変態だよ!林田くん!(1/12)PDFで表示縦書き表示RDF


「変態」は登場しますが、18禁な内容ではありませんのでよろしくお願いします。
変態だよ!林田くん!
作:高橋うがい!!



第一変態「変態だよ!林田くん!」


 なぜ自分はこの寒い中、必死になって走っているのだろう。バッグを取られたあの素っ頓狂な顔をした婆さんは、自分とは何の縁もゆかりもない人のはずだ。
 林田は、真っ黒なパーカーを着た男を追いかけている。なぜならその漆黒の上着を着た男が、婆さんからバッグを引ったくる現場に、たまたま居合わせてしまったからだ。林田の赤いジャンパーの右ポケットには、女性物の下着、つまりはパンティが入っている。名前も知らない女性宅に侵入し盗んだパンティだ。盗みを働き、足早に帰宅途中、引ったくり現場に居合わせたというわけだ。
 つまり、犯罪者が犯罪者を、追いかけているのである。「待てー!」などという正義心に溢れた言葉を大声で発しながら、走っている。
 犯人が右に曲がれば、林田も右に曲がる。犯人が体勢を崩しながら左折すれば、林田も体勢を崩しながら左折した。
 犯人の背格好は中肉中背といった感じであるのに対して、林田は現役の高校生である。しかも学校では、陸上部に所属しており、放課後は毎日、五キロのランニングと筋力アップのトレーニングを欠かさずやっている。林田はスポーツマンであり、変態であった。
 「時間の問題だな」と高をくくっていたが、距離はさほど縮まらずにいた。
 突如、背後から兵隊の行進のような、大きな踵を鳴らす音が聞こえてきた。後ろを振り返る。そこには林田の正義感に溢れる「待てー!」という言葉に影響を受け作られたのであろう、多くの義勇兵たちの姿があった。
 「引ったくり犯を捕まえろ」「街の皆で協力するんだ」そんな活気ある声が、射られた矢のように飛び交い、次々と鼓膜に突き刺さる。街の人たちの顔を見るとまるで、自分が追いかけられているような焦燥を感じた。
 「馬鹿だ、俺だって下着を盗んだじゃないか」焦りは強くなっていくが、脚は動くのをやめようとしない。脚が勝手に、犯人の背中を追いかけていく。第一、先頭に居る自分が突如、道から掃けていくのはおかしい。焦りは額に汗として現れた。
 何十回目かの、マンネリした左折をした瞬間だった。引ったくり犯が転倒した。

 「この野郎!」林田はすぐさま引ったくり犯に近づき、手首を捻り上げ、後から来た義勇兵たちに身柄を渡した。
 引ったくり犯は納得のいかない顔をしながら「何なんだよ、この街は!」などと喚き散らしている。無様だ、と余裕ある顔をしながら思ったが、はっとする。自分の立場を思い出した。「逃げなければ」
 素知らぬ顔をしながら、口を鳴らすことの出来ない口笛を吹く形をしながら、その場を去ろうとした。
 「ちょっと待つんだ、君」手首を捕まれた瞬間、ぞっとした。服の中に氷を入れられたような、冷ややかな恐怖だった。「やっぱりバレてたんだ」
 「当たり前だ」林田の手首を掴んだ、黒縁の眼鏡をかけた男は続けてこう言った。「君がこの犯人を追い詰めたんだろう?」すごいもんだ。中学生、それとも高校生かな、と質問を早口で並べ立てた。
 安堵感が、頭上に雷のように降りてきた。やがてそれは脚に伝い、つま先から地面へと通り抜けていく。同時にそれは、林田が生まれてはじめて体験する「腰が折れる」という現象だった。

 林田は気付くと市役所に居た。歩いてきたのか、誰かの車できたのかは分からないが、気が付くと市長に表彰されていた。
「…太宰高校二年林田俊吾殿」市長が言い切ったという悦に浸るような表情を見せた後、市長室が拍手によって少しだけ揺れた。
 拍手に包まれながら、林田は思った。「捕まえる方で良かった」と。

 帰宅するやいなや、「ただいま」も言わず、リビングに走り、テレビの電源を入れた。素早くリモコンで、ニュースを放送しているチャンネルに変える。「連続引ったくり犯ついに逮捕!高校生お手柄!」というテロップが流れた。これだ。
「本日、午前十一時頃」地元テレビ局の女性アナウンサーは淡々と、事件の詳細をお茶の間に向け、公共の電波にのせる。
「たまたま、その場に居合わせた高校生が捕まえました」林田は小さくガッツポーズをした。そして、画面には市長から感謝状を受け取る自分の姿が映り、再びガッツポーズをした。
 画面が、最所に観たテロップが流れるスタジオに変わった。それまで、我こそがお茶の間代表というような顔をしながら、頷くだけだった、画面左に映っている男性アナウンサーが、口を開く。
「なお、犯人は中学、高校と陸上部に所属しており、体力には自信があったそうです」それを聞いた瞬間、林田は本日二度目の、そして人生二度目の「腰が折れる」という現象に合った。
 画面の中の女性アナウンサーは、うな垂れる林田に気付くはずもなく「部活で得たものを、悪用するのは許せませんね」と、まるで道端に痰を吐き捨てるかのように嫌悪感を露にした。それは自分に対して言われたようだった。

 変態には二つの意味がある。自分のような女性の下着を盗む悪党を言い表す「変態」と、幼虫がさなぎになり、立派な成虫という姿になる「変態」
 市長室で感謝状を貰ったときから「自分は下着ドロから街の英雄に変態したのだ」と勘違いしていた。違う。前者だった。ただの「変態」だった。
「これじゃ不完全変態だ」そう呟きながら自分のベッドに倒れこんだ。その瞬間、ジャンパーに違和感を覚える。
「そうだった、そうだった」右ポケットに手を入れると女性物の下着、つまりパンティが、更に詳しく説明すると、黒のレースのパンティが出てきた。それを無表情で眺める。「完全になるか」
 右手に持ったパンティを顔に近づける。洗濯剤の匂いがする。「これ柔軟剤つかってるだろ」と、顔も知らない持ち主の女性にへらへらと笑みを浮かべながら詰め寄りたくなる。
 洗濯剤の匂い以外は感じない。だが、それがたまらない。嗅覚では感じ取れないものがそこにはあるのだ。
 パンティを左手に持ち替え、右手をベッド脇にあるボックスティッシュに伸ばした。
「今度こそ変態してやる」林田の息は大いに荒れ、こぼれる吐息だけが部屋に響いた。


―──続く。


はじめまして、著者の高橋うがいです。
読んで頂きありがとうございました。
残念なお知らせです。まだ続いてしまいます。過度の期待をせずに続きをお待ちくださると嬉しい限り。
ちなみに僕と林田くんは、島本和彦先生と炎尾燃先生ぐらいの関係であります。
ではでは、次回。






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