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 学園編、再び。
第三十九話:執事魂は燃え上がる
 朝から大空竜貴は、とても不機嫌な顔をしていた。
 その視線の先には、彼のターゲットである、一ノ瀬ミカの姿。
 彼女は、笑顔である男と話していた。

 周りは騒がしく、主に女子達の声は、その男に向けてのもの。
 その男は、金髪碧眼。年齢は、二十代前半くらい。そして、『超』が付くほどの美形であった。
 何故か燕尾服を着ている。
 その燕尾服は、その男の魅力を更に引き出しているようだった。

(何故、学校で燕尾服!? 執事喫茶でも始めるのか!?)

 眉をピクピクとさせ、口元を引きつらせながら、竜貴は思った。
 明らかに自分よりもレベルの上の男に、焦りと嫉妬を覚える竜貴。
 今だかつて、こんなに危機感を味わった事があっただろうか。
 如月呉羽、彼に対してはまだ余裕があった。一ノ瀬ミカを振り向かせるだけの自信も。
 しかし、あの金髪イケメンに対しては、何もかもが完璧すぎて、到底敵いそうに無いと思えてしまう。

「くそっ、あの男は一体誰なんだ!!」

 初めて味わう敗北感に、竜貴はそう叫んだ。

「いや、落ち着け。何も一ノ瀬ミカが、あの男とどうこうと言う訳ではないんだ。とりあえず、探りを入れてみようじゃないか……」

 竜貴は一度、深呼吸をしてから、ミカの元に近付いてゆくのだった。


 ++++++++++


「お早う、一ノ瀬さん!」

 出たな! 棚上げ嘘吐き男め!

 私は校門の前で、我が校の生徒の長であり、棚上げ嘘吐き男こと大空会長に、声を高らかに挨拶をされていた。

「……お早う御座います、大空会長……」

 とりあえず、私も挨拶を返す。
 でも、今日の大空会長は、微笑みの貴公子と謳われるそ寝顔を引きつらせ、その視線は時折、吏緒お兄ちゃんの方へ向かっていた。

「ところで一ノ瀬さん。そこにいる外国人は何者かな? 部外者は校舎内に入るのは固く禁じられているよ。早く出て貰わないと、警察を呼ぶ事になる」
「んまぁ、何て事を言いますの!! 許可なら、転入してきた時に、校長に貰いましたわ! 杜若は、わたくしの専属の執事です! 執事は主人に常に付いていなくてはならないんですのよ!」

 乙女ちゃんが、大空会長の言葉に憤慨して言った。
 吏緒お兄ちゃんも、会長の前に立ち、懐から紙を取り出して見せる。

「許可証ならほら、ここにありますよ。私は杜若と申します。薔薇屋敷家に代々仕える家系の者です」
「なに!? という事は、あの黒ずくめの怪しい男!?」
「スナイパー渋沢は、怪しくなんかありません!!」

 私はムッとして、思わず叫んでいた。

「は!? スナイパー……なんだって?」

 ムムゥッ! ええ、オヤジ達にはあまり認知度が無い事は分ります。分りますが……クゥ〜〜ッ!! 悔しいです!

「スナイパー渋沢は、女子供にはめっぽう弱い、心優しきスナイパーです! しかし、夜明け前には泣く子も黙る、狙った獲物は外さない、凄腕のスナイパーとなるのです!」

 私は熱く語った。しかし、目の前の大空会長は、ポカンとした顔をしている。私は更に、吏緒お兄ちゃんの腕を引張り、説明する。

「いいですか、スナイパー渋沢は、スナイパーであるにも拘らず、接近戦にも精通しています! 見てください! ほら、凄い筋肉ムキムキです!」

 私は吏緒お兄ちゃんの燕尾服の前を開け、その厚い胸板をバンバンと叩く。

「い、一ノ瀬様!!?」
「っ!! 一ノ瀬さんっ? 君は一体何をしているんだ!?」

 顔を僅かに赤く染め、吏緒お兄ちゃんが戸惑った様に私を見下ろす。そして、大空会長は、ギョッとした顔をして見せ、それから信じられないと言う様に叫んだ。

「何をって、スナイパー渋沢の説明です!」

 とその時、ポカッと頭を叩かれた。

「こら、ミカ!」

 見ると、怖い顔をした同志……じゃなかった呉羽君が私を見下ろしている。
 そう、私たちはつい先ほどから、こうして下の名前で呼び合っていた。
 薔薇屋敷家の住み込みサンタであり、座敷翁であり、乙女ちゃんのお祖父さんに言われたのだ。
 人は親しいものであれば、下の名前で呼ばれたいもの。好きな相手なら尚更だと。
 果たして同志が、私の事を好きなのかどうかは分らないけれど、下の名前で呼ばれたい事は確かなようだったので、私は彼を「呉羽君」と呼ぶ事にしたのだ。
 
 はうっ、でも、ちょっと恥ずかしい……。君を取るなんて、もっと恥ずかしい……。でも、呉羽君が、私の事を「一ノ瀬」と呼んだ時、何だか寂しく感じたのは何だったのでしょうか……?

 私は、自分の頭を叩いた彼をジトッと見つめ、

「ううー、何で叩くんですか? 呉羽君ひどいです……」
「何でじゃないだろ、むやみやたらと、べたべた触るんじゃないっつーの! また杜若に怒られっぞ!」

 呉羽君にそう言われ、私はギクッとして、吏緒お兄ちゃんを見上げた。

「はうっ、吏緒お兄ちゃん怒っちゃ――怒ってますぅ!」

 見ると、吏緒お兄ちゃんは、無表情に、あの底冷えのする瞳で私と呉羽君を見ていた。
 私が怯えて呉羽君の影に隠れると、それは更に強くなったように感じる。

 おおぅ! こあい、こあいよぅ!

「杜若! てめー、ミカを怖がらすなよ! 見ろよ、怯えてっだろ!」

 呉羽君がそう言うと、吏緒お兄ちゃんはハッと我に返った様になり、私に向かってにっこりと笑って否定した。

「いいえ、一ノ瀬様、私は全然怒っていませんよ」

 私は呉羽君の背から顔を出し、彼を見上げ、「本当?」と尋ねる。

「ええ、本当ですとも。……それよりも、何時からお二人は名前で呼び合う様になったのですか?」

 その言葉に、他の人たちも気付いたようだった。

「あら、そう言えばそうですわね。昨日まではお姉さまは、呉羽様を同志とお呼びしていましたわ」
「ああ、さっきちゃんと仲直りしたんだね。しかも進展してるみたいで、本当に良かった」
「何!? 進展!? いや、ちょっと待ってくれ! 一ノ瀬さん、これはどういう事なんだ!?」

 口々にそう言うので、私は言った。

「えと、呉羽君が、下の名前で呼んで欲しいそうなので、そう呼んでいます。流石に呼び捨ては恥ずかしいので、君付けですけど。えへへ、ね? 呉羽君」

 私が照れた様に、はにかみながら言うと、彼もまた照れた様に頬を染めて「ああ」と頷いた。

「そんなっ! 考え直したまえ、一ノ瀬さん! そんな事を許せば、彼がつけ上がるだけだぞ!」

 大空会長が私に詰め寄る。呉羽君が、ムッとした顔になった。

「つけ上がるって、どういう事だよ!」
「どういう事も何も、彼女が大人しい事をいい事に、自分の言うとおりにさせようという魂胆か!?」
「は!? 何言ってんだよ、あんた!? つーか、あんたが言うなよ!」

 本当に何を言っているんでしょうか、大空会長は……やはり棚上げ男ですね……。
 それに、つけ上がるなんて……つけ上がる……つけ上がる? ハッ、もしや、あの時のチューなどは、それに匹敵するのでは!?

 私はジリジリと呉羽君から遠ざかると、吏緒お兄ちゃんの影に隠れる。

「う、呉羽君、つけ上がるの?」

 不安げに呉羽君に向かいそう言うと、彼はムッとした様に、吏緒お兄ちゃんの影に隠れる私向かって、否定の言葉を口にした。

「は!? んな訳ねーだろ!」
「だって、あの時……」

 私が眉を下げ、じっと呉羽君を見ながら言うと、彼はハッと何かを思い出し、カァッと顔を赤く染め、ぶんぶんと首を振った。

「君付けなら大丈夫だ!」

 そう叫んだ彼の後に、一拍置いて、大空会長がハッとし、呉羽君に向かい言った。

「ま、まさか! つけ上がったのか!? もう付け上がった後なのか!!」
「だー、うっせーよ! あんたには、かんけーねーだろ!」
「って事は本当につけ上がったのか、君は!?」

 と、その時、私の体がふわっと浮いた。
 そして、周りからは女子達の悲鳴が沸きあがる。

 ぬおぅ!? いきなり、なになにー!?

 私が吃驚して顔を上げると、にっこりと笑った、吏緒お兄ちゃんが。
 私はまた、吏緒お兄ちゃんにお姫様抱っこされていた。

「一ノ瀬様、これからは私、あなたの事を、ミカお嬢様とお呼び致しますね」

 ………チーン。
 コノ人ハ一体、何ヲ言ッテルノ?

 私が反応できずにいると、吏緒お兄ちゃんは、乙女ちゃんの方を振り返り、

「よろしいですか? お嬢様」

 ニコニコと笑顔のまま、そう聞いていた。
 乙女ちゃんもまた、呆気にとられた顔をしていたけれど、ハッと我に帰り、ファサッと髪を払って、頬を紅潮させながら言った。

「まぁ、お嬢様? それでは、わたくしとお揃いですのね? よろしくってよ、杜若。思う存分、お姉さまを“お嬢様”と呼ぶといいですわ。
 何てったって、お姉さまとわたくしは一心同体。執事も共有ですわ」
「はぁ!? 何言ってんだよ、薔薇屋敷! 杜若も、何訳わかんねー事言ってんだよ! ミカを降ろせ!」

 呉羽君が、怒りで顔を染めながら、怒鳴りつける。
 私も同感であった。

 そういえば、昨夜も吏緒お兄ちゃんには、“お嬢様”って言われたような……。

「あうっ、吏緒お兄ちゃん、呉羽君の言う通りですよぅ。お兄ちゃんにはもう、乙女ちゃんって言う、立派なお嬢様が居るじゃないですか。それに、目立つので降ろして下さい」

 私が困った顔でそう言うと、吏緒お兄ちゃんは神妙な面持ちでこう言った。

「なりません、ミカお嬢様。今降ろしたら、その身に悪い虫がたかってしまいます!」
「へ? 悪い虫?」
「全くその通りですわよ、お姉さま! 気を付けるべきは、生徒会長や日向真澄だけではありませんでしたわ! すっかり忘れておりました。呉羽様には、一番気を付けなければなりませんでしたのに!」

 そう言って、ピラッと一枚の写真を取り出す。

「わー!」

 慌てて呉羽君がそれを奪い、クシャクシャと握りつぶした。

 あ。あれって、以前にも出して見せた写真では? 一体何が写っているのでしょうか?

「と、言う訳ですので、ミカお嬢様。この杜若、あなたを全身全霊でお守りいたします。どうぞ、これからはあなたの執事として、私とお接し下さい。あなたは私の主人なのですから」

 ………ゴーン。

 あ、駄目だ、頭痛がしてきたかも……。
 ううっ、吏緒お兄ちゃんは……吏緒お兄ちゃんだけは……まともだと思っていたのに……。
 でも、あの普通じゃない家に居れば、嫌でもまともじゃなくなってしまうのかもしれないけど……。

「あうあうっ、お兄ちゃんじゃ駄目なんですかぁ?」

 私が情けない声でそう言うと、吏緒お兄ちゃんはにっこりと笑った。

「いえ、お兄ちゃんでも構いませんよ。寧ろ、そう呼んで下さい。その方が、より一層燃え上がります」
「?? 燃え上がる?」
「はい、執事魂が」
「………」

 し、執事魂!? 何それ!?
 ああー、やっぱり吏緒お兄ちゃんは、全然まともじゃなかったよぅ!


 隊長ー!! 予想外の所に地雷が隠れておりましたーー!!
 何だと!? 被害はどの位だ!!
 周りの反応、及び精神的ダメージ、それに今後の事も考えれば、その被害は甚大であります!!


 私の心の中で、隊長が『衛生兵!』と叫ぶのを聞きながら、私のその目は遠くを見つめていた。


「お嬢様、この杜若、漸く“萌え”というものが理解できてきた様に思います」
「あら、それはよろしくってよ、杜若。お姉さまは“萌え”の宝庫ですわ」

 そんな会話をしながら、吏緒お兄ちゃんと乙女ちゃんは校舎に向かい歩き出す。

「おい! ちょっと待て!」
「ああー、執事まで手に入れるなんて……。一ノ瀬さんの伝説に、また新たな一ページが……」

 呉羽君や日向真澄も、そんな事を言いながら、私達の後を追ってきた。
 私がチラリと、吏緒お兄ちゃんの肩越しに後ろを振り返ると、大空会長が、放心した感じで、私達を見送っている。
 そして、ハッと我に返ると、

「俺を無視するんじゃなーい!」

 と、このように叫ぶのだった。

 今回から始まる学園編ですが、生徒会長攻略編ともなるのかな?
 後、サブタイトル……。燃え上がる、燃え上がる……萌え上がる?
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