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遠い世界の祭りごと

作者:真浦塚真也
 「くそ、なぜなんだ。」
 いくら考えても答えなんかは出ない。そんなことは分かっている。だが、考えることを止めるわけにはいかない。これはそれ以上に理解している。
 「どうしてだよ…。」
 また俺の口から落胆の声がこぼれる。
 このままじゃ、課長に何を言われるか分からない。いや、何も言われないで、チーフ交代。いや、そんな生温いもんじゃなくて、俺の肩をポンッと優しく叩いて、あのタバコのヤニ臭い、不精髭が生えた、黄ばんだ歯が並んだあの口から、ゆっくりと、しっかりと、感情を感じさせない冷たい声で…。
「お前なんかクビだ。」
 「ひぃ!」
 情けない声を出して、椅子から飛び上がって、肩に置かれた手をもがく様にして払い落とした俺は、すぐさま振り向いて声の主を探した。
 「なんだよ、安藤ちゃん。そんなにびっくりしちゃってさ。」
 声を掛けてきた方もびっくりしたのだろう。山田はぽかんと俺を見つめていた。
 「なんだ、山田か。驚かせるなよ。」
 「あれぇ、安藤ちゃん。もしかして今回のことまだ気にしてるのぉ?」
 ヘラヘラ笑いながら、山田は席に腰掛けた。
 「そりゃあ、気にするだろ。このプロジェクトは俺達が担当なんだから。」
 俺も席に座り直した。
 「そんなこと気にしたってしょうがないじゃんか。課長には『私たちも精一杯努力したんですが、力が及びませんでした。申し訳ありませんでした。』って謝っておけばいいじゃんかよ。安藤ちゃんは昔っから気にしすぎなんだよ。」
 そう言うと、山田はタバコを口にくわえた。だが、『会議室は禁煙だぞ』という俺の視線に気が付いたのか、山田は舌打ち混じりにタバコをごみ箱に投げ入れた。
 「もぉー。安藤ちゃん、真面目すぎるって。ちょっとは肩の力を抜いたら。」
 山田はそう言うと、エアコンのスイッチを操作した。
 「おい。二人だけなんだから、エアコンを付けるなよ。経費の無駄だろ。」
 そう言うと、山田は苦笑いを浮かべて、
 「はい、安藤チーフリーダー。かしこまりましたぁ。」
 と、敬礼ポーズをしてエアコンのスイッチを操作した。
 まったく。だから、山田は山田なんだ。
 俺と同期入社なはずなのに今だに平社員で、今まで課長から大きな仕事を任されたこともなくて、いつもいいかげんで、遅刻は日常茶飯事で、そのくせ有給休暇は毎年きちっと全部使って、残業なんかしたこともなくて、ヘビースモーカーで、酒好きで、どうしようもないくせに世渡り上手で、課長に気に入られて、後輩とよく飲みに行って、女性社員からはバレンタインデーにはチョコレートなんかもらっちゃって、美人な奥さんとはラブラブでこの間はハワイに行ったとか言っていたし…。
 「安藤ちゃん。ねぇ、安藤ちゃん。」
 「もう!安藤ちゃんって呼ぶなって!」
 自分でもびっくりするくらい大きな声が出た。
 「何怒ってるのさ、安藤ちゃん。もう10年近く呼んでるんだよ。今更『ちゃん』はやめてくれってさ…。」
 「…いいよ、じゃあ。いきなり大きな声出して悪かったよ。」
  「いいんだよ、安藤ちゃん。分かってくれれば。」
 だめだ。山田と話しているとこっちのペースがおかしくなる。昔からそうだ。山田と話していると、なぜか結論的に俺が悪いことになってしまう。それは、チーフと部下という関係になっても変わることはないらしい。
 「そんなことより安藤ちゃん。」
 山田は思い出し笑いのような顔をして俺を見た。
 「な、なんだよ。」
 「さっき、俺がエアコンを点けようとしたとき、安藤ちゃん、『二人だけなんだから、エアコン点けるなよ。』って言わなかったっけ?」
 「言ったよ。そりゃそうだろ。二人だけでエアコンなんか使ったら、どれだけ無駄なことか。タダじゃないんだからな。」
 俺は呆れて言い返した。まったく、山田はどこまでいっても山田のままだ。
 「そうか。二人だけか。そうかそうか。」
 俺の呆れた様子はまるで無視で、山田は満足気に頷きだした。
 「な、なんだよ。言いたいことがあるならスラッと言えよ。」
 俺がそう言うと山田は俺の顔を覗くように前かがみになった。よほど面白いのだろう、顔からはもう笑みがこぼれている。
 「安藤ちゃん。あのさぁ…。この部屋には、他に3人いるよ。」
 「えっ?」
 一瞬、意味が分からなかった。だが、山田の言葉を理解した途端、背筋がゾクゾクッとするほどの寒気がした。
 俺と山田の他に3人いる?いやいや。そんなはずがない。居るとするならば、なぜ俺は気付かなかった?いや、気付くはずだ。俺は扉から一番近くに座っているのだから。
 俺はゆっくりと部屋を見直した。
 「ひぃっ!」
 確かにいる。3人居るのだ。俺と山田の他に、眼鏡を掛けた色白男と、栗色の長い髪にパーマをかけた女と、真っ黒に日焼けした顎髭男が、長テーブルの奥の方、ちょうど俺と山田が座っている対岸に固まって座っているのだ。
 「い、いつからそこに居た。」
 俺がそう聞くと、顎髭男はキョトンとした顔をして、
 「いや、安藤さんが来る前から僕らはいましたよ。」
 と言ってきた。
 「そうですよぉ。でも、安藤チーフ、会議室入ってきた時から様子がおかしかったんですもん。一人でずっと『なぜなんだ。』、『どうしてだ。』ってブツブツ言ってて。結局あいさつできませんでしたぁ。マジ、不気味でしたよぉ。」
 顎髭男の話に栗色パーマ女もそう言ってうなずいた。
 「でも、本当に大丈夫ですか。もし疲れているようでしたら、少し横になったほうが。」
 色白眼鏡男は心配そうに俺の顔を覗き込んだ。
 「え?えっ?」
 何がなんだか分からなくなってしまった。
 なぜこいつらは俺のことを知っているんだ。というより、こいつらは一体誰なんだ。
 俺は助けを求めるように、山田に顔を向けた。
 「だから、そういうことなんだって。」
 山田は真面目な顔でそう言った。
 ますます意味が分からない。そういうこと?そういうことってどういうことだ。
 俺の苦悩する顔にもう堪えることができなかったのだろう。山田は俺の顔をまじまじと見つめ、大きな声で笑いだした。
 「アハハッ。安藤ちゃん、なにテンパってるのさ。よく見てみろよ。いつも見ている奴らじゃんか。」
 「えっ?」
 山田が言った意味が分からず、俺はもう一度奴らに視線を合わした。
 顎髭男と栗色パーマ女、そして色白眼鏡男…。顎髭、パーマ、眼鏡…。小麦色、栗色、色白…。男、女、男…。山口、斎藤、鈴木…。ん?山口、斎藤、鈴木?あっ!
 「山口、斎藤、鈴木!」
 思わず叫んでしまった。俺に叫ばれた、山口と斎藤と鈴木はどうしていいのか分からず、3人で顔を見合わして苦笑いを浮かべていた。
 「アハハッ。今頃気付いたの安藤ちゃん。だめだよ、部下を忘れちゃあ。」
 山田は一人で腹を抱えて笑っている。
 「ごめん。忘れていたわけじゃないんだけど。」
 「いや、気にしないでください。安藤さんは疲れているんですよ。」
 俺が詫びを入れると、山口はそう言って許してくれた。
 「そうそう、安藤ちゃんは疲れているんだって。それにこいつらは影が薄いんだよ。だから、気付かなくて当然、当然。」
 「えー。それってちょっとひどくないですかぁー。私傷つきましたよぉ。」
 山田の冗談に斎藤は笑って答えた。多分、林の『すいません。』という遠慮がちな声の謝罪は隣の山口と俺にしか聞こえなかったのだろう、山口と俺は視線が合うとそっと肩を動かして苦笑いを交換した。
 「さてと。じゃあ、そろそろ始めましょうか。早く終わらして、安藤ちゃんのおねんねタイムを取ってあげなくちゃね。」
 山田がおどけてそう言うと、会議室に初めて皆の笑い声が揃った。
 俺は首をぐるぐると回し、軽く頬を2回叩いた。周りを見ると、皆も各々準備を始めている。やはり会議は緊張する。いつものメンバーであってもそれは変わらない。1つ深呼吸をして、俺は高らかに宣言した。
 「それでは、今から新商品販促会議を始めます!」


 「くそ、なぜなんだ。」
 あの高らかな宣言をして、もう3時間も経過してしまった。普通の会議だったら、もうとっくにお開きの時間で、この後に皆を誘って飲みにでも行くのがセオリーだ。だが、この会議では事がうまく進まない。いや、進みすぎてしまって行き詰ったと言った方が正しい。
 ふと横を見ると、山田は携帯をいじっている。その後ろでは斉藤が、ホワイトボードにアニメのキャラクターを落書きしている。それくらい暇な会議だ。本当はチーフとして山田や斉藤を注意しなければいけないのかもしれない。しかし、3時間という不毛な時間にそんなちっぽけなリーダーシップはもうすっかりと萎えてしまった。
 「なぜなんだ。」
 またどうしようもない困惑が、俺の口から漏れてしまった。
 別に会議のメンバーのレベルが低いってわけでもない。いや、どちらかといえば高い方だ。山口はもうチーフを任せてもいいくらいしっかりしているし、山田はああ見えてやるときはやってくれるし、斎藤はコピーや書記やお茶だしはまぁ物になっている。鈴木は…。なんというか、まぁ。…パソコンが得意だ。そんなメンバーでこの企画だ。それなのに蓋を開ければこの結果だ。
 「うーん。なぜなんだ。」
 どんなに我慢してもこの言葉をつぶやいてしまう。それほど、この企画には自信があったのだ。なのに。それなのに。

 「やっぱり、コマーシャルが失敗しましたかね。」
 突然の発言に、皆が一斉に山口を見た。皆の反応に戸惑ったように山口は苦笑いとも照れ笑いとも取れる笑みを浮かべた。
 「だってそれしか考えられないじゃないですか。うちの会社の商品はお客に長年愛されていますし、今回の新商品だってモニタリングではなかなかの高評価を頂いてましたよ。だったら、後残っているのはPR活動・・・。」
 「ちょ、ちょっと待ってくれよ。」
 俺は山口の発言をあわてて止めた。そんなもの認めるわけにはいかない。
 「確かに、確かに山口の言っている事は分かるよ。うちの製菓はどこにも負けるはずなんかないし、今までだって売り上げは他社を差し置いて業界一位だ。だから、今回のチューインガムだって売り上げが落ちるはずなんてないと思ってた。いや、俺の中では新たな人気商品になる確信があったね。」
 「だったら・・・。」
 「いや、そうだよ。そうなんだけどさ。今回の売り上げの落ち込みがコマーシャルが原因って決め付けるのはどうかと思うぞ。」
 「そうですよぉ。だって今回のコマーシャルで起用したAKIRAと守口知美って、今中高生の間で一番人気の俳優ですよぉ。話題性抜群じゃないですかぁ。絶対売れるはずですって。私だったら即買いですもん。」
 俺と同意見だったのか、斎藤も話に入ってきた。
 「そうだよ、山口くん。それにコマーシャルの続きはWEBで見れるようにしたしさ。そういうのって今流行っているんでしょ。」
 いつもはおとなしい鈴木も話に入ってきた。それほどPR活動には皆力を入れたのだ。
 「そりゃそうですけど・・・。あぁ、もう!じゃあ何が理由なんだ。」
 山口はそう言うと、頭を抱えだして机に伏してしまった。
 山口の気持ちも分からないわけではない。それ程理由の知りえない売り上げの落ち込みなのだ。
 だが、決してコマーシャルが原因ではない。そんなわけあるはずがない。そう願いたい。 あのコマーシャルは、俺たちが最も力を入れたPR活動だった。あのレモン味のチューインガムをうちの会社の目玉商品にする、それだけを考えた企画費度外視の大掛かりなコマーシャルだ。
 まずコマーシャルの出演俳優は、中高生に高い人気があり、尚且つレモン風味の商品の持つさわやかさとマッチした好青年・清楚系ということで、AKIRAと守口知美を抜擢した。
 また、コマーシャルの内容は守口知美がチューインガムを食べた後にAKIRAに告白するという恋愛ものを選択し、告白の結果はWEBにての放送とすることにした。しかも、そのWEBへはチューインガムの包装用紙のQRコードからアクセスする仕組みにした。また、QRコードは全部で5種類あり、それぞれ異なる結末となっているため、全部を見ようとすれば必然的にリピーターとなる仕組みだ。
 姑息かもしれないが、これで売り上げの大幅な増加は期待できるはずだったのだ。 しかし、実際にはそう旨くはいかなかった。最初の1週間は期待通り、いやそれ以上の売り上げだったのだ。皆で抱き合って喜び、山口なんかはボロボロと泣いて『俺、この会社に入ってよかったです。』なんてくさいセリフを吐いちゃって、いつもは酒なんか飲まない鈴木がビール片手に大声で騒いで、各言う俺もこれで昇格できるとほくそ笑んだりした。
 ただ、2週間目から事態は急変した。売れないのだ、本当に。まぁ、所詮チューインガムだからそこまで爆発的な売り上げを記録するというわけではないのだが、新商品にしては、完璧な誤算の売り上げだった。3週間目にはとうとう課長に呼び出される事態にまで陥った。
 ただ、原因は分からない。いや、もしかしたら原因なんてないのかもしれない。ただ、中高生がガムという存在を頭の中からきれいさっぱり忘れただけであって。
 「そんなわけねーよなー。」
 自分でもびっくりするくらい自然と発してしまった。
 「何がですか?」
 山口がこちらを向いて尋ねてきた。明らかに疲れた顔をしている。
 「いや、もしかしたらみんなガムって存在を忘れちゃったのかなぁーって。」
 別に話す内容でもなかったが、なんかそんなことを考えるのも面倒で、正直に打ち明けてしまった。
 「何ですか、それ。」
 鈴木は呆れたような目で俺を睨んできた。一応先輩だぞ、しかもチーフだぞ。そう思ったが、ここは堪えた。
 「いや、悪い。なんでも・・・。」
 「うわ!何だこれ!」
 突然の大きな声に俺の謝罪は打ち消された。声のする方を向いてみると山田が携帯の画面を食い入るように見つめている。
 「何だよ。静かにしろよ。」
 いらいらしていたせいか、ついきつい口調になってしまった。
 「いいから安藤ちゃん、これ見てみろって!なんかすごいことになってるって!」
 山田は興奮した様子で、携帯を差し出してきた。他の皆もいつもと違う山田の様子を不審に思ったのか、俺の後ろに回りこんだ。

 「な、何だこれ。」
 ものすごい。ただ、ものすごい。どこかの掲示板らしいが、見たこともない程のコメントが寄せられている。
 「何だこの掲示板?」
 「いや、暇だったからさ、携帯のサイトをいじくってたんだよ。そしたらこの掲示板に行き着いてさ。」
 俺が尋ねると山田は困ったように頭を掻き出した。
 「安藤さん、これ批評サイトですよ。」
 鈴木が話しに割り込んできた。
 「批評サイト?」
 「えぇ、皆で商品とか観光地とかの評価をするんです。『あの商品がおいしかった』とか『あそこのホテルの接客は最悪だった』とか。たまに良い事言う人もいるんですよ。だから、結構皆影響されちゃうんですよね。」
 なるほど。よく見ると確かに批評されている。

 [あの量で120円とかぼったくりじゃないですか。]
 [そうそう。企業努力怠りすぎ]
 [マジ潰れた方がいいよあの会社]
 [ていうかあそこの会社の社長マジ太りすぎなんだよ]
 [テメーのとこの商品食いすぎなんじゃねーの]
 [ありゃ人間というより豚だな]
 [ブーブー]

 「なんですか、これぇ。ただの悪口じゃないですか。こんな掲示板廃止しちゃいましょうよぉ。」
 斎藤が口を尖らせた。無理もない。これはひどい。こんなのただの悪口の言い合いじゃないか。エスカレートしていくだけだ。
 「あ、安藤さん!ここ!」
 山口が携帯画面を指差した。山口の発言に導かれるように俺は携帯を覗き込んだ。

 (株)朝長製菓物産

 確かにそう書いてある。
 「う、うちの会社じゃないか!どういうことだ。」
 俺は山田に問いかけた。
 「いや、だから。・・・あったんだよ。俺たちの会社に関するスレッドが。」
 「うそだろ、おい。」
 俺は食い入るように携帯画面を覗き込んだ。
 確かに俺たちの会社だ。批評されている商品はうちの会社が販売しているものだし、社長はありえないぐらい太っている。何より朝長製菓物産なんて会社は他にどこにもない。
 「なんかすごいですね・・・。」
 山口が息をするようにつぶやいた。まだ、山口も信じられないのだろう。俺だって信じられない。何か別世界での出来事のようだ。ふと皆を見渡すと、誰もが呆然とした顔をしている。無理もない。それだけのことがこの携帯サイトの中では起きているのだ。
 「あの、安藤さん。」
 沈黙を破ったのは鈴木だった。振り返ると困惑した顔でこっちを見ている。
 「どうしたんだ。」
 「いや、多分なんですけどね。うちの会社のスレッドって他にもあると思うんです。このサイトって中高生の間で話題になってますし。かなり影響力があると思いますから。」
 「それってもしかして、今回の新商品の売り上げの減少に関係あるっつてことぉ?」
 斎藤が聞き返すと鈴木は申し訳なさそうに首を縦に振った。
 「そうか。そういうことか。」
 山口が納得したようにつぶやいた。
 「安藤ちゃん。携帯ちょっといいか。」
 そう言うとと山田は俺の手から携帯をとっていじりだした。こういうときは山田は素早い。山田はしきりに指を動かし携帯とにらめっこしている。この集中力を仕事に活かしてくれればな。そう思ったがすぐに考えるのをやめにした。そんなことを考えている場合じゃない。
 「あった、あったぞ!」
 山田がそういうと同時に皆で携帯を取り囲んだ。

 [朝長製菓物産の新商品チューイングガムの非買運動決起集会]

 確かにあった。それにしても非買運動決起集会って。俺は山田の顔を見た。俺と目が合うと頷いて、意を決したようにボタンを押した。
 掲示板は静かな文面からスタートしていた。

 [はじめまして。私は家で花屋を営む者です。この度どうしても朝長製菓物産の新商品に対して許せないことがありましたので、書きこまさせていただきました。
 それは商品についてのコマーシャルです。お恥ずかしながら、実は私は守口知美の大ファンであります。守口の出ているドラマはもちろんのこと、舞台、地方営業、はたまたコマーシャルまで全部チェックしております。大好きなのです。愛しているのです、守口のことが。
 それなのに朝長製菓物産のコマーシャルときたら、こともあろうに守口がAKIRAに告白しているではありませんか。何故そんなことをさせるのでしょう。これは、我々ファンに対する挑戦としか思えません。
 しかもそれだけではありません。続きのWEBも全種類拝見しましたが、そのほとんどがAKIRAと守口がカップルとなってしまうんです。あの守口とAKIRAがです。もう最悪です。
 以上のことが私を憤慨させる原因です。この考えに共感していただける方は、一緒に非買運動を行いましょう。朝長製菓物産に我々の怒りをぶつけるのです!!!]

 「な、なんだこれ。」
 そうとしか言いようがない。まったく持って意味が分からない。
 「ふ、ふざけるな!!」
 山口も同じような考えなのだろう。誰に当てるわけにもいかない怒りを机に思いっきりぶつけていた。
 「でもさぁ、安藤ちゃん。こんなんで本当に売り上げ落ちるの?」
 山田はそう尋ねた。そう考えるのも無理はない。あまりに馬鹿馬鹿しすぎる。
 「それがけっこう賛同する人がいるみたいですよ。」
 鈴木は携帯を覗きながらそうつぶやいた。
 俺も確認してみた。本当だ。賛同する人がかなりいる。

 [1さん。俺も同意見です。]
 [よくぞ言ってくれた。わが心の友よ。]
 [なんか面白そうww私も参加しちゃいマース]
 [守口知美、ラブリー。]

 「もう!マジキモイ!!」
 斎藤はそう言うとオーバーに身震いのリアクションをとった。斎藤の言うとおりだ。こんなのただのファンという名を使った悪ふざけじゃないか。
 「もう許せるか!安藤さん、こいつらぶっ飛ばしましょうよ!!」
 山田はそう言うとまた拳を机に叩き落した。
 「まぁまぁ、そう熱くなるなって。山口っぽくないぜそういうの。」
 山田がやんわりと制止させた。
 「そんな事言ったって。じゃあ、山田さんは悔しくないって言うんですか?こんな奴のせいでうちの新商品の売り上げがガタ落ちなんですよ。」
 山口が珍しく山田に噛み付いた。
 「いや、悔しくないって言える程俺も大人じゃないんだけどさ。まぁこういうのって、そう長くは続かないんじゃねーの。ほら、人の噂もどーたらこーたらってね。」
 やっぱりこういうところは山田のほうが巧い。
 「そうですね。山田さんの言ってることは正しいかもしれません。最後のほうなんかほとんど『荒らし』に近いですし、このスレッドを立てた人への批判も、ものすごいですよ。」
 鈴木の言葉にまたみんなが携帯に集まりだした。

 [おめーら、キモイんだよ。寝言は寝てから言ってろよ。]
 [うわー、こんなファンに守られて守口知美かわいそー。]
 [ファンというよりストーカーだな。]
 [守口守口守口守口\\\\\\]

 「ほらみろ、やっぱり掲示板なんて所詮こんなもんなんだって。」
 山田は胸を張って、いやどこかほっとしたようにも見えたが、得意げにこう言った。
 「なぁ、てことは売り上げも元に戻るのかな?」
 俺がそう尋ねると鈴木は、
 「まぁ、一概には言えないですけれど、そうなんじゃないですか。」
 と自信なさげに答えてきた。
 「大丈夫ですって。こんな人たちの事なんてすぐ皆忘れちゃいますよぉ。」
 斎藤はそう言うと、新たに入れたコーヒーを皆に配ってくれた。
 「じゃあ、事件解決って事だな。上出来だったよ。ワトソン君。」
 そう言うと山田は、鈴木の頭をクシャクシャと掻き回した。
 「うわぁ、やめてくださいよ。それに僕ワトソンじゃないですよ。(さとし)ですよ。」
 「分かってるよ。そんなこと。」
 そう言うと山田は、また鈴木の頭を掻き回した。皆の口から自然と笑みがこぼれた。
 「よし、じゃあさっさと帰るとするかぁー。」
 「そうですねー。私疲れちゃいましたぁー。」
 「僕も。」
 山田の問いかけに斎藤、鈴木が答える。もしかしたら山田の方が俺なんかよりずっとチーフに適任なのかもしれない。
 「よしじゃあ、解・・・。」
 「ちょっと待ってください!」
 俺の締めの挨拶に被せる様に、山口が声を荒げた。
 「どうしたんだ、山口。」
 「やっぱり俺、納得いきません!このまま奴に負けっぱなしなんて。」
 俺の問いかけに山口ははっきりとそう答えた。ちょっと体育会系のノリの彼にはやはりあの掲示板が納得いかないらしい。
 「案外根にもつんだねぇ。お前も。」
 山田は呆れ顔でそう言った。
 「いや、根にもつっていうか、やっぱりどうしても許せませんよ。」
 「分かった、分かった。じゃあ、やってみるか。仕返し。」
 「ちょ、ちょっと何言っているんだよ。」
 俺は慌てて二人の会話を制止した。仕返しなんて何を考えているんだ。これ以上騒ぎが大きくなったら、それこそもうアウトだ。
 「大丈夫だって、安藤ちゃん。仕返しって言っても別に殴りこむとかそういうことじゃないんだから。」
 「いや、でも・・・。」
 「大丈夫だって。俺を信じろよ。」
 そう言うと山田は、山口と鈴木になにやら耳打ちをし始めた。山田の耳打ちを聞いた2人は一瞬驚いた顔をしたが、3人で顔を見合すとなんとも言えない、例えて言うならいたずらをした子供のような笑みを浮かべた。
 「よし、じゃあ解散としようぜ。俺と山口と鈴木はちょっと残るからさ。よし解散!」
 そう言うと山田は勝手に会議を閉じてしまった。
 「おいちょっと待てって。」
 「大丈夫だって。安藤ちゃんは疲れてるんだから家でゆっくり休みなさいって。」
 俺の静止なんか山田は最初から聞く気はないらしい。昔から変なところが強情な奴だ。
 「・・・分かったよ。じゃあ後は任せた。ただ、危険なことだけはするなよな。」
 俺のほうが折れてしまった。山田に根負けするのは分かっていたし、何せ3日間の徹夜でもう心身共にぼろぼろだ。それに今更会議を再開できるはずもない。いつの間にか斎藤はもう帰ってしまったのだ。
 「大丈夫だって、なぁ。」
 山田はいつも通りののんびりした声でそう言った。山口と鈴木もその言葉に同意するようにゆっくりと頷く。
 「まっ、目には目を、歯には歯をってやつだよ。」
 そう言うと山田はまた不思議な笑みを浮かべて、携帯電話をいじりだしたのだった。




 「なんだよったくよ!」
 そう言うと俺は携帯電話をそのままレジの上に放り投げた。
 掲示板はほぼめちゃくちゃになってしまっていた。最初のうちは俺の意見に賛同してくれた者もたくさんいてそれなりの盛り上がりを見せていたが、途中から意味不明なことを書く者も増え、中には俺のことをアンチなファンだと呼ぶ奴まで現れやがった。
 冗談じゃない。俺は誰よりも守口知美を愛している。守口のことは誰よりも知っているし、どんな小さなイベントにだって毎回顔を出している。最近では守口に顔を覚えてもらえたらしく、『また来てくれたんですね。』とやさしく声をかけてもらっているのだ。店のレイアウトだって、守口が好きな薔薇を前面に出した造りにしているし、店の売り上げのほとんどは守口のために使っているのだ。
 それだけ、俺は守口ために生きているのだ。守口が俺の生活の支えなのだ。なのに掲示板の奴らときたら。まぁいい。言わせたいやつらには言わせておけばいいのだ。俺の守口を思う気持ちだけは誰にも邪魔することはできないのだから。
 「それにしても・・・。」
 俺は思い出したようにつぶやいた。
 最近店の花がまったく売れない。客足が急激に衰えたのだ。つい先週までは、並みの売り上げを記録していたのに、今週に入って急激な落ち込みを見せた。特に薔薇の売り上げが悪い。
 別に品質が悪いわけでもない。いやむしろこの時期の薔薇は上出来だ。一応他の店も偵察に行ってみたが、他の店では無難な売り上げを見せているようだった。
 ではなぜ俺の店だけ売り上げが落ちているのだ。このままじゃ今月は赤字だ。いやそんなことよりも、このままじゃ来週の地方テレビで公開生放送に出演する守口知美の姿が拝見できないではないか。久しぶりの生放送に出演なんだ。今の時期が彼女にとって大事な時期なんだ。そんなときに俺がいなくてどうするんだ。でもこのままじゃ旅費なんて出すことはできない。あぁ、このままじゃ俺の守口を拝見できなくなってしまう。
 「くそーどうしてなんだよ!!」
 俺は、そういって頭を抱えるしかなかった。




 あの会議が終わった翌朝、会社に行く前に例のサイトを開いてみると、新たなスレッドが建てられていた。たぶん山田たちが作ったものであるのだが、スレッドの馬鹿馬鹿しい内容と、読んだ後に鏡に映った『目には目を、歯には歯をか』とつぶやいた俺のなんともいえないニヤケ顔は、課長補佐となった今でも忘れられない。

 「駅前の花屋の商品の非買運動決起集会」

 [はじめまして。私は○○地区に通う会社員です。この度どうしても許せないことがありましたので、書きこまさせていただきました。
 それは、駅前の花屋のことです。お恥ずかしながら、実は私はあまり頭がよくなくて、子供のころなんかいつもテストが返ってきては母親に怒られています。特に漢字が苦手なのです。
 そんな私が先週その花屋で買い物をしようとしたところ、花の名前が漢字となっており、私には花の名前を理解することができませんでした。後から知ったのですが、それは「ばら」と呼ぶそうでした。
 そうです。あのお店は「バラ」を「薔薇」と表記しているのです。「バラ」と書かれていたならばいくらなんでも私にだって理解することはできます。それを「薔薇」と書くなんて。これは漢字が読めない馬鹿は花なんか買うなという店長からの挑戦ではないでしょうか!
 以上のことが私を憤慨させる原因です。この考えに共感していただける方は、一緒に非買運動を行いましょう。駅前の花屋に我々の怒りをぶつけるのです!!!]




 
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