月曜日の朝、僕は起きるとすぐにラジオのスイッチを入れる。
さわやかなニューミュージックとともに女性パーソナリティーの清々しい声が流れてくる。
この番組は毎日パーソナリティが変る、ウィークデーの朝の人気番組だ。
僕は月曜日の彼女の声や話し方が一番好きだ。コーヒーの香りに一番似合うから。
今日はスタジオから満開の桜が見えますだって!
ここ数日暖かい日が続いたから一気に開いたんだろうな。
僕は幼い頃、家族で行った土手の桜並木の見事な咲きっぷりを思い出す。三つ年上の姉さんと母さんの手の取り合いをしたっけなあ……。
あの時は本当に見事な桜吹雪の中を僕らはのんびり歩き、食べた弁当はこの上なく美味かったな。
今日は日差しが暖かい。晴れの日の太陽の匂いがする。どこからか野良猫の鳴き声が聞こえる。間延びしたような……どこかユーモラスな声だ。
僕は子供の頃漫画で見た大きな虎猫を思い出し、クスリと笑う。
今日も良い日になりそうだ。
火曜日の昼休み、僕は職場の仲間とラジオに耳を傾ける。
なんと、僕のリクエストが読まれてる!
やあ、驚いたけれど嬉しいなあ。大好きな曲が流れて……僕の淡い初恋の思い出の曲だ。
中学生の頃に流行った曲で、好きな女の子を遠くで見つめることしかできない男子生徒の切ない心情の唄。気恥ずかしい気もするけれど、あの頃のグラウンドや教室の景色、匂いが思い起こされてなんとも懐かしい気分になる。
そして、彼女のことも……。ほとんど会話もできなかったけどね、恥ずかしくて。
ようし、午後の仕事も頑張れそうだ。
水曜日の午後、やってしまった……。夏風邪をひいてしまった……。
母さんが生姜湯を持ってきてくれた。はあ、夏風邪なんて何年ぶりだろうか。
確か小学生の頃の水泳大会の後だったかな。えらい寒い日で唇を紫にして頑張った結果、三位入賞と夏風邪を手に入れた。僕は嬉しくて熱を出しながらも一日中賞状とメダルを眺めて過ごしたっけなあ。
ラジオをつけてみると、夏休みの子供電話相談室をやっていた。そうか世の中の学生は夏休みなんだな。社会人には関係ないけど。しっかしラジオの向こうの子供達の難問、珍問には噴出してしまう。
なんて頭が柔軟なんだろう。回答者の先生達もタジタジだ。
風邪で仕事を休んでしまったのに、子供達の声とともにしばし夏休み気分を味わう。
明日には回復しそうだな。
木曜日の夕方、僕は車の助手席に乗っている。
カーラジオをつけてもらった。映画音楽の特集番組が流れてきた。
おっ!これは……僕が初めて理沙とデートした時に見た映画の主題歌ではないか!
いやあ、なんだか気恥ずかしい……。
あれは忘れもしない、高校2年の二学期が始まってすぐだ。理沙に誘われて恋愛ものの映画に行き、理沙が感動の涙を流しているときに、隣で爆睡のよだれを流していてえらい怒られた。なのに音楽を覚えているなんて、全くどういう記憶の構造なんだろう。
「おい、木村君、何をニヤニヤしてるんだい?」
上司にひやかされて慌てて口を閉じた。理沙とはあの時からもう十年の付き合いになる。
日曜日には彼女に会える。
金曜日の夜、僕は風呂上りに窓を少し開けてみた。
夜間飛行のジェット機の音と、虫の声がする。ひんやりと秋の空気が頬を撫で、秋草の匂いが微かにする。空気がよく澄んでいるからきっと月がきれいに出ているんだろう。
ラジオのスイッチをいれた。ジャズピアノとアルトサックスの音色が心地よく溢れ出してきた。ああ、いい音だ。この音に身を任せていると、僕の空間が秋の夜空に広がってゆく気がする。今の僕には、音楽は無くてはならない存在だ。音楽の世界に浸るとどこへでも行ける気になる。
ジェット機の音と虫の音、そしてジャズの三重奏なんてなかなか面白いよ。
ああ、僕はこんなひとときに幸せを感じられるようになったんだな。
土曜日の深夜、ラジオから悩める学生達のメールが次々と読まれていく。僕の好きなアーティストの番組だ。
彼はいつも落ち着いていて悩みに答えていくのだが、その答えがなかなか明確、かつシンプルなので好ましい。大抵は恋の悩み、そしていじめや将来の不安……家族の問題。
彼は必ずこう言う。自分が今幸せであることに気づけと。ラジオに投稿できるくらいの元気とゆとりがあるから大丈夫だと優しく言う。そして過去や未来ではなく今を生きろ、今だけは永遠なんだと励ます。死んだ後の世界は死んでから考えろと。
僕も彼の言葉や音楽にどれほど助けられてきたことだろう。
僕は心の中でいつも頑張れといっている。ラジオの向こうの悩める君へ、君が幸せであることに気がつくように。
日曜日、今日は朝からずっと雪が降っていて、ホトホトと雪の音が聞こえる。
きっと辺りは銀色に変わっているんだろうな。
部屋は暖かくしているけれど、温度差のせいで窓のあたりには冷気を感じる。
反射板のストーブの上でシュンシュンとやかんの音がする。きっと湯気が立ち上っているのに違いない。
今日はラジオのスイッチは入れていない。
理沙が来ているからだ。理沙が僕のために本を読んでくれている。
彼女は読書家だ。たくさんの本を知っていて僕に教えてくれる。
理沙の声は優しくて、温かいアルト。僕は気持ちが落ち着いてくる。僕はお返しに手と指を動かして彼女に伝える。君の声は素敵だよ、僕の一番好きなDJは君だねと。
理沙の笑い声が聞こえる。
僕と理沙は八年前、一緒にドライブに出かけて事故にあった。
車は大破したが僕らは助かった。
ただし、理沙は耳が聞こえなくなり、僕は光を失った。
そう、目が見えないのだ。
僕らは再び自分達が幸せであることに気がつくのに六年の歳月を要した。
理沙と僕は、今は毎日がささやかで大きな幸せに包まれ、暮らしている。
これが僕のRadio Days。
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