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第二十一話:ソイツは私の天敵
「うぅっ、痛いよドール……」

 くっきりと手形のついた頬を押さえ、涙目で私を見つめる日向真澄。
 その頭には、相変わらずウサギの耳が、ピョコンとふざけた様に付いている。

「……自業自得……」

 私がそう言うと、日向真澄は困ったように言った。

「……だって、君が触ってもいいって言ったから……」
「それは、手を握る事です。誰も抱きついていいなんて言ってません!」
「うぅっ……。でも、君って、凄く柔らかくて、いい匂いがするんだね……」

 エヘラッと日向真澄は笑った。途端、背中にザワザワッと悪寒が走る。

 キーッ、もっと強く引っ叩いておけばよかった!!

 そうしている間も、金髪イケメンが、白い服のソイツに必死に呼び掛けている。

「ああっ、輝石様! お気をしっかり!!」

 ……コノママ、目ヲ覚マサナケレバ、イイノニ……

 そんな事を思っていると姉が、

「ミ――じゃ無かった、ドールちゃん? 愛人ってどういう事!? おね――じゃなくて、私にも分る様に話して!!」

 と、普段通りに言いそうになりながら叫ぶ。

「あ、そうだよ、ドール! どういう事!?」
「あー、杏も聞きたい聞きたーい!」

 日向真澄や杏ちゃんまで詰め寄って来た。

「……本当ならあまり言いたく無い、というか思い出したくも無いんですが、実は9歳の頃、あの男に、愛人にならないかと言われ、誘拐されかけた事があります……」

 姉たち三人の目が、驚きに見開かれてゆく。私はチラリと、倒れているソイツを見た。


 そう、私がこの男に出会ったのは、今から8年前、私が9歳の時であった。

「やぁ君、僕の愛人にならないかい?」

 それがこいつの第一声。
 9歳の私に、愛人の意味が分る筈もない。
 それにその頃、両親に、知らない人とは口を利いちゃいけませんと言われており、私はそれを健気に守っていた。
 私はその時、とあるビルのモデル事務所に遣ってきていた。

 何故かって?
 姉に「モデルになってみない?」と、言われてのこのこと連れられて来たのだ。
 その頃の私は、別に着飾る事が嫌いではなかった。
 寧ろ好きで、カワイーカワイーと言われるのも、好きであったと思う。
 そうしてそこで、ソイツに出会ってしまったのだ。
 私は話し掛けられ、しかも相手は天使のような外見のイケメンであったから、私は嬉しくなったのだと思う。

 え? イケメン嫌いじゃなかったかって?
 うー、その頃の私は、割とイケメン好きでありました。

 なので、私はソイツに笑い掛けてしまったのだ。
 ソイツは言った。

「僕の名前は、輝石。輝く石と書いて、輝石と言うんだ。人は僕を奇跡の子供とか、神の申し子とか呼んでいるよ。それで、君の名前は?」

 やけに長ったらしい自己紹介だなーとか思いながらも、両親の言いつけを守っていた私。

「じゃあ君はいくつなんだい?」

 そう聞かれたので、これは声に出さなくても大丈夫だと、指で9歳だと教えた。
 その後、ソイツは私の事を、ドールと呼んだ。
 お人形さんみたいだと言われ、またもや嬉しくなった私。

 ……だから、その時は見た目を褒められるのも好きだったんですってば。

 そして、そいつは写真を撮らせて欲しいと言ってきたので、私は快く承諾した。

 ……ええ、写真撮られるのも好きでしたよ、当時は……。

 それからソイツは、私を服の沢山ある部屋に連れてきた。
 部屋いっぱいの綺麗な服。

「どれでも好きな物を着ていいよ」

 そんな事を言われたので、私は嬉々として、服を選びにかかった。
 そして、私が服に夢中になっていた時、ソイツは私にいきなり「フランスに行こう!」と言い出したのである。
 それから、私に相応しい服を作るとか、修行するとか、訳の分らない事を言われた。
 ここにある服では駄目なのかと、この部屋の服を指差したのだが、ソイツは首を振って言ったのだ。

「あぁドール、ごめんよ。僕が君をここに連れてきたのにね。でも連れてきて分ったんだ。
 これ等の服は、君の美しさの前にはただの布きれに等しいよ。
 さぁ、僕と一緒にフランスに行こう! 何たって君は、僕の愛人なんだから」

 そこで、漸く私の中に危機感が湧き始めた。
 このままでは、私はこの男に連れて行かれてしまう。
 私は嫌だと首を振った。
 なのにソイツは、

「そうだ、両親に頼んで、君を養子にしてもらおう。姓が無ければ、学校とかパスポートとかの手続きに困るからね。それに、いずれ僕達は結婚するんだから、同じ姓でも何ら問題はないよ」

 等と言って、私を手を掴んで連れて行こうとする。
 流石に恐怖を感じてきた私は、必死で抵抗するが、全然放してくれない。
 なので私は、ソイツの手に噛み付いた。
 それで漸く手を放されて、半ベソ状態の私。
 だが、ソイツは言った。

「大丈夫だよ、ドール。こんなの痛くも痒くもないよ。さぁ、僕と一緒に行こう!」

 私はその時、今までで一番の恐怖を感じた。
 そして私は、ここで父に言われた事を思い出す。

 ――いいか、どうしてもしつこい男に会ったらな、ニッコリと笑ってこう言ってやれ。ミカたんの可愛い笑顔でこんな事を言われたら、心に傷所じゃない。でっかい穴が開くぞ!――

 その言葉とは――。



「僕は、僕は絶対に認めないよ、ドール!!」

 突然声を掛けられ、現実に戻された私。見ると、白い服のソイツが復活していた。
 そして、日向真澄を指差し、言った。

「何故その男なんだい!? 断然、僕の方が美しいじゃないか!」

 するとソイツが、此方に近づいてくる。
 その時、日向真澄が私とソイツの間に入った。

「ドールの事は諦めて下さい! 彼女とは、結婚を前提にお付き合いをしています!!」

 ………っておい! どさくさ紛れて、何抜かしとんじゃあ!

 目の前に立つ奴の背中に、思い切り蹴りを入れたくてうずうずしていると、杏ちゃんが寄って来て、コソッと言ってくる。

『ほら、そんな顔してないで、便乗しちゃいなよ。あの人諦めさせる為にもね♪』

 その顔は、とてもとても楽しそうで――……。

 絶対この状況を面白がっている! 人事だと思って、こんちくしょう!

 でも仕方ない、私は日向真澄の隣に立った。

「そうです! この人は、私の婚約者です!」

 ハッと隣のあ奴が此方を見るのが分った。
 横目でチラッと見てみると、ウルウルした目で此方を見ている。

 ハァッ!! まさか、また勘違いを!? フリだって言ったでしょーが!

「ウソだね!」

 ギクッと私は前を向く。
 見ればソイツは、余裕の笑みを浮かべていた。

「でなければ、君の様な美しい人が、僕を選ばない訳がない!」

 ぅおいっ!! その自信は一体何処から!?
 何つーナルシー発言……。

「そうか、君は拗ねているんだね。そうだよね、8年も君を放ったらかしにしてしまったものね。許して欲しい。
 でもこれからは、何時でも君の傍にいるよ!」

 目をキラキラさせて、私にそう言うソイツを、私は感情の無い目で見つめる。

 ……駄目だ、全然話が通じない……。

 そこで私は、アレをまたもや実行する事にする。
 そう、父に教えられたあの言葉だ。
 一歩前に踏み出すと、奴の目の前に立った。そして、これ以上無いって位の笑顔になる。
 目の前のソイツが目を見張るのが見えた。
 そして私は、あの言葉を言い放つ。


「ウザい、キモい、あっち行け!!」


 シーンと静まり返る店内。
 しかし――。

「ちょっと何するんだい、流音? 折角のドールの言葉を聞き逃してしまったじゃないか!」

 見ると、ソイツの耳を金髪イケメンが両手で塞いでいる。

 ガッテム! 私の攻撃が、かわされただとぅ!?

「生憎ですが、ドール様。同じ手には乗りませんよ?」

 ソイツの後ろで、金髪イケメンが、フフンと笑っている。

 当時はこの言葉で、ソイツは意識を失った。
 父の言う通りだと、珍しく父を尊敬したりしたのを覚えている。
 そして、気を失ったソイツを、あの金髪イケメンが助け起こそうとしている間に、私は彼らから逃げたのだった。
 それからがまた地獄だった。
 なんと、何十人もの男達に追いかけられたのだ。しかも、全員イケメン。
 いくらイケメンが好きでも、あれだけの数に追いかけられれば、ただの恐怖である。

 そしてその時だ。私はそれに出会った。
 目の前にある一体のマネキン。そのマネキンはメガネをしていた。
 私は藁にも縋る思いで、そのマネキンによじ登り、メガネを手に取ると、それを自分にかけた。
 だが――。

「捕まえた!!」

 私はイケメンの一人に捕まってしまった。
 私はギャースと泣き喚いたが、全く放してはくれず、再びあの男の前に。
 そして――。

「誰だい、このみすぼらしい子供は? 僕が探しているのは、この世の者とは思えない程の美しい子だよ。全然違うじゃないか」

 そう言われて、私はあっさり釈放。
 改めて自分の姿を見てみると、逃げ回ったせいで、服も髪もボロボロだった。
 そしてメガネ……。
 このメガネこそ、私の心のオアシスにして、奴らからガードしてくれるシールド。絶対領域となったのだ。
 その時私は、着飾る事の恐ろしさを、そして普通の良さを実感したのだった。

 それから私は、そこからどうやって帰ったのか覚えていない。
 またいつ、あのイケメン集団がやってくるのではと、ずっと緊張状態であった。
 
「ミカたん! 一体何処に行ってたんだ! ずっと探してたんだぞ!!」

 その言葉に前を向くと、そこには父が立っていた。
 
「ああー、ミカちゃーん! よかったよー! 気が付いたらいなくなってたんだものー!!」

 そして、父の隣には、ボロボロと涙を流す姉が……。

「ミカたん!!」
「ミカちゃーん!!」

 父と姉が、夕日を背に両手を広げて私に走り寄って来る。
 私の緊張の糸がプツリと切れた。私はそのときの事を全く覚えていない。なので、その時後ろの方で見ていた母から聞いた話だ。

 何でも、私もまた、父と姉に向かって走って言ったそうなのだが、そこで私は、思いっきり飛び上がったかと思うと、父の顔面にキックをお見舞いし、姉のどてっぱらに頭突きをかましたのだそうだ。
 そして、母を見つけると抱きついて、

「イケメン怖いー!!」

 と、泣き叫んだという。
 それから私は、一週間は父に向かって「ウザい、キモイ、あっち行け」と言い続け、一切近づかなかった。何故なら、父もまたイケメンであったから――……。




「さぁドール様、私達と一緒に来て下さい!」

 回想から戻ってくると、金髪イケメンが私の前に立っている。

 さぁ、如何する、私!? あの言葉が効かないとなっては、強行突破しかない!!
 せめて、控え室の自分のロッカーにまで行ければ、シールド(メガネ)を張れる!!
 
「お断りします!!」

 私は、そう言うと同時に踵を返し走り出す。
 目指すは控え室の扉。
 しかし、

「行かせません!」

 バッと目の前に金髪イケメンが立ちはだかる。

 移動はやっ!
 しかーし! 私だって8年も何もしなかった訳じゃない!!
 あの時の教訓を生かし、逃げる術を身に付けたであります!

 金髪イケメンが、私に手を伸ばしてくる。
 だが、私は避ける事はせず、逆にその手を掴み、相手の懐に飛び込んだ。
 目の前には、金髪イケメンの青い瞳、それが驚いた様に見開かれていくのが見える。
 私はニッと笑うと、身体をくるっと反転させ、その反動を利用して、彼を投げ飛ばした。

 ズサッ! バキッ! ガラガラガラッ!

 店内の棚に、金髪イケメンがぶつかった。

「うわー、痛そー……」
「そ、そんな、いくら油断したからって、流音が投げ飛ばされるなんて……」
「……ドール、かっこいい……」
「ミ――じゃなかった、ドールちゃん、お店壊さないでー……」

 そんな彼らの呟きを背に、私は控え室へと入った。
 そして、自分のロッカーを開けると、そこにはMyオアシスが。
 私はカツラをロッカーに投げ捨てると、オアシスを手にシールドを展開(メガネを掛ける)する。そして、服を脱ごうと手を掛けたが……。

 NO〜〜!! ロリータは脱ぎずらいのであります!!

 そこで、周りを見回すと、姉のロングコートが目に入った。

「あれだ!」

 扉の向こうが騒がしくなった。
 私は急いで姉のコートを着込む。

 うしっ、これでロリータは見えまい。

 “ガチャリ”

「ドール! もう逃げられないよ!」

 扉の開く音と、ソイツの声が同時に聞こえてくる。
 私はゆっくりと振り返った。


 <只今、絶対領域展開中>

 何人たりとも、この領域を犯す事は出来ないのであーるっ!!


 しかし、ソイツは私を見ると、目を見張り、此方に近づいてくる。

 なぁにぃっ!! まさか、MYオアシスが効かない!!?
 私が内心焦っていると、ソイツは私の前に立ち言った。

「そこのみすぼらしい君! ドールを……この輝く様に美しい僕に、引けをとらない程の美女が此処に来ただろう? 何処に行ったか知らないか?」

 はんっ! やはりMYオアシス! 無敵ナリ!!

 私は部屋の奥にある窓を指差す。

「あそこか! 流音!」
「はい、輝石様!」

 ソイツは金髪イケメンに命令すると、金髪イケメンは携帯を取り出し、何やら指示をしている。

 はっ、まさか、またあのイケメン集団!?

 私は、当時の恐怖を思い出し、ガクガクぶるぶると震えだす。しかし、その時には、目の前にいた彼らは部屋を出て行き、私の様子には気付かなかった。

「ドールちゃん!?」
「ドールッ!!」

 彼らと入れ違いになる様に、姉達が部屋の中に入ってくる。私はその姿を見て、ホッと体の力が抜けた。

 一先ず切り抜けたであります。いやはや、しんどかった――……。

「ドール? ……アレ? 一ノ瀬さん……なんで?」

 私はギギッと其方に顔を向ける。
 そこには、ウサギ耳をつけた日向真澄が、呆然とした顔で立っていた。

 ………チーン。
 ギーヤー!! しまったー!! まだこやつが居たんだったーー!!


 隊長ー!! とうとうバレてしまいましたー!!
 隊長? あ、置手紙……後は任せた……って、隊長逃げやがったー!!
 NO〜〜!!


 果たして、果たして! 私はこの危機を乗り越えられるのか!?
 続くでありますっ!!

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