調査用紙
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本当は幼稚園に娘を迎えに行かなければならないにも関わらず、私はその男の話を最後まで聞いてしまった。
その男はセールスマンというよりは、フリーター風のお兄さんという風貌だった。
「ちょっと、そこのお姉さん」
私は、お姉さんと呼ばれたのに反応して立ち止まってしまった。
結婚してからはナンパなどされた事は無かったので、期待はしていなかった。
「今、少し時間ある?」
「はい、少しだけなら…」
私はつい返事をしてしまった。
「お手間は取らせません、もちろん時間もそんなにかかりませんから」
時間という単語を耳にして
「しまった」
と思ったが返事をしてしまった手前、話を聞かない訳にはいかなかった。
「お姉さん、習い事とかに通ってます?」
「ええ、お料理教室と英会話に通ってます。」
若者があまりにも目を見て話すので真剣に答えてしまう
「月謝とか高いんじゃないですか? 」
「まぁ、それなりに……」
身知らぬ人間に、こんなことを話すのは変だが、確かに月謝は割高だと思っていた。
「そのお金で、アフガンとコンゴの子供達に食料を支援してみませんか? 」
「募金活動か何かですか? 」
「いえ、募金ではないです」
募金ではない、と言われて私は、既に興味深く話を聞く体勢になっていた。
「実は僕、ある大学の社会学部の学生なんですよ。
「まぁ、学生さんなの?」
言われてみると、この風貌は学生に見える気がする。
「実は、簡単なアンケート用紙に答えてもらいたいんです」
「いったい何のアンケートなんですか? 」
「街の人達の社会や世界に対する関心の度合いを調査しているんです」
「そういうことだったのね」
「ついでに、このアンケート用紙を実際に買ってもらって、パレスチナの子供達の食料支援に当てようという取り組みなんです」
「良くできたシステムねぇ」
「社会に対する関心を調査するだけでなく、本当に子供達を救えるんですよ」
私は、社会といってもワイドショーぐらいしか見ないのであまり深くは知らない。
「素晴らしいアイディアね。実際に社会の為に活動している学生さん達がいるなんて感動したわ」
私は、少し大袈裟に反応してみせた。
「良かったら、近所のお友達にも買ってもらえるように協力してくれませんか? 」
「いいわよ、私で良ければ社会の為にお手伝いするわ」
日は傾き始めていて、娘が待っている事を思い出した。
「ありがとうございます。一枚三百円なんで、五十枚くらいでいいですよね」
「それぐらいなら、配れそうね」
五十枚なら、なんとかなるだろうと思い、私は一万五千円を彼に渡した。
「あら、もうこんな時間なのね。急いで幼稚園に行かなきゃ」
「高級和紙なんで、気を付けてくださいね」
「ご協力ありがとうございます」
私は、アンケート用紙を無くさないように丁寧にカバンに入れて娘を迎えに行った。
そして、私の手元には一枚三百円もする紙切れが五十枚残った。
紙の質も悪くはなかったが、メモ用紙以外の使い道を私は今だに思い付けない。