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 輝石の回想です。
第二十話:君は僕の愛人
 そう、それは8年も前になる。

 僕は、輝くような美しい中学生だった。
 わが薔薇屋敷家が提携する、ファッション関係の会社「ARAMIS」に僕のデザインした服を見せに行った日の事。

 そう、僕はデザイナーなのさ。

 僕のような美しい子供には、やっぱり、美に関しての才能も、顕著に現れるものらしい。
 僕には乙女という妹がいるが、その乙女の為に、美しい服を着せたくて、自分で作ってあげた時に、僕の才能は開花した。
 やはり、僕は奇跡の子供。
 僕の両親も、その才能に感嘆し、すぐさま僕の才能を生かせる場を作ってくれた。

 本当に両親には感謝しているよ。
 だって、僕はそこで君に出会えたのだから。




「ああ、どうしよう、流音。これはもう罪だよ」

 僕は会社の廊下で、窓を眺めながら言った。

「如何なさいました? 輝石様」

 そう尋ねてきたのは、僕の執事、杜若 流音。
 彼は僕の隣に居ても、決して見劣りしない位に美しい。
 僕は彼に言った。

「僕は、ここのモデル達の誰よりも、美しいと思わないかい?」

 窓に映る自分の姿を眺めながら、僕はほぅっと溜息を吐く。

 全く、神様も罪作りだね。
 僕をこうして美しく創り上げてくれた事には感謝しているけれど、お陰で僕は、美しいものしか愛せなくなってしまった。
 僕だって、普通に恋をして、その娘と一緒にデートとかしてみたい。
 だけど、僕と同じ位か、それ以上に美しい女の子なんて、この世に存在するのだろうか?

 そう僕が思った時だった。

 そう、まさにその時だよ。
 神様はやっぱり僕に味方してくれている。
 窓に映りこんだ僕の姿。
 そして、その後ろに、まるで天使の様に君は現れたんだ。

 君は、僕のデザインした服を着ていた。
 この前売り出されたばかりの物だ。

 まさかこんなにも、美しく着こなしてくれる子が居るなんて……。

 僕は振り返る。
 窓に映った姿よりも、鮮やかに君は僕の目に映りこんだ。
 僕の体中に電流が走る。

「っ!! 輝石様!? 如何されたのです!?」

 流音が驚きの声と共に、僕にハンカチを差し出してくる。
 そこで僕は、知らず知らずの内に、涙を流していたのだと知った。

 ああ、こんな所に居たんだ。僕の運命の人……。
 君は僕に愛される為に現れてくれたんだね。
 そう、君は僕の愛され人。

 僕は先回りして、彼女の正面に立った。
 彼女は、僕を見上げて首を傾げている。

 その姿の何と愛らしいことか……。
 やっぱり君は、僕の愛する人に相応しい。

 そしてその言葉は、僕の口から自然と零れ落ちた。


「やぁ君、僕の愛人にならないかい?」

 
 そう、愛人。
 そこら辺にある低俗な意味合いの言葉と一緒にしないで欲しい。
 僕の愛人とは、愛する人、愛して欲しい人、愛しい人、そういう意味合いなのだから。
 君に、僕のこの想いが届いていればいいのだけれど。

 すると、彼女は黒目がちの大きな目を見開かせ、長い睫毛を2、3度パチパチと下ろすと、ニコッと笑って小首を傾げた。

 ああ、何て愛らしい仕草だろう。

 僕は、彼女に目線を合わせる為、膝をつく。
 
 こうして間近に見ても、何て美しいんだ……。
 宝石のように煌く瞳、柔らかそうな黒い髪、ふっくらとした頬、ピンク色の愛らしい唇。何をとっても、芸術品だ!

「僕の名前は、輝石。輝く石と書いて、輝石と言うんだ。人は僕を奇跡の子供とか、神の申し子とか呼んでいるよ。それで、君の名前は?」

 そう言って、名前を尋ねたけれど、彼女は小首を傾げるばかり。
 言葉が通じないのだろうか。

「じゃあ、君はいくつなんだい?」

 僕が今度はそう尋ねると、彼女は両手を出して見せた。
 左手が五本、右手が四本。つまり、9歳と言いたいらしい。
 そして僕は14歳。
 5歳の差だけど、僕は全く気にならない。

 何たって、折角出会えた僕の愛人。
 それに、彼女が結婚できる頃には、僕は成人を迎えている。そして、社会人となった僕は、十分に君を支えて行ける。
 何の問題も無い。

「流音、カメラを持ってきて!」

 僕は流音に命令する。
 その間も僕は、彼女から視線を外さない。

「ああ、君を呼ぶのに、名前が分らないなんて……。そうだ! ドールと呼ぼう!
 君はまるで、お人形さんの様だからね」

 そう言うと、ドールはニコッと笑って見せた。

「輝石様、カメラをお持ち致しました」

 目の前に差し出されたカメラを手に取り、僕はドールに言った。

「君とこうして出会えた記念に、君を写真に収めてもいいかい?」

 そう尋ねると、ドールは頷いてくれた。
 そして、小首を傾げて微笑むドールを、僕は写真に収めた。

 この一枚は、僕の宝物にしよう。



 その後、僕はドールの手を引き、ある場所に連れて行く。

「さぁ、見てごらんドール。ここにある服は、全て僕がデザインしたんだ。どれでも好きなものを着ていいよ」

 そこは衣裳部屋。
 それも、僕が全てデザインしてきたものだ。

 でも何故だろう、僕は何か物足りないものを感じる。

 僕は、楽しそうに服を選んでいるドールを見た。
 そして愕然とする。
 ここにある服は確かに、僕が美しさを追及してデザインした物ばかりだ。
 でも如何だろう、これ等の服全てが、ドールの美しさを前にして、色褪せて見えてしまう。

 何と言う事だ。僕はまだまだ、美しさについて何も分ってないじゃないか。

 僕がこうして落ち込んでいる間も、ドールはニコニコと嬉しそうに、服を一枚一枚手にとっては、鏡の前で合わせたりと楽しそうだった。

 ああ、ごめんよドール。
 僕はまだ未熟者だった。ここにある服なんかじゃ、君の美しさを十分に引き出す事が出来ない。そしてきっとある筈だ、君に相応しい服が。

 その時、僕はある決心をする。

「流音!」
「はい、何でしょう、輝石様?」
「僕は決めたよ。今直ぐフランスに行こう!」
「は!? しかし、輝石様……」
「僕は自分の力を過剰評価し過ぎていたみたいだ。もっと美について勉強しなければ、ドールに相応しい服を、作り出す為にも!」

 そして、僕はドールの前に立つと、見上げてくる彼女に言った。

「ドール! 君も一緒にフランスに行ってくれるね? 君がいてこその修行だ!」

 すると、ドールはキョトンとして首を傾げている。
 もしかして、よく分っていないのかもしれない。
 僕はしゃがみ、ドールに目線を合わせると、肩に手を置いて、ドールにも分るように丁寧に言った。

「ドール、僕は君に相応しい服を作る為に、これからフランスはパリに行って修行する。
 何年も掛かってしまうかも知れないけど、でも君が一緒なら僕はきっと頑張れると思うんだ。
 だから君も一緒に来て欲しい!」

 僕がそう言うと、ドールは周りにある服を指差して首を傾げて見せる。

「あぁドール、ごめんよ。僕が君をここに連れてきたのにね。でも連れてきて分ったんだ。
 これ等の服は、君の美しさの前にはただの布きれに等しいよ。
 さぁ、僕と一緒にフランスに行こう! 何たって君は、僕の愛人なんだから」

 するとドールは、眉を下げ首を振った。
 僕は、その動作の意味が分らなかった。
 当然喜んでついて来てくれると、僕は確信している。まさか断るなんてありえない。

「そうだ、両親に頼んで、君を養子にしてもらおう。姓が無ければ、学校とかパスポートとかの手続きに困るからね。それに、いずれ僕達は結婚するんだから、同じ姓でも何ら問題はないよ」

 僕はドールの手を引き、いざ行こうとすると、手がグンと引っ張られる。見ると、ドールが必死になって、手を引っ張っていた。

「何をしているんだい? そんなに引っ張ったら、動けないじゃないか。一体如何し――イタッ!」

 僕は突然の痛みに、思わず手を放してしまう。僕の手には、くっきりとドールの歯型がついていた。

 あれ? 今、何が起きたんだ? 
 もしかして僕は、ドールに噛まれたのか?
 何で? どうして?

 その時、流音が慌てて僕の名を呼んだけれど、僕は手を上げて、それを制した。
 何故なら、ドールは目に涙をいっぱい浮かべて、僕を見ていたから。

 ああ、君の涙もまた、美しいけれど、そんなに泣かないで欲しい。
 きっと、僕を心配してくれているんだね。

 僕は、そんな彼女を安心させるように笑って見せると言った。

「大丈夫だよ、ドール。こんなの痛くも痒くもないよ。さぁ、僕と一緒に行こう!」

 そう言って、僕が手を差し出すと、ドールは一瞬、顔を歪めたけれど、グイッと涙を拭いて、僕に向かってニッコリと笑って見せてくれた。
 その笑顔は、今までで一番の笑顔だった。

 ああ、何て美しくて、愛らしい笑顔なんだろう。

 僕の中で、ドールに対する愛しさが溢れ出す。
 そしてドールは、その可愛らしい唇を動かした。

 そう、君はその時、初めて僕に喋ったんだ。
 だけど……ああ、許して欲しい。
 僕はその時の君の言葉を、如何しても思い出す事が出来ない。
 折角の記念すべき、君の第一声を記憶に留めていないなんて、僕は愛人失格だね。
 でも、君の声が、とても可愛らしかった事だけは覚えているよ。

 その後、ハッと気付くと、何故か目の前には流音が居た。

「輝石様! お気をしっかり! 大丈夫ですか?」

 流音はそう言って、僕を助け起こす。
 どうやら僕は、気を失っていたようだった。
 そして、身体を起こした僕は、辺りを見回す。 
 僕の心は、不安でいっぱいになった。

「流音? ドールは何処に行ってしまったんだい?」

 そう、ドール、君は忽然と姿を消してしまったんだ。

「はい、輝石様が倒れられた後、部屋を出て、走り去ってしまいました」
「そんなっ、一体何処に行くというんだ? 早く探し出さなくては、迷子になったら大変だ!」
「はい、只今、私の部下達が全力で探している所です」
「そうか、それなら安心だ……」

 流音の部下は優秀だ。彼らの任せておけば、間違いないだろう。

「それで、あの、輝石様……」
「なんだい、流音?」
「いえ、その……先程のドール様の言葉なんですが……」
「そう! そうなんだよ、流音! 僕とした事が、ドールの言葉を聞き逃してしまったんだ!」

 僕がそう言うと、何故か流音はホッとしたような顔をした。

「そうですか……」
「そう言う流音は、ちゃんとドールの言葉を聞いていたのかい? 何と言っていた?」

 僕がそう聞くと、流音は青い瞳を泳がせている。

 ん? 一体如何したんだ? 流音は。

「いえ、それがですね、私も聞き逃してしまいました……申し訳ありません」
「何だ、そうだったのか」

 聞き逃してしまった事は残念だったけれど、それは君に直接聞けばいいだけの話。
 僕はドールが戻ってくるのを待つ事にした。
 しかし、彼らの追跡も空しく、ドールが見つかる事は無かった。
 途中、全く違う子供を連れてきたりという失態まで犯す始末。

 でも、後になって、彼女は逃げてしまったのでは、という考えが浮かぶ。

 そうだね、僕がちょっと強引過ぎたかもしれない。
 君にも家族は居るのにね。お別れの挨拶くらいしたかった筈だ。

 僕はそんな君の気持ちに気付いてあげられなかった。
 そして、僕はこう思う事にする。
 これはきっと、神様の寄越した試練なのだと。

 だって、恋に障害はつきものだろう?
 それに、きっとまた出会えるさ。僕達は運命で結ばれているからね。
 それまで僕は、君に相応しい服を作れるように、美を追求しておくよ。
 今の僕の一番の夢はねドール、君に素敵なウェディングドレスを作ってあげる事だよ。
 その為に僕は、ありとあらゆる知識を学ばなければ!




 そうして僕はフランスへと旅立った。
 そこで僕は、ありとあらゆる、美と被服の知識を頭に詰め仕込んだ。
 そして、全てを習得するのに、8年を費やした。

 その間も、流音を使って、君を探したりもしていたんだよ。でも結局は見つからずじまいで……。
 それから僕は、君の写真をお守りに、修行に励んでいたんだ。褒めてくれるかい?
 そして、神様はやっぱり僕に味方してくれた。

 日本に帰ってきた途端に、君の手掛かりを見つけた。こうして君に再会できた。
 君は、あの時よりもさらに美しく成長していて、僕はもう一度恋に落ちてしまったよ。

 でも、でも、どうしてだい!?

 「私、この人と付き合っているので、あなたの愛人にはなれません!」

 その言葉を聞いた時、僕の目の前は真っ暗になった。

 そんなっ、どうして!? 君の隣に立つのは、僕の筈なのに。
 あ、そうか! これも神様が寄越した試練なんだね?
 分ったよ、神様。
 僕は必ず彼女の心を此方に向けて見せるよ。
 何たって、僕は輝く石と書いて輝石。宝石の如く美しい僕に、振り向かない女性など居ないからね!
 何より、僕の愛は、そこにいるウサギの耳をつけた、ふざけた男よりも深いと断言できる!


 もう君は、僕から逃げられないよ。
 君はまたこうして、僕の前に舞い降りてくれた。
 僕は必ず君を捕まえる。
 そうしたら、もう決して放したりはしないよ。

 何故なら君は、僕の愛され人。僕の愛人なのだから……。

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