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ネクストライフ 作者:相野仁

六章「ターリアント大陸擾乱」

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三話「愚者の狂騒曲3」

 連合軍が採った作戦は似たようなものだった。
 敵の攻撃の射程距離を充分見極め、その外からちまちまとした攻撃で着実に削っていく。
 少しずつしか倒せないものの危険が少ない方法だ。

「何だこいつら……?」

 数日が経過し、ギヤーン砦に立て篭もるホルディア軍と戦うガレスは困惑を隠しきれなくなってきた。
 攻囲側が遠くから攻撃するのならば、防御側はそれを阻止する策を講じるのが常道と言えるだろう。
 さもなくば今のように一方的な戦いが続くだけである。
 しかしホルディア軍はひたすら立て篭もり続けているのだった。
 投石器の破壊や奪取を一度も試みないのはさすがに変だ。

(まさか全員揃いも揃って能無しか? 城を守った経験どころか従軍経験すらないような)

 それならば今の事態に対応した策を講じられないのも分からなくはないのだが、いくら何でもありえないと思う。
 ホルディアにとって今回の戦いは、祖国を侵略者から守る大切な戦いのではずである。
 国境の砦を突破されたら無防備な田畑や市街地が広がっているはずだ。
 されどありえない手でくるのがホルディア王だと警戒していたのは、他ならぬ己自身だったではないかとも思うのだ。
 街道を障害物で封鎖している可能性も考慮したが、この案はホルディア領の広大さが逆に問題となるし間者もそれらしき事を報告して来ない。
 今の時点では篭城している者が全員愚か者としか言えない。
 この分だと当初の予定より大分早く攻め落とせそうであった。

「敵が馬鹿なら楽が出来ますな」

 若い将がそうのん気な事を言い放ったのを咎めたのだが、このままではガレスの方が取り越し苦労をしていた事になりそうだ。

「敵は我々を恐れているのだ!」

 レミールは上機嫌で一人で酒盛りをしていた。
 チャンドラーは監視と護衛を兼ねた兵士をつけただけで放置している。
 ホルディア軍の動きは不自然すぎる。
 何の工夫もせず、ただひたすら砦に立て篭るのは愚策だ。
 それだけ早くに援軍が到着するのかと警戒したのだが、一向にそんな気配はない。
 アステリア王の風評を考えると、一度自分に反逆した連中をわざわざ助けに来るとは思えない。
 しかし、国境の砦が落とされては兵の士気が下がり、民衆に大きな不安を与える。
 一国の王ならば絶対に避けたい事態のはずである。
 では何故ホルディア軍は動こうとしないのだろうか。

「まさか既に魔人とでも戦っているのか……?」

 ランドルは恐るべき考えに到達し、ぶるぶると体を震わせた。
 魔人の強さは個体差が大きいので一概には言えないのだが、下位魔人を撃退するのに数十万の兵力が必要と言われたりする。
 最上位クラスのドラゴンも似たような強さである。
 あるいは人間には区別が出来ないだけかもしれないのだが。
 いずれにせよ魔人との交戦を恐れたランドルは斥候兵達に念入りに情報収集をさせた。
 結果、そんな気配はないと報告が来た。

「フィラート方面のガルシード砦に正規軍約五万、王都に正規軍約十万が駐屯しているようですが、魔人の気配はありません」

「アステリア王は侍女のイザベラなる者と行動を供にしているようですが、何をしているかまでは……」

 ランドルは報告の一つを聞きとがめた。

「何故だ? 何故それが分からないのだ?」

「そ、それが……」

 一瞬言いよどみ、しどろもどろに「警戒が厳しくて調べられない」と間者は弁明し、ランドルは平手打ちを浴びせた。

「それを調べるのが貴様らの仕事だろうが! 誇りはないのか! 俸給泥棒で恥ずかしくはないのか!」

 口汚く罵倒する。
 皆の前で恥をかかせなくとも、と思う者は何人もいたのだが、今のランドルには何を言っても無駄だとは知っているので誰もが黙っていた。
 一通り罵詈雑言を浴びせた後、ランドルは間者を睨みながら言った。

「無能な俸給泥棒のせいで正しく判断が出来ぬわ。とりあえずはこれまで通り攻撃せよ」

 ホルディア本軍の動きは皆が気になっていたので、間者には同情しても庇う事はなかった。
 ……それから数日が経過し、三つの砦はいずれも陥落寸前までいった。

「くそっ! まだ援軍は来ないのか!」

 守将達が怒鳴りつける。
 ホルディア兵の士気は当然ながら最悪なまでに低下していた。
 戦う前手柄を立てれば解放すると言った他にも、「ひたすら守りに専念していれば援軍を送る」と約束したのだ。
 何もせずひたすら立て篭もった方が疑心暗鬼を誘え、時間が稼げるとも。
 アステリアの事を素直に信じた者達はいい面の皮だった。
 ここまでくればさすがに自分達が騙され利用された事に気づき始めている。

「援軍が来る気配はありません」

 物見達も悔しそうに報告する。

「ここまでくればもう遠慮はいりません、降伏しましょう」

 一人が提案すると皆が相次いで賛成した。
 捨て駒にされてまでアステリアや国の為に戦おうとするならば、そもそも貴族派などに与さなかっただろう。

「むしろここで降伏し、ホルディア攻略の手伝いをした方が栄達を望めるかもしれませんぞ」

 という意見が彼らの本心を代弁してた。 
 彼らに忠誠心という種類のものは存在せず、単に自分達がいい暮らしをしたいだけなのである。
 アステリアに従っていたのは、奴隷から解放され昔のような暮らしをするという欲望が叶えられると思っていたからだ。
 それが叶わないならば叶えてくれそうな勢力につく事に躊躇いはなかった。

「よし、降伏しよう。白旗を振れ」

 それは守将でも同じだった。
 彼らはあくまでも自分達の事しか考えていなかった。
 裏切ったら殺せるように監視する人間がいない理由については想像すらしなかったのだ。
 した者がいても「案外アステリアは馬鹿なお人よしなんだ」程度であった。
 彼らはその愚かさの報いをすぐにも受ける事になった。
 降伏は受け入れられなかったのである。

「たとえ偽りでなくても、やる事は同じ。皆殺しにしろ」

 ガレス、ランドル、チャンドラーは奇しくも同じ日に似たような指示を出した。
 兵士達も理由を聞かされると納得して命令に従った。
 誰だって敵の巻き添えなどで死にたくはないのだ。
 焦ったのはホルディア兵達である。

「な、何故だ……?」

 どうして降伏を無視されるのか。
 まだ一万くらいの兵力は残っていて、全滅させるのには時間がかかるはずだった。
 そもそも戦いというのは何も敵を全滅させる必要はない。
 勝利条件を満たせば勝利である。
 今回の場合、ホルディア側が降伏すれば連合軍は勝利条件を満たせるはずで、受け入れられないのは不自然である。
 ぐるぐると色んな考えや感情が浮かんでは消える。
 そしてしばらくして一人がはっとして自分達がしている青い首輪に気づいた。

「も、もしかして、この首輪にも例のあの魔法が……?」

 彼らもバルデラ攻撃の際、使われた魔法の事は知っていた。

「ば、馬鹿な。あれ、距離あきすぎだと使えないだろ。起動出来る奴なんて、いないだろうに」

 一人が疑問が投げかけたが、別の一人がそれを打ち消す事を言った。

「で、でもよ。どうやってそれを証明するんだよ?」

 砦内部に重苦しい沈黙が包む。

「ア、アステリア! あの女っ!」

「最初から俺達を皆殺しにさせるつもりで!」

 やっとその事に気づいたのだった。

「げ、外道な。こんな事を民が許すのか」

 一人が唸るとやはり別の一人が反論した。

「い、いや、俺達は全員死んだら後は侵略者だけ。民は侵略者よりもあの女の言う事を信じるだろう」

 自国の王と自国へ侵略してきた連中と民はどちらを信じるのか。
 考えるまでもない事だったし、アステリアは承知の上でこの仕打ちをしたのだろう。
 そうしている間にも連合軍の攻撃は続き、ホルディア兵は次々に死んでいった。
 アステリアへの憎悪を浮かべ、呪いの言葉を吐きながら。


 もっとも連合軍側もアステリアに対しては似たような感想を持った。

「惨い真似を」

 ガレスは吐き捨てた。
 第一目標を達成した喜びはない。
 兵士達も似たような表情で、いつもならばすぐにあがる勝ち鬨が聞こえて来ない。
 兵士達の心情をガレスはよく理解出来た。


「何でだ? 何で誰も喜ばんのだ?」

 レミールは一人ではしゃぎ、誰も倣わない事を心底不思議がっていた。
 勝ったのだから喜べばよいとごく単純に考えている。
 チャンドラーは説明する気力などなかった。
 兵士達が喜べないのは当たり前である。
 いくら正規の厳しい訓練に耐え抜き、鍛え上げられた精鋭とて降伏を望む者を一方的に殺すなど、愉快であるはずがなかった。
 おまけに一度もまともに交戦はしなかったとなると。

「おのれ」

 ランドルは呻いた。
 今回の戦いは酷いものだった。
 立て篭もるだけで出てこない敵兵、安全距離から攻撃するだけの自軍側。
 これでは戦いに勝ったという実感が沸くはずもない。
 ホルディア軍が出撃してこなかった理由がやっと分かった。
 更に砦を制圧する事も出来ないし、略奪も出来ない。
 女を抱く事も出来ない。
 兵士達の士気を高揚させるような事は何一つ起こせない。
 「骨折り損のくたびれもうけ」という言葉が脳裏をよぎる。
 ランドル、チャンドラー、ガレスの三将には共通した懸念があった。
 今回の戦いで本当に自分達が優位に立ったのか、というものだ。
 勝ったのに拠点も物資も得られず、士気も下がってしまった。
 はっきり言って勝利した軍の雰囲気ではない。
 一方ホルディアはと言うと、反逆した者達をきれいさっぱり処分する事が出来た。
 正規軍を少しも損なわずに敵の消耗も誘えた。
 砦を三つも失った対価としては少ないかもしれないが、連合軍の出鼻を挫く事には成功した。
 彼らは出鼻を挫かれたものの、砦は落とした事で連絡を取り合い、軍はそのままにして将三人が一度集まる事にした。
 レミールでなくチャンドラーが来た理由は語るまでもない。

「恐ろしい女だな」

 ガレスが口火を切ると他の二人も次々に意見を言う。

「普通は考えてもここまで徹底して非情な仕打ちは出来ん。狂王とはよく言ったものだ」

 チャンドラーがそう言い、ランドルも続いた。

「確かに人として狂った部分があるようですな。こちらの士気を挫く為とは言え、あえて砦を三つも捨てるとは」

「いや、結果論だがありと言えばありだ。占拠されるのを防ぐ方法があってこその話だが」

 ガレスの言う事も分からないではない。
 三カ国の目的は落とした砦を拠点とし、補給を確保するつもりでいた。
 それが完全に封じられた形となった。
 更に一度敵に占拠された砦を奪還するのは簡単ではない。
 ホルディアの作戦そのものは非常に有効だと言える。
 大量の屍を積み上げるのが前提だが、最大の人口と奴隷保有数を誇るホルディアだからこそ可能な事ではある。

「私は正直懐疑的なのだが」

 と言ったのはチャンドラーである。

「しかし、少なくとも今回に関しては有効だったとは認めざるを得ない。現には我が軍の兵士は士気が上がらないでいる」

 敵と直接戦わなかった事も大きい。
 「戦わずに勝つならばその方がよい」と思えるのは将のような者達だけで、一般の兵は戦って敵を倒したいのだ。
 そして手柄を立てて褒賞をもらう、略奪品を分捕る、女を抱くいうのが彼らの思い描く夢だ。
 それが何一つ敵わないとなると士気が上がらないのは無理ない。
 彼らは戦場での駆け引きや計略の事など何も分からない。
 極端な話、目の前の敵をぶん殴って倒せればそれでよいと思っている。
 敵がわざと負けるとか、戦わないとか想像の埒外なのだ。
 そして思い通りにならないとすぐに懐疑的になり、混乱を起こす。
 そんな者達を統率し、敵を倒して味方を勝利させるのが将の役目だった。

「間者からの報告によると正規軍に動き気配はなし、との事だ。次は何を企んでいるのかねぇ」

 ランドルの発言にガレスが最もありえそうな事を言ってみた。

「民に我々が恐ろしい存在と吹聴し退避させる。そして金品、食料の類の全てを持って移動させるといったところではないか?」

 チャンドラーは頷いたが、一部を修正した。

「ありえるな。ただ、間者からの報告を聞いた限りでは既にやった後かもしれない。大きな動きはないそうだから」

「やれやれ。我々は用意周到に待ち構えている敵のど真ん中に飛び込んでしまったというわけですかな」

 ランドルの嫌みったらしい口調も普段のような切れはなかった。 
 当たってほしくない想像が次々に浮かんでは消える。
 何故勝利したのに敗者の精神になっているのだろう。
 補給を国の財政のみで賄うのは負担が大きいのであまり好ましくない。
 準備万端で用意を整えたと言っても、ある程度はホルディアから略奪するのが前提だった。

「一つ言えるとすれば、どうせまともな方法では来ない。それだけだ」

 チャンドラーの断定的な言葉に、ガレスとランドルは全面的に賛成した。
 一応三者とも本国の上層部に結果を報告する。
 戦果は充分として引き上げ命令がくればありがたいのだが、そんな事にはならないだろうと三人とも思っている。
 勝ったとは言っても砦も財貨も、女も物資も土地も何も手に入れていないのだ。
 これだと戦費がそのまま損害として計算せねばならなくなる。
 きっと元が取れるだけの財貨や領土を得るまで帰還するなと言われるだろう。
 砦を制圧出来ない、略奪が出来ない、士気が上がらない、それがどうしたというのが戦場を知らない文官の見解だ。
 そんな事で崩れそうになるのは将が無能だからだと。
 されど広大なホルディアを制圧していくには三十五万程度ではとても足りない。
 援軍を派遣してもらわないといけない。
 ホルディアの土地を領有するには多大な人員と莫大な食料が必要になるだろう。
 ただ、本国はホルディアを制圧出来るならば安いと考えているからきっとすぐにでも後詰が来る。
 それが国の財政に大きな負担となり、より大きな戦果を求められる事になりそうだ。
 三人は負の螺旋に陥りかけている気がし、慌てて打ち消した。
 全ては最悪の可能性の話だ、と言い聞かせる事にした。
 アステリアが彼らが思っている程に恐ろしいとは限らない。
 この期に及んでこんな事を考える己の愚かさを彼らは自覚していた。
 敵の計略にかかっていると承知の上で敵の失敗や無能さを期待する、これが愚かでなくて何だと言うのだろうか。
 ガレスがふと空を見上げると、雲が出始めていた。
 自分達にとって凶兆である気がした程だった。
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