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老人と像

作者:キュウ
 語り:グラン・シーク

 僕が母と共にその町に来たのは、僕が十歳になって一ヶ月ほど経った、夏のことだった。多くの虫たちが良い潮だと言わんばかりに騒ぎ立てる森の中を、ポウポウと吠えるような汽車に揺られて、その町へやって来た。
 母に連れられて、あらかじめ部屋を取っておいたという宿に赴いた。重かった荷物を置いて、ようやく一息ついた。それから母は、この土地での新たな仕事場へ挨拶に向かった。僕はここで待って居るように言われたけど、残念ながらすぐに暇を感じ始めてしまったため、町の中を散歩することにした。
 町は、どこにでも在りそうなごく普通の町だった。活気付いた市場、少し静かな住宅地、老若男女が行き交う大通り。気を改めて歩くその町並みを、僕はすぐに好きになれた。ただ、父と一緒でないことが、唯一の不満だった。
 元居た町を離れて、母と二人だけの生活を新たに始めようとしていた。だが、父の面影は既にここにはなかった。父は町を離れる前に、重い病気で死んだ。母は詳しいことは何も言わなかったが、ここを出ようと言い出したのはそれが理由だったのだと僕は思っていた。
 こうして石畳の路を小気味よく歩いていると、父と、並んで散歩くらい、もう一度だけでもしておけばよかったと、今さらながらに僕はそう思っていた。
 しばらく歩いて、もう陽が遠くの山間に沈んでしまおうとしている時、僕が辿り着いたのは小さな公園だった。中央にささやかに水を出す噴水が在り、それを囲うように四つのベンチが設置されていた。談笑する者や、一人でぼうっとしている者など、何人かの人々が居るがぐるりを見回しても気に障る音など微塵も感じられない、のどかな公園だった。
 とりわけ、僕が見る限りで最も目立っているのは、ある銅像だった。若い男が後ろ手を組み、滲むように桔梗色に染まりだしている東の空を見上げているというもので、教養も貧困な僕にその芸術的価値は分からなかったけど、価値が人物の方には有る、それだけは分かった。
 噴水周りのベンチに座り、その銅像をじっと見ている老人が居た。老人だとすぐに分かったのは、鼻から下に焚き火を逆さにしたような白い髭を生やし、タイル張りの地面に杖を突いて皺の寄った顔を夕陽のもとにはっきり見せていたからだった。気になるのはその表情だった。口元は微かに笑っているのに、目は少しも笑っていない。
 聞けば、銅像を見て息子のことを思い出しているのだと言う。銅像として佇む男、台座には町の初代町長だと書いてあるけど、とてもよく似ているらしい。
「もう一度だけでも会って、一緒に散歩くらいしたかったもんだ……」と、老人は言った。
 僕は、何だかその言葉に親近感を覚えて、自分の父のことを話した。
 話していると、徐々に老人の目が、ほんのわずかに緩み始めていることに、僕は気が付けた。僕のほうをチラとも見ず話していたのに、いつの間にかちゃんとこっちを見てくれていた。そして、最後に老人はこう訊いてきた。
「ボク……名前は?」
 僕は、何も躊躇うことなく答えた。
「僕はグランだよ」
 それだけ聞くと、老人はどこか満足そうにして、別れの挨拶をして立ち去った。

 母の仕事や引っ越しが落ち着いた頃になって、僕はまた老人に会いに公園に行った。それなのに、脳裏に思い描いた景色を裏切るように老人の姿は無かった。いつも居るわけではないのだろうか。そう思っていると、ベンチに座っていた一人の男が、僕にその疑問の答えを教えてくれた。
「君、いつだったかマートじいさんと話してた子だね。マートじいさんなら、一昨日亡くなったよ」
 僕は肩を落としながら、自分の、未だ青い肌の表情が固まっているのを感じながら、ベンチに座って銅像を見た。すると、あることに気が付いた。先日は夕陽の影に隠れていた銅像の顔があらわとなり、僕はやっと彼と顔を突き合わせることになったのだが、その銅像の男は、よく似ていた。……僕の父に、ソックリだったのだ。
 僕は、ある可能性を思い付き、男に訊いた。
「ねえ、おじいさんの……フルネームは何て言うの?」
 男は、少し首を傾げたが、すぐに答えてくれた。
「マート・シークだよ。それが、どうかしたかい?」
 僕は、その名前をとてもよく知っていた。
「語り」という記述をある種の仕掛けとする試みを入れてみました。
3分短編というミニマムな小説だからこそのやり方だと思いますが、
お気に召しましたでしょうか。

HP(→http://kyunote.blog.fc2.com/)にて
コメントや編集後記、ほかのお話のまとめも掲載しておりますので
ぜひこちらにもどうぞ

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