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人食い森のネネとルル 作者:月宮永遠

1章:底なし沼の珍事と共生のはじまり

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 小鳥がさえずり、もやが晴れ、森が目覚める頃。
 ネネは目を開けた。いつもこれくらいの時間には、自然と目が覚める。一日の仕事を頭の中で組み立て始めた時、視界に青銀色が映った。

「――ッ……!」

 少年だ。昨日会った、あの謎の少年が、ネネと同じ寝台で眠っている。
 混乱と共に、昨日の出来事を断片的に思い出した。睡蓮沼、鋼鉄の檻、聖銀の鎖、抱える程の火石リンタイト――。
 腰に少年の腕がのっていることに気づいて、慌てて腕を跳ねのけた。逃げるように四つん這いで寝台から降りると、ナイフを手に持ち、動機を抑えながら少年の様子を伺う。
 少年は、レースシャツの胸元を寛げて、人の寝台で気持ち良さそうに眠っていた。けぶるような青銀色の睫毛が、目元に濃い陰影を落としている。滑らかな真珠のような肌、形の良い唇……。こんなに綺麗な顔は生まれて初めて見た。綺麗過ぎて、微かに胸が上下していなければ、血の通わないビスクドールのように見える。
 顔の造りをつぶさに眺め、自然とシーツの上に散った、艶やかな青銀色の髪に視線が流れた。
 いろんな青がオーロラのように重なり、不思議な光沢を帯びている。こんな髪色見たことない。髪結師に売れば、いい金になりそうだ……。
 触れてみたくなり、つと手を伸ばした。想像以上に滑らかで、絹のような手触りに思わず瞠目する。

「お早う」

「――ッ!?」

 慌てて飛びのいた拍子に、体勢を崩して尻餅をついた。勿忘草わすれなぐさのような青い瞳が、楽しそうに煌めいている。
 声をかけられるまで、まるで気づなかった。あまりにも綺麗だから、知らず魅了されていたらしい……。

「元気になったね」

「アンタ、何で寝てるの」

 床についた腕に力をこめたら、指先に布の擦れる感触が伝わった。見れば、舞台衣装のように煌びやかな上着と、シャツについていたレースのジャボを尻で踏んづけていた。立ち上がりながら拾い上げると、少年に向かって投げつけた。

「出て行って」

「え? 嫌だよ……。貴方は、火石リンタイトを採ってきたら、傍にいていいって言いました」

 少年は拗ねたように、何故か敬語で答えた。

「勝手に人の寝台で寝るような奴、信用できない。昨日の話はなしだ」

「だって、一緒にいてもいいって、言ったもの。どうして、同じ寝台で寝たらいけないの?」

 話が通じなさすぎて眩暈がする。

「とにかく、火石リンタイトはいらない。下にあるの? 持って行っていいから、出て行け」

「えぇっ? 横暴! 嘘つき!」

 少年は子供っぽい非難を飛ばした。

 ――魔性相手に、横暴ってののしられてもなぁ……。

「いいから、もう。出て行って」

「嫌!」

 らちが明かない。二人はしばらく睨みあい……、ネネが折れた。

「はぁ……、とりあえず身支度させて。アンタ、下で座って待ってて」

 少年はまだ不満そうな顔をしていたが、上着に袖を通すと、言われた通り寝室から出て行った。
 扉が閉まるのを見届けると、ネネは額を押さえてため息をついた。




 着古したシャツにズボン、革のブーツ。肩に届くくらいの髪は、後ろで一つに結い上げる。手際よくいつものスタイルに着替えると、少年の待つ二階へ降りた。
 台所に入ると、異質な少年が視界に飛び込んでくる。茶色の多い質素な室内で、少年は実に浮いていた。彼の周りだけ、世界が色づいているようだ。
 少年は、年季の入った木椅子に腰かけて、机の上に置いてあった果物を、勝手に咀嚼そしゃくしていた。遠慮のない男だ……。

「アンタ、果物も食べるんだ。人間みたいだね」

「食べれないこともないけど、人間の食べ物じゃ、お腹は膨れないよ」

「じゃ、食べるなよ……」

 机の上に置かれた、山のような火石リンタイトを目にしたら、やはり手放すのは惜しい気がしてきた。
 やっかいごとはご免だが……、これだけ質のいい火石リンタイトを、みすみす逃すのはもったいない……。
 ネネの葛藤を読んだように、少年はニヤリと笑った。

「私を此処に置いてくれるなら、いつでも採ってきてあげる。どう?」

「それで……、アタシは代わりに何をすればいいわけ?」

「ほんのちょっぴり、精気を分けてくれるだけでいいよ」

 ネネは盛大に顔をしかめた。少年が慌てたように続ける。

「痛くないし、危なくもないよ。昨日はちょっと失敗したけど、もう間違えないから。気持ちよくなるだけだよ」

「アンタ、もしかして淫魔の類……?」

 淫魔は人を誘惑して精気をむさぼる、闇の眷属けんぞくの総称だ。彼等は姿を変える技に長けていて、見目麗しい人の姿で現れることが多い。
 人を堕落させる性質の悪い魔性として、聖職者には嫌われている。だから、聖銀の檻に囚われ、沼に落とされたのではないだろうか。

「そうかもしれないね」

 少年は、まるで他人事のように微笑んだ。



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