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ネクストライフ 作者:相野仁

六章「ターリアント大陸擾乱」

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二話「愚者の狂騒曲2」

 ランドルを大将とするヴェスター軍十万はルチニア砦前で陣を作った。

「ふむ。反逆者達を我々に始末させる腹つもりだな」

 そして迂闊に近づけないようにして長期戦化を狙ってもいる。
 間者からの報告を受けたランドルは、ホルディア王アステリアの意図を見抜いた。
 少なくとも本人はそのつもりであった。
 ヴェスターとしては長期戦はあまり望ましくはない。
 出兵する理由は国益の為であり、長期戦で補給線の維持の負担が増えれば損害に転じるだろう。
 そうすればランドルが責任を取らねばならなかった。
 帳尻合わせを現場に押し付けるという点ではヴェスターもミスラやバルシャークと同様だった。

「いかがいたしましょう?」

 意見を求めてきた参謀にランドルは舌打ちをした。

「それを考えるのが参謀の仕事だろうに。給料泥棒なのか?」

 嫌味を言った後で仕事をさせない為に自分の考えを言った。

「翼竜兵団に空から攻撃させる。敵兵の攻撃が届かぬ場所からな。他に方法はあるまい」

 本来は決戦兵力である翼竜兵団をいきなり投入するのは勿体ない気もするが、そんな事にこだわって敵の狙いにハマる事こそが愚かだとランドルは判断した。

「しかし攻撃の届かぬ場所からだと時間がかかりすぎますぞ」

 参謀の懸念も当然というものだった。
 戦果を挙げようと思えばそれなりに危険を冒さねばならないのは翼竜兵団と言えども例外ではない。
 翼竜兵団の強さはワイバーンの攻撃力と突進力を活かした部分にあり、ワイバーンを操る者の戦闘力ではないのだ。
 反撃されない遥か上空からワイバーンに跨った人間だけの攻撃は、効果が出るにはかなりの時間が必要だろう。

「ある程度はやむをえん」

 ランドルは平然としている。
 苦労は他国の軍勢にさせようと主君のジョンソンと話し合っていたくらいだから当たり前だ。
 長期戦になったとしても受けた損害が少なければ元は取りやすいし、厳しくなればさっさと撤退しようとすら思っていた。
 問題は先述の通り、長引きすぎると利益ではなく損害が発生する点だ。
 損害が生じる前に決着がつく程度の長期戦を行う事がランドルの役目で、いい役回りだと言うのは困難であった。

「敵が降伏を申し出てきた場合は?」

「死人が出た場合、貴様が全責任を取るのか?」

 ここでもバルデラ砦の例が持ち出される。
 例の首輪をしている可能性がある奴隷を陣内に受け入れると、それは味方の死を招く危険がある。
 参謀は顔を真っ赤にしたが反論が出来ず黙ったままだ。
 このように恥をかかせるからランドルは将兵に不人気だったりするのだが、一方で何とか彼の鼻を明かしてやろうと奮起して、他の者が大将の時よりも働くのだから人間は複雑と言えるかもしれない。

「先は長い。ルチニカ砦は出来るだけ少ない犠牲で落とさねばならん」

 この点だけは他の者達と完全に一致していた。
 ただ他の者はこの時既にランドルが足並みを揃える気がない事には気づいてはいなかった。
 他の者は単純に長すぎる戦いは好ましくないとしか思っていないのである。




 チャンドラーは激怒して帰ってきたレミールを宥めるのに懸命だった。
 大将としての権限を持っている輩に軽はずみな命令を出されてはたまらない。

「チャンドラー、私は侮辱されたんだぞ! 王族の私が! バルシャーク軍大将の私がだ!」

 他に誇る点がないから下に見られるのだ、と思っても口には出さない。
 そんな事を言った者は過去全員打ち首か奴隷に落とされたかだった。

「結果を持って愚かさを教えてやればいいのです。それこそがバルシャーク王家の血を継ぐ方のあるべき姿でしょう」

「分かっておるわ!」

 チャンドラーの言葉にレミールは大声で怒鳴った。
 怒鳴りたいのはこちらだとチャンドラーは思う。
 全軍を自分に任せてもらえていれば、最低でも他の国に面子が立つ程度の戦果は挙げられたというのに、何を思ってこんな問題児をくっつけてきたのか。

(恐らく何も考えていないのだろうな)

 ジェシカは軍事面に疎く、我が侭な素人が大将を務める危うさを理解していないのだろう。
 きっと経験豊富なチャンドラーに補佐させれば、レミールでも何とかなるくらいに考えているに違いない。
 せめて周囲の意見に耳を傾けるよう、言い含めておいてほしかったと思う。
 ……言い含められたのにこの態度だとは考えたくもなかった。

「全軍突撃させろ。他の軍より先に攻め落とし、奴らを笑ってやるのだ」

 レミールの発言に絶望という言葉が脳内で点滅したが、何とか追い出そうと試みる。
 シャーヒー砦は要害でないとは聞いているが実物を見ていなければ何とも言えない。
 それにたとえ要害でなかったとしても、優れた将が指揮をとれば一気に難攻不落に近づく。

「それはなりません」

「何だと!」

 穏やかに諭したつもりだったがレミールは噛み付いた。
 己に反対する者全てが気に入らないかのようであった。
 チャンドラーはガレスやランドルが考えた事を同じ事を説明した。
 レミールは唸る。
 感心したのではなく、反対された事への怒りであった。

「そんな不確かな可能性の為に消極的になるのか! 殺戮将軍の勇名は一体どこへいった!? 相手がホルディアだと腰が引けるのか!?」

 レミール本人にしてみれば叱咤のつもりであったが、チャンドラーにとっては誹謗でしかなかった。
 兵を無闇に損なう事を避けるのは将の基本なのに、その程度の事さえも理解しないのか。
 屈辱に半瞬表情が歪んだが、持ち前の精神力ですぐに元に戻した。

「レミール様」

「ひっ、な、何だ」

 拷問いらずとまで言われるチャンドラー本来の迫力は、軟弱なレミールに耐えるのは不可能だった。
 気絶しなかっただけ立派だと称えてもよいくらいだ。

「口幅ったいですが、私の異名の由来はご存知でしょうか?」

 今のチャンドラーはレミールにつけられたただの壮年の副官ではなかった。

「も、もちろんだ。一方的に敵兵を殺しまくる姿が原因だろう」

 ボルトナー王アウグスト三世と百合以上も打ち合える唯一の人類であり、西方最強の戦士というのがチャンドラーの評価であった。
 これまでに敵の屍を無数に積み重ね、遺族の涙の量だけの富貴を得てきた男だとされる。
 狂王アステリアが登場する前までは恐らく西方で一番の嫌われ者だったはずである。
 それほどの男に威圧感をむき出しにされると、苦労知らずで軟弱なレミールは恐怖心で全てが埋め尽くされる。

「その私が信用出来ませんか?」

 レミールが平常心であれば無礼だと喚いただろうが、今のレミールにはチャンドラーの機嫌を取る事しか思い浮かばなかった。

「で、出来るとも。おぬしにしては消極的すぎないかと思っただけだ。す、すまなかった」

 レミールの本心はいくらでも謝るから落ち着いてほしい、というところだ。
 全身の震えが止まらず、生きた心地がしない。
 そんな情けない大将の姿にチャンドラーは心の中でだけ盛大にため息をついて圧力を引っ込めた。
 意外と扱いやすかったのは幸いだが、これでいいのかという想いが湧き上がってくるのを抑えきれなかった。
 シャーヒー砦前に到着し、間者の報告を聞いて一層その想いは強くなった。
 バルシャーク軍は決して強くない。
 チャンドラーが先頭に立って敵兵を蹴散らす姿を見せる事で士気を鼓舞し、勝利をおさめてきたのだが、今回はそれが出来ない。
 己も部下も巻き添え攻撃で死ぬ危険は冒せなかった。
 意図してなのか偶然なのかまでは分からないが、バルシャークの得意戦法は封じられた形になる。

(これが狂王とやらの狙いか……?)

 チャンドラーが先頭を切らないバルシャーク軍など恐れるに及ばず。
 ホルディア正規軍ならばそう言ってもいい程度の錬度はあるが、果たして奴隷兵はどうだろうか。
 もちろん今回の策では反逆者の始末が大切で、こちらへの備えは二の次という可能性もある。
 そう思わせる事こそが真の狙いかもしれない。
 チャンドラーにしてみればアステリアという女は実にやりにくい相手だ。

(こういう手合いこそ、政治で何とかしてほしいものだ)

 戦ったら面倒な相手とは戦わず、政治的に解決を図る。
 軍も政治も国家戦略の一要素なのだからそれくらいは考えてほしい、と思うのはチャンドラーだけなのだろうか。
 理解出来ぬ相手だからこそ政治的手段では解決出来ず、力で叩きのめす必要がある、という見方も成立するのだが、この時のチャンドラーにそこまで考える余裕はなかった。



 迎え撃つホルディア軍の士気は低くなかった。
 彼らはアステリアが貴族を潰した時、奴隷に落とされた者達である。
 何故士気が低くないかと言うと、アステリアが戦う前に「手柄を立てた者は奴隷から解放する」と約束した為だ。
 通常なら決して信じなかっただろうが、アステリアは改革の一環として功をあげた者、能力がある者は奴隷から解放して登用した。
 千人以上の解放された奴隷達がアステリアに忠誠を誓い、与えられた職務に忠実に励んでいる光景を見せられては信じるしかなかった。
 元々彼らは貴族に従っていたり、おこぼれにあずかっていただけである。
 罪を打ち消せる程の手柄を立てる事が出来れば、再び返り咲く事は可能だ。
 貴族は皆殺しにしたアステリアが自分達は殺さなかったのだ。
 それくらい自分達は能力を惜しまれているのだ。
 ……そう虫がいいような事を本気で信じていたのは、彼らが愚かなだけと断じてはいささか酷である。
 アステリアは「犯罪者でもいいから人材がほしい」とぼやいていた。
 そして奴隷を解放して職務につかせていた。
 つまり回り回って彼らの耳にもそれが入ったのだ。
 単に正面から言われただけならばさすがに疑った彼らも、周囲を介在して手に入れた情報は額面通りに受け取った。
 彼らが信じる気になった頃を見計らってアステリアは命令を出したのだった。
 上手い策だと文官の一人に賞賛されたアステリアは肩を竦めて

「こんなもの策とは言わん」

 とだけ言うと職務に戻った。
 ホルディアと三カ国連合軍の戦いは、ターリアント大陸史上でも特に忘れられない戦いとなった。
 正式名よりも通称の方が有名で、それを「愚者の狂騒曲」という。
 それだけを聞けば幼児以下の年齢の者を除いて誰でもどの戦いの事を示すのか、瞬時に分かったのである。
 されど通称の名付け親だけは知られていない。
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