第四変態「悪魔だよ!財前くん!〜後編〜」
「お前ら、こんなところで何してんだよ」斉藤は首を傾げた。頭上にハテナマークが浮かび上がってきそうだった。
「いや、まず何で斉藤がここにいるんだ?」なあ?、と財前に同調を求めるが、財前は訝しげな表情をしながら爪を噛むだけだった。その表情からすると何かを考えているようだった。
「気になったからお前を付けてきたんだよ」
「やっぱりな」財前は納得しながら、林田の頬をつねった。「気をつけて来いって言ったろ」
「・・・すまん」まったく気付かなかったのは、必死に走っていたからでだろう、詳しい話を聞くと斉藤は白昼堂々と走ってつけて来たらしかった。それに気付かなかった自分が恥ずかしく、顔の毛穴という毛穴から火が吹き出そうだった。
「つーかさ・・・」林田のペースで走った為、疲れきった顔をしていた斉藤が、急に興味津々な表情をして言う。「そのバッグの中身、なんなの?」
あからさまに、たじろぐ林田を他所に、財前は考えている表情を崩さなかった。
「いや、これはな」今朝、教室でかいたあの悪い脂汗がまた額に滲み、いま自分が何を喋っているのか分からない。ただ必死に「たいしたものは入っていない」ということを伝えようとしているのは分かる。が、それが上手な言葉になっているかという保障はなかった。
「ふーん、じゃあその『たいしたことないもの』とやら見せてよ」斉藤はお歳暮と同じように、『たいしたことないもの』とは『たいしたことあるもの』というのが分かっているようだった。林田の方に近づき、手をバッグに伸ばした。
「さ、触るな!」バッグを自分の胸の中でぎゅっと抱き、般若のごとく抵抗した。
「なんだよ、気になるじゃんか」見せろ見せろ、と斉藤が笑いながら掴みかかってくる。
「財前、助けてくれ!」財前はその声で我に返ったような顔をし、「そうか、分かったぞ」と言いながら爪を噛むのを止めた。そして、その噛んだせいでふやけた爪のある指で、勢いよく斉藤を指差した。
「お前は斉藤じゃないな・・・」
廃ビルはシーンと静まる。ちなみに『シーン』という擬音は手塚治虫が広めたというのはまた別のお話である。
「なに言ってんだよ、財前」林田は額の汗をシャツの裾で拭う。シャツに染みこんでいく汗が、より一層、この空気の居心地の悪さを強める。
「そうだよ、何言ってんだよ!」斉藤は笑いながら、財前の冗談として片付けようとしたが、財前は怪訝な表情で、食べ終わったアイスの棒を舐めるような目で斉藤の顔を見ている。
「お前は斉藤じゃない」と、いくら斉藤が否定しても断言する財前の頭を、林田は本気で心配する。
「お前は絶対に斉藤じゃない!」
「じゃあ俺は誰なんだよ!」ごくりと、林田が唾を飲み込む音が響くほど、廃ビルの中は静まっている。
「お前は・・・妹の望美だろ」財前が確信を持った顔をして言った後、斉藤は口元に手をやり、英国の人形のように大きな目をパチクリさせた。
「ち、違うよ。何いってんだよ財前」斉藤の額に林田と同じような粘り気のありそうな汗が浮かび上がる。
財前が林田の目を見ながら、右手の人差し指で右目の下をちょんちょんと、触る。
「あっ!」と林田が何かに気が付いた顔をした。「ホクロだ・・・」
「そう、ホクロの位置が違うんだよ」財前が斉藤の肩に手を優しく乗せて言った。「俺達のクラスメイトの斉藤は左目の下にホクロがあるんだ」
財前が、ふふふんとしてやったり顔をすると、斉藤は諦めたのか、溜息をつきながらこう言った。「そうです・・・私はお兄ちゃんの妹の望美です」その言葉を聞いた後、財前はまた憎たらしく、してやったり顔をし、指を鳴らした。
「説明してもらおうか」
「嫌な授業があるとき、よくこうやって一日入れ替わって過ごすんです・・・」斉藤は目を真っ赤にしながら今にも泣きそうな声で言う。傍から見たら、男二人がかりで一人の女性を囲んでいるように見える。犯罪の匂いがする。
「それで今日はサッカーがあるから、兄の広樹に代わって欲しいと頼まれた。と?」財前が笑いを堪えながら言う様を見て、林田は財前のことを性悪だな、と思った。
「はい・・・私はその・・・今日数学の小テストがあって・・・それで・・・」
「そんなことしていいのかな? んん?」財前は下級生を苛める上級生の顔で、一生懸命、涙を堪えている斉藤の顔を覗きこむ。林田は、一歩引いた。「まあ、広樹は女っぽい顔してるしな。おまけに髪が長いから、少し工夫すればバレないだろうね」でも、とだけ言って息を吸い、間を開け、悪魔のような笑顔で言った。「でもバレちゃったねえ!」
廃ビル内の空気が一気に意地悪くなった。
「そろそろ、やめとけよ。さすがに可哀想だよ」財前の肩を掴み、望美から引き離した。
「ちょっとお遊びが過ぎたかな?」財前は悪意に満ちた口元を閉めるような仕草をして、ウェイトレスが客を席に招くように掌を前に出し、「どうぞ」とサービス的な顔で言った。それは「あとは任せた」と聞こえた。
「望美ちゃん、だっけ?あのさ・・・」一体、何を言えばいいのか分からない。これまでのことを反芻してみると、こちらに不備があるとは思えない。強いていうなら財前の豚骨のようにしつこい尋問ぐらいだった。ここはそれを慰めるべきだと思った。そして、やっとの思いで捻り出した言葉が「ド・・・ドンマイ」だった。
「お前、ドンマイはねーよ!」財前が抱腹絶倒しているのを見て、林田は「元はと言えばお前のせいだろうが!」と罵りたくなるの感情を必死に堪える。
望美は指先で触れるだけで、壊れてしまいそうなぐらいに意気消沈している。「お兄ちゃんには言わないでください・・・」兄として振舞っていたときの威厳はどこへ消えてしまったのだろうか、望美は弱弱しく背中を丸めていた。
「え?よく聞こえないなあ!」財前がはじめて遊園地に来た幼稚園児のようにはしゃいでいる。楽しそうだ。
「お前は悪魔か・・・」
「お前は変態だけどな・・・」林田が財前の口を塞いだのは、財前が言い切った後で、当然、望美の耳に財前の言葉は届いていた。「変態ってどういうことですか?」怖気ながら、望美が聞く。
「こいつね・・・」
「ああああああああああ!!」財前を羽交い絞めにして、土ぼこりが舞う床の上で揉みくちゃになった。昨日の光景とは真逆だった。
「じゃあ、自分の口から言えよ」財前は口に入った埃を唾と一緒に吐きながら、林田に無慈悲な選択権を与える。「それともバッグに入っているものを見せるか?」
なぜ見せなくてはいけないのか、とツッコミを入れようと思ったが、あまりの急展開で気が動転してしまい、なんとなく頷いてしまった。
「黒の女性ものの下着・・・」望美は状況が全く飲み込めていないようだが、見せられたものが何なのかだけは分かっているようだった。
「これ、誰のですか?」
「これは・・・」林田は言葉を濁す。望美から向けられる視線から逃げ出したくなり、顔を横に逸らした。
横から財前がにゅっと顔を出し、「俺の姉貴のだよ!こいつが盗んだんだ」と例の悪魔の笑顔で言うと、望美はビー玉のように丸く透き通った目を隠す瞼を閉じ、呟くように言った。「・・・変態ですね」
「ここに今、下着ドロと男装癖がいる。これは何とも由々しきことだ。俺は悲しい・・・。なぜ君たちはそんな特殊な性癖を持って産まれてきてしまったのだ!嗚呼、神よ!アーメン!」財前はサッカーワールドカップ日本代表にでもなったかのように、祈りを捧げるポーズをした。
「お前んちは、仏教信者だろうが!」
「私は男装癖なんかありません!仕方なく・・・」
「いいや、君たちは特殊性癖の持ち主だよ。ここまで証拠があるのに、否定するのは格好悪いよ」
「うっ!」常に世間の目を気にする若者にとって、『格好悪い』という言葉は最も心に突き刺さる言葉であった。林田と望美はそれぞれ葛藤を始める。「認めてしまおうか」と一瞬、心が揺らぐが「認めるともっと格好悪いのではないか!?」という当たり前のことに気付き、頭を振る。「正気になれ。正気になれ」
「認めるかね、君たちの過ちを・・・」財前が裁判長のように見え、恐怖する。自分たちのこれからの学校生活がどうなるかは、財前の手中にあることに気付き、恐怖心は更に煽られ脈は早くなった。
「俺・・・」
「林田先輩、ダメです!」望美が林田の腕を掴み、止めようとするが林田は喋り続ける。「どうすればいいんだ? 教えてくれ財前・・・」
財前は腕を組み、そうだなあ、と考え、ひらめいたように言い放った。
「俺の下僕になれ!」
口笛を吹き、満足そうな財前を見て、林田は幼少の頃に読み、トラウマになったある漫画を思い出した。
「そうだ・・・本当の悪魔は人間なんだ・・・」
唯一無二の存在である親友に裏切られ、林田は戸惑った。同時に後悔の波が押し寄せ、それに飲み込まれた。その波に飲まれたのは斉藤こと、望美も同じであった。一人ではなく、二人だったということが救いになるのか、それはまた別のお話である。
―──続く。 |