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第一話:Good bye my 日常
「ねぇ、ミカちゃん、マネキンになってもらえない?」

 姉の突然の申し出に、ポカンとしてしまう私。
 
 一体コノ人ハ何ヲ言ッテルノ?

「この前テレビで見たんだけど、ショーウィンドウにマネキン飾る代わりに、本物のモデルを使ってるのを見たのよー! もうこれだって思ったわ!」

 私は、テーブルの上にあるポテチを口に運び、そんな姉を白けた顔で見つめる。

「結局は人の真似ですか……」

 姉は、私のその言葉にプクッと頬を膨らませる。

 あー、またこの人は……。

 私はウンザリとすると共に、ハァと溜息をつく。
 姉は時折、このように子供っぽい仕草をする。それを見て、世の男共はコロッといってしまうのだ……。

「もー、真似でも何でもいーのよ。その代わり、商品で勝負するんだからっ!」
「商品って……あの、ゴテゴテひらひらしたロリロリファッションの事?」

 姉はロリータファッションの店を経営している。
 あの、馬鹿みたいにどピンクの世界を思い浮かべ、更にうんざりした。

 私は普通が好きである。愛してると言ってもいい。
 おまけに普通は私の目指すもの。
 なのに、一番身近な姉はいい歳こいて子供の服を着たがるのだ。

 この馬鹿チンがっ!

「それを私に着ろと?」
「えー、ミカちゃんすっごく似合うわよー。元がいーんだからメガネ止めればいいのに」

 ヤメテクダサイ。メガネハ心ノオアシスデス……。

 ザ・普通のトレードマークのメガネは、断じて手放せません!

「それに、けっこーおいしーと思うんだけどなー。何もしなくてオッケー。ただ立ってる……いや、座っててもいいんだけど……あと、本とかも読んでてもいーし……。
 ミカちゃんって本読んでる時、すっごく姿勢がいいからそれだけで絵になると思うのよねー」

 それは前から姉が言ってた事。
 何かに集中している時の私は、まったくの別世界の人間の様だと言われる。

 どういうこっちゃ!? 訳わからんっちゅーねん!!

「本当にただそこに居てくれるだけでいーのよ。バイト代はずむから!」

 バイト代? オカネ? イッツアマネー?
 
 ぴくぴくと反応する私を、姉は見逃さなかった。キラーンと目を輝かせ、姉は言う。

「ミカちゃんってば、この前欲しい本があるって言ってたわよねぇ……」

 ううっ、『オヤジ達の沈黙シリーズ第十巻 戦場のオヤジ達編』約千ページの分厚さは、お財布にキビシーのであります。
 でもでも、オヤジ達のファンとしては、どうしても手に入れたい所。

 そして私は、その金額と三ヶ月という期間の約束にオーケーを出した。

 だってそれなら、『続・オヤジ達の沈黙シリーズ』も一気に買えるんだもん♪ ヤッタネ!


 だが、私はまだ知る由もない。
 私の愛する普通が、この事がきっかけで脆くも崩れ去ってしまう事を―――




 バイトの初日。私は姉の店にやってきた。
 思わずくぐるのを躊躇ってしまうこの出で立ち。何ともメルヘンチックなその外観。恐らく中もメルヘンチックなのだろう……。
 “開いた口が塞がらない”というのは今の状態の事を言うのかもしれない。

 ココハ何処ゾノ世界デスカ?

 フリーズした脳みそでそう思っていると、中から姉が出てきた。
 それも、自分の店の商品を着て……。
 私は思わず、回れ右をして去っていきたくなる衝動を必死に抑え、頭の中で(オヤジ達の沈黙、オヤジ達の沈黙……)と唱えていた。

「あーん、ミカちゃーん! 待ってたわよー!」

 ヤメテクダサイ。両手ヲ広ゲテ此方二走ッテ来ナイデクダサイ。ブン殴リマスヨ?



「もー、すっごい笑顔で殴るんだもん。お姉ちゃんビックリしちゃったわよー」
「じごーじとくだし、それにそれはこっちのセリフだし……」
「それにしても、ミカちゃんすっごく似合ってるわよ! 何処かの国のお姫様みたい……メルヘン♪」

 うっとりと私を見つめる姉を見て、どっと疲れが増してくる。

「本当ですよぅ☆ 店長の妹ちゃん、お肌ピチピチで杏、羨ましいですぅ」

 まるで、砂糖菓子を思わせる甘ったるい声と外観の彼女は、この店の店員の(あんず)ちゃんと言うらしい。
 因みにこの人もロリータを着ている。

 この人を見てると、私は胸焼けしそうです……。

 私は今や、この人達と同類になってしまっていた。
 ピンクのひらひらフリフリに、何故か金髪縦ロールのカツラ(ティアラ付き)。オプションで、ウサギのどデカイぬいぐるみまで付いてきた。

 アア、死ンデシマイタイ……。



 ショーウィンドウの中は既にセッティングされており、やっぱり甘ったるい世界観になっていた。
 ピンクのソファーにハートのクッションがある。

 ソコニ座レト?

「あ、そうそう、本を読む時はこのブックカバーを付けてね♪」

 そう言って渡されたのは、花とリボンが付いた、やっぱりメルヘンな手作り感丸出しのブックカバー。
 私は心の中で血の涙を流しながら、オヤジ達の本にそのカバーをつけるのだった。

 ううっ、オヤジ達のファンで、オヤジストな私にとっては、非常に心苦しい事であります!



 しかし、後は姉の言う通り、楽な仕事だった。
 元々何かに集中すると、周りの見えなくなるタイプの私は、本の世界にのめり込んでる今、見られている事など気にならなかった。
 数時間ごとに休憩を挟みながら、その日は無事に済んだのである。
 こうして、その日から私の生活は、休みと学校終わりには姉の店でマネキンバイトいうものに変った。
 当然、宿題もそこでする事になり、その時はやはり、手作りのノートカバーと教科書のカバー、そしてラブリーシャーペンで勉強する事になったのだった。



 そんなある日の事である。
 私は学校でいつものように、普通に登校して、普通にクラスメイトに挨拶して、普通に授業を受けて、普通にお昼休みをとっていた。
 そして、私はお弁当の定番、タコさんウィンナーをにんまりとしながら口に運ぼうとした時だった。
 隣でたむろする、ちょっと派手なグループの人たちが、購買部で買ったパンを頬張りながら会話しているのが聞こえてきた。

「そういえば、最近真澄、様子変じゃね?」
「そーだよ。ここん所お前、ボーっとしてる事多いよなぁ……」

 私はチラリと其方に目をやる。
 イケメン揃いの男子の中でも、さらにイケメンの男がいる。
 彼の名は日向真澄。甘いマスクに、何処か王子様然とした彼は、校内の中でも一、二を争うイケメンである。なんと、他校にもファンクラブがあるらしい。
 現に、クラスの女子達は(他のクラスの女子もいる)彼をチラチラと見てはキャイキャイと騒いでいるいる。

 嗚呼……普通を愛する私にとって、彼のような人間は苦手この上ない……って言うか天敵?
 何で隣なんだ、バカヤロウ! 他の女子にも、睨まれるっちゅーねん!

「もしかして恋とか!?」
「まさかなー、女の子とっかえひっかえしてるよーな奴が恋煩いかよ? ありえねーって!」

 どっと笑いが起きる。

 サイテーナ人間デスネ。

 そしてその時、一人ボーとしたままの日向真澄がポツリと言った。

「……天使を見たんだ……」

 思わずと言った様に、ブフッと盛大にパンを吹き出す彼の友人達。

「ま、まさか本当にっ!?」
「恋煩い!?」

 信じられないといった風な友人達。その会話が聞こえていたクラスの女子達もざわつく。

 ってゆーか天使ぃ!? 何じゃそりゃ! メルヘンにも程があるっちゅーねん!
 頭に花でも咲いてるんじゃなかとですか!?

 だが、メルヘンと思った時点で気付くべきだった。
 次に彼の言った言葉に、私の思考は停止した。

「この前、街を歩いていたら見つけたんだ。店のショーウィンドウの中で、本を読んでいる天使を……」

 ――カシャン!――

 彼らは此方を見た。私は、落としてしまった箸を慌てて拾う。

 いや待て、まだ私と決まった訳ではナッシング! 私の他にもマネキンしてる人がいるかもだし……。
 
「その天使はマネキンの代わりをしていて、モデルなんだと思う……」

 ほらね、モデルさんだって♪

「その店は何処かメルヘンチックな外観で、ロリータの服を売ってる店なんだ」

 …………。

「彼女はその店の服を着て、背中には羽をしょってた……」

 あんの時だっ! こんちくしょー!!

 ついこの間、姉に天界から舞い降りた天使のコンセプトで、と訳の分らない事を言われ、羽を無理やりつけさせられた。

 オゥ、シット! なんてこったい、そりゃあないゼ、ベイベー……ハッ!! イカンイカン、落ち着け私。つい、オヤジ達の影響を――。


 隊長! 敵はまだ此方に気付いていません!
 ならば、そのまま気付かれぬよう、やり過ごすのだっ!!
 イエッサー!!


「なら見に行ってみよーゼ!」
「おう、真澄の言う天使がどんなもんか気になるしな」
「それにしても、ロリータかよっ!」
「お前にそんな趣味があったとはなー……」
「ちがうっ! 彼女は別格なんだっ! 見れば分る」


 …………。
 隊長ー! 敵の偵察部隊がっ!! 隊長!? 何か言って下さい、隊長ー!!


「ど、どうしよう……」

 ズーンと重く沈む私の心。
 私はお昼をそこそこに、教室を抜け出し、姉に電話する。

『はいもしもし、ミカちゃん? どうしたの?』

 私は混乱する頭で、思っている事を告げた。

「隊長! 大変であります! 敵の偵察部隊がっ!!」
『……えーと、ミカちゃん? ごめん、お姉ちゃんにも、わかる様に話して?』
「天使がっ、恋煩いで、イケメンが偵察に来るっ!!」
『……ウーン、ごめんミカちゃん。全然わかんない……』

 こうして、私の愛する普通の日常に、暗雲が立ち込めてくる。

 嗚呼――、Good bye my 日常――……。


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