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ネクストライフ 作者:相野仁

五章「婚活戦争?(後)」

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三話「そうだ、領地を見よう」

 マリウスは与えられた領地を見に行く事にした。
 マリウスが伯爵位を与えられたのはほんの半月程前の話で、領地を実際に経営している代官やその部下の執務官達と顔合わせはまだしていない。
 まさか半月足らずで爵位が上がり、領土が増えるとは想像もしなかった。
 魔王や魔人の事の方を優先すべきと考えていたし、王もそれを認めたのだった。
 しかし顔合わせする前に領地が増えて、部下の仕事が増えるというのはさすがにまずい。
 本来、領地を持つ貴族は領地内に本宅を構え、領主としての職務をこなさなくてはならない。
 代官とは領主が王宮に参内する時の留守を預かる役職だ。
 少なくともフィラートではそう位置づけられている。
 ただ、何事も例外はつきもので、マリウスは領主としての手腕は期待出来ないし、王都に居続ける方がよいとされていた。
 しかし、中には領主しか決められない事もあるので、そろそろ一度顔を出してほしいといった旨の手紙も届いた。
 エマからの忠告もあり、行くしかない流れが出来上がっていた。
 興味津々だったバーラとキャサリンは、「親善の為の行事」を用意して撃退された。

「何故あなた達が……?」

 だからロヴィーサとエマがついてきた事が意外だった。
 レミカがついてくるのは専属侍女だから、でいい。
 アイナが小声で「レミカちゃんしっかり」と何やら励ましていたり、バーラが天を仰いだり、キャサリンが日課の正拳突きを増やしたりといったイベントがあったりしたが、マリウスが関知しない範囲での事である。

「貴族の領地運営に関して学ぶ為です」

 ロヴィーサはいつも通り、感情を見せずに言った。
 マリウスはその態度で「知らないはずはないだろう」という返しを諦める。
 レミカは可哀相なまでに緊張していた。
 馬車を出そうとする王宮の人々をマリウスは制し、目的地に行った事がある人間がいないか尋ねた。
 そして直後に愚かさに気づいた。
 「トゥーバン侯爵の領地」はかなり広大で、王宮内には住んでいた者、通過した事がある者は何人もいた。
 バレないように目的地に近い場所の記憶を読み取り、覚えておく。
 転移魔法は必ずしも術者が知っていなくても、条件を満たせば発動出来るものがあるのだった。

「誰かが行った事がある場所へ移動する魔法だよ」

 突然景色が変わった事に驚くレミカにはそう説明したが、実際は違う。
 サイコメトリーと転移魔法の組み合わせである。
 ロヴィーサとエマはマリウスが何をやったのか分かったが、レミカには何も言わなかった。
 知っていい情報に差があるのだった。
 レミカを正妻にでもするつもりならともかく、そうでないならばあまり教えない方がレミカの為だとロヴィーサに忠告されている。
 マリウスの常識離れした移動方法について、王宮内で咎める者はいなかった。
 国王が奇妙な表情をしたり、ロヴィーサが眉を寄せたり、エマがため息をついたり、ファルクが苦い物を飲み込んだような顔をしたり、バーラが目を輝かせたりといった差はあったが、

「時間は大切ですから」

 というマリウスの意見を真っ向から否定は出来なかった。
 確かにマリウスには色々な事をこなしてもらった方がありがたかったのだ。







 マリウス達が土地の人間の珍しそうな視線を浴びながら辿り着いたのは、王都の屋敷よりもずっと豪華な建物だった。
 本宅の方が質素なのは稀有な例なのだが、それはとりあえず棚上げにする。
 主人と王女の唐突な来訪に、誰何した門番は大慌てで建物の中へ駆け込んでいった。
 やがて姿を見せた代官ガッソ・ロベールは、初老で実直そうではあったが取り立てて特徴のない男性だった。
 奇抜な手段で不意打ちの如く訪れた一行に対して、温かくされど厳しい言葉を投げかけた。

「時間を大切にというお考えは立派ですが、人々の規範となるべき方が正規の手順を無視する真似はお止め下さい」

 まことにもっともな事で、マリウスは神妙な顔で謝った。
 ロヴィーサ達もバツが悪そうな表情を作る。
 そんな一同を見てガッソは軽くため息をついた。

「私は職務中につき、もてなしはいたしかねます。ご容赦下さい」

 飲み物や椅子を勧める事なく仕事に戻ったガッソに、マリウスは「頑固親父」という印象を持った。
 正論すぎてかえって反発を招きそうな態度だが、雇い主や王女よりも己の職責を果たそうとする姿には好感を持った。
 もっとも、周囲の人間は侯爵や王女をそのまま放置し続けるような度胸はなかったらしく、一分も経過しないうちに小間使いがすっとんで来て応接室にお茶とお菓子を用意した事を告げた。
 ロヴィーサ、エマ、レミカの三人は何の疑問も抱かず移動しようとしたが、マリウスは気が引けた。
 特権意識でふんぞり返った者の行動に思えるのだ。
 周囲がどう思おうがマリウスは馬車と御者を用意し、道中宿泊する手間を省いたつもりでいる。
 つまり決して力をひけらかして威張りたかったわけではない。
 しかし目の前で自分達をいないかのよう扱う「頑固親父」には、それが伝わったとは限らないし、どうも反発された気がする。
 更なる上位者たるロヴィーサはともかく、成り上がり貴族にすぎない自分が頼むべき者に反発され、今後上手くやれる自信はなかった。

「いや、私はここで待つ」

 優れた人材には一国の君主と言えども礼を尽くせ、という考え方がある。
 別にマリウスは常日頃から意識しているわけではないが、目の前の男にはそう接した方がいい気がしたのだ。
 ガッソは一瞬処理速度を落としてマリウスを見たが、すぐに元の速さに戻った。
 驚いたのはロヴィーサ達である。
 上の者が下の者の仕事を終えるのを待つ、という感覚は彼女らにとっては未知のものだ。
 親しい者同士ならばまだしも、会ったばかりの貴族とその部下などでは決してありえない。
 マリウスは意図せずその常識を覆そうというのだ。
 何か言おうと口を開きかけたロヴィーサをエマがそっと止めた。
 エマは情報ではあったが、ガッソという人物の事を知っている。
 王宮から勧誘された程の実力者ではあるが、生来の生真面目さ故にそれを断って元の主人に仕えた。
 そして代替わりした若い主人に生真面目さを疎まれて失職した時、トゥーバン伯爵の代官という仕事に誘われ、応じたのだった。
 王家の威光や栄達より、与えられた職務をこなす事を重んじる、愚直なまでの頑固さの持ち主だ。
 トゥーバン伯爵が侯爵になり、仕事が増やされても愚痴をこぼす事もないし、大過なく役目を全うしている。
 そんな人間だからこそ、今マリウスやロヴィーサ達に対していい感情は抱いていないだろう、とエマは予測する。
 非常識な方法で複数の若い女を連れてやってきた、成り上がり貴族。
 マリウスの事を情報でしか知らないガッソがそう解釈するのはごく自然であろうし、よからぬ感情を抱くのも責められない。
 ガッソは気に食わぬ主人相手には暇を願い出る人物だという事を考えると、実にまずい展開だった。
 事務処理能力に関しては国内で一番というわけではないが、今後も領地を留守にする事が多くなるであろうマリウスにとって、恐らく一番信頼出来る相手だ。
 だからこそここで関係を修復しておきたいところだ。
 エマは小声でロヴィーサにそう耳打ちし、ロヴィーサも頷いた。
 ガッソは頑固であっても物が分からぬ男ではないから、マリウスという人物を知れば誤解に気づくだろう。

「では妾もここで待ちましょう。マリウス様だけ立たせるわけにはいきませんし」

 エマはロヴィーサがこう言い出す事を予想していたし、言い出したら聞かない事も知っていたので頷いて賛意を示し、更に一言つけ加えた。

「かしこまりました。私も待ちます」

 こうなったらレミカも待つしかない空気が出来上がって、泣きたくなりながらも顔には出さず強がってみせた。

「私だって待ちますよ。マリウス様とロヴィーサ様を差し置いて、休むわけにはまいりません」 

 かくして四人の客どもは立ったまま、ガッソの仕事を眺めるという展開になったのだが、長くは続かなかった。
 四対の視線が煩わしかったのか、若い女性達を立たせたまま放置するのはさすがにまずいと思ったのか、それとも王女と貴族をまとめてないがしろにするくらいの神経の太さはなかったのか、とにかく応接室で待つようすすめたのだった。
 マリウス達は逆らう事なく従った。
 ガッソの印象を変える事に成功した、と思えた以上無理する必要はない。
 意地を張ったところで評価を再度下げるだけだろう。







 応接室はなかなかの広さではあったが、内装と調度品は質素だった。
 ガッソの仕事部屋にも言える事だが、とにかく豪華さとは無縁そうである。
 代官の性格を反映しているのだといちいち尋ねなくても理解出来た。
 お茶を飲んで一息つくと、扉を叩き「失礼します」と声をかけた上で、一人の男が入ってきた。
 三十代くらいの、これまた真面目そうな男だった。

「姫様と侯爵様のご尊顔を拝しまして恐悦至極に存じます」

 堅苦しい挨拶から入った男はセイルと名乗り、ガッソの息子で執務官の一人だと告げた。
 エマは脳内の情報と目の前の男の特徴が一致する事を確認し、マリウスに頷いて見せた。
 マリウスは新しい雇い主として第一声を投げかけた。

「申し訳ないが、堅苦しいのは苦手なのだ。何しろ成り上がり者なのでね」

 卑下せず事実のみを語る、といった態度を取るマリウスに対し、セイルは表情を動かさず頭を下げた。
 善処いたします、と。
 父親よりはとっつきやすそうではあった。

「とりあえず、簡単でいいから領地の事について報告を頼みたい」

 マリウスにそう言われ、セイルは何も見ずに説明し始めた。
 トゥーバン侯爵家が領有するのはピリングス、フォールナ、リスペカの三つで、それぞれ農業が盛ん。
 言い方を変えれば他に特に産出しない、田舎に分類される地だ。
 収入源は農作物、通行税や露天商の場所代、季節ごとの祭目当ての観光客が主となっている。
 フィラートは大国で貿易も盛んだからこその恩恵を受けていると言える。
 セイルがつっかえたり、思い出そうという努力をする必要もなく、すらすらと話す様をマリウスは感心して見ていた。
 事務方というのは逐一書類とにらめっこしているイメージを持っていたせいで、とても新鮮な衝撃を受けたのだ。
 ロヴィーサ達は当たり前といった顔で聞いているあたり、執務官は全員がこれくらいは出来るのかもしれない。

(異世界、半端ねぇ)

 また一つ、カルチャーショックを受けたマリウスだった。
 説明を終えたマリウスが礼を言うと、セイルは軽く眉を動かした。
 貴族が礼に言われるのが意外のようだった。

「貴顕の身分の者は、平民に礼を言うものではない。褒めるものだ、というのが我が国の慣わしですから」

 ロヴィーサの説明でマリウスは得心がいった。
 もっともこの世界での「礼を言う」と「褒める」を区別するのはなかなかの難題ではありそうだったが。
 マリウスが難しい表情を作ると、セイルが口を開いた。

「マリウス・ヴォン・トゥーバン様」

 重々しく、畏敬の念がたっぷりと込められていた。

「あなた様は平民にとって英雄であり、希望の星であります」

 ゆっくりとした、耳を傾けざるを得ない言葉。

「何卒、自覚なさって下さいませ。私如きが僭越の極みではありますが、心よりお願い申し上げます」

 セイルはそう言って這い蹲る。
 言葉ではなく、言葉に込められた真摯な想いがマリウスの心に響いた。

「うむ。忠言、心に刻んでおこう。マリウス・ヴォン・トゥーバンの名において」

 可能な限り厳かな口調を心がけた。
 それこそがセイルに応える事につながると直感したのだ。
 マリウスが「ヴォン」の称号を自ら口にしたのはこの日が初めてであり、歴史的な日となった。
 ちなみに本来主人として迎えてもてなすべき一国の姫を視察に同伴した、史上初の珍貴族としても話題になってしまった。

「それから」

 セイルは付け加える。

「これまでは現状維持しか行っておりません。ご命令なしに新しく開発や投資を行えませんので」

「了解した」

 マリウスはこの時、まだ深く考えていなかった。
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