんたとあたし、どっちが上か、決めようやないの」
 二つの風が動いた。



 祭壇の奥にある入り組んだ迷路を抜けた先にある小さな小部屋、七尾達はそこにいた。
「ありました、秘薬が」
 春香が小さな葉っぱを見つける。
「それ……もしかして」
「麻薬の一種でやんすね」
 小さな本を取り出した湯田が七尾の言葉に続ける。
「これを服用したときに、強力な幻覚作用と催眠作用があるみたいでやんす」
「服用したときにこれで不老不死になったって思ったら……」
 七尾が目を見開く。
「暗示がかかるでやんすね。あ、それとこれを大量に服用したらすぐに死ぬみたいでやんすよ」
「そうか。確かにそう考えると不老不死の薬が出来るな」
 不老不死になったと錯覚したまま眠るように死ぬ。これが不老不死の秘薬の真実だった。
「詐欺でやんすけどね」
「世の中そんなものさ」
 湯田の言葉に七尾は苦笑いを返した。
「師匠、どうします?」
「とりあえず持って帰ろう」
 七尾の言葉に春香は頷いた。



「み、ごと……だ」
 刀を手放し、ラセツが地に伏せる。そしてそのまま動かなくなった。
「は、はあ、何とか、倒したで」
 ヤシャは槍を杖代わりにしてかろうじて立っていた。彼女の体には無数の傷があり、とめどなく血が溢れている。
「くそ、目が霞んできよった」
 自嘲気に笑う。七尾の姿が見える、そんな気がした。



「安静にしていれば大丈夫です」
「そうでやんすか。ありがとうでやんす」
 どこからか声がする。少しうっとうしいけど、暖かい声だ。ヤシャはそう感じた。
 もう一眠りしよう、そうすればいいことがある、そんなことを思った。
「あ、あたしは……」
「目醒めました?」
 春香が優しく微笑む。その笑顔をまぶしくヤシャは感じた。
「あ、うん。どれくらい寝とったん?」
「丸3日ほどです。大丈夫ですか、体は」
 春香が心配そうに尋ねる。ヤシャは自分の体がやたら鈍っているように感じる以外に何もないことを伝えた。春香はほっと安堵の息をついた。
「大丈夫か」
 七尾が部屋に入ってきて、尋ねる。おかげさんで、とヤシャは答える。
「赤龍は日本から撤退したみたいだ。知り合いの情報屋に聞いたところ」
「そう…………か」
 ヤシャは下を向き、沈黙する。
「あ、のっぽの女がセンチになってるでやんす。これは珍しいでやんす。明日は雪が降るでやんすよ」
 湯田が部屋に入って来るなり、騒いだ。
「おい、眼鏡。あたしはのっぽな女やなくてスレンダーな美女や。そこんとこ間違えたら痛い目にあうで」
 ヤシャはぎろりと睨む。
「それでこそのっぽの女でやんすよ」
 そう言って湯田は笑った。つられて、七尾と春香も笑い出す。
「確かにらしくないなぁ」
 ヤシャも笑い出す。
「なあ、七尾君」
「なんだ?」
「あたしも仲間に入れてくれへん。居場所もないし、それに……こんな美女をほっとくのはあかんやろ?」
 ヤシャの言葉に今度は七尾は暖かく微笑む。
「決まってるだろ、もう仲間なんだから」
 七尾の言葉にヤシャは本物の笑顔で笑えた、そんな気がした。


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