秋深まるこの日、コナンと哀は広島にいた。阿笠博士が学会に出る事になり、二人もついていく事になったからだ。普通なら、哀はお留守番なのであるが、連休と重なったので、骨休めにと博士が連れ出したのだ。ちなみに、コナンがついているのは、哀を一人にするのを博士が心配したからだ。
朝、新幹線で広島に着くと、博士は早々に在来線に乗り換え学会の会場に向かっていった。ちなみに、二人は夕方市内のホテルで博士と待ち合わせする事になっていた。
二人は市内を観て回る事にしたが、どこに行くかは決めてなかった。とりあえず一日乗車券を買い、路面電車に乗る事にした。
広島の路面電車は、バスと共に市内の重要な交通機関であった。二人は駅前電停に止まっていた電車に乗り込む。今流行の連接低床車でなく、昔ながらの緑色の電車だった。
<この電車は紙屋町、原爆ドーム前経由、己斐行きです。>
車内にテープのアナウンスが流れる。しばらくして、扉が閉まり、電車は動き始めた。
「で、どこに行くの?」
哀が言った。
「そうだな、どこに行きたい?」
「あら、あなたはどこにいこうか考えてなかったの。悪いけど、私この町のこと分からないから。」
哀がそっけなく言った。実の所、コナンもどこに行こうかまだ考えていなかった。彼が思いついたのは宮島ぐらいであった。
コナンがそんな風に思案していると所へ、隣に座っていた老人から声をかけられた。
「君達はどこかへお出かけかな?」
いきなりの問いかけに驚いてしまったが、すぐに冷静になって応対する。
「え、はい。ただ、まだどこへ行くかは決めてないんです。」
「そうか、広島はけっこう見るところあるよ。広島城や縮景園。それに終点で乗り換えれば宮島、厳島神社へも行けるよ。」
哀はあまり興味なさそうに聞いていたが、そのおじいさんが花束を持っているのに気づいた。
「そういうおじいさんはお墓参りかしら?」
「うん?ああ、そうだよ。私の姉の墓参りに行くんだよ。」
姉という単語に、哀は強く反応した。
「お姉さん?」
「ああ。20歳で死んでしまったけどね。」
「「え!」」
コナンと哀は驚いた。つまり老人の年恰好から考えて、随分昔に死んだ事になる。
「随分昔ですね?」
コナンが言った。
「ああ、60年前だからね。」
「もしかして、原爆?」
哀がぼそっと言った。
「ああ。私の姉はこの路面電車の運転士をしていたんだ。」
「路面電車の運転手?」
哀は驚いた。路面電車の運転手を当時女性がしていたのを知らなかったのだ。
「そう。当時は男がみんな兵隊に取られていたからね。だから女性、いや少女たちがその代わりをしていたのさ。私の姉は一年年上でね、そして妻は姉の2年後輩の学生だったんだ。」
「学生?」
哀が再び驚いた。先ほど路面電車の運転士と言ったのに、何故学生なのかが哀には分からなかった。
「当時の広島電鉄、つまり路面電車の女性運転手や車掌は、全員運転手養成のために作られた広島電鉄家政女学校の生徒だったんだ。でも、実際は他の運転手と同じ格好をしたけどね。今でも鉢巻を巻いて、きちっと制服を着た姉の姿を思い出すと目頭が熱くなるよ。」
何を懐かしむような表情になる老人。
「そして妻と会えたのも姉のおかげだった。私が妻に一目惚してね、姉を介して縁談をもってもらったんだ。もっとも、なかなか一緒に出かけるとかは出来なかったがね。」
「え、戦争のせいですか?」
コナンが思い当たることを言ってみた。
「いや、そういう時代だったんだよ。当時は若い男女が一緒にいるのは、はしたないことと考えられていたんだ。それでもなんとか、婚約にまでこぎつけた。だがね・・・」
「原爆が落ちてしまった。」
哀が言った。 コナンもそうだと思った。
「そうだ。あの日私は船舶工兵として沖で訓練していた。だから難を逃れた。しかし、すぐに救助命令が出た。市内の川に遡上して、負傷者を似島に届けるという物だったが、それは酷い物だった。負傷者は皆皮膚はただれ服は吹き飛び、ただ死をまっているだけだった。私はすぐにでも姉達を探したかったが、その余裕はなかった。結局そうこうしているうちに2日も過ぎてしまった。そんな時に、小型船用の帆柱を運べという命令が来た。」
「なんで帆柱を?」
哀が質問する。確かに、聞いただけでは意味がわからない。
「私も最初驚いたが。命令だからね、運んだよ。そしてその意味がわかったよ。なんとそれを路面電車の架線柱、つまり電線を吊り下げるための電柱の代用品としようとしたんだ。そして、持って行った先で妻と再会したんだ。そして、姉が行方不明になったのを聞いた。」
老人がそこで言葉を切った。
「お姉さんはどうなったんですか?」
コナンが聞いてみる。
「妻の話だとね、その日妻が運転する予定だった車両を、体調不慮で動けなかった妻に代わって運転したらしい。「あんたは無理しちゃいけんよ、うちが代わりに運転しとくね。」という言葉を残してね。姉は妻を妹のように思っていたからね。・・・・・姉がどうなったかはわからない、運転していた列車はあの時爆心直下を走っていたらしいから。・・・結局骨も見つからなかった。路面電車は8月9日に一部復旧し、妻も乗務を開始した。私も任務があったから、探す余裕もなかった。あの時探しとけばと今も思うよ。妻も、あの時自分が運転していればと何度悔やんだか。けど、結果的にそれが私達を被爆から守った。」
「お姉さんがおじいさん達を守った。」
哀が言った。
「結果的にはそういうことになるのかな。けどね、生き残ったら生き残ったでつらかった。妹の同僚や私の戦友もたくさん死んだ。遺族がしばらくしてやってきて、遺品を持ち帰ったんだが、散々言われたよ。「あんたはなんで生き残ったんだ。よくのうのうと生きていられるね」とね。さすがにあれは答えた。裏切り者にされた気分だったよ。」
哀がそのことばにうつむいた。そしてこう言った。
「おじいいさんは、生きていて苦しい事なかったの?」
「おい、灰原!!」
コナンが怒鳴った。それに対し、老人は一瞬キョトンとしたが、すぐにまた話を始めた。
「確かにそう思えない事がなかった訳ではない。しかしね、そう考えてしまった時はすぐに頭で打ち消したよ。」
「え!」
「生きている事を少しでも否定するのは、姉さん達、あの瞬間運命を断ち切られた人々への裏切り行為になると思ってね。生きているものが生きなければどうする。そう考えてね。私はあの日、妻以外全ての家族を失った。それどころか、原爆は遺品さえも全て燃やしてしまった。姉さん達の生きた証はこの世に何も残されなかった。だから、私達は生きねばならなかった。そうでなければ、姉さん達が生きていた事を誰が後世に伝えるんだと。そう考えてね。」
コナンと哀は無言だった。そうしている間に、電車は市の中心部に入っていた。
「お、次は原爆ドーム前か。」
老人の言葉に、コナンは席から立った。
「降りようぜ灰原。」
「え!」
「おじいさん、お話ありがとうございました。」
コナンはお礼を言った。
「ああ、君達も元気でな。しっかり生きなさい。いいかね、生きていれば希望は見つかる。そして、平和は自身で作るものだ。わかったかね。」
「はい。」
そして、電車は原爆ドーム前電停に止まった。二人が降りると電車は行ってしまった。車両ナンバーの652がコナンには印象的に残った。
「さ、行こうぜ。平和公園に。俺たちも自分達の平和探しをしねえとな。」
「・・・・ええ。」
そして二人は、平和公園に歩いていった。
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