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第四十話:I's 定番ショー
「あははははは!」

 それを見た私は笑った。
 私の足元には、こんもりと砂が盛っている。


 その後私は、吏緒お兄ちゃんにお姫様抱っこされたまま、校舎内に入ったのだが、

「吏緒お兄ちゃん、上履きに履き替えるので、降ろして下さい。ってゆーか、もう抱き上げないで下さい。物凄く、周りの視線が痛いので……」
「しかし、ミカお嬢様……」
「……お兄ちゃんって呼ぶの、止めます……」

 試しにそう言ってみた所、吏緒お兄ちゃんはアッサリ私を解放した。

 ……そんなにお兄ちゃんって、呼ばれたいの……?

 心の中で、首を傾げる私。
 そして、上履きに履き替えるのだが、

 ――ザリッ。

 ………ザリッ?

 その感触に、私は上履きを脱ぎ、それを逆さにした。

 ズザザーー。

 砂が出てきた。
 その砂は、足元で小さな山を作る。

 ………チーン。

「あははははは!」

 そうして、私は笑ったのである。

 凄い、凄いよ! こんなにも、王道で来るなんて……流石です!

「え? ちょっと何笑ってるの? 一ノ瀬さん」
「一体何だ?」
「お姉さま、如何なさいましたの?」
「ミカお嬢様?」

 皆が私の笑いを聞きつけた。

「いえ、大した事じゃ……プククッ、いや、本当に……」

『………??』

 私の反応に、皆、首を傾げていた。

 私はちゃんと分っている。
 そう、これは嫌がらせ。
 恐らく大空会長のファンの仕業。
 そして、その犯人も私は分っている。
 何故なら、先程からずっと、私はその犯人の視線を感じ取っていた。

 いやはや、一体何故にこんなに熱く見られているのかと思えば、これが原因でありましたか! 御見それ致しました師匠!

 私は其方をクルリと振り返った。
 慌てた様に隠れる、ある女生徒の姿。
 予想通りの人物であった。

 その人物とは、我が心の師匠『Queen of 普通』、斉藤陽子その人であった。

 流石は師匠! 嫌がらせの定番です! 王道です!


 ++++++++++


 此方を向かれ、慌てて隠れる女生徒。
 彼女の名前は斉藤陽子。

(ちょっと! 何であそこで笑うのよ!?)

 自分は、彼女に対して嫌がらせをした筈である。
 それなのに、その反応は全くの予想外。
 何と、いきなり笑われてしまった。何だかバカにされたような気分に陥った。

(何よ、一ノ瀬ミカ! 大空会長に言い寄られているだけじゃ飽き足らず、あんなにイケメンはべらせちゃって! 女王様にでもなったつもり!?)

 陽子は悔しげにギリッと爪を噛んだ。

(何でよ! 見た目は至って平凡じゃない! 私と何が違うって言うのよ!?)

 ミカに『Queen of 普通』等と呼ばれているとは露知らず、斉藤陽子はミカに対し、嫉妬の炎をメラメラと燃やすのだった。


 ++++++++++


「あははははは!」

 教室内に私の笑い声が響く。
 私はまた、例の如く笑い声を上げていた。

「うおっ、何だよミカ? また可笑しい事があったのか?」
「本当、何があったの?」

 隣の席の呉羽君と、前の席にいる日向真澄が、吃驚して私に尋ねてくる。
 少し離れた席にいる乙女ちゃんと吏緒お兄ちゃんも、何事かと此方を気にしているのが見えた。

「な、何でも……ククッ、ありませんよ。ええ、そんな大した事じゃないので……」

 私は必死に笑いを堪えながら言った。


 あの下駄箱での一件があってから、教室にやってきた私達。
 生徒達は皆、吏緒お兄ちゃんに釘付けとなった。そして、あの黒ずくめのスナイパー渋沢だと知って、その変わり様に皆驚いている。
 女子達は特に、目がハートとなり、ラブラブ光線を送っていた。そして、それに比例するように、私や乙女ちゃんに嫉妬や妬み光線が送られてくる。
 私はそれをビシバシと感じていたのだが、乙女ちゃんは彼女が纏うお嬢様オーラにより、その光線をピンピピンと跳ね返していた。

 凄いや、乙女ちゃん。嫉妬や妬みなんて、物ともしないんだね。

 如何やらそんな物は、お嬢様の彼女にとっては日常茶飯事の様である。
 そして、席についた私はドギマギとしていた。

 はてさて、ここでは一体何が待っている事やら……。

 下駄箱での出来事を思い出し、私はワクワクとした気持ちになった。
 何故なら、先程から師匠の視線を感じる。恐らく、また何か仕掛けているに違いない。
 私はそう思い、机の中を漁る。

 ……何も無い。

 感触系では無い様だった。
 増えるワカメでも入れられたら如何しよう、等と思っていたりもしたから、もしかしたら視覚系なのではと思い、教科書類を取り出す。
 そして――。

 斯くしてそれはあった。

『バカ! 死ね! ブス! 大空会長に近付くな!』

 そんな事の書かれた紙が数枚、教科書に挟まっていた。
 そのあまりの平凡さに、そして、直接教科書に書かないその小心者さに、私はそうして笑う事と相成った訳である。

 さすが! 流石です斉藤師匠! 良い意味で予想を裏切られました!
 そうですよね! まず最初は様子を見ますよね!

 私は今後、更にエスカレートしそうなこの嫌がらせに、密かに胸を躍らせるのだった。


 ++++++++++


 ミカの心の師匠、斉藤陽子は、教室の後ろの扉から、ミカの様子を窺っていた。
 しかしまた笑われてしまい、またもやギリッと爪を噛む。
 とその時、廊下の向こうから、彼女が心から愛する男性がやってきた。

「大空会長!」

 その声は弾み、顔を輝かせる。
 彼は彼女に気が付くと、にっこりと笑いかけてきた。

(ハァ……なんてステキな笑顔……。この前までは、あの笑顔は私に向けられていたのに……)


 ある日、彼は斉藤陽子に声を掛け、よければ仕事を手伝って欲しいと言ってきた。
 普通であれば、絶対に声を掛けるチャンスも、反対に掛けられる様な事も、あるはず等無いのに。
 そして会長は、彼女に対して笑顔を向けてきた。
 彼女は、まるで特別な存在になれた様に思う事が出来た。

 それがある日、斉藤陽子はいつもの如く、大空会長に仕事の手伝いをお願いされていた。
 それはもう喜んで、貴方の為なら何でもしますと言うように、彼を見上げていた時である。
 彼は彼女から視線を外し、ある女生徒を見たのだ。
 パッとしない、冴えない感じの女生徒。
 まるで自分を見ているかのような、そんな思いを彼女に感じさせる女生徒だった。そして、その女生徒はあろう事か、会長に好意を抱いている様な仕草をしたのだ。
 でもまだ、その時は余裕を感じていた。会長がそれに答える筈が無いと、彼女は思っていたのである。

 しかし大空会長は、その女生徒を呼び寄せ、その女生徒の持っている弁当に興味を抱き、生徒会室に呼んだのである。

(そんなっ、私もまだ、呼ばれた事が無いのに……)

 斉藤陽子はその女生徒に嫉妬し憎悪した。

(あんたさえ現れなければ、きっと私の方が呼ばれていた筈なのに……)

 そして女生徒は、彼女も一緒にどうかという事を言った。
 彼女は更に腹が立った。

(何いい子ちゃんぶってんのよ! 会長にいい所見せようって魂胆がみえみえだわ!)

 斉藤陽子はそう思った。
 彼女の中で、その女生徒に対する憎悪が、更に燃え上がった。


(なんで!? 何であんたがこんなにも、会長に求められてんのよ!!)

 ある朝、校門の前で見た光景。

(会長だけじゃなくて、あんなにカッコいい人にも想われて……)

 斉藤陽子の中で、炎は勢い良く燃え上がり、女生徒を射殺さんばかりに睨んだのだった。


 そして現在……。

「ああ、大空会長……」

 目の前に彼女の愛しい人がいる。そして笑いかけてくれた。
 でもそれだけで、彼は教室の中に入っていってしまう。

(無視された!? 違う、私なんて眼中に無いんだ……)

 彼女の目に涙がにじむ。
 教室の中で、会長はあの女生徒に話しかけていた。
 かつて、彼女にも向けてくれたあの笑顔。
 斉藤陽子はその場を走り去るのだった。


 ++++++++++


「やぁ、一ノ瀬さん」

「また来たのかよ、あんた!」
「うわー、懲りないね、会長も……」
「………」

 私に話し掛けてくる大空会長。
 その会長を睨む呉羽君。そして呆れたような日向真澄。
 私は無言で彼を見上げている。

「んまぁ、馬の骨が参りましたわよ! 杜若、お姉さまをお守りして!」
「はい、勿論です、お嬢様」

 乙女ちゃんや吏緒お兄ちゃんまで、此方にやってくる。
 更に私の周りは騒がしくなった。
 大空会長は、吏緒お兄ちゃんに目の前に立たれると、たじろいて見せたが、すぐさま立ち直り、私の方を見た。
 何だか朝よりも余裕に見えた。
 そして、いきなり彼は言ったのである。

「可哀想に一ノ瀬さん。一人で抱え込むなんて……」

 What? 何の事ですかな?

 私は首を傾げた。
 大空会長はそんな私を、哀れむかのように見て、眉を顰める。

「嫌がらせを受けているんだろう? 大丈夫、俺が犯人を見つけて――」

 ガタン!

 私は席を立ち、会長の手を取り、教室の外へと向かう。

「おい、ミカ!?」
「お姉さま!?」
「ミカお嬢様!?」

 それぞれの声を背に聞き、

「ちょっと、お話をしてきます」

 そう言って、会長を連れでした。


「どういう事ですか? 何で知ってるんですか?」

 周りに誰も居ない事を確認すると、私は大空会長に向かってそう言った。
 すると会長は、蕩ける様に笑うと、この前の様に壁際に私を追いやり、自分の手でもって私を閉じ込めてしまう。

 ハッ、またもや何ですかな!? この状況は!?

 私は警戒し、身構えながら、大空会長を見上げた。

「こんな人気の無い所に連れ込むなんて、結構大胆なんだな、一ノ瀬さんって……。それとも、不安で俺に慰めて欲しいとか?」

 そう言って、クイッと私の顎を上向かせる。

「違います!」

 私は思いっきり、両手でその手を下ろさせると、言った。

「私は、何で嫌がらせの事を知っているのかと聞いているんです!」

 すると、会長は一瞬、目を泳がせた後、ああ、と言って私にある物を見せた。
 それは、画鋲だった。

「いや、一ノ瀬さんの靴の中に、これが入って――」
「あははははは!」

 何ですと!! 画鋲! 昭和! 昭和を感じます! 定番な上にレトロですよ、斉藤師匠!

「え? あの、一ノ瀬さん?」

 戸惑った声を出す大空会長。
 私は一頻り笑った後、漸く一息ついて、彼に言った。

「で、私の靴の中に、画鋲が入っていたのは分りましたが、では何故、会長は私の靴の中にそれが入っていた事に気付いたんですか? それって、私の下駄箱の中を勝手に見たって事ですよね?」
「うっ、いやでも、そのまま放っておいたら、君はその画鋲を踏んでいただろう?}
「どんな理由にしても、私の下駄箱を勝手に漁ったという事実は消えませんよ、大空会長。サイテーです……」

 私は冷たい目で、会長を見やった。
 大空会長は、私のその視線にたじろいだ後、気を取り直した様に真面目な顔になる。

「でも、一ノ瀬さん。嫌がらせを受けている事実だって消せない。犯人を見つけて、君にはもう手出しをさせないように――」
「止めてください」
「は?」
「私の楽しみを取らないで下さいませんか?」
「は!?」
「折角、次に何が起こるのか楽しみにしていたのに、そんな事をすれば、もう嫌がらせ、してくれなくなっちゃうじゃないですか」

 私がそう言うと、会長は暫しの間、眉間を押さえ、何かをじっと耐えているようだった。

「……いや、でも、犯人くらいは把握していた方が……。こういうものはエスカレートしてゆくものだぞ?」
「犯人なら分っていますよ」
「はぁ!?」
「エスカレートも定番じゃないですか」
「なら――……」

 見た所、本気で心配しているようだった。
 根はいい人なのかもしれない。
 なので私は、にっこりと笑って言った。

「全然大丈夫ですから、心配無用です。ただ、このI't 定番ショーを楽しみたいだけですから」
「………」

 大空会長は、何とも言えない顔をしていた。

「あ、そうそう、他の人達にも言わないで下さいね。心配させる事は勿論の事、きっと犯人を見つけ出して、止めさせようとする筈ですから。会長も、犯人を見つけようとしないで下さいね」
「……一ノ瀬さん、君って……」

 と、その時、

「ミカ! 無事か!?」
「ミカお嬢様!」
「お姉さま!」

 呉羽君達が息せき切って現れる。

『………』

 一瞬訪れる沈黙。
 私は今の状況を確認する。
 私は壁に追いやられ、その壁に手を付いた会長に閉じ込められている。
 会長もそれを確認したのか、私と彼らとを順に見た後、ニヤリと笑って、

「愛の語らいを邪魔しないでもらえるか?」

 そう言って私を抱き寄せた。途端に、ゾワゾワッと一気に全身に鳥肌が立つ。

「んなっ! ミカを離せ!」
「んきゃーー!! お姉さまー!!」
「………」

 顔を真っ赤にして怒る呉羽君と、真っ青にする乙女ちゃん。そして、無表情であの底冷えのする瞳で見てくる、吏緒お兄ちゃん。

 に゛ょーー!! 何すんねん、この色ボケ男がーー!! ギャー、耳に息がーー!!

「カウ・ロイ(とび膝蹴り)!」

 ドスッ!

「うっ!!」

 大空会長は、ガクンと膝をついた。
 私はすぐさま彼から離れると、呉羽君たちの元へと駆けて行く。

「ふえーん! 呉羽君、吏緒お兄ちゃん、乙女ちゃーん!」


 ++++++++++


 走り去る彼女を見送りながら、竜貴は脂汗を流していた。
 またしても、内臓にまで響く衝撃。しかも、この前よりも強烈だった。
 暫くは、立ち上がれそうにも無い竜貴。

「あのね、あのね、棚上げ嘘吐き男がね――」

(ちょっと待て! その“棚上げ嘘吐き男”とは、もしかしなくとも俺の事か!?)

 聞き捨てなら無い言葉を聞き、竜貴はミカを見た。
 彼女は今、如月呉羽に抱きついている。

(ハッ、奴には自分から抱きつくのか!)

「耳に息、フーてされてね――」

 竜貴は、脂汗とは違う、冷たい汗を掻いた。
 如月呉羽の視線だけでなく、薔薇屋敷乙女や、彼女の執事だとか言う杜若という男も、此方を冷たい瞳で睨んでいた。

「杜若。あの馬の骨にお仕置きを……」
「は、畏まりました……」

 そう言うと杜若は、指をポキポキと鳴らして、近付いてくる。

「ちょ、ちょっと待て! お仕置きなら今、一ノ瀬さん本人が――」
「問答無用です……」

 そう言いながら、無表情でゆっくりと近付いてくる、金髪イケメンを、竜貴は青い顔で見ているしか出来ないのだった。


 ++++++++++


 私は、後ろで「ギャー!」という大空会長の叫び声を聞きながら、呉羽君の胸に縋り付いてた。
 すると、私の頭の上で、ポツリと呟くのが聞こえる。

「ミカ……嫌がらせって……」

 私はパッと離れ、彼を見て言った。

「んーん、そんな事されてないよ? 全然何にも無かったよ?」

 そんな私を、呉羽君は疑わしそうに見ている。

「んもー! お姉さま? あの馬の骨と二人きりになるなんて、危なすぎでしてよ! 他に何もされませんでした?}
「え? うん、大丈夫。何にもされなかったよ」

 私が乙女ちゃんにそう言うのを、呉羽君はじっと見ているのを感じた。

 ううっ、ごめんよ呉羽君。こればっかりは教える訳にはいかないのです!
 何故なら! これからおきる、このI't 定番ショー。師匠の嫌がらせは、如何しても外せないのであります!

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