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第十二話:土砂降りはやがて晴天へと変る……?
 静かな音楽の流れる喫茶店の店内。
 そして、静かにコーヒーを飲む目の前の男……。

「あの、携帯返してください……」
「ダーメ、これは没収」
「いつまで―――」
「なぁ、さっきの同志って、この前のデートの相手?」

 私の言葉を遮り、天塚さんは言った。

「デートじゃありませんっ、ハンバーガーとフライドポテトを奢ってもらいました。それより携帯返して下さい」
「じゃあ、倍返し要求されるかもな」
「同志はそんな事しません! 天塚さんと一緒にしないで下さい。そんな事より、携帯!」

 私は、手を差し出しながら怒鳴る。

「そのミカの同志が、後10分以内に来なかったら、このケータイは永久に没収」
「んなっ!!」

 私は時計を見る。
 先程より、5分ほど経っているが、15分で此処に辿り着くのは、無理だと思われる。
 それに何より、外は土砂降りの雨。

「ムムッ、卑怯ナリ、天塚さん!」
「もし、杏也って呼んだら返してあげるかもしれないぜ?」
「死んでも嫌です!」

 私がそう言うと、天塚さんは頬杖を突いて、うっとりとした顔で言った。

「いーよ、別に……今は思う存分強がっておきな。その分、後の楽しみが増えるから――……」

 ニィッと口の端を引き上げる目の前の男に、私は先程とは比べ物にならない程の悪寒を感じる。
 と、その時であった。


 ――カランコロン――

「一ノ瀬!?」

 喫茶店のドアのベルが鳴ると同時に名を呼ばれ、私は思わず立ち上がっていた。
 
「ど、同志!?」

 見れば同志が全身ずぶ濡れで立っており、肩で息をしている。
 
 おおぅ、あのハデハデな金髪サイド赤が、べったりと張り付いているぅ!

 彼は此方に気付くと、ズンズンと近づいてくる。
 そして天塚さんを睨んだ。

「あんたか!? 鬼畜な変態って……」
「そう、俺がその鬼畜な変態でーす。それより、随分早かったな……もっとかかると思ったのに……」
「近くのコンビニで、雨宿りしてたんだよ!」
「ああ、それで……惜しかったなぁ、もう少しでミカ、泣かせてあげられたのに……」

 天塚さんがニッと笑って、同志を見据えると、同志はギリッと睨み返した。
 その時、お店の人が「あの、お客様」と言って、タオルを持ってきてくれたのだが、同志は気付かず、私が代わりにタオルを受け取る。
 ポタポタと水が滴り落ちる同士の顔を、私がタオルで拭いていると、先程の陰口シスターズの声が聞こえてきた。

『ねぇー、ちょっとちょっとー、修羅場じゃない!?』
『えー、新しく来た方も、イケメンなんですけどー』
『あんな地味な女の何処がいいの!?』
『でも、何かすっごく羨ましいんですけどー』

 羨ましいんなら、代わってくれぃ!
 それよりも、同志の背が高くて頭のてっぺんまでは拭けません!

 私は何とか届かせようと背伸びをしていると、同志が私の手を取った。

「行くぞ、一ノ瀬!」
「えぇ!? ちょっとまっ――」
「今外出たら、ミカちゃん濡れちゃうぜ?」
「うっ」

 同志がピタリと止まった。
 確かに外は土砂降りの雨。
 天塚さんは、テーブルを指でトントンと叩く。

「いーから座りなよ。今、俺たちすっごい目立ってんだけどなー……」

 ハッ!! そうでありました! 我らは今、注目の的にぃ!

 私はすぐさま席に座ると、隣をポンポンと叩き、

「さ、同志も早く!」

 と促した。
 同志は一瞬、凄く変な顔をしたが、溜息を付くと席に座る。

 おおぅ、これだと、頭のてっぺんに手が届きますな!
 
 私は嬉々として、タオルを同志の頭に被せると、ガシガシと拭いた。

「うぉ!? 何だよ行き成り! ってゆーかお前、何か平気そーだな……」

 眉を顰めて同志が言うので、私はにっこりと笑って言いましたとも。

「はい! 同志がいれば百人力です!」

 すると同志は、私をまじまじと見たかと思うと、顔を赤くし、

「そうかよ……」

 と視線を逸らした。
 私はそんな彼の様子に首を傾げていると、前の方からクスクスと笑い声が聞こえる。
 天塚さんだ。

 はぁっ!! そうだ、携帯!

 私は手を前に突き出すと言った。

「さぁ、天塚さん! 同志が来たんですから、携帯返して下さい!」

 すると彼は、私の携帯を人差し指と親指で持って、プラプラとさせる。

「俺、返すなんて一言も言ってないぜ」
「はい?」
「俺が言ったのは、そこにいるミカの同志が15分以内に来なかったら、永久没収って言ったの。ほら、返すなんて一言も言ってない」
「クゥ〜ッ! 何て屁理屈をっ!!」
「?? 如何した、一ノ瀬?」

 私が悔しさで手を震わせていると、同志が何の事か聞いてきた。

「うぅっ、私が同志に電話した時に、携帯とられちゃったんですよぅ……」

 私がそう言うと、同志は天塚さんを睨む。

「一ノ瀬に携帯返せ!」
「……うーん、まぁいいか。15分どころか10分以内で来たしな。大まけして返してやろうかな……。それに、ミカのケー番とメルアドもゲットしたし……」
「んなっ!?」

 い、いつの間にぃー!?

「ついでにミカのにも、俺のケー番とメルアド入れといてやるよ」

 んぎゃー! いーです! 止めて下さいっ!! って言うか、勝手に弄らないで下さい!
 それに、凄く楽しそうですね! 思わずビンタをお見舞いしたくなる位にっ!!

 と、その時、天塚さんの手がピタリと止まった。
 そして、首を傾げると私に尋ねる。

「なー、この『あなたの乙女』って何?」

 あ、そう言えば、そのままにしてた……。
 私が何か言おうと口を開こうとした時、私は確かにそれを感じ取っていた。

「……同志……」

 私がポツリと呟くのを、隣の同志と、目の前の天塚さんは訝しげに見ている。

「……? 何だ、一ノ瀬?」
「……来ます……」
「は?」

 私はグリンと同志を見ると言い放つ。

「乙女ちゃんが、やって来ますっ!!」

「はぁ!?」
「後10m………9m……8…7…」
「ちょっと待てよ、それマジでか!?」
「は? 何? 何の話?」

 彼らの言葉を、半ば無視して、私はゆっくりと外を眺める。

「4……3……2……」

 ―――そして、見覚えある姿が目の前を通り過ぎて行った……かと思ったら、引き返してきた。

「マ、マジだった……」

 呆然とした同志の呟きが聞こえてくる。
 乙女ちゃんは私の姿を認めると、パァッと顔を輝かせ、両手を広げて走ってきた。
 その口元を見ると、その動きはハッキリとこう読み取れる。

『お・ね・え・さ・まー』

 ああ、乙女ちゃん、そこはガラスなんですが―――。

 ゴチン!

 案の定、乙女ちゃんは思いっ切りぶつかっていた。
 慌てて傍にいた、スナイパー渋沢が助け起こす。

 いえ、スナイパー渋沢、こうなる前に止めてあげてっ!!




「んもぅ! お姉さま? 臨時休業ならそう仰って下さらないと! わたくし、お姉さまを見る貴重な時間を、無駄に過ごしてしまいましたわ!」

 乙女ちゃんはいつものように、薔薇の付いた豪華な椅子に座っている。

「そんな事よりお姉さま? 先程から、わたくしを見てお腹を抱えて笑っている失礼な方はどなたですの?」

 乙女ちゃんのおでこには、大きな絆創膏が貼られている。
 それはもう、見事なたんこぶであった。
 そして、それを見て、テーブルに突っ伏して笑っているのは天塚さん。
 あの後、携帯は返してもらった。

 あ、因みに、乙女ちゃんは全く濡れていない。レインコートを着ていた為だ。
 けれど、スナイパー渋沢は、濡れてやってきた。傘だった為だが、今はいつ着替えたのか乾いたものを着ている。見た目、変わらないけど……。

「ああ、乙女ちゃん、彼は天塚さんって言うんだよ」
「それにしても、どうして呉羽様も一緒にいるんですの? ……ハッ、まさか! お姉さま、私のいぬまに、デ、デートなどとっ!!」

 動揺する乙女ちゃんに、私は首を振る。

「違う違う、同志は私の助けに駆け付けてくれただけだし、デートじゃないから」
「そうそう、デートしてたのは俺の方。初めまして、俺、天塚杏也。宜しく、乙女ちゃん?」

 漸く笑いが収まったのか、天塚さんは顔を上げて、乙女ちゃんに自己紹介をした。

「デートって、それは天塚さんが無理矢理――」
「な、なな何ですって!? お姉さま、どういう事ですの? こんな何処の馬の骨とも分らない男とデートなど、私は認めませんわ!」
「いや、だからね、乙女ちゃん……」
「ハハッ、何なら乙女ちゃんも一緒にデートする? ダブルデートなんてどう?」

『はぁ!?』

 私と同志の声が重なった。

「……? ダブルデートとは何ですの?」
「2組のカップルが一緒にデートする事。ほら、丁度雨も上がった事だし、一緒にデートしようぜ?」

 そう言われ、外を見てみれば、雨は既に止んでいた。

「まぁ、デートですって? ……わたくし、デートなんて初めてですわ……」
「ふーん、そうなんだ? そんなに可愛いのに勿体無い……」

 すると、乙女ちゃんは頬を染めて高らかに笑った。

「ホホッ、可愛いだなんて、当たり前の事ですわ! もっと言って下さって結構ですわよ! 杜若!」
「はい、お嬢様」
「わたくし、これからダブルデートというのをやりますわ!」
「はい、分りました、お嬢様……」

 そう言うと、スナイパー渋沢は懐からハンディカメラを取り出した。

「しっかり記録いたします」
「そうと決まれば、ちゃっちゃと参りましょう! 杜若!」

 スナイパー渋沢が、今度はスッとお財布を取り出す。
 そして、レジに向かうとお会計を済ませてしまった。

「さっ、参りましょ? お姉さま」

 乙女ちゃんは私の腕を掴む。

 おおぅ、此処に、奢り人の神が降臨す!

 カランコロンといって、店の扉を開けると、そこには青空が広がっていた。
 何だか、乙女ちゃんのお陰で、気分は晴れ晴れとしている感じがする。
 デートというのは引っかかるけれど、普通にお友達とお出かけと思えば、なんて事は無い。

「さて、何処に行きましょうか……」
「はい、乙女はお姉さまについて行きますわ!」


 ++++++++++


「あー、2人とも行っちまった。ダブルデートって、男女カップルって言いたかったのにな」

 そして、天塚杏也は呉羽を見る。

「俺らも出ようか? 何なら、ダーリンって呼ぼうか? それともハニーの方がいい?」
「っ!! 気色悪い事言うなっ!」

 鳥肌を立てて怒鳴る呉羽。
 そして、彼らも表へ出る。
 前を歩くミカと乙女を見ながら、杏也は呉羽の肩に寄りかかり言った。

「喜べ、同志……」

 耳元で囁かれて、ゾワゾワッとする呉羽。

「止めろっ、触んなっ! 同志って呼ぶなっ! それに、何を喜ぶんだよ!?」

 呉羽はバシッと、杏也の手を振り解く。

「アレ、無意識だぜ」
「は? 何の事だよ?」
「無意識に助けを求めたんだよ、ミカはあんたに……」

 そう言われて、呉羽は見る間に顔を赤くし、そして口元を手で覆う。

(やべぇ、すげー嬉しいかも……)

 そんな呉羽を、杏也はニヤニヤとして見ていた。

「早く自分の物にするなり、何なりした方がいいぜ。ミカを狙ってるのは、何も俺だけじゃないんだからさ」
「っ!? なっ、どう言う事だ?」

 呉羽は、杏也を睨みつけながら、疑問を投げかける。

「バイト先で彼女、プロポーズされてたりして……」

 そう言うと、杏也はミカと乙女の方へ行ってしまう。

「っ!! ちょっと待てよっ、それってどう言う事だよ!? もっと詳しく話せっ!!」

 呉羽もそう言って、慌てて追いかけるのだった。


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