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第五十九話:嵐の土曜日part3
「ん? 何かこの味、ミカちゃんの味付けに似てるような……」

 ミカ姉が出した弁当を口にするお袋。首を傾げながら、そんな事を言った。

 それはそうだろう。ミカ本人が作ったもんなんだから……。

 そう心の中で呟きながら、オレも唐揚げを一つ口に運ぶ。
 少し、薄い味付けだ。いつものオレの弁当は、濃い目の味付けだとミカは言っていた。
 それを思うと、何だか嬉しくなってしまう。いつもは、オレの為に特別に作っているのだと感じられた。
 そしてふと、ミカの姿を探してしまう。目の届く範囲には、いないようだった。それから、何故か日向もいない。
 オレはその事に、何となく不安を感じながら、店内をうろついた。
 すると、何処かから話し声が聞こえる。

 ……これは、ミカと日向の声?

 オレはその方向に向かって歩く。すると、控え室だろうか、そこの扉が少し開いており、そこから二人の声が聞こえる。
 オレは帽子を取った。そろそろオレの存在を言ってもいいのでは、と思ったのだ。
 そして日向にも、そこにいるのはミカだと教えたかった。
 最近では、日向が言うような友達とまではいかないまでも、一緒に話したりする事はそんなに嫌ではなくなった。
 ちょっと、馴れ馴れしくはあったが、それも我慢できる範囲だ。それに、結構いい奴だし。
 そんな日向に、いつまでも叶わない想いをさせているのは、何だか心苦しいと感じてしまった。早く教えてやった方が、奴の為でもある。
 そう思って、扉を開けようとし、見てしまったその光景。
 思わず扉を開け、

「何してんだよ、お前ら……」

 呆然として呟くと、ミカと日向は驚いて此方を見、キョトンとした顔で、

「え!? 呉羽君? どうして……」
「あれ? 如月君?」

 そんな二人に、オレはますます腹が立った。

 何だこれ、どういう事だ?

 そしてオレは、怒りにまかせて、ガツンと扉を殴ると、二人を残してその場を後にする。

「あれ!? 同志君!? 何でいるの?」

 途中、杏という人にあったが、俺が苛立たしげに睨むと、肩を竦めた。
 そして、それを無視するようにオレは、表へと出たのだった。


 ++++++++++


「おやぁ!? 同志がいたって事は、ミカの存在に気付いてるよな……?」

 呉羽を見送り、杏也は呟く。
 すると、少し経ってから真澄も現れ、杏也に尋ねた。

「あの、杏さん! 如月君見ませんでした?」
「如月君って、もしかして同志君の事? それなら、表に出ちゃったよぅ?」
「そうですか! ありがとうございます!」

 そう言って、彼も外に飛び出そうとするのだが、杏矢が服をグイッと引っ張って引き止める。

「ねぇ、一体何があったの!?」

 目を輝かせて尋ねると、真澄が苛立たしげに、「あー、もう!」と叫んだ。

「俺と一ノ瀬さんが一緒にいるとこ、見られちゃったんですよ! しかも、キスしてると勘違いしたままで!」

 すると、杏也はパッと手を放す。
 真澄は、「それじゃ!」と片手を上げて、すぐさま走り去ってしまった。
 杏也は顎に手を置くと、ニヤリと笑った。

「なーるほど、俺のいない所で、ミカはあの王子様に正体明かした訳だ。同志も、母親の仕事についてきた訳だな? って事は、ミカがドールをやってた事はばれちゃった訳で、しかも王子様とはそんな仲だと勘違い……」
「あ、杏ちゃん! 呉羽君と日向君を知りませんか!?」

 部屋から出てきたミカは、そこに立っている杏也に話しかける。しかし、振り返った彼の顔を見て、ギクリと体を強張らせてしまった。
 何故ならば、その顔は満面の笑みを浮かべ、しかしながら、纏う雰囲気は獲物を狙う獣の如く。
 ミカはブルッと身震いをした。

「な、何ですか? 杏也さん……」
「何って、何が?」
「だって何だか、目が怖いですよ?」
「んん? そう?」

 ジリッと一歩後退するも、ミカはその腕を杏也に掴まれてしまった。そして、逆に一歩近付いてきて顔を寄せると、こう囁いた。

「さぁてと、ミカ? 話をじっくり聞かせてもらおうか? 二人きりで……」

「あ、あうっ……」

 その雰囲気と眼差しに、ミカはじわりと涙を滲ませる。
 しかしそれは、彼の笑みを更に深くさせるものでしかなかった。


 ++++++++++


 いーやー、杏也さんが、杏也さんがー!

 私は、異様な雰囲気を纏わりつかせる杏也さんに、恐怖を感じていた。
 この前感じた、いい人の雰囲気は、一切無い。
 すると彼は、私の手を引っ張り、控え室へと戻されてしまう。そしてガチャリと鍵を閉める。

「な、何で鍵を閉めるんですかぁ!?」

 身を縮込めながら、情けない声でそう尋ねる私に、杏也さんはにっこりと笑ってこう答えた。

「だって、途中で邪魔されたくないしぃ……」

 じゃ、邪魔って!? 邪魔って何の邪魔ですかーー!!?

 更に私が、ガクガクぶるぶると震えていると、杏也さんはガタンと椅子を引っ張り出し、向かい合わせて置くと、その一つに座り、もう一つを示す。

「ミカはここ」
「はい?」
「だって、話を聞く為には、向き合わなきゃ駄目だろ? だから、ミカはここに座る事……」

 私は半ば、びくびくとしながら、言われた通りにそこに座る。
 杏也さんはそれを確認すると、頬杖をついて、私をじっと見つめてから、ニッと笑った。

「さぁ、何があったのか話してくんない? 同志とあの王子様と何があったのか、包み隠さず……」
「ふぇ!?」

 私は思わず、気の抜けた声を上げてしまう。

 あれ? 本当に話をするだけ!? だって、あの雰囲気は、ただ事じゃ無かったよ?

 でも、それならば別に隠す事もないので、私は何があったか話すべく、口を開く。しかし、声を発しようとした瞬間。杏也さんはポツリと言った。

「もし、面白く無かったら、お仕置きが待ってるぜ?」
「はうっ!!」

 またもやあの雰囲気を纏わり付かせる彼に、私はビクリと震えてしまうのだった。


 ++++++++++


「あ、いた! こんな所にいた! おーい、待ってよ、如月君!」

 真澄が、店を出て呉羽を探していると、程なくして彼を見つける事が出来た。
 しかし、呉羽は一度、チラリと真澄に目を向けると、何も言わずにそのまま歩いて行ってしまう。
 真澄は漸く追い付くと、呉羽の手を取った。

「如月君、誤解なんだってば! 俺達何も無かったんだって!」
「何が誤解だってんだよ! 二人して、誰も居ない部屋にいただろーが、あんなくっついて!」

 呉羽は、射殺さんばかりに真澄を睨み付ける。一瞬、たじろぐ真澄であったが、直ぐに気を取り直すと、こちらもまた、呉羽を睨み返す。

「フフン! 俺にはもう、如月君の威嚇は利かないよ! 君と仲良くなって、君の性格とか、結構掴めてきたからね! 見掛けによらず、結構真面目で一途だ。それに、思いがけず可愛い時もあるって、俺は知ってるからね!」
「んなっ!! 男に可愛いっつわれたくねー! 気持ちわりー!」
「だったら、ちゃんと俺の話を聞いてよ! 一ノ瀬さんとは、本当に何もなかったんだ!」
「んな事、信じられっかよ! キスしてたじゃねーか!」
「だからそれは――」

 その時、二人はハッとする。
 周りから変な目で見られている事に気付いたのだ。
 そして、二人して己の手を見る。真澄が呉羽の手を掴んでいる。
 そして、話の内容はともすれば、痴話喧嘩とも取られなくもない……。
 二人は顔を見合わせる。
 バッと手を離した。

「と、とにかく! ここじゃ何だから、あっちに行こう!」
「お、おう!」

 そうして二人は、人目の少ない裏路地へ。
 そして――。

「だからね、キスしてないって。まぁ、デコチューもキスと捉えるなら、話は別だけどさ……」

 真澄がそう言うと、呉羽はポカンと口を開く。

「……は? デコチュー?」
「そう。如月君はいーじゃんか、これからいっぱい、一ノ瀬さんと恋人同士のキスが出来るだろ? これ位は、許されると俺は思う。
 それでも許せないって言うのなら、いーよ。一ノ瀬さんは俺がもらうからね!」
「んなっ!! 誰も許さねーなんて言ってねーだろーが」

 呉羽が思わずそう叫ぶと、真澄はニッと笑った。

「じゃあ、許してくれるんだ、デコチュー。ありがとう如月君!」
「〜〜っ!!」

 あまりの調子の良さに、呉羽は言葉を無くす。

「あ、そうそう。あの部屋に二人で居たのもさ、一ノ瀬さんが俺に正体を明かす為だったんだよね。だから、一ノ瀬さんの事、あまり怒んないであげてね」

 呉羽は、そう言えばと真澄を見る。先程から、“ドール”ではなく、“一ノ瀬さん”と呼んでいる事からも、それが分かった。

「……そうだったのか……」

 呉羽はポツリと呟く。そして「あ」と思い出した。

(そーいえば、これってこの前の会長の時と、立場逆じゃねーか!?)

 あやめに顎にキスされた時の事だ。

(そっか、ミカはあん時、こんな思いをしてたのか……)

 そう思って呉羽は、真澄を見る。

(ああ、オレって結構短気だったんだな)

「日向、一発殴らせろ……」
「えぇ!?」

 真澄はバッと頬を押さえる。

「だって今、許すって言ったじゃん!」

 すると、呉羽はしれっとした顔で、ポキポキと、拳を鳴らす。

「ああ、言った。だけど、それはミカに対してであって、お前を許した訳じゃない。それに――」

 今度は呉羽が、真澄に対してニッと笑った。

「デコチューでもキスはキスだ。恋人としで許せる訳ねーだろ?」

 真澄は、そんな呉羽に怯えながらも、思わず吹き出していた。

「それって、すっごいヤキモチ……ほら、やっぱ可愛いとこあんじゃん」
「よし、二発にしよう!」
「えぇ!? やっぱ今の無し! 可愛くありません! 如月君は物凄く格好いいです!」
「問答無用……歯食い縛れ」
「うえぇーー!!」


 ++++++++++


「ふーん、なるほどねぇ……それで同志が怒って出ていったと……」
「あうっ、嫌われちゃったんでしょーか?」

 ううっ、呉羽……嫌いになっちゃいやです……。
 折角、来週デートの約束したのに……。チューもまだなのに……。

 私が泣きそうになりながら、顔を俯けると、帽子がまたズリッとずり落ちる。

「あー、泣かない泣かない、化粧が落ちちゃうだろ? それとも……」

 杏也さんはそう言うと、私の顔を両手で包み込み、上向かせた。

「俺がその涙、止めてやろうか?」
「ほぇ!?」

 あ、あれ? 杏也さんが凄く近いぞ?
 ハッ、またもやチュー!?

「け、結構です!」

 私は杏也さんを押し退けようとするが、びくともしない。
 逆に、キュッとその腕の中に、閉じ込められていて……。

「な、何するんですか!? 放してください!」
「だーめ、これはお仕置き」
「え?」
「言ったろ? 話が面白くなきゃ、お仕置きだって」

 ニョ〜〜!! どーゆーお仕置きですか、これは!!

 私は、抜け出そうと必死でもがくが、杏也さんは面白がっているのか、益々力を込めてくる。そして、ぼそりと耳元で囁かれた。

「なぁ、ミカ。もし、同志が許してくれなくて、恋人解消なんてなったら――」

「ふぇっ!? そんなの嫌ですっ! えぐっ、呉羽君、別れちゃ嫌です〜〜! うわーん、杏也さんの馬鹿ちん、スカたん! 杏也さんは意地悪です!」

 なるべく考えないようにしていた事を、杏也さんに言われてしまい、ぷつんと糸が切れたみたいに、泣きだしてしまう。

「……意地悪って……ミカ?」
「ふえーん。嫌い! 杏也さんなんて、大嫌いです〜〜!」
「っ!!」

 杏也さんの体が一瞬、強ばった様な気がした。

「嫌い、ね……」

 そう呟いて、ハァと息を吐き出すと、漸く解放してくれる。
 私を覗き込むその顔は、困ったように笑っていた。

「んな事言われると、傷ついちゃうぜ?」
「だって……杏也さん、恋人解消なんて言いました……」

 グスンと鼻を啜っていると、杏也さんは、

「それはまぁ……お仕置きだしな」
「ううっ、ひどいお仕置きです……」

 本当にひどいです! 抱き締められるだけと、侮っていました!
 恐るべし、杏也さんのお仕置き……。

 すると杏也さんは、フッと真剣な顔になり、私に語り掛けてくる。

「ミカ、俺がもし、お前の事を……」
「はい?」

 私の事を? 何でしょうか? また、何かのお仕置きでしょうか?

 私は少々身構えながら、首を傾げていると、杏也さんは口を開き、続きを言いかける。でも、その瞳を迷いがあるように揺らめかせると、口を閉じて目を伏せてしまう。

「杏也さん……?」

 何だか彼らしくなくて、その顔を覗き込んでいると、やがてフッと笑い私を見た。

「やっぱ、言うの止めた」
「へ!?」

 な、何ですか!? 言いかけて途中でやめるなんてっ。

 すると杏也さんは、ニヤッと笑って、

「気になる?」

 と聞いてきた。

 ハッ、もしかして、これもお仕置き!?

「うう〜〜っ、杏也さんのお仕置きは、意地が悪いです……」
「ははっ、嫌いなんて言った罰だぜ?」
「ムーーッ!」

 プクッと頬を膨らませる私を見て、杏屋さんはブハッと吹き出すのだった。


 ++++++++++


 そして控え室。
 今、この場には、杏也しか居ない。
 彼の前には、帽子の置かれた椅子がある。帽子は、先程までミカが被っていた物だ。
 杏也は頬杖をついて、その椅子を眺めながら、ハーと息を吐いた。

「あー、また、柄にもない事しちゃったよなー……」

 ミカはその後、呉羽を追って出て行った。杏也がたき付けたのだ。
 そして、あの時自分が言い掛けた事……。

「フッ、秘めた恋ってのも、全然柄じゃねーなぁ……」

 そんな事を呟いていると、

「あれ? 杏ちゃん、ミカちゃんは?」

 ミカの姉でこの店の店長であるマリが、控え室にやって来た。

「ああ、店長。それなら、彼氏君追って、外に行っちゃいましたぁ」

 杏也は杏ちゃんに戻り、マリにそう言った。

「えぇ!? これから撮影があるのに〜〜っ! って、彼氏君? 王子様の事?」
「いーえ、違いますよぅ。本物の彼氏君ですぅ」
「え? 何で彼氏君が!?」
「それが、お母さんのお仕事に、ついて来たみたいですねぇ……」
「いやーん、何それ!? やっぱり運命的! メルヘン!」
「んー、店長? 前から思ってたんですけどぉ、メルヘンの使い所が、違くないですかぁ?」

 首を傾げながら尋ねる杏也に、マリは胸を張って答える。

「何言ってるの、杏ちゃん! メルヘンはそこら辺に転がってるものよ!」
「んー……、そうですかぁ?」

 何とも微妙な顔をして、そう言う杏也であったが、ふと、ある質問を投げかけてみる。

「店長、相手の事が好きなのに、気持ちを打ち明けないで、寧ろ相手の恋を応援しちゃう恋って、如何思います?」

 するとマリは、ガシッと杏也の肩を掴み、力を込めてこう言った。

「杏ちゃん! それはもう恋じゃないわ! “愛”よ!!」
「あ、愛……ですかぁ!?」

 マリの言葉に、顔を引きつらせてしまう杏也であった。

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