変態だよ!林田くん!(11/12)PDFで表示縦書き表示RDF


変態だよ!林田くん!
作:高橋うがい!!



最終変態「笑顔だよ!林田くん!」


 家の中にいるはずの望美からは返事も、玄関から顔を出す気配もなかった。
「勝手にあがらせてもらうぞ」
 玄関のドアに手をかけ、引くと──開いた。まるで自分が来ることを予想していたように、鍵はかけられていなかった。
 斉藤の家は薄暗く、相変わらず生活臭が殆どしない。弘樹と望美ともう一人以外は住んでいないのだろうか。
 靴を脱ぎ捨て、二階へ直行した。二階には、二人・・がいるはずだ──。

 埃っぽい階段を登り、昨日も来た部屋の前に立ち、ドアをノックする。
 ノック──。
 静寂───。
 ノック──。
 静寂───。
 ノック──。
 ノック──ノック…。
 苛立つ。なぜ黙っている?
 ドアの倒れる大きな音が耳に入り、脳を揺らされ、自分がドアを蹴ったことに気付いた。ドアは脆く、簡単に壊れた。接続部の金具は外れ、ドアは部屋の内側へと倒れ、廊下に積もる埃が舞った。
「…はじめまして」
 部屋の窓はカーテンで閉め切られ、光を遮断しており、窓のない廊下と同じように暗かった。そして、部屋には二人の女性がいた。二人とも痩せぎすな体系だが、決定的に違う所がある。一人は見るからに成人だった。並ぶ二人は主に、胸部に差があった。
「俺は林田です。まあ、弘樹と財前から聞いてると思うけど。昨日も来たし…ね?」
「……」
「……」
 二人は真っ白なシーツの敷かれたシングルベッドに並んで座ったまま、沈黙を保つ。
「何か言ってくれよ…」
 表情が見えない為、窓に近づき、カーテンを開けようとすると───
「待って!」
 と、裏返った声。女性的な繊細そうな細い声。
「え?」
「は、林田先輩。待ってください」
 今度は声色が違った。女性的というよりも女子的な幼い声だ。
「カーテン開けちゃ駄目なの?」ベッドに歩み寄る。
「すいません。千穂ちほさん、今はあまり光が好きじゃないみたいで…」
 『千穂』と呼ばれる女性は望美の横で弱弱しく、控えめに頷いた。暗闇に目が馴れ、段々と二人の輪郭が、表情が見えてくる。一人は見馴れた顔。兄とほとんど一緒の顔。知らない人なら双子かと尋ねると思われる。
 そしてもう一人の千穂は───
「…財前の姉さんですよね?」
 望美も千穂も、はっとした表情を浮かべたが、すぐに諦めたように口をつぐんだ。千穂の沈黙にたいする気まずそうな顔が財前とそっくりだった。

 いま思えば、はじめからおかしかった。
 まず斉藤曰く『だめだめ』だった体育のサッカー。あの日は、斉藤も同じ教室で着替えていた。男だらけの教室で、女子である望美が着替えたとは考えにくい。
 そして同日、廃ビルの場所を知られた日。『白昼堂々と、あとをつけてきた』必死だったとはいえ、同じクラスの友人につけられていることに気付かないはずはない。それが面識のない同じクラスの友人の妹、という条件なら話は別だ。
 くしゃくしゃの紙と一緒に、上着のポケットに入ってある昨夜見つけた弘樹と肩を組んでいる映っている写真。ホクロの位置は──望美と同じ右目の下だ。『人のホクロの位置なんて覚えちゃいない』という財前の思惑に、まんまと嵌められたというわけだ。
 入れ替わり───。
 斉藤兄妹は何度か入れ替わっていた──。
「…って感じで俺は考えてるんだけど…どうかな?」
 望美が一瞬何か言いたそうな顔をしたが、すぐに俯いた。千穂は黙ったまま、光を遮るカーテンを見つめている。
「望美?」
 呼びかけると望美はゆっくり顔をあげ、「…騙す気はなかったんです」と鼻声で言った。
「騙すとか、騙されたとかはもういいんだ」薄暗い。太陽の光を遮られた、ベッドと窓しかない質素な部屋。横に倒れたドア。病的といってもいい程、生気の感じられない表情で黙ったままの財前の姉。家に入る前には確かに存在していた沸々とした苛立ちは溶けたように消えていた。だが変わりに、ぽっかりとした虚無感が新たに存在していた。
「…なんで財前の姉さんがいるんだ? たぶん、何かからかくまってるんだろうけど」
 匿っている理由だけは、昨晩どれほど思考を巡らせても分からなかった。でも何かから匿っている、もしくは身を隠している。と、考えていた。
 直接、その理由を知っているであろう担任の岡部に聞こうかとも思ったが止めた。あの時、岡部に相談する事を頑なに拒んだんだのではない。財前は俺にその理由を知られる事を頑なに拒んだ。それなら、岡部からは・・・聞くわけにはいかない。
「それは…」望美は口元に手をやる。
「言わなくていいよ」
「はい…」
「ところでさ、この家は本当に望美たちの家?」
 望美は驚愕したように、「えっ、あっ、あの…」などと言葉を濁らせたが、最後は俯きがちにかぶりを振った。
「やっぱり」
「どうして分かったんですか?」目をぱちくりさせる望美。
「親いないし。昨日お前が『落ち着かないですよね。この家』とか言っちゃってたしさ。我が家に普通そんなこと言わないだろ。表札は『斉藤』だったから爺婆の家じゃない?」
 望美は『失敗した…』と額に書き、頷いた。
 千穂の方に体を向ける。綺麗な人だ。「…財前の姉さん?」
「……」
 望美が「千穂さんは…今…」と横から口を挟んだ。
 どうしたものかと考えていると、静かな部屋に『ピンポーン』という空気の読めていない間抜けな呼び出し音が響いた。
「やっと来たか…そういえば俺のほうが早いなんて初めてだな」
 望美は首を傾げていた。
 一階から乱暴に玄関のドアを開く音が聞こえ、流れるパターンのように、どたどたと階段を登る足音。足音は近づいてくる。
「林田!」
 と、叫んだのは自分を保健室まで運んでくれた財前だった。そして、財前の後ろには肩で呼吸をし、キーホルダーもついていない素っ気無い自宅の鍵を握った弘樹が立っていた。
「『おせーよ』」財前の口調を真似て、笑う。
「『すまん、すまん』」財前も誰か・・の口調を真似して言った。しかし、顔は笑っていなかった。
「なあ…説明してくれよ。謝る前にさ」
 財前は目を瞑ったかと思うと、いきなり涙を流した。泣きながら「すまん、すまん」と、膝を落とした。ぽたぽたと財前の涙がフローリングの床に落ちていくのを、ただ絶句して見ていると弘樹が「俺が変わりに話すよ」と手を挙げた。
 挙手した弘樹に頷く。「財前…俺は怒ってなんかいないから…」本当に怒りなどない。ただあるのは虚無感だけ──なぜ自分だけを除け者にしたのか、なぜ自分には話してくれなかったのか。友人だからこそ、親友だからこそ──。
 弘樹が口を開こうとした瞬間に、財前が顔を拭いながら立ち上がった。手で弘樹を止めるような仕草をする。
「俺が言う。俺に言わせてくれ」涙声の財前。潤んだ目の財前。自分の見たことのない親友の一面。『親友なんて言いながら俺はまだ、財前のことを全く知らない…』
「姉貴は警察に捕まったんだ…」
「え?」
「姉貴は…スーパーで万引きをした」
 万引き──?
「俺の家は親がいないだろ? でも身元引受人がいるって警察に呼ばれて…。俺だけじゃ駄目だ、いや…俺だけじゃ行く勇気がなかったんだ…信じられなくて…。それで岡部に『一緒に来てくれ』って頼んだんだ」
「…」なんて言えばいいのか分からない。万引き? この綺麗な人が?
「姉貴を引き取って…帰り道、ばったり弘樹と会って…」
 弘樹が「ああ」と相槌を入れる。
「それで何とか誤魔化そうとしたんだけど、姉貴が見るからにうろたえててさ…バレバレだったんだろうな。弘樹が『どうかしたか?』って。俺、そこで何故か泣いちまった。しかも俺が泣いてるのみて、姉貴が『ごめんね、ごめんね』って言うんだ。みっともねえ…」
 財前の話していく内容が痛く、辛い。万引きは窃盗罪だということを思い出す。『窃盗』という言葉が重く、心を締め付ける。
「警察にしょっ引かれる所を近所の人らに見られたし、確実に噂は広まる。姉貴はそれが嫌だ、表を歩けないとか言い出して…。俺が『自分のせいだろ!』って怒鳴ったら、弘樹が『噂は七十五日もすれば消える…それまで隠れてればいい』って言い出したんだ」財前は鼻をすする。
「それでこの家に?」
「ああ、爺ちゃんの家の掃除の帰りだったから、いいんじゃないかって思った」弘樹は自分で言った後に苦笑する。「爺ちゃんが死んで望美も寂しがってたし…な?」
「う、うん」望美は千穂の方を向き、「千穂さん優しいし、お姉ちゃんが出来たみたいだなあ、って」
 ふいに、それまで無表情だった千穂が顔を赤らめた。それを見て望美が嬉しそうに口元を緩めた。
「望美…学校行かないのか? 『望美』として…」
「行きたくない…いまのままでいい」顔一杯に嬉しさと悲しみが混ざった微妙な色を浮かべる。
 望美の靴箱には上履が入っていなかった事を思い出す。学校に行っていなくても上履はあるはずだが…それがなく靴箱は空だった──。
 不登校の理由──。なんとなく分かっていたが口にはしなかった。
「林田、ごめんな」
 すっかり泣き止んだ財前が、はっきりと真っ直ぐ目を合わせて言った。
「俺はお前を騙してた」
「そうかもな」わざと意地悪く思ってもいない言葉を返す。
「お前は俺に隠し事をしなかったのに」
「そうだな。お前は親友だから」
「俺はお前のことを親友だと思う資格がない」
「おいおい。資格なんていらねえだろ!」財前の真剣な口調に思わず噴出す。「片方だけが思ってるだけじゃ親友じゃないだろ? お前が俺のことを親友だって思ってくれればそれで親友だろ?」
「……ああ…」財前が再び、目に涙を溜める。涙ははっきりとは見えなかったが、嗚咽する声は漏れていた。
「俺たちは親友だ。もちろん弘樹も。望美だって、俺とはもう友達だろ? 引きこもりだとそんなこと関係ないし」
 弘樹が屈託のない笑顔を浮かべる。望美はいつかの日のように『そうですよ』と、何度も泣きながら呟く。それが少しだけ図々しく思え可笑い。
 あの日の涙は演技ではなかった──。望美は千穂のことを思い、本気で泣いていた。
 多分、財前も───。
「あっ!」そうか。『窃盗』という罪が、心を痛く締め付けた理由が分かった。そうだ、全てあれから始まった。
 窓に向かい、躊躇せずにカーテンを開けた。眩しい太陽の光が部屋に射し込む。三人の男女の顔がくっきりと見える。一人の女性だけが光を避けるように俯いている。
「千穂さん」ベッドに腰掛けた千穂の前に立つ。
 大きく息を吸い、叫ぶ。「俺! 千穂さんのパンティを盗みました! ごめんなさい!」
 弘樹と望美が呆気に取られたように、ぽかんと口を開けたまま時が静止する。財前は「あっちゃー」と、大袈裟に頭を抱え、涙目で苦笑した。
 そして、一人の女性は───。
「パンツ泥棒の俺に比べたら万引きなんて! 俺なんて変態ですから!」
自分で言っていて虚しくなる。しかし、虚しくても言いたい事がある。
「だから千穂さん…帰ってあげてください。財前は今、一人で家にいるんです。二人は家族でしょ?」
 千穂がはっとした顔をした。財前が小声で名前を呼ぶ。
「俺は…」
「…林田くん…ありがとう……」千穂がそれまで頑なにつぐんでいた口を開いた。「ありがとう…」
 その言葉を聞いて、隣に座る涙脆い望美が今日一番の声をあげ泣き喚く。弘樹が「やれやれ」と駆け寄り、頭を撫でた。
「林田!」斉藤がにやにやとしながら鞄をごそごそと漁り、何かを取り出した。「ほらよ!」
 綺麗な、スナップの利いたモーションで投げられた黒い物体。間違ってもボールではない。手に取ると、即座にそれが何であるか理解した。この感触! ほのかに懐かしい感じがする。
「パンティ!」人の目を忘れ、うおお! と、頬ずりしていると頭をこつんと軽く殴られた。「痛っ!」
 顔をあげると千穂が熟した林檎のように顔を赤らめ、「だめ!」と言い、黒のレースのパンティを奪った。
「ああっ! 俺のパンティ!」まるで恋人との仲を引き裂かれた王子のように切なく叫ぶ。
 四人がそれぞれの声色で、
「お前のじゃねえ!」
「私の!」
「は、林田先輩…!」
「林田……やりすぎ」
 笑顔、照れ、焦り、呆れ。バラバラの表情で、同時にツッコミを入れた。
 四人の表情を眺めていると、不意に財前のあの・・言葉を思い出した。
『お前は変態の前に、一人の人間だろ。幸せになっちゃいけない人間なんていないだろ』
 そうだ。幸せになっちゃいけない人間なんていない。万引き犯だろうが、引きこもりだろうが、変態だろうが…元を辿れば全員、人間だ。幸せになっていいはずだ。
 反省すればいい、前向きになればいい───あれ? 変態はどうすればいい?
 頭を捻っていると「林田!」と、財前の今まで泣いていたことが全て演技うそだったような晴れ晴れとした呼び声が聞こえた。

 とりあえず、出来ることから始めようと思い───笑った。


―終―


最後まで読んで頂き有難うございました。
何とか終わらせることが出来ました。これで林田たちの話は終わりです。

反省すべき点が多い。特に話によって文体がバラバラで誰視点なのか分からない所。
世間的には長編と呼べない短さですが、自身初の長編なので辛かったです。とにかく辛かった。正直、短編(気分はもう短編集)だけを更新したかった…。
でも「逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ」と、思い亀にも鼻で笑われそうなペースで書き続け、何とか完結。
達成感があったのも事実。
またいつか長編を書きたいな、と思います。

ブログ:http://ugai124.blog40.fc2.com/
更新情報やグダグダな駄文はこちらにあります。
宜しければ一度遊びにきてください。

最後にもう一度。
本当に有難うございました。
感想頂けたら嬉しいです。






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