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ネクストライフ 作者:相野仁

五章「婚活戦争?(後)」

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六話「気まずい」

 エマの朝は早い。
 主人のロヴィーサを起こすのも彼女の役目だ。
 本来ならばもっと格下の者にやらせても構わないのだが、ロヴィーサ本人が「エマ以外に寝顔を見られるのは嫌」と言うのだから仕方がない。
 彼女としても主人に我侭を言われるのは嫌いではなかった。
 滅多に我侭を言ったりしないから尚更である。

「ロヴィーサ様、お目覚め下さい」

 肩を軽く揺さぶる。
 朝が弱くないロヴィーサはほとんどこれだけで目を覚ます。
 今日もすぐに目を覚ました。

「おはよう、エマ」

 そう言って優しく微笑む。
 「人形」と貴族令嬢達に陰口を叩かれる、主人のこの顔を見れるのはエマの特権とも言える。
 もっと笑えば求婚者が一桁は増えるだろうと贔屓目なしで思うのだが、主人にとっては煩わしいだけだと知っているので口には出さない。
 ヘルカやその母は「王女は好かれてナンボ」とはっきりと言っていて、よく主従二人は苦笑させられたものだ。

「おはようございます、ロヴィーサ様。目覚ましのレモン茶が入っております」

「うん……」

 ロヴィーサはどこか甘えるような雰囲気をまとったまま、ベッドから出る。
 ネグリジェは生地がやや厚めで、透けたり体のラインが分かったりしない。
 そういった類の物は「下品だ」と嫌うお姫様なのだ。
 しかしもうそんな事を言っている場合ではない、とエマは思う。
 マリウスの周辺はかなり華やかになってきている。
 エマの贔屓目でロヴィーサに対抗出来る容姿の持ち主はバーラくらいだが、マリウスの女性の好みは不明である。
 当初はロヴィーサが好みだと思っていたのだが、どうやらそういうわけではないようだ。

(目移りしたのかしら? これだから男は……)

 清らかな乙女にありがちな潔癖症な怒りを見せつつ、エマは素早く着替えの用意とお茶と準備をする。
 ロヴィーサはまず顔を洗いに行った。
 彼女はエマと二人きりだと意外とだらしなく、ネグリジェのまま朝食を摂りたがったりするのだが、専属侍女としては癖になったら困る例外を認めるわけにはいかない。
 主人に悪影響を与えた侍女は最悪斬首もありえるのだ。
 もっとも没落したアシュトンらのように、主人の方がダメだとどうしようもなかったりするのだが。
 幸いな事に王宮の外でなら、きちんとした態度を取る事を心掛けてくれるのでまだ楽ではあった。
 洗顔から戻ってきた主人の着替えを手伝い、さりげなく今日の体調がどうか観察する。
 格下の侍女達が何人も必要な事をエマは一人で全て出来るのだった。
 訳ありで一人で全部こなす場合が多々あるが、本来ならばエマは下の者に指示を出すだけである。
 だからこそ全てを注意深く観察しているし、あらゆる仕事を素早くこなせるのだった。

「ん。美味しい」

「ロヴィーサ様、挨拶が抜けています」

「あ」

 まあロヴィーサは割とミスがあるという理由もある。
 挨拶を慌てて行い、改めて食事を再開するロヴィーサを立ったまま見守る。
 そんな忠実な侍女の視線を浴びつつ、王女は幸せそうにレモン茶を飲む。

「相変わらず最高に美味しいわ」

 その一言だけならば礼を言って終わりだったのだが、今日のロヴィーサはどういうわけか余計な一言を付け加えた。

「いつでもお嫁に行けるわね」

 主人には一かけらの悪意もない。
 エマは幸せそうな顔を見ずとも、声だけで理解出来た。
 だから意趣返しを少しだけ行う事にした。

「ロヴィーサ様次第でございます。私が行き遅れになる前にお願いします」

 女にとって「行き遅れ」が禁句なのは、古今東西どの大陸でも同じである。
 それだけに自虐にしか聞こえず、ロヴィーサは慌てた。

「ご、ごめんね。エマならばきっと引く手数多だわ」

「年を取ると引く手がなくなりますが」

 あれ、意外と根に持っているぞ、とロヴィーサは恐怖した。
 理由がさっぱり分からない。
 確かにエマは十九歳で、貴族女性としては適齢期を迎えている。
 しかし、王族専属となった人間ならば、二十歳を過ぎても問題はないはずだ。
 ちなみにただの王宮仕えや貴族専属だった場合、二十歳になった時点で扱いが変わってしまう。
 「格の違い」はこういうところでも影響が出るのである。
 エマは元諜報部長を父に持っているし、将軍なども輩出している名門の家の生まれだし、おまけに王女であるロヴィーサの専属だ。
 二十歳を過ぎたところで、頭を下げて結婚を申し込みに来る貴族の親は何人もいるだろう。
 考えても己の頭では謎は解けないとロヴィーサは諦め、素直に問う事にした。

「何を怒っているのかしら? 教えてちょうだい」

 エマはため息をついた。

「人の事を心配する前に自分を何とかしろとか、危機感を覚えてるのに行動に移さないとか何考えているのかとか、思ったりしていませんが」

「ご、ごめん」

 エマは普段口数は多くないが、怒ると饒舌になる。 
 それを思い知っているロヴィーサはひたすら謝るしかなかった。
 ロヴィーサとエマの関係は、国でも大陸でも型破りと言える。
 主人はどれほど悪くても一言詫びるだけでよい、とされるのが常識なのだ。
 本来ならば咎めるべきベルンハルト三世も娘が「気の置けぬ同性の友人」を手に入れた事を喜び、エマの事は黙認した。
 こんこんと説教されたロヴィーサはぐったりとして後悔した。

(結婚の事は禁句だったみたい……)

 焦っているのか、と今のエマに尋ねる勇気は出せなかった。
 多分冗談と受け取れる精神状態ではない。
 そこで話を逸らしてみる事にした。

「マリウス様はもう起きていらっしゃるかしら」

「ロヴィーサ様より朝は早かったですよ」

 マリウスが王宮に来てしばらくはエマが面倒を見ていたので、起床時間なども把握している。

「レミカがお世話する暇がなかったりして……」

「笑えません」

 エマはぴしゃりと主人の冗談を切り捨てた。
 これには二つの意味があった。 
 侍女が仕える主人の世話を出来ないのは論外だという意味、そして実際にありえそうだという意味。
 マリウスは早起きだし、生活習慣も真面目な方に分類される。
 誰かに仕えられ、世話される日々とは無縁だったのは確かだ。

「レミカなら恐らくは大丈夫だと思いますが……」

 いくらマリウスが望んだとしても、能力が足りていない場合は断るのが普通だ。
 あっさり認められたのはレミカが信用されていたという事。
 想定外の展開でもならない限りは大丈夫だろう、とエマは言うしロヴィーサも賛成した。








 レミカは今まさに想定外の事態に直面していた。

(あうあうあう……)

 声に出さなかっただけ、我ながら立派だと言い聞かせた展開。
 部屋に入るとマリウスと全裸の美女三人が絡み合っていたのだった。
 そう言えば声をかけてノックした時、何だか慌てたような音がしたような気がするな、とどこか他人事的な考えが浮かんでは消えた。
 場面にばったり遭遇した時の気まずさは、男も女も侍女も変わりはないのである。
 マリウスは数秒硬直していたが、どこか投げやりな感じで美女達をレミカに紹介した。

「紹介してなかった気がするから紹介するけど、召喚獣のゾフィ、アル、エルだ」

「は、初めまして」

 レミカは顔を真っ赤にしながら挨拶をする。
 そう言えばマリウスは淫魔三匹に襲われた事があり、返り討ちにして召喚獣にしたという話があった。
 聞かされてはいたのだが、すっかり失念していたのだった。
 淫魔達は悪びれるどころか、開き直っていたり、レミカの方をまるで品定めするかのような視線を向けてくる。
 まるで恋敵を見るような態度だ、と女の直感が告げていた。
 なれるものならなりたいけど、というのがレミカの正直なところである。
 レミカの身分や立場では、自分からマリウスに告白など無理だ。
 と言うかロヴィーサを差し置いて、という展開は想像すら出来ない。
 貴族の娘として、王宮の侍女としてたっぷり教育された結果である。

「し、失礼しました」

 レミカは一度部屋を出た方がいいとしばらくして気づき、慌てて逃げ出した。

(び、びっくりした)

 扉を閉めて大きく息を吐き出す。
 乙女の身に対しては、刺激が強すぎる光景だった。



「あってもおかしくない展開だよな、そう言えば」

 マリウスも気まずい空気をごまかすべく、頬をポリポリとかいた。
 今までは一度も遭遇した事がなかったので忘れていたのだが、今朝みたいに淫魔達がべったりしていては、起こしに来た侍女に目撃されるのは当然かもしれない。
 むしろこれまで起こらなかったのは、エマの方がさりげなく気をつけていてくれたのではないだろうか。
 ふとそんな考えが浮かぶ。

(そう言えばエマさん、ノックしてから入ってくるまでにかなり間があったような気が……)

 大抵、お茶の用意をしているので、そのせいだとばかり思っていたのだが。
 今この瞬間は、淫魔達が消える時間を作っていてくれたのだと分かった。
 もしかしたら単に見たくないだけなのかもしれないが。

「さてどう言ったものかな……」

 複数の女性との行為後の様を別の女性に目撃されたのは、さすがに初めての経験である。
 対処法としてはいくつか挙げられる。
 一つ、記憶を消す。

(うん、最低だ)

 二つ、口封じに押し倒す。

(うん、最低だ)

 三つ、淫魔達を強化していると説明する。

(あまり説得力ないよな)

 言い訳めいているにも程がある。
 マリウスがうんうん唸っていると、ゾフィが現れて提案した。

「押し倒して、愛人にしてしまえばよろしいのでは?」

「お前の言う事はあまりアテにならん……」

 この召喚獣はどうも男前な発想をしがちだとマリウスは分かっていた。
 しかしゾフィは引き下がらなかった。

「ですがご主人様、どうせこの国の貴族の女達のあしらい方も覚えなくてはならないのでしょう?」

 抱き方、といった表現を使わなかったのは主人への配慮である。
 ついでに部下達が「利敵行為を」と抗議の思念を送って来たのも無視をする。
 部下と主人では主人の方を優先するのは当然だった。

「ううむ。それはそうだけどな」

 貴族の女性達だとか、一夫多妻とか、経験のない部分に関しては臆病なくらいに慎重になっているマリウスだった。

「ご主人様、一夫多妻に興味をお持ちなのでしょう? ならば侍女の一人や二人、手を出すのが当然では?」

「だからお前の言う事はアテには出来ん」

 ゾフィの感覚なり価値観なりはあくまでも淫魔のものだとマリウスはわきまえている。
 しかしどこか心に響く力もあったのも確かだ。
 元の世界において「ハーレムもの」と分類される作品では、王道的な展開なのは事実である。
 異世界の創作物がどこまで参考になるのか、という点が問題ではあったが。

「はあ、しかしご主人様。ご主人様は女に対して腰が引けた態度をお取りになっていると、侮られる原因にもなりかねませんよ?」

 女に対して強く出られないと見れば、それにつけこんだ謀略が張り巡らされるものだ、とゾフィは忠告する。

「それにしてもお前、本当に女性淫魔か……?」

 何だか発想が男的すぎるのだ。
 マリウスの疑問にゾフィは心底不思議そうな顔をする。
 昨晩から今朝にかけて、あれほど情熱的に可愛がって下さったのはご主人様ではないか、と言外の態度で答えた。
 結局、レミカとはぎこちない朝を過ごす事になった。
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