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ホストクラブ「Yamato−nadesiko」番外 「友情」

作者: y

①表サイトの本編はこちらになります

http://syosetu.com/pc/main.php?m=w1-4&ncode=N4852D

②続編になります(18歳未満閲覧禁止)

http://syosetu.com/usernovelmanage/top/ncode/39346/


ネオ歌舞伎町一のホストクラブ「Yamato-nadeshiko」は、月初の平日にも関わらず盛況を続けていた。ホストや客達の喧騒を、事務所のモニター画面を見詰めながらPSパネルを操作しているオーナー。黒髪のホストの周囲で少々の諍いが起こっているようだったーーー背後の扉から軽く二度ノックの音

「失礼致しますオーナー。お客様でございます」

「あ?客ゥ?俺にかァ?」

小千シャオチェンが扉を開け入ってくる。少々困ったような表情は常時の彼らしくはなかった

「ええ・・お若いお嬢様でして・・・」

「おっちゃーーーーん元気そうやなーーーーっ!」

いきなり甲高い声が小千の背後から響いたと思うと、彼の体を押しのけるようにして室内に入ってきたのはーーー150cm程の非常に小柄な女性。タイトな男物のスーツ、シャギーを入れたショートカット、そしてデザイン・セルフレームの眼鏡。一種コケテッシュなイメージにまとめ、それは小柄な全体とマッチし非常にキュートな印象を高めていた

「あーーーーっ!ななたーーーーん?!」

オーナーは事務椅子から立ち上がり、飛びついて来た女性ーーー少女といっても良いほどの小柄な女性の名を楽しそうに叫んだ

「お、お客様・・困ります。応接室でお待ち頂くようにとーーーオーナー、困りますよ」

小千が嗜めるように二人に近づくが、特に女性は気にする様子はなく、オーナーの頭をわしわしと掴みながらきゃっきゃと笑っていた

「いややわあんなベルサイユ宮殿みたいなド広い応接室はぁ!ウチあんなトコいたら高所恐怖症になってまうでー!」

「いやいやななたん?そこは広場恐怖症っていうんだよ!」

「どっちもおなじやんか!胸クソ悪ィからこのオッサンこっそり連けてきたんや!おっちゃんひっどいで!ウチがおっちゃんのお店遊びに行きたいって言うたら「いつでもおいで」ゆうてたやんかー忘れてたんか!?」

「ごめんごめんねななたん!だっていきなり来るからオジサンびっくりしちゃったんだよ。お仕事いいの?ならいいよ今日は遊んでおいで!」

「ほんまか?」

「ななたんのお誕生日だもんね今日はね!ななたんも遂にオットナーの仲間入りだからお祝い!オジサンの奢り!」

「なんでウチの誕生日知ってんねん?」

「一日万アクセスのななたんブログにプロフィール載ってるし?」

「もしやあのやたらと妙なコメントしてくるNANATANMOEEEEwはおっちゃんか!」

「ビンゴ!」

「今日の0:00ぴったりに10以上のオメデトウ顔文字数種類連続入れてたんもおっちゃんか!」

「ビンゴーーー!」

「うわドン引き迷惑コメンテーター!」

まるで漫才だ。女性の毒舌も、その可愛らしい零囲気と声で逆に彼女のキュートさを引き出している。オーナーは年若い女性の頭にぽんぽんと手を置きながら、弾けるように怒り、喋り、そして笑う女性を微笑みを浮かべて見ているーーー珍しいこともあるものだと、小千は思ったが、ここは店だ。このような喧騒は基軸たる事務所にとって良い訳がなかった

「オーナー、お席は如何なさいますか?」

ん?というようにしがみつく女性を降ろしオーナーは小千を振り向く。モニターをちらりと見てからーーー口調が変化する

「あー・・・二階のVIPルームに席作れ。TV出まくってる人気お笑い芸人サンのご来店だからなあ・・・ななたんダメだよ、そんなカッコで一人で歩いちゃ?マネージャーさんは何処にいるのかな?」

女性ーーーななーーーは、「んーん」と言うように首を二三度振り

「neo中野のスタジオで今日PVの撮りがあってん。でな・・・まいてきたんや」

「サキたんは一緒じゃないのかな?」

首を振りーーーその笑顔に陰が宿りーーーゆっくりとうなだれる

「サキちゃんは・・・別の仕事や・・最近は・・・別が多いねん。ライブも余りできへんし・・・」

「小千、とりあえずななたん着替えさせろ。コレじゃあTV出てる通りのカッコで一発でバレちまう」

オーナーは明るい声を出すと小千に指示を与えた

「かしこまりました。ではなな様ーーーこちらへ」

小千はうなだれていたななを扉へ促した

「なんや・・・?ええよウチこのままで」

「オットナーの社交場はそういうワケに行かないんだよななたん。ゲーノー人さんも一杯いるけどね、皆それなりに一般イメージとは違うように装ってくるの。そうでしょ?芸人サンだっていっつもおもろい訳じゃないでしょ?プライベートでいきなり「ギャグやって」って言われたらヤでしょ?」

困惑するななの肩をぽんぽんと軽く叩いて小千に預ける

「でもウチ着替えなんか持ってないで」

「あっちに衣裳部屋があるから、好きなドレス選びな。メガネもななたんのイメージまんまだから外しな。どうせ伊達だろ?キレーなお嬢様にして貰いなさい」

このクラブには女性用の衣装も幾つも揃えてあり、女性専用のパウダールームもあった。酔いが回り衣装に酒などを零してしまった女性客の為だ

「そっちのお上品なオジサンは美容師サンだから安心しな。その間席用意しとくからね。今日は楽しんでいきな!俺もすぐ行くからな?人気タレントサンの席にノーネクタイじゃァ行けねえしな!」」

小千は美容師の国家資格を持っていた。実際新入店のホスト達に衣装のコーディネイトや化粧を教えるのも彼の仕事だ。黒髪の美少年のメイクも毎日彼がやっている

「な?今日は楽しみに来たんだろ?」

オーナーはにっこりと笑いーーー

「・・・うん!」

ななもまたーーーにっこりと笑顔に戻った。彼は自分を元気付けようとしてくれているのだ。その気持ちを無下にすべきではない。周囲の感情を敏感に読み取れるからこそのエンターテインメント。ななはそれを感じ取りーーーそれに精一杯答える為に、精一杯の笑顔に戻った




「いらっしゃいませ!」

大ホールを見下ろせる、数寄屋風に囲まれた二階相当の高さがあるVIPルーム。10人程のホストが一斉に立ち上がった。小千に伴われて室内に入って来たのは、何とも可愛らしい美少女ーーー白とピンクの生地を幾重にも重ねたファ・ドレスをふわりと纏い、パーマをかけ複雑にアップしたブラウンの髪。肩に一房ずつウエーブのかかったエクステンション。ポイントに敢えて古風なホワイトピンクのカチュウシャをつけていた。流行のスレンダーすぎるモデル体型にはこのようなファ・ドレスは全く似合わない。女性らしく丸みを帯び、また非常に小柄で華奢な彼女のような女性にこそこのようなドレスは似合う。実際彼女は非常に可愛らしく人形のようで、美容師資格を持つ小千ならではのコーディネイトであった。恥ずかしそうに少々垂れ気味の丸く可愛らしい瞳を小千に向けながら、おずおずと室内に入ってきたーーーなな


挿絵(By みてみん)

「な、なあ・・ウチこんなドレス着たの初めてや・・・ヘンやないか?靴も高すぎて歩きにくいわ・・・転びそ・・」

スッと小千がななの腕を取り、自らの腕に添えさせた

「とてもお似合いです。私のメイク技術をお疑いですか?」

「えっ・・・?い、いや違うわそうやなくて・・」

小千の眼鏡を掛けた細い瞳が、背の低いななを覗き込むように見詰めてきたのにななは驚き、眼鏡を外した瞳を伏せた

「女性はこのような場ではエスコート役の男性に寄り添うように歩くのが礼儀です。どうぞお気になさらず席にお進み下さい」

「どうぞ、なな様!」

完全にお姫様扱いだ。年若いななはこのような扱いに慣れてはいない。人気タレントとしての扱われ方とは少々違う。通常の人間というのは傅かれることには普通気後れするものだ

「では、私はこれで。どうぞ今夜は存分にお楽しみ下さい」

なながホスト達の中心に座り、それを確認した小千は扉に向かった

「ま・・待って・・・オッサ・・小千さん!行かないで・・・おっちゃんは・・・?」

「オーナーは準備が出来次第参ります。それまではーーー」

「当店のNO.8、コウがお相手しましょうっかね」

涼しげな声がななの耳元で聞こえ、思わず耳を押さえてその方向を振り向くと

「俺じゃご不満か?嬢ちゃん?」

振り向いた拍子にーーーそのホストの唇が頬に触れた

「な・・・っ!なんーーや??」

「なんだ、どこぞのお嬢様かと思ったら随分と反応おもしれえな?」

「なにすんねん!」

ホストーーー短髪を金色に染め、赤い派手なスーツ、ネクタイは個性的なブラックのゼブラ、黒いシャツに男性にしては白い肌が非常に映えていた。アイスグレーを30%程入れたTOMMY HILFIGERのスクエア・フォックス・ナイロール(少々釣気味の、下半分をナイロンの糸で釣った流行の眼鏡)に覆われた切れ長の鋭い瞳は、ななの唇に触れる距離まで端正に整った顔を近づけてからかうように言葉を発する

「スキンシップ」

さらっとななの怒気をかわし、レッド・アイを差し出して来た。他のホスト達もグラスを持つ


挿絵(By みてみん)

「Congratulations on the birthday. Miss!」

一斉に乾杯のグラスが上げられ、皆それぞれのグラスを飲み干す。ななも思わずつられてグラスを飲み干した

「いい飲みっぷりじゃねえか嬢ちゃん?よっし今夜はその調子で行こうぜ?」

シャンパンタワーが積まれ、大きなホワイトケーキが運ばれーーー初めての世界に当惑するななを中心に場は益々華やかになっていった






[LA VIE DOUCE]ラ・ヴィ・ドュースのソレイユ(アーモンド基調の生地にアプリコットやストロベリー・カシスなどを豪華に飾ったケーキ)が切り分けられ、荒の手によってななの前に置かれた

「どーぞ、ななサマ?大人の女になったお祝いだ。食べさせてやろっか?」

フォークにケーキを刺し、ななの口元に寄せてくる。その赤いスーツに包まれた細身ではあるが肩幅の広い均整の取れた肉体は、ななの肩に密着していた

「い・・いいって!子供やないんや!自分で食べれるっつーの!」

両手をぶんぶんと振り、荒の手からフォークを取ろうとするが、その細い指が骨ばった指に絡まれる

「オトコからモノ食べさせて貰う時は素直に口開けるモンだぜ嬢ちゃん・・・?」

じっと見詰められ、また乱暴ではないが男性的な力で顎を掴まれ、オレンジ・グロスが塗られた唇にケーキが入り込んだ

「・・・おいし・・・」

上品でくどくない甘美なケ−キは若い女性の口に合ったのだろう。もぐもぐと口を動かし、ななはこくんと飲み込んだ

「ラ・ヴィ・ドゥースのソレイユって・・フレッシュクリームや無かったっけ・・・?なんかほんのり甘いなあ・・・クリームもちょっと黄色入ってる・・・?」

流石に若い女性。流行のケーキはすぐに判別出来る。その差異に疑問を持った

「あ、ソレ、パンプキンクリームらしいですよなな様!」

オードブルを皿に盛っていたホストの一人がケーキを指差し、そう言った

「オーナーがクリーム変更させて、ラ・ヴィ・ドゥースから取り寄せたらしいです」

他のホストがななのレッド・アイを下げ、ジンライムを差し出す

「ウチが・・・かぼちゃ・・好きなんの・・おっちゃん知ってたんかな・・」

「ブログのプロフに載ってるじゃねえか」

荒がソファの背もたれに深く座り、少々屈んで両手を組む。眼鏡の端に視線を動かし、眇でななを見る

「好物はカボチャ、だろ?アンタのブログ全く素直でおもしれえよ。なんかおもしれえイラストもついてるしな」

「・・・ウチのブログ知ってん?」

はは、と荒は声を上げて笑った

「あったりまえじゃねえか。ノッてる人気タレントのブログチェックしてねえようじゃァ一流ホストとは言えねえよ」

「そうですよなな様!俺らも見てます。更新早くて、イラストも妙な女向けの萌えとかいうヤツじゃないし」

「あ、俺は漫画好きですよ。なんかクス、って笑うんですよ。妙におかしい!」

「その後のなな様の一言コメントが俺好きなんですよねー」

口々に他ホスト達がななに話しかけ、そのブログの感想を述べる。彼女のブログは当代人気ブログの一つとして有名だ。芸能人のブログにありがちな近況やファンへのお礼、というだけでなく彼女の才能を生かした、イラストや可愛らしい漫画もある楽しいブログなのだ。人気タレントというだけでなく、ななは人気ブロガーとしても有名だった

「でもよ、オトコの話題は殆ど出てこねえな?」

ななはその感想の言葉を笑顔を浮かべて聞いている。売れる前から続けている、一種自分の変わっていない場であるブログの感想を述べられて嬉しくない訳が無い。その辺の芸能人などよりも余程整った容姿、服装、センス、礼儀ーーー何もかもが飾り立てられたホスト達に一種気後れを持っていたななは、彼らのフレンドリーな口調や笑顔に安心感を持つ。しかしーーー荒が口調を変えてななの瞳を見た

「事務所に止められてるってのか?まあそろそろオットナーな訳だしなあ・・・?」

再びななの頬に手を添え、荒の顔が近づいてくる

「やっ・・・」

顔を真っ赤にしてななはその手を振り払った

「・・・ガキだなあ・・・一流ホストとのスキャンダルってのもいんじゃね?また人気上がるぜ?なあ・・・」

周囲のホスト達も「そうですよー」などと囃し立てる。ななは益々顔を染めた

「TVで見るだけじゃあ・・・流行のおバカキャラって感じでただのうるせえ小娘だと思ってたが・・・こう見るとイイ女じゃねえか・・・その反応も可愛いぜ?俺好みだ・・・」

もう唇は触れる寸前の距離だーーー

「下積み重ねて、相方捨てて、人気タレント。そういう所も根性あるじゃねえか・・・?嫌いじゃねえぜそういう女」


パン


周囲のホスト達が目を見開いた。ななが荒の頬を強い力ではないがーーー叩いた。乾いた音を響かせた

「歯が浮く虚構は聞き飽きているわ」

ななの口調が変化した。方言ではなくーーーその声質も先程までのキュートなアニメ声とは違う

「嘘で塗り固めたのが世界。私のいる芸能界もこの夜の世界も同じ」

ななの瞳が変化した。垂れ気味の子犬のような瞳は、まるで闘犬の如き鋭い眼差しに光り荒を真っ直ぐに見詰めた

「だからこそ嘘と本気はすぐに感じ取れる。イケメンホストさん?私はそういうものには飽き飽きしているの」

荒は驚き、思わずななとの距離を開けた。周囲のホスト達も驚き固まる

「嘘だらけの世界でたった一つだけ信じられるもの・・・」

ななーーー彼女はキュートなだけの女性では無かった。それは虚構。エンターテインメントという世界で生き抜く為の芝居。元々の素質もあるだろう。だがそれを演じきるには素質だけでは無く、努力と驚くほどの自制心という精神力が必須だ。それをずっとやってきた。年若い女性ではあるがその辛酸を舐めて来た時間軸は単純な量だけではなく濃かった。彼女は決して運良く売れたラッキーガールなどではなかったのだ

「私にはそれがある」

役柄を継続することは上り詰めることよりも余程困難だ。それを彼女が続けてこれたのはーーーたった一つだけ信じられる存在があったから

「私は貴方よりは年下だけどーーー他人を見た目通りで判断してばかりでいると、いつか痛い目を見るわよ」

キッと荒を睨み付け、ななは背筋を伸ばしてーーー挑むように不敵な笑みを浮かべた



「荒、NO.4のヘルプにつけ」

後方の扉から低い声が響いた

「・・・オーナー!」

「何度も言わせんじゃねえ。ショウの席に行けってんだ。んでヤツ寄越せーーーテメェじゃまだまだこういう一本筋の通ったイイ女のお相手には不足だったみてェだな・・・ソレがテメェがNO.8から上に行けねえ理由だよ。分かったらとっとと行け」

オーナーは目で周囲のホスト達にも退出を促し、席に歩んで来た

「あ・・・あっはははっはは!なん・・なんやそのカッコおっちゃん!」

いきなり、ななが堪えられないかのように笑い出した。先程までの標準語では無い

「なーにがノーネクタイじゃ行けないんや?いっつものタンクトップにネクタイだけ巻いてんやん!現場のおっちゃん丸出しやんか!なんやソレーーーー!」

「どうどう?似合う?惚れた?」

「ウッザ!何気にブルガリのネクタイなのが余計にウッザーーー!」

きゃはははと手を振りながらななは笑い続ける

「オ・・・オーナー・・・俺は・・・」

他ホスト等が一礼の後退出するのを見ながら、オーナーがななの隣に座りネクタイをひらひらとさせる。しかし荒は立ち上がりながらも退出をせず、オーナーの背中に声を掛けた

「KYクン?俺の命令聞けねえってんなら、VIPルームからじゃねえ。この店から出ていけ。このneo新宿からな?」

ーーー他ホストに促され、固まったように突っ立っていた荒は退出していった




「ななたんごめんね。すぐちゃんとしたイケメン君来るから、それまでおっちゃんと遊んでくれるかな?」

「んーん。ウチもごめんな・・なんかマジなってもうて・・・よくないやん。こういう場所で・・・」

オーナーはグラスに氷を入れ、シーバスリーガルの水割りを作る。それにカシスを添えた

「でもな・・・サキちゃんのこと・・・言われたからつい・・・皆もう知ってるんや・・・なーーー」

ん、とーーーななにグラスを渡し、自らはストレートでグラスを合わせてカチンと音を起てる

「4ちゃんなんかでスレッド立ちまくってんな。<ななサキ>解散ーーーってな」

コトン、とグラスをななは置く。中の氷がカランと響くーーーそれだけの空間。いつの間にか室内に音楽は流れていなかった。ホールのダンスミュージックは防音のVIPルームには届かない

「事務所の社長にピンでやってくように言われた・・・」

ーーー最大の繁華街の奥深く、都会の密室。ここでなら何を言おうと外部には漏れないだろう

「芸人ってな、どんなに売れようとギャラは昨年の実績なんや。ウチらは今年の夏から売れ出した。オンエアで何度も500オーバーしてても中々民放からはお呼びかからへんかったけど」

「ななたんだけ売れ出した。個性的で可愛いからな」

ぐいっ、とななはグラスの酒を飲み干す。オーナーは無言で酒を作ったーーーほんの少しだけ、濃く

「おバカキャラでウチは売るように事務所の社長に言われたんや。売れるためや。好きな漫才だけしとって楽しいけどプロはそんなんや食っていけへん。10人くらいしかお客さんいないライブの後バイト二つも掛け持ちして・・ボロアパート帰って爆睡してーーー大変やったけど楽しかった。だってサキちゃんが一緒やったから」

ななは酒をまた一息に飲もうとしたが、少々濃いことに気づいたのだろう。半分程飲んで一つ息を吐く

「サキちゃんはな、いっつもウチより先に起きてごはん作ってくれてんねん。1DKのボロアパートやからキッチンなんてもん無い。いい匂いで目覚めるとサキちゃんの背中が見えるんや。かぼちゃの煮物いっつも作ってくれはった。サラダには絶対ブロッコリー入ってないんやで?卵焼きも凄く美味しくてな!ライブ旨くいくと作ってくれるかぼちゃのタルトはもう舌蕩けるんやで!」

楽しそうにそう、ななは喋り続ける。少しずつグラスが空いていく。ただオーナーは酒を作り続け、静かに聞いていた

「売れ始めてーーーneo吉祥寺の3LDKのマンションを事務所が用意してくれた。芸能レポーターとかからも守ってくれた。でもな、さっき言った通り昨年のギャラしかないねんウチら。払える訳無いやろ?事務所が殆ど出してはくれてるけど残り3割はウチらのギャラから引かれる。それでもあのボロアパートの三ヶ月分の家賃や・・・ウチは<ななサキ>以外でのギャラが入ってくるけどサキちゃんは・・・」

サキは今でもアルバイトを二つ掛け持っていた。ななとは違い地味で華があるとは言えない彼女は単独では仕事は来なかったのだ。ななのボケに冷静に突っ込むことが彼女の魅力であった

「スレッドひでえな。>サキ不要、>なながいないとサキは使えない、>相方引退。ホンットくだらねえなあの板。匿名で無責任なヤツラがただくっちゃべってやがる便所のラクガキ」

オーナーはななの手からグラスを取り上げると、彼女の小さな唇に太い親指をあてオレンジ・グロスを少々乱暴に拭き取った

「サキがいねえと何もできねえのはオマエだよな?奈々」

至近距離で男に見詰められーーーななの大きな瞳が震えーーー滲み、それは溢れて頬に筋を作った

「おうちに帰ってもサキちゃんがいない!たまに朝会っても殆どお話もできない!部屋は別だし、サキちゃんはすぐバイトに行っちゃうし私もマネージャーさんが迎えに来ちゃうし・・・サキちゃんはいつもいつも私に気を使って!バイトで疲れてるのに帰るといつもごはんがテーブルに用意されてて!かぼちゃの煮物もいっつもあって!メモに温めて食べてね、ってーーーバラエティ良かったよって・・・ドラマ良かったよって・・・なんで叱ってくれないの?前みたいに私にダメ出しして、怒って!泣いて!それで一緒に考えて、一生懸命考えてーーー笑ってーーーなんでこんなになっちゃったの?!もういや!PVなんて撮りたくない!ドラマなんかに出たくない!私はサキちゃんと漫才だけしてれば良かったのにーーー」

ななは深い胸元に顔を押し付けてきた。大きな声でその心情を吐き出すーーー

「私間違ってたの?」

売れる為に精一杯の虚構の仮面を演じ続けた。それは自己満足の充足を目的にする素人とは違う、プロとして決して間違ってはいないーーーしかし上り詰めた場所に、本当に心を分かち合いたい存在はいなかった。奇妙にすれ違い、離れて行こうとしている

「失望されたくない・・・私の芸で笑って欲しい・・・サキちゃんだけでいいの・・・ネットとかファンの人達とか評論家みたいな人達にどう言われたってそんなのどうでもいいよ・・サキちゃんが笑ってくれたら・・・」

「じゃ、続けろよ」

アップしたブラウンの髪を解き、ウイッグやエクステンションが外れ、来店時のショートカットに戻ったその柔らかい髪を骨ばった手が、撫でる

「たった一人の大事な友達に失望されない為にーーー芸磨き続けろ」

さらさら、と細い髪が解けていく

「泣き言結構。そういう場所だよココはな。オトコの胸ってのはなーーー好きなことだけしてりゃ満足ってシロートの甘ちゃんじゃねえってことは分かってる。好きなことする為に、好きなトモダチ笑わせる為に、やりたくもねえ演技しまくれ。それ演じきった上で漫才やれや。誰にも文句言わせない位に上り詰めろよ」

さらさら、とーーー心のわだかまりが解けていく

「たった一人の大切なファンを笑わせる為だけにーーーガンバレ、奈々?」





「サキたん?ごめんねこんな夜遅くに電話しちゃって」

「あ・・オーナーさん、お久しぶりです。いつもウチの事務所に便宜を図って下さってありがとうございます。先日のneo新宿野外ライブの件でも色々手を回して下さったって聞いてます」

オーナーは携帯電話を顎に挟み、その手は膝上のブラウンのショートカットを撫でている

「気にしないでよ、俺はただ単に<ななサキ>のファンなんだから。事務所の株買ってんのもサキたん達がおもしろいから、一種投資ってヤツだからね」

「ありがとうございます・・・あの、唐突で申し訳ありませんが、ななの居場所ご存知ありませんか?こんな時間になっても帰ってこないし・・・マネージャーさんからもneo中野で消えてしまったきり連絡も無いってーーー家に戻って来てるんじゃないかってさっき電話があったんですが・・・」

その若い女性にしては丁寧な口調ーーーだったがサキの声は少々息切れしているように荒かった

「−−−今、出先?」

「ハイ。あの子の立ち寄りそうな所を片っ端から探しています。最近あの子元気が無くて、仕事も忙しそうだったから妙なこと考えてるんじゃないかって心配で・・・」

クッ・・とオーナーはサキに気取られないように低く笑った。ブラウンの髪を一房、摘む

「俺の膝の上にいるよ」

「え・・・っ?」

携帯電話の向こうでキキッという音が響いた。サキは自転車で動いていたのだろうか

「酔いつぶれちゃったの。大丈夫大丈夫心配しないで。オジサンはななたんみたいな可愛い女の子をどうこうするシュミは無いし、そういう方面にはまったく役立たないから。イヤなことあったんだって。だから酔いたかったみたい。スースー寝てるよ」

「オーナーさん、ななはまだ・・・」

「今日オットナーになったんでしょ?お酒解禁。でもやっぱまだおこちゃまだね。これからウチの専属運転手サンに送らせるからさ、サキたんおうちで待っててあげてね。かぼちゃのタルトでも作ってあげててよ」

「・・・住所ご存知なんですか?」

「大体分かるし、俺はトシで物覚え悪ィから、明日になったら住所なんて忘れちゃうから安心してね」

「申し訳ありません、ご迷惑お掛けしました」

オーナーはかわいらしい寝顔を覗き込み

「ななたんねえ、サキたんがいないとダメなんだって。サキたんだけを笑わせたいから芸人やってんだってさーーーやっぱおこちゃまだ。オトコよりオトモダチが最優先なんだってさ」

ーーー沈黙

「俺から事務所の社長に旨く言っておくよ。じゃあーーー」

パチン、と携帯を閉じた

ーーーコン、コン

「何でオーナー、そんな小娘にそこまでしてやってるんですか?」

NO.4の翔がその端正な容姿を歪ませた笑顔で、扉の前に立っていた

「俺お笑い好きだからな。お前も好きじゃんお笑い。ってかおっせえよNO.4?結局俺にホストやらせやがって。とっくに引退してんだよ俺ァ。どうせさっきから見てただろドS君が。俺の弱みでも探ろうとしてんのかァ?」

ぐったりとしたななに自らのコートを着せながらオーナーは立ち上がる

「いえいえ・・・滅相も無い。ただあの子猫ちゃん以外で、そんな対応してるオーナーは初めて見たなあって思っただけですよ。意外だなあ」

手をひらひらとさせて翔は笑い一面ガラスから下のホールを見るーーー中央の席に黒髪のホスト。客同士が未だ諍いを起こしている。それをさして関心もなさそうに無表情で見、小千が仲裁に入っている

「フンーーー」

ホールを見下ろして

「この子みてえにーーー俺の子猫ちゃんもーーー同年代のお友達がいて・・・自分の目標に向かって頑張ってよ・・・精一杯怒って、泣いてーーー笑って。そんな風にしてくれればってな・・・」





後日、人気お笑いコンビ<ななサキ>は解散した。しかしそれはあくまでも公式上であり、サキは事務所の正社員という形でななのマネージャーになったのだ。ライブ回数も多くなり、ピンでなながボケると音響でタイミングよくサキがツッコむ。そのタイミングがまた絶妙で、音響ツッコミ漫才という新しい形を作り出しーーー彼女たちの人気は益々上がっていったのだった


エンターテインメントという世界で上り詰める為に

辿り着いた場所で共に笑い合う存在の為に

なな、サキは

これからも芸を磨き続けるであろう





ーーー後日


「ハラ減った」

高い陽の光が入る障子を開け、和室に入ってきた黒髪の少女。膝までの白いシャツが衣擦れの音を起てる

「もう起きたのか?もう少し寝てろ」

オーナーは見ていたDVDのリモコンを一枚檜のテーブルの上に置いた

「ハイハイ分かったよ。すぐ作ってやっから、食ったらまた寝ろよ」

無言で、胡坐を掻いたオーナーの膝に乗ってきた軽い少女。見上げてくるその瞳に逆らえず台所に向かう為立ち上がろうとするが

「・・・これ、おもしろいな」

黒髪の少女は40インチのTV画面を見ている。その画面は<ななサキ>の最新ライブDVDだ。ななのキュートなボケにサキが冷静に突っ込んでいる。会場中に笑いが響いていた

「おもしろいか?」

黒髪の少女はーーー微笑んでいた。無表情ではなく、目の前で繰り広げられるエンターテインメントに笑っているのだ。常時の無表情が崩れ感情を表した彼女は年齢相応に可愛らしい

「7枚あっからよ、メシ出来るまで見てろ。こっちにメシ持ってきてやっから」

黒髪に手を添え、座布団の上に少女を移動させてオーナーは立ち上がる

「・・・うん」

リモコンを小さな手で操作し音声を上げて黒髪の少女は画面に見入る。所々で頬が緩む、切れ長に釣りあがった紅い瞳が垂れる、口元を手で押さえて含んだような笑い


もっと笑えよ。笑ってくれーーー俺にその笑顔をもっと見せてくれな

なな、サキ、ありがとうな。お前らのお陰で俺の子猫ちゃんは笑ってくれてんだよ

こいつの笑顔を見ることが俺の、枯れ果てた俺の唯一の幸福なんだ

こいつを幸せにすることだけが俺の最期の望みなんだ

こいつは俺の初恋の女なんだよ


これからも頑張ってくれ。お前らが穏やかに芸を磨けるように出来る限りーーー俺なりに協力するからな

頼むぜーーー<ななサキ>






読んでくださってありがとうございました



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