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番外編:念願の……【前編】
「く、れ、は、くーん!!」

 ドンッ!

「ぬおぅ!? な、何だいきなりっ!?」

 朝、いつもの場所で待っていたオレに、ミカはいきなりタックルをかましてきた。
 そして、そのままオレに抱きつき、胸にグリグリと擦り寄ってくる。

「うおぃっ!! ちょっ、やめっ、ぶっ壊れる! 朝っぱらから、オレの理性がぶっ壊れるからっ!!」

 オレはそう叫ぶが、ミカは一向に放す気配を見せず、更にその腕に力を込め、密着度が増す。
 そして、オレの理性は、まるで紙で出来ているかの如く、脆くもぶっ壊れたのだった。
 ギュッとミカを抱きしめ返すと、その顔を両手で包み、此方に向けさせる。
 本当ならここで、キスの一つでもしてやろうかと思っていたのだが、ミカは満面の笑みでオレを見返した。その笑顔があまりにも無邪気だった為、オレは動きをピタリと止めざるを得なかった。

「呉羽君、あのね、あのね、すっごい事が起こりました! これはもう、今年……いえ、今まで生きていた中で、最大のニュースですよ!」
「……最大のニュース?」
「はい! もう大ニュースです!」

 大ニュース……オレにとっての大ニュースは、お前とこうして付き合う事になった事なんだけどな……。お前は違うんだな……。

 と、ちょっと寂しさを感じた時、ミカはその大ニュースとやらをオレに告げた。
 そう、それは本当に大ニュースだった。

「なんとっ、オヤジ達の沈黙、映画化です!」
「っ!! なにぃっ!!」
「しかもしかもっ、映画化するのは、あの夜明け前のスナイパーです!」
「マジでかっ!!」
「そんでもって! バタフライるみ子を、母がやる事にっ!!」
「うおおっ、すげーー!!」
「更にっ! 主題歌を、父のバンドが受け持つ事にっ!!」
「〜〜っ!!」
「うきゃうっ!?」

 オレは喜びのあまり、ミカを抱き締める腕に力を込め、そして抱え上げていた。
 ミカは目を白黒させ、俺の首にしがみ付いている。
 そしてオレは、道行く人々の白い目線も気にはならず、心の底から叫んだのだった。

「やったーー!!」
「きゃー! 呉羽君、気持ちは分かりますけど、落ち着いてー!」


 ++++++++++


 満面の笑みで、私を抱き上げ、喜びの声を上げる呉羽君。

 いえ、呉羽君! その気持ち、痛いほどよく分かるけど、一先ず落ち着いて!
 んも〜、恥ずかしいよ〜っ!!

 その後、呉羽君は漸く私を解放し、地面に降ろしてくれたけれど、物凄く嬉しそうな事は変らず。

 う〜ん、こ、これは、もしかしたらシリーズ化するかもという事は、もう少し伏せておいた方が、よさそうですか……?
 ……確かに、私も最初、父と母からその話を聞いた時は驚きましたとも。しかも、喜びのあまり、父に抱きついてしまいましたとも……。おまけに、ほっぺにチューまで……。
 まさか父、涙を流して喜ぶとは思わなかったけど……。

 それから私達は、手を繋いで登校。
 呉羽君は、学校に着くまで、始終ニコニコとしていた。

 あ、因みに、あのデートの日から、手を繋ぐ時は、恋人繋ぎをしています。
 エヘヘ、別にそうと約束した訳じゃありませんけど、自然とそういう事になっちゃいました。

 そうして私達は、学校に着いた訳であります。
 教室に入ると、日向君、乙女ちゃん、吏緒お兄ちゃんが一緒にいた。
 私は、吏緒お兄ちゃんを見るなり、彼に駆け寄っていた。

 だって、彼にもこの大ニュースは教えてあげないと!
 吏緒お兄ちゃんもオヤジ達のファンなんですから。

 その時、隣にいた呉羽君が、一瞬にしてムスッとした顔になった事なんて気付かぬままに、私は吏緒お兄ちゃんの元に。
 吏緒お兄ちゃんは、駆け寄ってくる私に驚いた顔をし、でも何処か嬉しそうに朝の挨拶をする。

「お早う御座います。ミカお嬢――」
「大変です! 吏緒お兄ちゃん!」

 私は、彼の声を遮って叫んでいた。

「はい?」
「まぁ、お姉さま? 大変とは一体何がですの?」
「本当、教室に入ってくるなり、杜若さんに駆け寄るなんて……。如月君、すっごい不機嫌そうなんだけど……」

 私は、そんな乙女ちゃんや日向君の言葉は耳に入らず、目の前にいる吏緒お兄ちゃんを見上げている。
 何か、彼の瞳が揺れているように見えたが、それよりもと私は、あの事を彼に伝えた。

「大変なんです! オヤジ達、ついに映画化です! しかも、夜明け前のスナイパーです!」
「っ!!」

 吏緒お兄ちゃんの目が見開かれる。

 よしよし、驚いていますね? これで更にあの事を伝えてあげた時、吏緒お兄ちゃんは一体どんな反応を示すのやら……。
 ムフフ、非常に楽しみであります!

「それでですね、バタフライるみ子を、私の母がやる事になりました!」
「っ!? ミカお嬢様のお母様がですか? その方とは一体……」

 私は意味ありげに笑いながら、母の名前を彼に告げる。
 恐らく彼ならば、その名前で、父に行き着く筈です。

「私の母は、女優の紅小鳥ですよ」

 私がそう告げると、まず吏緒お兄ちゃんではなく、日向君と乙女ちゃんが反応した。

「えぇー!? 一ノ瀬さんのお母さんって、あの紅小鳥ー!? 芸能人だとは聞いてたけど……」
「まぁ本当に!? わたくし、紅小鳥のファンですのよ! でもまぁ、ある意味納得ですわ!」

 しかしながら、吏緒お兄ちゃんはというと、私を見下ろしたまま微動だにしない。
 私は、全く反応を示さないお兄ちゃんに、ちょっと心配になって声をかける。

「……? 吏緒お兄ちゃん?」

 すると吏緒お兄ちゃんは、ハッとして何処か緊張した顔になって私に尋ねてくる。

「で、ではもしや、ミカお嬢様のお父様は――」
「はい! 武士ギャラクシーのボーカル、YAMATOですよ。本名、一ノ瀬大和です!」

 私の言葉を聞いて、吏緒お兄ちゃんはゆらっと体を揺らしたかと思うと、近くの机に手を付いた。

「お、お兄ちゃん!? 大丈夫ですか?」
「……はい、大丈夫です」

 呆然と目を見開かせたまま、彼は此方を見下ろす。

「吏緒お兄ちゃん、会いたいって言ってましたよね?」

 私がそう聞くと、無言でコクリと頷いた。何だか、心持ち目が赤いように思うのは、気のせいだろうか。

 うーん、そんなに会いたいのでしょうか……あの父にですよ?
 でも、彼の中では、もしかしたら父は美化しているのかも……。ふむ、これは目を覚まさせる為にも、ちゃんと会わせてあげなくては!

 私は半ば使命感のようなものを感じながら、吏緒お兄ちゃんに言った。

「じゃあ今度、父に合わせてあげますね?」
「っ!!」
「まぁ、あちらが覚えてるかは怪しいですが――」
「ありがとう御座います! ミカお嬢様っ!!」

 気付けば、私の視界いっぱいに、吏緒お兄ちゃんの燕尾服が……。
 そして、感極まった彼の感謝の言葉は、私の直ぐ頭の上からして……。

「うおっ! てめっ、杜若! 他人の彼女に何してんだよ!」
「わー、杜若さん!? 何やってんのー!?」

 呉羽君の怒号と日向君の驚愕の声が聞こえた。
 そして、

「んまぁ、杜若!? そんな、そんな――……わたくしもー!!」

 背中に「ドン!」とした衝撃があり、私は「むぎゅっ」と声を上げた。

 く、苦しいでありますっ!! 一体全体、何が起こっているんですか!? 全く状況が掴めません!

 私は、この状況から抜け出そうと試みるも、何だか更に後ろから前から力が加わり、余計に苦しくなった。

「んなっ!! 薔薇屋敷! お前まで何やってんだ!!」
「何って、お姉さまをハグしているんですわー! だって、杜若ばっかりずるいですものー!」
「ああっ、そんなにしたら、一ノ瀬さん苦しそうだって」

 如何やら私は、吏緒お兄ちゃんと乙女ちゃんによって、抱き締められているようである。

 つまりは、サンドイッチという事ですかな!?
 如何でもいいけど、本当に苦しいです! 声も出ません!

 そして、最初は心配そうにしていた日向君であったが、徐々にその顔は羨ましそうなものになり、

「ね、ねぇ、俺も混ざっていい?」

 と言って、呉羽君に睨まれていた。

「な、何なんだ、これはっ!? 何故一ノ瀬さんが、執事とお嬢様に挟まれている!?」

 と、その時、いつもの如く、生徒会長の大空竜貴が現れ、今の私の状況を見て、何だかショックを受けた顔で叫んでいる。

 もう、誰でもいいから、助けてください!

 私は助けを求めるように、そちらの方に手を伸ばしたのだが、彼は何を勘違いしたのか、私のその手の中に、ロープを握らせると、

「どういう状況かは、全く分からないが、事が済んだら俺を縛ってくれ!」

 全くもって、役立たずであった。

「だから、何でそーなるんだ!」

 呉羽君は会長につっこむと、私に握らされたロープを払い落とす。

「ああっ、俺の純粋な気持ちがっ!」
「んなの知るかっ! おい、杜若、薔薇屋敷! いー加減にしやがれ! 見ろ、ミカが苦しがってんじゃねーか!」

 はうっ、やっぱり呉羽君であります!

 そして、呉羽君の言葉により、漸く吏緒お兄ちゃんは、私を放してくれたのだった。

「申し訳ありません、ミカお嬢様。嬉しくて、つい……」

 お兄ちゃんは恥じ入るように目を伏せる。
 その時、私はグイッと引っ張られ、気付けば今度は呉羽君に抱き締められたいた。

「ついじゃねえ! 他人の彼女に何してくれてんだよ! ったく!」

 それから私の顔を覗き込むと、ちょっと拗ねたように、

「お前も、勝手にオレ以外の奴に、抱き締められてんなよな……」

 と言ったのだった。

 キューーン!
 はうっ、きたっ! 本日初の呉羽萌えです!
 うう……いい子いい子したいけど、皆がいるから出来ない……。

 なので私は、代わりに呉羽君に、キュッと抱きついた。

「うん、ごめんね? 呉羽君……」
「うっ、い、いや、別に謝るほどの事でもないけどさ……」

「うわっ、出た! 見てらんない! 物凄く見てらんないから、他所でやって!」
「カーッ! このバカップルが!」
「いやーん、やっぱり呉羽様といる時が、一番の萌えですわ、お姉さまー!」
「………」

 呆れる日向君と会長、そして萌え萌えする乙女ちゃんに、無表情の利緒お兄ちゃん。
 彼らのどんな声も、今の私達には全く届かないのであった。





「あー、お前、あん時のいたいけな金髪少年かー、でっかくなったなー」

 父が、吏緒お兄ちゃんを見ながら言った。
 お兄ちゃんは、恐縮しながらも、頭を下げる。

「その節は、どうもお世話になりました……」
「あはは、あん時はこいつ、すっげー可愛くて、女の子と見紛うばかりの美少年だったんだぜ? そんな美少年がいきなり、日本人のくせに髪なんか染めてんなバカヤローときたもんだ。オレ、ビビッタね、だってドス効かせてくるんだもん」

 すると、吏緒お兄ちゃんは顔を真っ赤にさせ、恥ずかしそうに目を伏せる。

「そ、その事は、申し訳ありませんでした……」
「なっはっはっ! いいって事よ!」

 父は、吏緒お兄ちゃんの背をバンバンと叩いている。

 もう、なんか恥ずかしいなぁ……でも、お兄ちゃんはなんか嬉しそうですね。頬まで染めて、まるで少年のようです。

 私達は今、撮影スタジオに来てたりなんかする。
 映画の主題歌のプロモの撮影だそうだ。

「あ、そうそう、隣のスタジオでは、コトちゃんの撮影とかもしてるぜ? 後で見に行くか?」

 な、何ですと!? と、言う事は、オヤジ達の映画の撮影!?
 いやったーー!! それ当然、見に行くでありますよ! ムホホゥ♪

 私は父の言葉に、コクコクと頷いて見せた。

 あ、そういえば、乙女ちゃんは母のファンだったんですよね……あり? 乙女ちゃんがいない? 一体何処に?


 ++++++++++


 オレは今、かなりハイテンションになっていると思う。
 できる事なら、叫び出したい位だ。
 だって今、オレの目の前には、武士ギャラクシーがいる。しかも四人揃って。
 それに、演奏の為、彼らは正装……つまり、ロックの衣装に身を包んでいる。
 髪は逆立て、顔にはメイクを施しており、今そこにいる大和さんや晃さんは、普段の彼らではない。そこに居るのは、武士ギャラクシーのYAMATOとAKIRAである。
 おまけに、翔やTERUまで居るとなれば、興奮しない方がおかしいと言うもの。
 晃さんは、俺の傍までやってくると、翔とTERUを呼ぶ。

「二人とも、この少年が前に言ってた奴だ。今はミカの彼氏だそうだよ」
「は、初めまして! オレ、如月呉羽って言います! 大ファンです!!」

 うおー、めっちゃ興奮するー。アドレナリンでまくってるぞ、これ。

 すると、翔とTERUは、オレをまじまじと見つめた後、

「……ん」

 と、まずは翔が、俺の前に立ち、懐からピラッと紙を二枚取り出す。

「お、翔に気に入られたな? 翔は気に入った奴には、ライブのチケットをプレゼントするんだよ。しかも二枚って事は、ミカと一緒に来いって事だな」
「ま、まじっすか!?」

 す、すっげー、やった! しかもこれ、最前列じゃねぇ? やっベー、何か興奮しすぎて、鼻血出そーなんだけど……。

 すると今度は、TERUが俺の前に立つ。彼はスキンヘッドで、サングラスなんかを掛けていた。
 そして、TERUは此方に向かって頭を下げたものだから、俺も慌てて彼に向かって頭を下げる。

「初めまして、呉羽君でしたね。ミカさんの彼氏だそうで、それは、これから大和の事で、色々と苦労しそうですね。でも頑張って下さい。応援していますよ」

 そう言って握手した後、オレの肩をポンポンと叩いた。

 な、何か、印象と全然違うな……。礼儀正しいと言うか……。

 すると晃さんが、苦笑して、TERUの隣に立つと、

「ああ、こいつ……照は、実家が寺なんだよ。頭丸めてるのも、礼儀正しいのもその為だから」
「そ、そうなんすか!?」

 オレは、まじまじとTERUを見つめてしまう。

 そ、それじゃあ、これはスキンヘッドではなく、ただの坊主だと言う事か……。

 その事実に、オレはショックを受けた。
 そしてふと、辺りを見回す。

 そういえば、日向って如何したんだ? さっきまでそこらに居たと思ったんだけどな……。


 ++++++++++


「す、すご……」

 目の前で行われる撮影に、真澄は口を開けたまま、閉じる事が出来ずに、見入っていた。

「ああ、あれは俳優の五十嵐灰次。ああ、あれはアイドルのきさらちゃん! 今、俺の目の前に、テレビの中の人たちが居る……」

 そんな事を呟く真澄であったが、その隣では、乙女がキョロキョロと辺りを見回していた。
 彼らは今、ミカ達の居るスタジオの隣のスタジオに来ている。
 乙女が、隣のスタジオで紅小鳥が撮影をしているという事を小耳に挟んだ為だった。そして真澄は、そんな乙女を止めようとしてついて来たのだが、彼もまた初めて見る光景に呆気にとられ、そんな事は頭からすっぱり抜け落ちてしまったのである。

「紅小鳥は何処かしら? 此方で撮影をしていると聞きましたのに……」

 頬をバラ色に染め、興奮した様子の乙女は、目の前に居る他の芸能人など目に付かないようだった。

「あの、薔薇屋敷さん? 周りには、他にもテレビに出ている方々がたくさん居るんだけどね……その人たちは興味ないの?」

 真澄がそう尋ねてみた所、乙女はチラリと目の前を歩く俳優を見ただけで、直ぐに視線を外してしまう。

「あら、紅小鳥はここに居るどの俳優より、格が違いましてよ。それに何より、お姉さまのお母様ですのよ? 他の人たちなんて、かぼちゃも同然ですわ」
「うわっ、何てこと言うんだよ、薔薇屋敷さんっ!」

 真澄は誰か聞いていやしないかと、冷や冷やとして周りを見回した。
 その時、

「はーい、エキストラの方ー、こっちに来てくださーい」

 そんな声が聞こえた。
 見れば、一般人風の人たちが、ある一角に集っている。
 真澄はグイッと腕を引っ張られた。

「面白そうですわ! わたくし達も参加してみましょう!」
「えぇ!? そんな、大丈夫なの!? 俺ら潜り込んでいたようなものじゃん」
「んまぁ、男の癖になんて弱気な事を仰るのかしら。こんなもの、堂々としてれば、バレやしませんわ」
「……薔薇屋敷さんって、何てゆーか……」
「……? 何ですの?」
「え? い、いや、何でもない」

 真澄はその時思ったのだ。

(薔薇屋敷さんって、何だか男らしい)

 しかし、そんな事を思ってる事なんて知れたら、恐らく何をされるか分からない。
 真澄は、この事は絶対に言わないでおこうと心に誓ったのだった。

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