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ネクストライフ 作者:相野仁

七章「黄昏ゆく世界」

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二話「ヴァユタの森」

 マリウスはバルデラ砦へと転移する。
 守将のガディアスはマリウスと面識はなかったが、転移魔法で移動してくる赤黒いローブをまとった魔法使いという点でピンときた。

「初めまして、マリウス様でいらっしゃいますな」

 自分の親くらいの年の男性に礼儀正しい態度を取られるのも、少しずつではあるが慣れてきたなとマリウスは思う。
 ホルディアの使者と慌ただしくやりとりをし、封印地がヴァユタの森だと聞き出す。
 当然だが行った事のない場所であった。

「魔法で転移してもいいのですが、アステリア王は女性ですしね」

 着替え中や入浴中でも関係なく転移するというのが「アタッチ」の欠点であると言える。
 どこで何をしているのか分からない時に使うと「事故」が起こる可能性は否定出来ない。
 もしもの場合、さぞ気まずい思いをするだろう。
 「女王の着替えや入浴を覗いた」という風評など願い下げだ。
 使者は薄々察し、マリウスにとって意外な事を言う。

「あの、私は封印地がある地に行った事があります。陛下が仰るには、マリウス様にはそう申すだけでいいと」

 ガディアスは驚いていたが、マリウスはアステリアが使者を目の前の人物にした理由が分かった気がする。

「確かに行った事がある方がいれば、私はその場所に転移出来ますね」

「おおお!」

 使者は目を輝かせ、マリウスはむず痒い気持ちを味わう事になった。
 もっともそろそろ慣れないとまずいかもしれない。

「では、一緒に参りましょう!」

「いやその前に物資が先でしょう」

 マリウスの冷静な指摘に使者は顔を赤らめ、咳払いをする。

「失礼、早速運ばせましょう」

 ホルディア軍が持ってきた物資は全て奪ったものであったが、そんな事は見ただけでは分からないし、きっと食べても分からないだろう。
 軍事で使われるものの種類は限りがあり、東と西ならばまだしも西方同士だと、国ごとの差はほとんどないのである。
 仮に気づいたとしても他国の物資を奪うのは戦場の常であるから、特に問題視されないであろう。
 支援の手を差し伸べたという事実こそが大切なのだ。
 そんな様をマリウスは黙ってみている。
 魔法使いの身体能力では役に立たないし、物を軽くする為の魔法はない。
 魔法で運ぶならほんの一瞬だろうが、それだと政治的、あるいは人の心理的にはよくないのだろう。
 一応確認してみると迂遠な言い回しで断られたのであった。

(魔法を使わないからいいんだろうなぁ)

 と一人で勝手に答えを出しながら、マリウスはせめてという事で身体強化をかける。
 皆、最初は戸惑っていたものの、すぐに慣れて生き生きと動くようになった。
 死ぬ気で手加減していた頃と比べれば、だいぶマシになったと内心で自画自賛した程である。





 ヴァユタの森は全長二十キロ、幅八キロの縦長で豊かな森だ。
 それだけに封印地にはすぐたどり着けない。

「確かに何もないな」

 ルーベンスは森の中を見回して一人ごちる。
 これほど見事であれば森が生息地域の獣やモンスターが数多くいてもおかしくないというのに、生命の気配というものがない。
 栗鼠や虫すら存在していないかのようであった。
 彼はゲーリックとは別の場所から探索に当たっている。
 この広さであれば二手に分かれた方がよいと判断した為だ。
 少しずつではあるが、魔王が発する独特の圧迫感めいた感覚が近づいてくる。
 どこか懐かしい気配がするのは、きっとデカラビアと面識があるからだろう。
 近くにゲーリックの気配はない。
 この分ならばルーベンスの方が先に発見しそうであった。




 ゲーリックが遅れたのは距離のせいでもあるが、それ以上に想定外の障害が立ちふさがった為だ。

「何のつもりだ、貴様?」

 彼の目の前にはホルディア王アステリア、そしてその背後には青い顔をした侍女がいる。
 彼は潜入工作の一環として各国の王とその侍女の顔は全て覚えているのだ。
 侍女の名はアネットと言っただろうか。
 軍隊なしで魔人である彼に姿を見せるなど舐めるにも程があるというものだが、一国の王がそうしているという事でささやかな警戒心が起こる。

「魔人ゲーリックだな」

「何の事です?」

 ゲーリックは決めつけるかのような女に対し、とぼけてみせた。
 彼は今ホルディア人の商人に変身しているので、他の反応は躊躇われる。
 目の前の女が何を考えているのか分からない以上、慎重になる事にしたのだ。
 彼が今は亡き仲間の魔人達から臆病者呼ばわりされ、あまり信頼されなかった原因であり、ルーベンスに評価されている理由でもある。

「魔人ゲーリックのスキル唯一の弱点、それは己より強い者の強さを完全に再現出来ぬ事だ」

 これを聞かされたゲーリックに驚きはなかった。
 彼の出身種族であるミミックに共通する事であり、ミミック出身の魔人だと知られている以上はその事も知られていても不思議ではない。
 ただ、「お前の強さまでならば何とかなる」と言われたようで、いささか気分を害した。
 確かに彼はいわゆる武闘派ではないが、それでもそこらの人間如きには遅れを取るはずはない。

「今度は否定しなかったな?」

 アステリアの笑みに嘲弄が混じった、少なくともゲーリックはそう見えた。
 さりげなく揶揄あるいは侮辱され、とっさに「何の話だ」という言葉が出てこなかった事を悔いる。
 そんなゲーリックの表情を読み取ったアステリアは答えを言ってやった。

「カマをかけたのは今だぞ」

「……っ! 何の事か分かりませんな」

 人間社会に潜入し慣れているだけあり、ゲーリックは素早く立て直しを図る。

「メルゲンの後を追うがいい」

 しかしアステリアはそれを許さない。

「何だと……? 何の話だ?」

 完全に立ち直る前に仲間の名を出されて動揺し、思わず訊き返していた。
 我に返って舌打ちしたのは数秒後で、時は既に遅し。
 これ以上の問答は避け、始末しようとゲーリックは決断する。
 一国の王が軍も連れず、マリウスも連れず、何故この場にいるのかは理解出来なかったが、少なくとも自分達の目的を邪魔する意思はありそうだ。

「飛んで火にいる……だぜ」

 ゲーリックは「トランスフォーム」を用いてレッドドラゴンに変わる。
 彼の正体はミミックであり、その戦闘力は下から数えた方が早い。
 しかしそれはあくまでもただのミミックだった頃の話で、魔人となった今では基礎能力が飛躍的に強化された。
 ただ、ミミックの姿で使えるのは「トランスフォーム」のみだから、まともに戦おうとすれば他の生き物に変わる必要があるのだ。

「なるほど。まともに戦うにはまず変身せねばならないのか」

 人間もあまり知らないしアステリアも知らなかったのだが、たった今ゲーリックが取った行動によって見抜いた。
 ゲーリックにしてみれば今更気づいてどうする、と言いたいところである。

「ではこちらも」

 アステリアが手をかざすと二頭のドラゴンが現れる。
 召喚術だと見抜いたゲーリックの前に姿を見せたのは、黒い鱗を持つオスのドラゴン、そして白い鱗を持つメスのドラゴンだ。

「ヴリドラ!」

 ゲーリックは思わずうめく。
 彼は人間どもとは違ってドラゴンの種に対する知識があり、それ故に「夫婦ドラゴン」と呼ばれる存在の種族名を言い当てたのである。
 ただ、この場合は彼にとって別に優位に働いたりはしない。
 ヴリドラはレッドドラゴンなどとは格が違う上級ドラゴンであり、一頭だけでも彼の戦闘力を凌駕しているだろう。
 彼は己が絶体絶命の危機だと察知したが、諦めたりはしない。
 そう遠くない位置にルーベンスがいる。
 ここの状況に気づいて駆けつけるまで耐える事が出来たならば、それだけで形勢は逆転するのだ。
 もちろんそんな事はアステリア達も百も承知である。
 この大陸の魔人達を長らく統率してきた最強クラスの魔人ルーベンス……ゲーリック撃破を目的とする彼女らにとっては遭遇しても害しかない相手だ。
 アステリアが手を軽く振るとオスのヴリドラが突撃してくる。
 いちいち咆哮をしないのは、ルーベンスに気づかれるまでの時間を少しでも稼ぐ為である。
 したがってゲーリックは大きく吼えながら迎え撃つ。 
 されど遠くまで届くように吼えると当然動作は大きくなり、突進をまともに食らった。
 激しい音を立てながら吹き飛ばされ、ゲーリックは力の差に愕然とする。
 いくらレッドドラゴンとヴリドラに差があると言っても、魔人としての力が反映されれば実力は拮抗するはずであった。

「き、貴様らはまさか……?」

 それが適わぬ理由は恐らく一つだけ。
 ゲーリックが思わず声に出してしまった時、メスのヴリドラが氷のブレスを放つ。
 彼の視界は白銀に閉ざされ、急激に体温が奪われていく。
 ゲーリックは冷気に強いブルードラゴンへと変身する。
 レッドドラゴンならば致命的なダメージとなったであろう攻撃は、ブルードラゴンにとっては快適であった。
 体を覆う氷を力ずくで砕いた時、オスが放つ灼熱のブレスによって焼かれた。
 ゲーリックは己がしている行為は無駄なあがきだと悟っている。
 ヴリドラ夫婦と同時に戦うという事は、彼の推測では中級魔人と戦う事にも等しい。
 勝てるはずがないのである。
 それでもゲーリックは抵抗を諦めない。

(マリウスよりも……この女こそを始末すべきだったのだ)

 アステリアこそが自分達にとって最大の敵だと認識したのである。
 ヴリドラ夫婦を支配している上に自分達の行動を読んでいて、これまでその事を隠し切っていた狡知が脅威に映る。
 ザガンが死んだのもきっとこの女の謀略だとゲーリックは勘違いした。
 彼ではもう死ぬしかない。
 だからルーベンスが来るまで死ぬ気で足止めをする。
 この者達こそ始末すべき存在だと認識してもらう為に。
 アステリアは即座にそれを見抜いた。

「急げ、ルーベンスが来るまで粘る気だぞ」

 指示を聞いたドラゴン達は最大の攻撃を繰り出す動作に入る。
 ゲーリックは自分の勘違いが間違っていなかったと更に誤解した。
 彼の中では一連の失敗が全てアステリアの謀略だと錯覚したのである。
 氷と炎がせめぎ合いながら敵を蹂躙する通称「カップルブレス」を受け、ゲーリックは多数の木々と共に消滅した。
 金属音がして「擬魔の幻魂」が地面に転がる。
 アステリアはそれを拾い上げるが表情は険しいままであった。
 一つはメルゲンが何も落とさなかった不自然さ、そしてもう一つは

「ゲーリック!」

 魔人ルーベンスの到着である。
 体に触れた木々を粉々に砕きながら疾走し、駆けつけてきたのだ。
 ゲーリックは一敗地にまみれたが、最低限の役目は果たしたと言えるかもしれない。
 部下を失った上司は全身を怒りで震わせながら、アステリア達を睨み付ける。
 ただそれだけなのに、複数の人間はまるで猛吹雪の中薄着でいるかのような心地を味わう。
 ゲーリックを苦もなく葬り去ったヴリドラ達も、たった一歩ではあったが後ずさりする。
 目の前から発せられる濃密な圧力が、格の違いを物語っていた。

「絶対に許さんぞ! 世界を蝕む害虫どもが!」

 今度は彼らが絶体絶命になったのである。

「陛下、お逃げ下さい」

 アネットがガタガタ震えながらも声をどうにか絞り出す。
 臣下としては当然の選択である。

「クロちゃん、シロちゃん」

 主人の縋るような声をヴリドラ達は正しく理解した。

「うむ、さらばだ」

 流暢なターリアント語で黒のヴリドラが別れを告げる。
 本来ならばアステリア一人逃がす事すら不可能な相手だが、今はイザベラのマジックアイテムがある。
 人間状態のルーベンスならば、ヴリドラ夫婦が同時にかかれば一、二秒くらいは持ちこたえられるであろう。
 そしてそれは彼らの死を意味する。

「人間を生かす為に死を賭すか」

 ルーベンスは憎むべき敵とは言え、同族達の覚悟に当てられ、やや冷静さを取り戻した。

「その意気はよし。せめてもの礼節、真の姿で相手してやろう」

「どちらかと言えば本気を出さないでもらえるとありがたい」

 白のヴリドラがため息交じりにぼやく。
 冗談のように聞こえるが、割と本心である。
 その言葉を一笑に付し、ルーベンスは真の姿へと戻った。
 蛇のような胴体、深緑色の鱗、黄色の目とトサカを持った人間大程度の、ドラゴンとしては非常に小柄な姿。

「バジリスク!」

 アステリアとヴリドラ達が恐怖から短く叫ぶ。
 見た者を呪う邪眼を持ち、ドラゴンすら死に至る劇毒のブレスを吐き、牙も爪も尾も、そして体液にも猛毒があるという、上級ドラゴンの中でも最凶と言われる種である。
 それが上級魔人として強化されているとなると……さすがのアステリアも背中に寒気が走った。
 ルーベンスが息を吐いただけで、側の木々が音を立てて枯れ落ちる。

「逃げなかったか。逃げても無駄だがな」

 ルーベンスが姿を変える時、一秒にも満たない間ではあるが隙が生じる。
 逃走を阻止したのは見ただけで呪いをかける邪眼の力だ。
 彼らは既に足と翼から自由を奪われている。

「一思いに殺してやろう」

 呪いをかけた以上、放置しておいてもやがて衰弱死するであろう。
 されどゲーリックを倒した者達をこのままにしておく、という選択肢はルーベンスの中にはない。
 彼がブレス攻撃の予備動作に移った時、アステリアは痺れ始めた腕を無理に動かし、ポケットの中から三つの黒い石を取り出して投げた。
 イザベラが作った転移アイテム「逃げるが勝ちくん」である。

「へ、陛下」

「ば、馬鹿者」

 驚くアネットとヴリドラ達は王都へ強制転移させられる。
 アステリアだけが残るという展開がルーベンスに疑念を抱かせた。

「何故配下を逃がした? 貴様は国という、組織の長であろう? まず貴様から逃げるべきではないか?」

 ルーベンスが人間社会というものにある程度通じている事が分かる質問であった。
 アステリアはいつもの人を食った笑みを浮かべる。

「いいのか、好奇心を優先させて? さっさと魔王を復活させるべきではないか? もっとも、生贄は私だけになってしまったがな」

 アネット達が残っていても何の事か理解出来なかったであろう。
 されどルーベンスは理解出来たし、その為うめき声を上げて女王を睨みつける。

「そうか、妙に生き物がいないと思っていたが貴様の仕業か!」

 魔王デカラビアが完全に復活する為には、モンスターの死体をある程度必要とする。
 魔王の復活阻止を目論むアステリアは、まずヴァユタの森とその周辺から生き物を一掃し、住民達を避難させていたのだ。
 故にホルディアは三カ国連合への対応が遅れているように見えたのである。

「確かにデカラビア様復活は急ぐべき……しかし私は出来るだけ災いは芽のうちに摘んでおく主義でな」

 ルーベンスはアステリアの始末を決める。
 何故彼女が自分一人この場に残ったのかという疑問はどこかに消えていた。

「は、意外と気が合うな」

 既に上半身が動かなくなってきているのにも関わらず、変わりなく不敵に笑う忌々しい女を始末する。
 そう思いそれでも一撃ですませるべく、ルーベンスはブレス攻撃の動作に移った。
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