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明日無き者語り

作者:椎野 千洋
 この先良い事など何も無い。僕の持論だった。でも絶望している訳ではなくて、ただ漠然と、そう、確率論や可能性の優先順位を考えて結論を出しているに過ぎない。
 戦争は決して無くならないだろう。
 木々は枯れて、砂漠は広がり続ける。
 今もどこかで誰かが幸せとなり、代わりの誰かが死と合わさる。
 僕は知っている。ただ、視っているだけ。
 だから絶望はしない。
 期待はしたい。それだけだ。




 どうして僕の持論が、これらの結論へと行き辿ったのか。それは、とある人と話しをしたからだった。
 肌寒い空気が流れる、秋空の夕日を、ただ毎日眺めている御爺さんだった。僕の三倍以上を生きてきただけの人。なぜ長い間生きて、残り少ない時間を無駄とも言える行為で浪費するのか、それが理解できなかった。
「君は未来を見てみたいと思った事はあるかな」
 僕の御爺さんの行為に対する質問に、帰ってきたのは質問だった。
 未来を見る。未来に行くのではなく、見る。録画されたVTRを早送りで再生していくように、あるいは読み始めた漫画のページをめくり、結果だけを見るように。
「見たい、と思う。未来を見れば自分の人生を有利に進むことが出来るから」
 御爺さんは否定をしない。ただ頷く。
「君の考えは概ね正しい。未来のことを知れば、確実に有利な選択肢を選ぶことができる。では、君は有利な未来を知り、実行をする」
「実行をする」
 僕も頷く。
「では君の未来は、未来を見る、以前の未来と変わった事になるね。新しい未来が出来上がった訳だ」
 確かに、僕の未来は良い方向に行くことだろう。
「つまり君は、決まっていたはずの未来を変えたんだ」
「僕は未来を変えた」
 御爺さんはゆっくり微笑み、一呼吸入れる。
「では、君は未来が本当に見れると思うかい?」
 未来は見たい。だが未来は期待だ。まるで気体のように、存在はしても手で掴む事など出来はしない。先のことなど期待する位しかないのだ。
「見れない。だから知ることも出来ない」
「正しい。君にとって、未来は見れない。見れていない。ではなぜ見れないのかだが、君はなぜ未来が見れないと考える」
 考える。答えは、常識が存在するから。
見れないとは、事象として二つの定義を言うと思う。見る対象物が障害により間を遮ぎられている場合。あるいは、そもそも対象物など存在していないかだ。
 御爺さんの質問の答えは前者だ。だから答えは、常識が存在するから。未来は確かに存在する。だが、科学という常識が、まだ未来という存在を非常識に追いやっている。だから僕は思ったとおりの言葉を口にした。
「未来を見る技術がないから」
 正しいと思った。だが御爺さんは首を縦には振らなかった。
「それは違う。未来とは、未だ来ていない事。そして、今より後にあると推量する事柄を述べるものなんだ」
「未だ来ていない事」
 つまり、存在し得ない事象。
「未来に関する技術を否定するのに、よく使われる例えがある。時間遡行に関する技術の話で、未来を見る技術とは少し違うがね。もし時間遡行の技術が存在するなら、今より遥かに高い技術を持った人類が、なぜ過去を遡ってこないのか。反論はこうだ。未来の人類は、過去を改変し、自身の存在を脅かさぬよう、何重にも戒律を設けているのだと。だから未来には技術は存在する」
 御爺さんはくたびれた顔の皺をさらに増やすかのよう、首を横に振る。
「反論に対し、こう論じよう。人類は言うほど偉大ではない。戦争はしない方がよい。誰もがそう思い、誰も止めない。今出来ない事、行なおうとしない事は、いつまでたっても出来ないと言う事だ。つまりもし時間遡行の技術があれば、人類はきっと過ちを犯すだろう。だが過ちは起きない。つまりは未来に遡行の技術など存在しない、と」
 ならば、僕は思う。僕は即答する。答えは既に口に出しているのだから。
「未来に技術が無いから時間遡行は出来ない。ならば今技術がないから、未来が見れない。これが何故正しくないか僕には解らない。御爺さんの話を考えれば、僕の答えは正しいとなる」
 御爺さんはただ笑った。
「言っただろう。未来とは推量する事柄を述べるもの。推し量ることにすぎんという事なんだよ今の例えは。この例えを考えた人間も、別にこれが証明となるなどと、考えたのでは無いだろう。反論が出る。また正論を言わんとする。つまりは答えなど存在はしないと言いたかったのではないかと、少なくても私はそう思っている」
 答えが無い。つまり存在しない。
「君はさっき、仮定で未来を変えた。だが仮定は技術に証明の要素を含んでいない為、この仮定は成立しないと答えている。つまり、未来は技術的に見れないので、未来を変える事は出来ないとなった。概ね正しい。だが、技術が無いとは、手段があれば是と非が変わると言うことだ。答えの無い物に手段を行使はできない」
 答えの無い。あるはずの未来。未だ来ない、未来。
「つまり、未来は存在しないと言いたいの? だから技術的に見ることは出来ないと?」
 御爺さんはまた笑い、だが首を横に振る。
「むしろ逆だよ、未来は存在する。だが、未来は決して定まってはいない。だから未来は見れない。当然だ。定まっていないと言うことは、限りなく存在しないに等しい。未だ来ない事とは、存在しないという意味ではない。でないと来ないが正確な言葉となってしまう。いずれ来るが、未だという意味だよ」
 定まっていない未来は、存在していないに限りなく等しい。確かに、とは思う。御爺さんの言っている事は正しい。だが、それだと、僕の考えた、見れないの定義が当てはまらなくなる。障害があって見れないのではなく、対象物が存在しないのでもない。ならばなぜ未来は見れないのか。
「解りません、なぜ未来が見れないのか」
 優しく、そして穏やかに答える。
「未来は定まっていない。つまり無数に存在する。しかし、やはり定っておらず、ゆえに未来は見れない。つまりね、未来は見れている。しかしその見れている絶対数が大きすぎて、うまく認識ができていないということなんだよ。未だ来ていない事。だが推量が可能なくらいはおぼろげに見えている」
 未来は見れている。でも見れていることが多すぎて、見れない。つまり、未来は見れているけど、見ることは出来ない。これが答えなのだろうか。
 僕は完全には納得できない。結論は見れないが絶対の答えのはずである。それは御爺さんも正しいと始めに述べている。では、何故結論が出ているのに見れないのかを問われたのか。
 御爺さんの言うように、見れているが見れない、を答えとする。つまり僕の二つの見れないについての定義意外が答えなのだとすれば、見れているもまた、答えとして成立してしまうではないか。見れないを問われ、見れていると答えてしまえば、矛盾が生じてしまう。
 僕は、素直に疑問をぶつけることにした。
「答えは、見れない。だが、技術的な問題ではない。見れているが、見れている未来が多すぎて、逆に見れない。これだと見れているも答えになる。つまり、未来を見ることは可能だと言うことになるよ。それは変だ。未来は見れないが大原則の答えなのに」
 ゆっくり、だが大きく御爺さんは頷く。とても満足そうに。
「そう、ようやくたどり着いたね。つまり、未来は見えていないが、見えている、つまり見れるも含まれているというのが、答えになるんだ」
「見れないよ。未来が御爺さんが定義した通りならね。だって、未来は定まっていない。答えは無いんだ。逆に言えば、答えがありすぎるから、選ぶことができないというのではないの?」
「ようやく、君の最初の質問に答えられそうだ。なぜ、私が毎日夕日を眺めているのか。私は年寄りだ。長いこと生きた。多くの選択を迫られ、その都度、私なりに正解を選んできたつもりだ。いいかい人生というのはね、未来の定義と同じで、無数の選択肢の中から、選ばれた答えを元に、進んでいくものなんだ。言うなればそれが未来だ。選択肢を選ぶ度に、未来は変わっていく。だから未来は見えない。これは答えだ……だがね、歳を取ると、選択肢と言うのが少しずつ、本当に少しずつ減っていくんだよ。そして、いずれ未来が見れるようになる。なぜか解るかな?」
 人生と未来。僕はそんなに長くは生きていない。僕にも分岐点が多数あった。でもその中から良い未来に繋がるものを、見ながら選ぶ事など出来なかった。否、出来るはずが無い。未来は見れないが大原則なのだ。
「解りません」
 御爺さんは少しだけ寂しそうだった。
「私はね、もう選択肢が無いんだよ。人は、それぞれ別々の選択肢を、宇宙の星の数などとは比べようの無いほど持っている。だが、その行き着く先は死なんだよ。だからね私には未来が見れる。見る資格を得ている。なぜ、毎日夕日を見るのか。夕日は綺麗だ。死ぬ前に、綺麗なものを見て死にたい。だから私には未来が見れる。死を受け入れ。ただ待つ身だから。選択肢は綺麗な夕日を見るか、そして死ぬかなんだよ」
 僕は言葉を失った。未来が見れる。確かに、これもまた、答えの大前提に含まれているのかもしれない。そう、思った。
 御爺さんが最後に言ったことを僕はよく覚えている。
「君は運命というのを信じるかね。既に定められた事象。それを辿る事。運命は変わらない。でも、未来は自分の選択肢でいくらでも変わっていくんだよ。未来は見えない。でも薄っすらと見えてはいる。運命なんてものに惑わされないで、薄っすらでも見えている物を信じて進みなさい」
 御爺さんが、その後どんな未来をたどったのか、僕は知らない。僕には未来が見れないのだ、例え御爺さんの選択肢を知っていても、僕の見るものは、今より後にあると推量する事柄だけだ。
 未来。未だ、来ていない事。末が来るのを待つ事。
 前者は見れない、後者は見れる。
 過去は、過ぎ去った事象。現在は現に存在している事象。未来は――。




 この先良い事など何も無い。僕の持論だった。でも絶望している訳ではなくて、ただ漠然と、そう、確率論や可能性の優先順位を考えて結論を出しているに過ぎない。
 戦争は決して無くならないだろう。
 木々は枯れて、砂漠は広がり続ける。
 今もどこかで誰かが幸せとなり、代わりの誰かが死と合わさる。
 僕は知っている。ただ、視っているだけ。
 だから絶望はしない。
 期待はしたい。それだけだ。

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