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第四十一話:魅惑のモンブラン
「ねぇ、今日こそはケーキバイキングの店に行こうよ。俺の奢りでさ」

 その日の放課後、日向真澄が言った。

 ピクピク。奢り……。

 相変わらず、奢りという言葉に反応してしまう私。

「まぁ、それはよろしいですわ! わたくし、庶民の通うお店に一度行ってみたかったんですのよ!」

 乙女ちゃんが興奮して言った。
 そうなれば私も、別に断る理由も無い訳で……。
 こうして私達は、彼の言うケーキバイキングの店に行く事になったのだが……。

「何かオレら、すっげー見られてないか……?」

 呉羽君がボソッと呟いた。

「うん、まぁ、俺たちかなり目立つからね。特に杜若さんが……」

 日向真澄が、吏緒お兄ちゃんを振り返る。
 彼の言っていたお店は、結構お洒落な感じのお店だった。
 それはもう、女性が好きそうな……。
 なので、当然の如く、客層も女性客が殆どであり、そしてその女性客は皆、たった今店に入ってきた私達を、呆気に取られた様に見ている。
 それはそうであろう。まるで、物語から抜け出たような金髪イケメンが、執事の格好で入ってきたのだから。
 それに、呉羽君や日向真澄もまたイケメンであるから、それが更に注目度を上げていた。
 そしてやっぱり、嫉妬と妬み光線に晒される私と乙女ちゃん。乙女ちゃんは平気として、私は結構きつかった。

 いーもん、いーもん。いっぱいケーキ食べてやるもん。
 それはそう、黄金に輝く黄色いアイツの乗ったケーキ……。
 黄色いうねうねがこんもり乗った、あのケーキであります……。
 ジュルッ。
 あっといけねっ、涎が出ちまったぃ。


「あ、あそこの席が空いてるよ」

 日向真澄が、窓際の席を指差す。
 私達はその席に向かった。
 とその時である。

 グイッ!

 私は引っ張られ、次の瞬間、私は何か温かなものの上にいた。

「あれ?」
「待ってたぜ? ミカ……」

 私はその人物を見て固まった。
 その人物は、甘いマスクで遊び人風のイケメン。
 私はそのイケメンの膝の上に座っていた。

「あ、天塚さん!?」

 彼の名は天塚杏也。
 私のバイト先では、杏ちゃんと名を変え、女の子として働いている。
 またの名を、鬼畜オカマ変態。
 世の男達を、女の子の格好で虜にし、そしてべろべろに惚れさせた後、男だとばらし、その時の男性達の絶望顔を見て悦に浸る、鬼畜の変態さんであった。
 そして、その鬼畜の変態さんは、事もあろうに私の泣き顔にビビッときてしまったのだそうで、大変迷惑な話である。

「いーやー! 鬼畜な変態さんがー!!」

 思わず口に出して言ってしまってから、ハッとして天塚さんを見た。
 彼は蕩ける様に微笑んだ後、目をスッと細めて私を見る。

「相変わらず、本人を目の前にして、良く言えるよ……ねぇ、ミカ?」
「はうっ!」

 ゾクッと背筋に悪寒が走り、目にじわりと涙が浮かんできた時、

「あっ、てめっ! 何でこんな所にいんだよっ! ってか、何でミカを膝に乗せてんだ!」
「ああ、また邪魔されちゃったよ。もう少しでミカ、泣かせられたのに……」

 そう言いながら、天塚さんは私が離れないように、がっちりと腰を掴まえている。

「んまぁ、あなたはこの間の失礼な方ではなくて?」
「ああ、乙女ちゃん。おでこはもう大丈夫? それに、君の後ろにいる金髪イケメンってもしかして、この前の黒い人?」

 天塚さんのその言葉に、私だけでなく、呉羽君や日向真澄も驚いていた。

「ええ? 天塚さん、何で分るんですか?」

 私がそう聞くと、天塚さんは肩を竦め、

「まぁ、体の骨格やら、顔の輪郭見てね。それでもしかしたらって思ったんだけど……へぇ、あんたって、美形だったんだな……あんたの絶望顔、見てみたいなぁ……」

 何ですと!?

 私は天塚さんを、ギョッとして見た。

 まさか、まさか杏ちゃんで迫ろうとしているんですか!?
 吏緒お兄ちゃんのピンチ!?

 私が吏緒お兄ちゃんを見ると、彼は無表情な中に、僅かに眉を顰め、静かに言った。

「……天塚様、と申されましたか? いい加減、ミカお嬢様を放しては貰えませんか? でなければ、実力行使いたします……」

 すると、天塚さんがブッと吹きだした。

「ちょっと何、ミカってお嬢様だったの?」
「違いますよぅ! 吏緒お兄ちゃんが勝手に言ってるだけです!」
「ブプー! え? ちょっと待って、お兄ちゃん? ミカ、彼の事お兄ちゃんって呼んでんの?
 何それ! 俺が居ない間に何があったの!? すげー気になる!」

 この前から思っていたが、天塚さんは結構笑い上戸である。
 彼は私の腰をギュッと抱いたまま、暫くそうして笑い続けていた。
 私は一々反応するのもムカつくので、オヤジ達の沈黙を今まで読んだ順にダイジェストとして思い出していた。
 そして、一頻り笑った天塚さん。
 私の中のダイジェストは、何時しかバタフライるみ子のダイジェストとなっていた。

 さすがバタフライるみ子。存在感ありまくりの脇役です。

「はー、笑った笑った。えーと、で? 何だっけ? ああ、ミカを放すようにだっけ? いいよ、別に……」

 あっさりと言う天塚さん。
 しかし、手はまだ放してくれない。そして、事もあろうかこんな事を言った。

「但し、ミカが離れたいって言ったらな」

 何ですと!? そんなの離れたいに決まっているでしょーが!

 私は天塚さんに向かって口を開く。

「天塚さん、放して――」
「はい、ミカこれ……」

 トンと目の前に皿が置かれた。
 皿の上にはケーキが乗っている。

 はうっ、これは……。

「ミカ、これ食べたい?」
「うん、食べたい……」
「でも、俺から離れちゃったら食べさせてあげない」
「え……?」
「離れたい?」

 私はイヤイヤをする様に首を振った。
 私の目は最早、そのケーキから離れる事が出来ない。
 それは、黄色いペーストうねうねが、こんもりと乗ったケーキ。頂上には宝石の如く、黄金に輝く栗が鎮座している。
 そう、それはモンブラン。
 何故、と言われても、自分でも分らない。
 昔から、何故かこのモンブランを目の前にすると、まるで魔法にでも掛かったかのように我を忘れてしまう。

 くそっ、何でこんなに魅力的なんだ……。
 憎いぜ、こん畜生!

「ミカは離れたくないって言ってるけど?」

「ミカ、お前一体、如何したんだよ!?」
「ミカお嬢様? 如何なされたんですか!?」
「まぁ、お姉さま? イヤイヤなさるお姉さまもかわゆいですが、早くそのような男とはお離れになって!」
「うー、如何でもいいけど。俺ら、さっきから超見られてるんですけど……」

 そんな彼らの言葉も、今の私の耳には入らない。
 完全に、目の前の素敵なモンブランから、意識を逸らす事が出来ないでいる。

「ねぇ、ミカ。俺が食べさせてやるよ」
「んなっ!! 何言ってやがる!」

 呉羽君の声が聞こえた気がしたが、今の私には、その言葉は頭に入ってこない。


 ++++++++++


(店長の言ってた通り、モンブラン目の前にすると、幼児化するって本当だったな……)

 杏也は自分の膝の上に座るミカを眺めながら、そんな事を思う。
 そしてフォークを手に取ると、ミカに尋ねた。

「ミカ、何処から食べたい?」
「んーとね? 周りからね、少しづつ食べるの。真ん中は最後まで取っとくの」

 キラキラした目で杏也を見上げ、ミカは言った。
 彼はミカの言うとおりに、ケーキの端をフォークで掬うと、ミカの前に持っていった。

「はい、あーんして、ミカ」
「うん、あーん」

 素直に口を開けるミカの口に、ケーキを入れてやる。

「美味しい?」
「うん!」

(本当、店長の言うとおりだ……)

 何でも、ミカの幼少時に、彼女の父親が行った催眠術が原因だとか……。
 別に害にもならないので、そのままにしているとも言っていた。こうなると、すっかり素直になるのだそうだ。
 普段全く甘えてこないので、時々家族皆で、この幼児化ミカを呼び出すのだと言う。

(それって、如何なんだ? でもまぁ、今はこの状況を楽しみますか……)

 杏也は、ニヤニヤして呉羽たちを見やった。
 皆、一様にショックを受けた顔をしている。その彼らの顔を見て、杏也はゾクゾクッとするのだった。

「ミカ、俺の事好き?」
「んーん!」

(即答かよ……)

 杏也は苦笑する。

「じゃ、食べさせてあげない」
「えー? やー」
「じゃあ、俺の事好き?」
「うん、好きー」
「良く出来ました」

 そう言って、またケーキを食べさせてやる杏也。

「ちょっと待て! 今のは卑怯だぞ!」

 顔を真っ赤にして怒鳴りつける呉羽に、杏也はスッと笑みを深くした。

「ミカ、俺の頬っぺたにチューしたら、食べさせてあげる」

「んなっ! いい加減にしろよ! あんた!」
「ミカお嬢様、正気に戻ってください!」
「お姉さま! チューするなら、わたくしにするといいですわ!」

 それぞれが怒鳴る中、ミカは悩んでいるようだった。
 呉羽は、近くの席で呆然としている女性客の前にあるケーキを引っ掴むと、

「ほら、ミカ! ここにもケーキあるぞ!」

 と、言って見せた。
 しかし、ミカはぶんぶん首を振ると、「やー」と言った。

「んなっ! くそっ……あ、すんません……」

 呉羽は謝りながら、ケーキを元の女性客の前に戻してゆく。
 そして、杜若は暫し考えたかと思うと、その場を離れ、トレイにケーキを幾つか乗せてやってきた。

「ミカお嬢様、ご覧下さい。此方の方が沢山ありますよ」

 そう言ってミカの前に差し出すが、やっぱり首を振って、「やー」と言うのだった。

(駄目だって……モンブランじゃないと……)

 杏也は心の中で呟く。
 しかし、彼らがそれに気付くのは時間の問題かな、と思いながら、ミカを見下ろす。

「チューがいやなら、名前でいいや。天塚さんじゃなくて、杏也って呼べたら食べさせてあげる」

 杏也がそう言うと、ミカはまじまじと彼を見上げる。

「何で名前がいいの?」
「だって、その方がもっと仲良くなれるでしょ?」

 杏也のその言葉に、ミカは「んー」と考えていた。

「止めろ、ミカ! んな奴の名前なんか、呼ぶ事ねーから! ミカだって嫌だろ? 嫌だよな!」

 呉羽が必死になって言う。
 ミカはというと、目の前のモンブランをじっと見つめている。
 その時、

「もしかして、モンブランが好きなんじゃない?」

 真澄がポツリと言った一言に、呉羽、杜若、乙女の3人は動いた。

「ほら、ミカ! モンブランだぞ!」
「ミカお嬢様、どうぞ此方へ」
「さぁ、お姉さま! わたくしが食べさせて差し上げますわ!」

 3人はそれぞれ、その手にモンブランを持っている。
 ミカは顔を輝かせて、杏也の膝から降りた。

「あー、もうばれちゃったか、残念……」

 大して残念でも無さそうに杏也は言う。
 すると、ミカが振り返り、

「きょー君じゃ駄目?」

 首を傾げて聞いてきた。
 杏也は目を見開き、それからクスリと笑った。

「いいよ、きょー君で。はい、ご褒美」

 そう言うと杏也は、モンブランの上の部分を掬い取り、ミカに差し出す。
 ミカは嬉々として、それにパクついた。
 そして、その拍子に杏也は、ミカの頬にチュッと音を立ててキスをする。

「んなっ!! てめっ、ぶっ殺す!」
「………」
「いやー、お姉さまー!!」

 ミカはもぐもぐと口を動かしたまま、今しがた頬にキスをした人物を見やる。

「なまじ、呼び捨てで呼ばれるより、恋人同士っぽいと思わないか? きょー君って……」

 杏也はそう言って、甘く微笑む。
 ミカはごっくんと口の中のケーキを飲み込むと、じわりと目に涙をにじませ、

「ニ゛ョーー!!」

 と叫びながら、拳を彼の顔面めがけて突き出した。

 パシッ!

「おっと、危ない……」

 しかし彼は、いとも容易くその拳を片手で受け止めてしまう。

「顔は止めて欲しいな。仕事が出来なくなるだろ? それに、俺の趣味も……」

 そう言って杏也は、ニヤリと笑うのだった.




「うーん、あの人、どっかで見た事ある気がするんだけどなぁ……何処でだろ?」

 真澄はそれらの出来事を端から見て、そんな事を呟く。その視線の先は、杏也に向かっていた。
 まさか、愛しいドールの働いている店の店員、杏ちゃんであるなど、露とも思わない真澄。

「あれ位のイケメンだったら、見たら忘れないと思うんだけどなー……」

 さらに首を傾げるのだった。




「それじゃ、ミカにきょー君って呼ばれた事だし、俺、用事があるからもう行くわ。人待たせてんだよね」

 そういいながらニヤリと笑う杏也。
 その待ち人とは、勿論、彼のもう一つの姿である杏ちゃんに、想いを寄せている哀れな犠牲者である。

「今度は、二人きり出会おうな、ミカ」

 そして、杏也は手をひらひらと振って立ち去る。

「あのヤローとは、絶対にミカと二人きりにさせられねー……」
「全く、ミカお嬢様には、悪い虫が多すぎますね」
「ああん、お姉さま? かわいそーに……。今、拭いて差し上げますわ」

 杏也の去った後、彼らは席に座り、口々に呟く。
 乙女は、たった今、杏也にキスを去れたミカの頬を、ハンカチを取り出して丁寧に拭いてやっていた。

「でもまさか、一ノ瀬さん。モンブランを目の前にすると、幼児化しちゃうなんて……また、新たな伝説が……」

 真澄がミカをまじまじと見ながら言った。
 身かは今、三つのモンブランを前にして、ホクホク顔だ。

「モン、モン、モンブラン♪ 黄色いうねうねモンブラン♪ モンブラーン好きはーモンブラー♪ そうよ、私はモンブラー♪」

「……何だ、この歌……」
「如何やら、自作の歌のようですね」
「あはっ、ご機嫌ですわね、お姉さま」

「えと、一ノ瀬さん? それ、何て歌?」
「えー? 『魅惑のモンブラン』って言うのー」

 そう言いながら、一口パクッと口に頬張り、物凄く嬉しそうだった。
 そうしている間も、鼻歌で、『魅惑のモンブラン』を歌っている。

「ハッ、ヤベー、これ頭から離れねー!」
「ハッ、そういえば私もです!」
「まさに魅惑ですわ!」

 頭の中で繰り返すその歌に、皆、何ともいえない顔をする。
 真澄もまた同じような顔をしながら、ポツリと呟いた。

「一ノ瀬ミカ、新たな伝説。エンドレス、魅惑のモンブランの巻……」

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