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第三十八話:サンタクロース×座敷翁=??
 ハッ! この人はもしや!

「座敷翁!?」
「大旦那様!?」

「……ぶぉっぶぉー」

 その翁は、歯を磨いたまま、くぐもった声で笑う。
 格好も、ナイトキャップにパジャマと、まさにこれから寝るぞ、という姿をしていた。

 んん? ちょっと待てよ? 今、吏緒お兄ちゃん、翁の事を大旦那様って……。

「この方は、乙女様のお祖父様、この薔薇屋敷家の大旦那様です」

 な、何ですって!? そんな事、乙女ちゃん何にも言ってなかったよ?

 しかし、驚くのも束の間、吏緒お兄ちゃんは抱き上げている私を降ろし、

「大旦那様、この方を宜しくお願いします」

 と言って、翁の方へと、私の背を押した。

「え? 吏緒お兄ちゃんは?」
「私は、輝石様に、あなたは幻でしたと、言い聞かせます。後、メガネもちゃんと拾ってきますから、ご安心下さい」

 そう言って、礼をすると、彼は行ってしまった。

 そうして私は、翁とこの場に残された。
 翁を見上げると、ニコニコと此方を見下ろしている。
 彼は、歯を磨いたまま、どうぞと言う様に身体をずらし、中へと導く。
 私はゴクリと唾を呑む。真っ暗で何も見えない。
 それでも私は、勇気を出して、エイヤッと中に入った。

 私が入ったのを確認すると、翁は扉を閉めた。
 途端にパッと明かりが点き、思っていたよりもずっと、広い空間が姿を現す。そこは通路となっており、他にもいくつか、扉の存在を確認できた。
 翁は、その中の一つを開くと、そこは何処かの部屋の洗面所であった。備え付けのコップに水を注ぐと、ガラガラッとうがいをし、ぺっと吐き出した。
 そして、出てくると、扉を閉める。

「さ、行こうか」

 そう言って、歩き出した。
 私は慌てて、その後を追いかける。

「えと、乙女ちゃんのお祖父さん?」
「ほっほぅー、そうじゃよ」
「住み込みサンタじゃなくて?」
「いや、住み込みサンタ」
「??」
「輝石が4つの時、サンタクロースに会いたいと言うから、わし、サンタの修行をしたんじゃよ」
「はい? サンタの修行?」

 私が首を傾げると、翁は「ほっほぅー」と笑った。

 それから私は、この翁に色々質問したり、話をしたりした。
 それによると、乙女ちゃんは翁の事を、本気でサンタクロースと思っており、自分の祖父だとは認識していないのだそう。翁もそれで満足だという。
 そして、私は自分の話もする。それは、今しがたあった出来事。思い出し、私は「同志のバカちん」と言いながら、また、ポロポロと涙を流し泣いてしまう。
 翁はハンカチを取り出し、私に渡してくれた。

「ありがとう御座います……」
「ほっほぅー、それで、その同志君は、何故俺様同志に変身してしまったのかの? 良く考えてみるといい」
「えぇ? そんなの、分りませんよぅ」
「じゃあ、何で名前を呼ばれたかったのかの?」

 首を傾げる私に、翁は「ほっほぅー」と笑う。

「人は、親しい者には、名前で呼んで欲しいものじゃよ。それが、好きな相手なら尚更じゃ」
「……好きな相手?」
「そして、好きな気持ちが爆発すると、人は時に変身もしてしまうんじゃよ」

 「ほっほぅー」と真っ白い髭を撫でながら、翁は愉快そうに笑う。

「このわしも、若い頃は良く変身したもんじゃ」

 そう言って、パチンと片目を瞑って見せたのだった。



 ガコンと扉を開けると、そこは乙女ちゃんの寝室だった。

「プレゼントを渡す時、この隠し扉が役に立つんじゃよ」

 翁は言う。

 プレゼント? ああ、クリスマスの時か。

 何て考えていると、翁は更に言った。

「今日は何とも楽しい一日じゃった。若い頃を思い出した。まさに青春。
 娘さんや、孫を、輝石をあまり嫌わないでやってくれないかの。根は、素直でいい子なんじゃ。時に行き過ぎて、暴走してしまうがの」

 そう言って、最後にもう一度、「ほっほぅー」と笑うと、ガコンと扉を閉めてしまった。
 後には何も無い壁。目を凝らして見ても、継ぎ目なんかは一切見当たらない。

「………」

 私は黙ってベッドに向かう。
 乙女ちゃんが、何とも幸せそうな顔で眠っていた。
 私はその中に潜り込むと、ギュッと目を瞑る。
 今言った、翁の言葉を思い出していた。

 好きな相手には名前で呼ばれたい?
 好きな気持ちが爆発すると、変身する?
 ううー、そんなバカな。だって、同志はロンリーウルフ。
 そんな甘えた感情など……ハッ、でも、彼は純情少年! それに結構、乙女な所も持ち合わせていたりして――……。

 ……同志は私の事、好きなの?

 はれ? あれあれ? 何だか物凄く恥ずかしいぞ?
 でも、だとしたら、名前で呼んであげた方がいいのかな……?
 ハゥッ、駄目だ。やっぱり恥ずかしい!
 それにそれに、呼んだらまた、俺様に変身しちゃう?
 そしたら、そしたら……チューー!!

 バシュッと拳を前に突き出し、ハッと我に返る私。

 おおぅっ、これでは、同志の顔にクリーンヒット……。

 私は手を元に戻すと、掛け布を身体に巻きつける。

 うん、寝よう。寝てしまおう……。

 私はもう一度、ギュッと目を瞑った。



 ――さま……おねえ……えさま……。

 うん? 誰かが呼んでる?

「お姉さま、朝ですわよ!」
「ううーん、はれ? 乙女ちゃん、何で私の部屋にいるの?」
「あはん、寝ぼけてるお姉さま、かわゆいですわ! それに、寝起きのお姉さまも、中々に萌えですわ」

 そう言うと、パシャッと写真を撮った。

「え?」

 私はパチッと完全に目が覚めた。

「んふふ、新たなコレクションが増えましたわ。寝姿に寝起き、正にお泊りあってのレアショットですわ!」

 乙女ちゃんは、手を休める事無く、シャッターを切り続ける。
 私はガバッと起き上がった。

「ああん、お姉さま。それグッドですわよ! 肩紐が落ちて、セクシーですわぁ!!」
「いや、ちょっと待って、乙女ちゃん!?」

 と、その時、ゴホンと咳払いする音が聞こえ、そこには吏緒お兄ちゃんが立っている。

「お早う御座います、一ノ瀬様……」

 そう言いながら、なるべく私を見ないようにして、此方に手を差し出した。
 その手には、私のメガネ、Myオアシスが乗っている。
 私はずり落ちた肩紐を元に戻し、

「ああん、もう戻してしまいますの……」

 ……元に戻し、メガネを受け取る。

「……ありがとう御座います。吏緒お兄ちゃん……」
「……いえ……」

 私はチラリと吏緒お兄ちゃんを見上げると、彼は僅かに頷いて見せた。
 私はホッと胸を撫で下ろす。
 後で詳しく聞いてみた所、薔薇屋敷輝石は、昨夜の事をちゃんと幻と認識したのだそうだ。

 おしっ、これで一先ず安心。

 そして吏緒お兄ちゃんは、パンパンと手を叩いた。
 すると、メイド服を着た方たちがゾロッと出てきて、乙女ちゃんと私を取り囲む。

「うえぇ!? 何ですか? この人たち?」
「あら、身支度をしていますのよ。髪を整えるのも、顔を洗うのも、歯を磨くのも、全て同時進行で行いますわ。時間短縮でしてよ」
「ってゆーか、私もぉ!?」
「当然ですわ! お姉さまはまさにVIP! わたくしと同じ待遇とさせて頂きますわ!
 だって、わたくしとお姉さまは、一心同体ですもの。キャハ♪」

 乙女ちゃんは両手で頬っぺたを覆い、身をくねらす。
 そうしている間も、メイドさんたちに髪やら顔やらを弄くられている。
 そして、私にもメイドさんがついて、髪をとかし始めた。
 ネグリジェにも手を掛けられる。
 いつの間にやら、吏緒お兄ちゃんは居ない。彼女達を呼ぶと同時に、部屋を出たらしい。

「うわ、いいです。自分でやります〜!」

 しかし、メイドさん達は黙々と作業をしている。
 やがて私は抵抗を諦め、されるがままとなった。
 顔を洗うのも、歯を磨くのも、人の手でされるのは何とも居心地が悪い。

 ああ、やっぱり、普通が一番かも……。

 そうして、メイドさん達は、完璧にお仕事をした。
 私は、いつもよりちょっと小奇麗な、一ノ瀬ミカになっていた。
 乙女ちゃんを見ると、彼女は制服を着ている。

「あ、今日は学校に行くんだね」
「当然でしてよ! 生徒会長と言う輩に、お姉さまを奪われてなるものですか!」

 拳を作って断言する乙女ちゃん。

 奪われるって……それは絶対に無いから……。

「それに、学校に行く許可は、昨夜、杜若がお兄様にしておいてくれましたわ」
「昨夜……」

 あの時か、と私は思うのだった。




 そして、朝食の用意された食卓へと行くと、そこには既に、同志と日向真澄が居た。

「おはよー、一ノ瀬さん。薔薇屋敷さん」
「………」

 日向真澄の挨拶。そして、同志は一度、此方に目を向けると、気まずそうに目線を外してしまう。

 はうっ、何だか物凄く気まずいです。というか、恥ずかしい……。

「……おはよーございます……」

 私は、小さい声で挨拶をした。

「……一ノ瀬様、どうぞ」

 吏緒お兄ちゃんが椅子を引いてくれる。
 私が笑顔でありがとうと言うと、彼は何か言いたげな顔をしていた。しかし、結局は何も言わず、乙女ちゃんの元へと行ってしまった。

 ?? 一体、何だったんでしょうか? 変な吏緒お兄ちゃん。

 とその時、同志が私に近付いてきて、私にしか聞こえない様にポツリと言った。

「昨夜はごめんな。名前とかはもういいから、忘れてくれ、一ノ瀬」
「え?」

 私は顔を上げ、同志を見る。

「今まで通り、同志でいいから。それにオレも、お前の事、一ノ瀬のままにするから。もう気にしたりすんなよ」

 そう言うと、同志は少し寂しそうに笑った。

 あれ? あれあれ? 何だろう? 物凄く寂しいぞ?

 私は何だか、鼻の奥がつんとなり、それを誤魔化すように、用意されたパンを口に運ぶ。

 ううっ、しょっぱい……。

 何故だか、そんな風に感じてしまった。


 ++++++++++


 オレは、朝飯を口に運びながら、チラリと一ノ瀬を見る。
 やはり、昨夜の事を怒っているのか、少々ムスッとした顔をしている。
 そしてふと視線を感じ、其方に目を向けると、杜若が此方をじっと見ていた。

『何だよ』

 口だけを動かしてそう言うと、奴は此方にやってきて、オレに耳打ちした。

「後でお話があります」

 一体何だ?

 オレは眉を顰める。



「昨夜、一ノ瀬様と何かありましたか?」

 それが、オレを呼び出した杜若の第一声だった。

「昨夜、あの方は、同志が、と言いながら泣いておられました。それに、今朝もあなたを前にして、あまり元気が無いようだったので……」

 何だと!? って事は、一ノ瀬はこいつにも会ってたのか?
 ……ハッ! じゃあ、こいつにも縋り付いて泣いた!?

 オレは日向の言葉を思い出す。

『縋り付いて、泣かれちゃったよ』

 その言葉にかなりムカついた。

 いや、悪いのはオレなんだが……。
 でも、やっぱり許せねーよな。

 オレは杜若を睨む。

「別にあんたには、関係ないだろ?」

 そうだよ! 何でこいつに言う必要があんだよ!? 全然関係ねーだろ!?

 と、思っていたのだが、杜若は首を振った。

「いいえ、関係なくはありません」
「は!? 何でだよ」
「何故ならば、あの方は私の――」

「あら、杜若、呉羽様、そんな所で何してるんですの? 早くしないと、学校に遅れますわよ」

 杜若が何かを言おうとした時、薔薇屋敷が現れ、話は中断された。
 すると杜若は、

「はい、お嬢様。只今参ります」

 そう言うと、オレを見て、

「話はまた後で……」

 そう言って、薔薇屋敷の後について行ってしまった。

 は!? おい、ちょっと待て! 『あの方は私の――』って何だよ!?
 一ノ瀬があんたの何だって言うんだ!? なんて言おうとしたんだよ!!

「おーい、如月君。何、ボーとしてんの?」
「あぁ!?」
「うわっ! 何でいきなり睨むの!?」

 オレは思いっきり、日向の事を睨んでいた。
 そして、その後ろには一ノ瀬の姿が……。

 キュッと眉を寄せ、日向の後ろに隠れている。

「うおっ、一ノ瀬? 別にお前は睨んでねーぞ!」

 慌ててオレは、そう言ったのだが、

「いや、一ノ瀬さん、さっきからこんな感じだったよ。昨晩の事、やっぱり気にしてるんだよ」
「はうっ、別にそう言う訳では……」

 そう言う一ノ瀬だったが、なるべく此方を見ない様にしているみたいだった。

「ほら、ちゃんとあやまんなね。気まずいままだと、周りまで気まずくなっちゃうよ」

 すると、一ノ瀬を置いて、日向は先に行ってしまう。

「え? ちょっと待て! 謝るならさっきしたって……あー、行っちまった」

 そしてオレは、一ノ瀬と二人きりになってしまった。

「………」
「………」

 お互い無言になる。なんとも気まずい。

 何でだ? オレ、ちゃんと謝ったよな!?
 昨夜の事は無かった事にって言ったし、やっぱり、キスしよーとした事引きずってんのか!? いや、それなら一昨日もしよーとしたけど、別にこんな風にはなんなかったし……。
 一応、もう一度……。

「あー、一ノ瀬? 昨夜はごめんな?」
「いえ、もーいーですよ……」

 なら何で、そんな悲しそうなんだ!?
 つーか、会話続かねーし。いつもの一ノ瀬と全然違うし……。

 オレは思い切った行動に出た。

 プニッ。

 オレは一ノ瀬の鼻を摘む。

「………」

 一ノ瀬は無言でオレを見た。
 オレは額に汗が浮かんでくるのを感じる。

「い、いや、摘みやすそーだったから……」

 何かしら反応が欲しかっただけなのだが、何だか逆効果だったようで、失敗したかと思っていると、

「くーちゃんって呼びますよ?」

 ポツリと一ノ瀬が言った。

「は!?」
「呉羽君と、君付けならいいかと思ってたんですけど、こんな事するなら、くーちゃんにします……」

 ムスッとして、一ノ瀬が言う。

 ……? 今、何つった? 呉羽君?

 オレは、ゆっくりと瞬きをしながら、一ノ瀬の鼻から手をどける。

「えと、一ノ瀬?」
「私だけ、下の名前で呼ぶのは、不公平じゃないですか?」

 じっとオレを見て、一ノ瀬が言った。
 オレはまじまじと一ノ瀬の事を見て、そして、今言われた事をじわじわと理解した。

「あ、う……ミカ?」

 俺がそう呼ぶと、一ノ瀬は……いや、ミカは、綻ぶ様に笑った。

「エヘへ、呉羽君」

 照れているのか、その頬は赤く染まっている。

 何だこれ!? やベー、すげー嬉しい……つーかこいつ、すげー可愛いんだけど……。

 オレは無意識に、可愛く笑うこいつを抱き締めていた。

「え!? ちょッ、もしかして、また俺様に変身しちゃいましたか!?」

 またこいつは、変身って言ってる。まぁ、あん時のオレは、気持ちが先走って、ちょっと……いやかなり強引だったからなー……。俺様っつわれても、おかしくはねーわな……。

 そしてオレは、腕の中で慌てふためくミカにこう言った。

「勿体無くて、変身なんてできっかよ」
「本当ですか?」

 まだ疑うミカに、オレは身体を離し、頬っぺたを摘んだ。

「ほわっ!? 何れ、いきなり、頬っぺた摘むんれすか!?」

 そんなミカに、オレはちょっと意地悪く笑って言う。

「疑う奴は、お仕置きだな」
「うなっ!? うー、分りましたよー。もー疑ってませんよー」
「分ればよろしい」

 俺はふざけてそう言って、ミカの頬っぺたから手を離す。
 そんな自分の頬を擦りながら、

「もー、呉羽君は何だか、いたずらっ子です」

 むーと俺を睨んでくるが、そんな視線も、何だか今は嬉しい。

「ああっ、何で笑うんですか!? もう、呉羽君なんて知りません! 先に行きます!」

 そう言って、ズンズンと肩をいからせて行ってしまう。

「あ、待てよ!」

 俺も、その後を追いかけようとした時、「ほっほぅー」と、そんな笑い声が聞こえた気がした。

 あのサンタの爺さん!?

 俺は周りを見回すが、姿など見えない。

 出会った者には幸福が訪れる。座敷翁は伊達じゃなかった。


「ありがとな、サンタの爺さん」

 今、オレはかなり幸せだ。

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