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暗殺者はもういない

作者: F

 ある国に暗殺者がいた。

 優秀な暗殺者は忠実に命令を実行した。

 ある時は政敵を殺し。

 またある時は友人を殺し。

 さらには王族を殺しもした。

 そんな暗殺者の最後の標的は…自分自身。

 何てことはない。

 雇い主にとっては暗殺者も邪魔な存在だったのだ。

 暗殺者は最後の命令を遂行するため、森の奥に入り、雇い主に繋がる全ての情報を処分し、自ら毒を煽った。

 徐々に薄れゆく意識の中で


『   』


 自らを呼ぶ声を聞いた気がした。



 ※※※※


 ふと目を開けると木でできた天井が目に入った。

 ――こう言うときはなんと言うのだったか。

 ―――ああ、そうだ。


「……知らない天井だ」


 声に出した時だった。

 人の視線を感じたのでそちらを向く。

 そこには少々驚いた顔の娘がいた。


「あ、目を醒ました!?」


 娘が近寄り、額に手を当てる。

 その後、水の入ったカップを寄越す。

 それを受け取りとりあえず毒が入ってないか思わず確認してから一気に飲んだ。

 ――毒?

 ―――そうだ、オレは毒を飲んでそれから…


「何故、まだ生きている?」


 返答を期待したものではない。

 疑問を口にしただけだ。

 だが、間髪いれずに娘が答えた。


「あの、毒に侵されてたから、解毒を…」


 その答えに暗殺者は目を見開くと、言う。


「解毒?オレが飲んだ毒はものの数分で死に至る猛毒の筈だ。そんな簡単に…」


「だから、見つけた時は焦って強い解毒魔法を使ってしまって…」


「魔法だと?」


 国内にいた魔法を使える者はすべからく自分が殺した筈だ。

 その問いに娘は慌てて


「いや、違うの!えっと、解毒は」


「キミは魔女か」


「えっと、その、はいぃ……」


 娘は少し怯えて肯定した。

 この国では魔法を使える者は宮廷に居るもの以外いない。

 魔法はその存在を抹消され、魔法を使える者を密告すると報酬もでる。

 この国にとって魔法は悪なのだ。

 彼女が怯えるのも無理はない。


「………」


「………」


「………」


「……あ、あの」


「?…どうした?」


 沈黙に耐えられなかったのか娘が声をかける。


「こ、怖がったりしないの?」


「怖がる?」


「だ、だって、魔女だし…魔法も使ったし…」


「今のキミの姿を見れば怖がる必要性を感じない。どう見ても怯えてるのはキミだ」


「う…」


「それに……オレはキミが魔法を使った所を見ていない。だから、信じていない」


「そ、そこまで言うなら、見せてあげる!」


「いや、別に見せて欲しいわけでは」


 暗殺者の声はすでに娘の耳には入っていない。


「メ・コモ・ダレント・ルメン」


 娘が手を掲げ、呪文を紡ぎ出す。

 その瞬間、掲げた手の内側に光が灯り、室内を明々と照らし出した。

 やがて、徐々に光が薄れ完全に消え去る。

 そこにはドヤ顔を決めた娘の姿があった。


「こ、これで信じてくれる……よね?」


「ああ、信じよう。魔法を使ったのを見てしまったんだ。キミを魔女ではない、と庇えなくなったな」


「え、あ……」


 暗殺者の言葉に顔を青ざめる娘。


「“信じていない”と言ったのは遠回しに“魔法を使った所を見ていないから密告するつもりがない”と言ったつもりだったのだが」


「そ、そんなの分かんないよ!」


 暗殺者の言葉に声を荒げる娘。

 ――確かに少々分かりづらかったか。いや……


「結局、オレが言うことは無いだろうな」


「え?」


「すまない。世話になった」


「え?ちょ、ちょっと…」


 暗殺者は寝ていたベッドから降り、畳んであったローブを手に取る。

 そのまま、玄関へと向かう。


「待って、ねぇ待って!今のどういう……」


「どうもこうもない。オレがこの後死ぬからだ」


「ど、どうして…?」


「それを望む人がいるからだ」


「だからって死ぬなんて…」


「オレが生きることを望む者など、どこにもいまい」


「い、いる!」


「何?」


「私が、生きて欲しいって、望んでる!」


 暗殺者は思わず、まじまじと娘の顔を覗きこんだ。

 娘は少々怯んだが、すぐに唇を引き結び見つめ返す。

 ……しばらくの間があった。

 暗殺者が口を開いた。


「お前、家族はどうした」


「……もういない」


「殺されたか」


「……」


 娘は何かを思い出したのかよりいっそう唇を引き結んだ。

 答えてもらえはしなかったが、暗殺者にとってそれで充分だった。


「オレは暗殺者だ……いや、だったと言うべきか」


「………」


「国内の魔法使いを殺し回ったのもオレだ」


「………」


「お前の家族を奪ったのも……オレだ」


「………」


「それでも、オレが生きていることをお前は望むのか?」


「………」


 娘は答えない。

 暗殺者はそっと玄関に向かい直す。

 そのまま足を踏み出した瞬間


「知ってた」


 足を止めた。


「知ってたよ、あなたが私のお母さんとお父さんを、殺したこと」


 暗殺者は振り向いた。

 娘の顔は涙で濡れていた。


「覚えてる。私の目の前で、殺されたから。殺した人の顔も、覚えてる」


「………」


「最初にあなたを見つけた時から気付いてた。私の全てを奪った人だって」


「……なら、なぜ助けた」


「…苦しそうだったから」


「な、に?」


「苦しくて、悲しくて、凄く……寂しそうだったから」


 娘の顔は涙で濡れていた。

 それでも、娘は笑顔だった。


「それを見た時思ったんだ。ああ、この人も同じ人だな…って」


 涙でぐしゃぐしゃの顔に精一杯の笑顔を浮かべ、娘は暗殺者だった男に語る。


「ねぇ、もういいんだよ。苦しまなくてもいいんだよ。悲しまなくてもいいんだよ。もう……寂しくなんてないんだよ」


「オ、オレ…は……」


「もう、あなたは暗殺者じゃないのだから」


 男の体が崩れ落ちる。

 壁に手をつき、震えた膝を床につき、濁った瞳を歪ませて


「もう、いいのか」


「もういいんだよ」


「オレはもう殺さなくていいのか」


「うん。ここなら誰も殺さなくていい」


「オレは、オレは……」


 男は苦しそうに言葉を紡ぐ。

 やっくりと、ゆっくりと、男を暖かいモノが包み込む。

 娘は、男を抱き締めたまま


「もう大丈夫。あなたは苦しまなくていい。ね?」


「オレは……お前の家族を殺したんだぞ」


「ううん。私の家族を殺した暗殺者はもういない」


「オレを……許せるのか」


「許せるよ」


「オレは……」


「もう、いいから。ねぇ、一緒に暮らそ?それならもう、寂しくなんてないよ。あなたも……私も」


 男は泣いた。

 暖かな、温かな、娘の腕の中で。

 男が、暗殺者ではなくなった瞬間だった。

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