これが四話、こいつ、何者!?
学園生活二日目、期待と不安を胸にいざ学び舎へと行かん!
とまぁ、気合を入れてみたんだけれど、やっぱだるいわ。おおよそ三週間ぐらい休みがあったんだもん。それを急に学校のリズムに合わせろって言われたって無理な話よ。別に半日で学校が終わるってなら話は別だけど。
現在の時刻、七時四十分。八時四十分を過ぎて教室に入ったら遅刻になるらしいから、少し余裕をもって家を出た訳だけど、ちょっと早すぎたわ。
学園の校門前で一人、肩を落とす私の姿を見られなくて良かったわ。朝からそんな恥ずかしい思いはしたくないからね。
教室に入り込み、時計と睨めっこして時間が過ぎ去るのを待つ。教室の中には他にも数人居たんだけど、それぞれグループを作って楽しそうにおしゃべりをしていて、羨ましい事この上ないわ。いや、私、友達が居ない訳じゃないのよ?
……そういえば今は友達居ないわ。
というかずるいわよ、エスカレーター組! あんた達も私と同じ条件でゼロから始めなさいよ、親友と呼べる友達との仲をリセットして真っ白な状態から始めてよ!?
「はよー、葵」
だ、誰!? 私の名前を覚えていてくれて、なおかつフレンドリーに朝の挨拶をしてくれるのは!
「んー結構人揃ってるかなって思っていたけど、案外少ないねぇ」
一番遅刻してきそうな人物が、案外早く来た。
「おぉ、お黙り、おはよう!」
「なんか今、変換ミスと変な濁点付けてアタシの名前呼ばなかった? アタシは小田茉莉って昨日も紹介したじゃん?」
私の机の上に鞄を置いて、前の人の椅子を借りて談笑を始める。
「でさー、ウチの地元じゃ……」
お互いに地方から出てきた身で、こっちの事は全く知らないから自然と会話の内容が地元の話になる。一見知らない土地の話を聞いて、何が面白いのかと疑問を持つ人は居ると思うけど、案外面白いのよ。これは口じゃ説明できないわね、考えるな、感じろ。
「へぇー冬になるとそんな食べ物が出るんだーちょっと気になるわねぇ」
「でしょでしょ、今度機会があったら買ってくるよ。楽しみにしててよ、葵……って、もう四十分なるじゃん!? そろそろHR始まるから、自分の席に戻るねー」
小田 茉莉が席をぶん取っていたおかげで、本当のこの席の主人は友達のグループに加わり、席が空くまで談笑を行っていた。
「ごめんね、馬田さん。今度からちょっと気をつけるわ」
「えー、気にしなくていいよぅー」
ささやかな交流を行いつつも、HRが始まるのを待つことにする。
流石に初日に遅刻者は居ないだろうって思ってたんだけど、教室の中の四十ある席で人が座ってるのは二十満たない。
「馬田さん、今日って雪とか台風じゃないわよね?」
「えぇー、何言ってるの? この天気で雪とか台風って言ってたら、本物が来た時どーするのよぅ」
私の質問をギャグだと思った馬田さんはおいでおいでをするように手を振った。その素振り、馬田さんはシルバーレディソウルを持ってるわ……。
「って、あぁ、三葉さん高等部からの入学だったから知らないのね。ほら、寮と学校ってメッチャクチャ近いじゃない? だから、予鈴を目覚まし代わりにして、五分で支度、五分で教室に駆けて来るって言う朝からハードな生活をしている人達が、今此処に居ない人たちよ。あと二分ぐらいすれば続々やってくるから、風邪とかで学級閉鎖か!? なんていう甘い期待は捨てたほうが良いわね」
「へぇー。寮ってそんな近くにあるんだ」
まだ学園の構造を把握したわけじゃないから、何処に音楽室があるのかってのもイマイチ自信が無い。
「え、三葉さんは寮から通ってるんじゃないの?」
「私は学園の近くに親戚が居て、其処から通ってるけど……それに寮費高くて」
「あはは、確かにそれ言えるねぇー私も家から電車とかバス使って通ってるんだけど、寮費より定期代の方が安いのよー」
確か寮費は食費光熱費込みで二万円ぐらいだったと思う。それから部屋の広さとかでまた少し上乗せされるのよね。二万円なら考えても良かったんだけど、今現在入居できる部屋は三万円から。
月三万円なら一年で三十六万。三年間で百万。そう考えると遠慮したいところだわ。
「お、民族の大移動が始まったみたいね」
馬田さんがそう言うと、教室内にバタバタと生徒がなだれ込んで来る。寝癖で髪が跳ねている人も居れば、バッチリ整髪料で髪を決めてきた人も居る。
教室の黒板の上にある室内時計が八時四十分を指す頃には二つの席を除き、全て埋まっていた。
「早速二人ほど欠席者か遅刻者が出たわね、これで明日からは気持ちを緩められるわ」
主の居ない空席を眺めてぽつりと呟くと、馬田さんが内緒話をするかのように声のボリュームを落として言う。
「あぁ、あの席の人達は基本的学校来ないわ、中等部のときからそうだったし」
「えぇ、登校拒否!?」
地元の中学では、ヤンキーな生徒がよく学校をサボってたけど、イジメで登校拒否になった人は、私の知るところでは居なかった。
「違う違う。あの席の人たちは私たちとは違うのよ。とってもラッキーなシード席で生まれてきた人だから」
「え、IQ200オーバーとかのテレビに出てきそうな天才児? そして頭は良いけど、やる事が過激だと見たわ」
「それどんなオッドアイの中学生よ? 私はドラマから入ったけど、三葉ちゃんはどっち?」
「私は漫画かなー。知り合いに漫画をかなり持ってる人が居たから、それで」
とっても凄い、そして強運を味方に付けた教師の漫画で盛り上がりつつも、私は答えを聞いた。
「あの人らはこの学園のスポンサー企業の娘さんらね、言い方悪いけど、この子等はテストで百点取っても、卒業も進路は決まってるし、それに学校で勉強するより、有名大学卒業の家庭教師らが勉強見てるらしいから、気が向いた時に学校に来る程度で良いらしいのよ」
なんと、そんな私らの手の届かない人間が二人も、同じクラスに居たわけね。
「まー学校に来なくて良いのはうらやましいけど、立場を変わりたいとは思わないわねー」
「え、なんで三葉さん。お金持ちよ? 変わりたくならない?」
「いやーだってさ、私らは休日や、学校終われば気軽にテレビゲームやカラオケとか行ったりなんかして遊べるわけだけど、そういう人って、家に帰ってもやれ作法だー、やれお食事会だーって面倒そうじゃん?」
馬田さんはそれもそうだね、と納得したように手を叩く。
結構長い時間話していたのか、時計の針は八時五十六分を刺していた。
野田太郎遅いわね、他の先生ならとっくにこの教室の前を通って各教室に入って行ったって言うのに。まぁ、なんで遅れているかは予想できるけど。一つは職員室でコーヒーや煙草を吸っている。もう一つは教頭や学園主任とかに怒られているってとこかしらね。
そんな予想をしていると、朝のHR時間残り三分で野田太郎が入って来た。
「よーし貴様ら、三分で終わらせるぞ。出席を取る、よし、全員出席。次は連絡事項だ、実力テストが行われる。以上だ、貴様らさっさと荷物を廊下に出すかロッカーに仕舞え、ぐずぐずするな」
ちょっと待って、待って!? 一つの台詞にツッコミどころを沢山用意しないで!
えっと、まず……ちゃんと生徒の出席とりなさいよ!? 明らかに二人足りないじゃない!? で、テストなんて聞いてないけど、これは薄々そんなのがありそうだとは思ってたからどうでも良いけど。そして最後に、自分が遅れて入って来たのに、なんで私たちの行動が遅いような事を言われなきゃいけないのよ!?
「よーし、カンニングペーパーの準備は出来たか? まぁ、今回のは教材を使ったテストだから、カンペを用意できないだろうが。テストは始める前に二、三注意を言っておく」
テスト用紙を配る野田太郎の手付きには無駄が無く、過去ああやって、何人有名な大先生が集まったかってのを数えてたに違いない。
「まず、テストの問題で理解が出来なかったら俺に聞くな、諦めるか、意地になって自分で考えろ。すぐ人に聞くような人間は、自分で考える。という力がつかないぞ」
ちょっと、いきなり!? 良い事言ってるようだけど、実際内容は教師失格よ!?
「次に、カンニングをするならばれないようにやれ。机の上や消しゴムに書くなんて、ありきたりな事をする奴は容赦なく、カンニングで生徒指導に報告する。だが、俺を唸らせるような斬新なカンニングを行う兵が居たら、それを評価し、黙殺してやろう」
えぇー、それカンニング公認!?
「よし、テスト開始!」
野田太郎の突っ込みどころ満載な前置きが終わり、無言状態となった教室に文字を書く音だけが響き渡る。
私も回答を始めて気がついたんだけど、この教材の実力テスト、やったことあるわ。
入試勉強の時に配られたプリントと全く内容が同じだわ。
ちょっと、マジでラッキーじゃないの。これならもう答えを暗記しているって言っても良いわ。ちょっと時間は経ってるけど、全く忘れたわけじゃない、満点は無理だけど、七割八割は点数を取れるわ!
えっと、五月雨はごがつあめじゃなくって、さみだれっと。あぁ、やっぱ人の一時的な記憶力って馬鹿に出来ないわね。
三十分程度で全ての回答を終える。
流石に斜め四十五度近くを向いて、問題を解いてると首が痛くなるわね。
さて、これからどうしようかしら?
・寝る。
・適当に見渡せる範囲で人間観察。
・邪神を召喚する。
ちょっと待って、何このアドベンチャーゲームの選択肢は!? まぁ、出ちゃったからにはちゃんと選ばなきゃね。制限時間かなんかあって、不本意な選択肢を自動で選ばれちゃったら悲惨だわ。
とりあえず、寝てヨダレ垂らしちゃったらかっこ悪いし、一時限目から寝ちゃってたら後に響きそうだわ。この選択肢はやめておこう。
人間観察。あんまりしすぎるとカンニングと間違われそうで怖いわね。
よし、一丁召喚しますか。って、そんなノリになるわけ無いじゃない、馬鹿ッ!というかどうやって召喚するのよ!? ポックリさん? ポックリさん、ポックリさん、御出で下さい。貴方の今の状態は何でしょうか?『ぽ・っ・く・り』もう死んじゃってるよ! って、ギャグかよ!? どう、これで気が済んだ?
さて、ろくな選択肢が無いわね。寝ると人間観察か。勿論召喚は即除外よ。やっぱ知らない人の多いこのクラスで、寝て時間を無駄にするよりも、時間を有効活用しよう。
よーし、今から人間観察始めるわ。まずは前の席の馬田さん。うん、一生懸命頑張ってるわね。私も応援するから頑張って! 次はお黙り! こと、小田 茉莉ね。あら、なんか熱心にペン回しの新たな技を開発しようとしてらっしゃる。応援はするわ。テレビに出られるぐらいテクニックを磨いたら私を弟子にしてね。よし、野田太郎は……瞑想してるわね。というかカンニングし放題じゃないの、今?
……やっばいわ、やる事が無くなったわ。人間観察は背中しか見えない状況でするもんじゃないわね。
チラリと視界の隅に誰も居ない席がある。
あれ前の席って、最初見たときは誰か男子生徒が座ってたわよね。トイレに行くにしろ野田太郎に一声かけなきゃいけないし、誰かが出て行った記憶もないし。
考えても仕方の無いことだったので時計を確認すると、残り時間はあと十五分。この時間が長いのよね。
……教室の入り口近くに『何か』居る!?
壁なんかと一体化して見張りの目をごまかす忍者のように、教室の入り口の上の天井に何か居る!?
ちょっと待って、おかしい、格好がおかしい!
教室の壁に張り付いていた、明らかに変な奴の格好は、やっぱり変!
全身タイツのような、いや、ボディースパッツを纏ったような体のラインをスラリと出したその格好。そして顔を隠すようにマスクをしているその姿は、間違いなく……蜘蛛男もどき!?
その蜘蛛男もどきが私の視線に気がついたのか、私の方を向く。いや、こっち見んな!?
「ぶっ……」
思わず声を上げて笑いそうになったのを、必死に堪える。
蜘蛛男もどきのマスクは、確かに映画で見た『それ』そのものなんだけど、目から一センチほど下の部分から綺麗に露出している。その姿を例えるなら、仮面男、もしくはパイを投げるパイ男のようだ。猿轡は無いけどね。
凄く、その存在を誰かに教えたいわ!
天井に張り付いた男は、小型の双眼鏡で、睡眠学習に入った頭の良さそうな男子の回答を見て、腕に書いている。
蜘蛛男はトランス状態に入ってるのか、定期的に口をパクパクさせ、声を出さず何かを言っているようだ。
『ス・パ・イ・ダ……ス・パ・イ・ダ……ス・パ・イ・ダ……ゾ・ル・ゲ』
蜘蛛とスパイを掛けてるの!? 第二次世界大戦で活躍したスパイを!?
もう、なんで、こんな面白い状況なのに、熱心にペン回しをしているの、茉莉!
今からモールス信号を送るわ!
『ト・ラ・ト・ラ・ト・ラ』
蜘蛛男の口パクの内容が変わる。
って、アンタに送ったんじゃないわよ!? というか、モールス信号なんて私は知らないわよ!? それにそれはモールス信号じゃないと思うの!
野田、野田太郎! 白昼堂々カンニングが行われてます、今こそひっとらえるべきです!
期待を込めた視線で瞑想をしていた野田太郎を見ると……。
「くっ……くっ……く……」
蜘蛛男を見て、必死に声を押し殺して野田太郎が笑ってるー!? というか見ているんならカンニングで捕まえなさいよ!?
一人で声を殺して笑う野田太郎は、何も知らない生徒から見たら奇妙極まりない存在だろう。
蜘蛛男は任務を遂行したのか、自分の席に戻って、いつの間にかその怪しげな格好から制服姿に戻っている。
その男の周辺の席では呆れた表情や、いつもの事で慣れきったのか、優雅に親指を立ててその男を迎え入れる生徒の姿が見える。
流石高校ね、並みの中学校じゃ絶対見られない光景を見ることが出来たわ。
本来もっと考えるべきだろうけど、私の遺伝子が危険信号を発していたので、深く考えないことにした。
最後に言わせて……ありえないでしょ!? |