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ネクストライフ 作者:相野仁

五章「婚活戦争?(後)」

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一話「門出」

 マリウスが侯爵になってめでたしめでたし、では物事は片づかなかった。
 まず家名をどうするかで議論が起こった。
 フィラートは功績次第で成り上がれる国である。
 だからと言って成功者の数だけ家名が存在するわけではない。
 断絶になった家も少なくはないのだ。

「マリウス殿ほどの人材であれば、名門を復活させて継いでいただいてもよいのでは?」

 という意見が出たのが発端である。
 フィラートの名門貴族の家を復活させればマリウスに大いに箔がつく事になる。
 提案者のエムー公爵は宰相ファルクの一門であったし、純然たる好意から出た事もあり議題となったのだった。
 平民の出でありながら、数多くの戦功で一気に上り詰めた豪傑が祖であるベルゲンシュタイン家。
 過去に二人の宮廷魔術師長と十人の宮廷魔術師を輩出した魔法使いの名門、リヒラーデン家。
 初代宰相ファナシュを祖に持ち、他にも三人の宰相を生んだガリバール家。
 惜しまれながら途絶えた家はいくつもあるが、マリウスが継ぐに足る家と言えばこの三つであろうと皆は口を揃える。
 どれがいいかと尋ねられたマリウスは困惑した。

「いずれ劣らぬ名家。優柔不断で申し訳ありませんが、すぐに選ぶのは……」

 言葉を濁すマリウスに、一同はむしろ好感を抱いた。
 それだけ名門の価値を認め、真剣に考えてくれていると解釈したのである。
 マリウスにしてみれば、どれも同じに見えて困惑するしかない、というところだったのだが。

「トゥーバンの名に愛着もありますしね」

 ゲーム開始時からずっと使っていた名前である。
 こちらの世界の人々には決して理解出来ない感覚であろうが。

「別にトゥーバンのままでも構わないのでは?」

 ロヴィーサがぽつりとつぶやいた。
 皆は困惑して顔を見合わせる。

「マリウス様に箔をつけるのではなく、フィラートがマリウス様のおかげで箔がつく、というのが正確でしょうし」

 もっともすぎて誰もロヴィーサに反論出来なかった。
 さっきまでも議論は何だったのだろう、と思いつつベルンハルト三世が言葉を発した。

「マリウス殿はいかがかな?」

「変えなくていいならこのままで。皆様の厚意を無にするようで、心苦しいのですが」

 マリウスの言葉を一同は好意的に受け止め、気にする事はないと言ってくれた。
 こうして家名は決まったが、次に屋敷をどうするかを決める運びになった。
 断絶になった家のものは験が悪いだろうとのことだったが、これも

「そういうのは気にならないので」

 というマリウスの一言で、屋敷は元貴族のものを内装や調度品を変えるだけになった。

「そして次に屋敷を管理する者達だが」

 ベルンハルト三世が手を叩くと、扉が開いてメイド服を着た女性達が入ってきた。
 年齢はまちまちで、髪に白いもの混じった者から少女達もいる。
 アイナとレミカがいたのは当然だが、ヘルカもいたのが意外だった。
 他にも見覚えのある者もいる。
 ヘルカはマリウスと目が合うとウインクを飛ばし、ロヴィーサに咳払いでたしなめられた。

「面識ある者もいようが、改めて順番に自己紹介するように」

 王の言葉に従い、恐らくは年齢順でマリウスに向かって一礼して挨拶を始める。

「元バロース公爵家侍女長、アメリアと申します」

 マリウスを見る目には何の感情も浮かんでいない。
 経験豊富だからか、新しい雇用主に対して気持ちの切り替えは出来ているようだった。
 他にも経験のある女性達は皆が大貴族に務めていた経験があるようだった。

「元王女直属侍女にして、この度は復帰が決まったヘルカと申します」

 ヘルカは虫も殺さぬような顔に笑みを浮かべたが、マリウスの本能が警告を発するのは何故だろうか。
 続いては年少組が挨拶をする。

「元王宮侍女、アイナと申します」

「同じく元王宮侍女、レミカと申します」

 マリウスの希望で引き抜かれた少女達である。
 ここまではよかったのだが、更に二人の少女がいたのだった。

「この度見習いとして採用されました、レガンダ公爵家のミリーと申します」

「同じく見習いとして採用されました、ガーラル家のファーナと申します」

 顔も名前も声も覚えがある。
 かつて危うく「一度に複数の女性に親愛表現を返した最低の男」になりかけた原因の、貴族令嬢達だ。
 それもマリウスの印象ではグループのリーダー格だったように見える。
 彼女達の家も没落したのか、と思っていると王がさりげなく説明した。

「彼女達もそろそろ行儀見習いに出る年齢だしな。ならば経験豊富な者達が集う場所がよかろうという事になった」

 マリウスは心の中でだけ「説明になってねーよ」と罵った。
 王宮ならばずっと経験豊富な者達が揃っているはずなのである。
 ついでに同じく行儀見習いの少女達がいるから、人脈作りという点でも役に立つ。
 わざわざ新興侯爵のところに来るなど、魂胆は一つしかないはずである。

(まあ俺でも分かる事に気づいてないわけないよな)

 その点に関しては疑う余地がないと言っていいくらいに信頼している。
 分かってはいてもどうにもならなかった、といったところなのだろう。
 すると彼女らは少なくともアシュトン派でないという事になるが、短絡的すぎるだろうか。

(考えても分からん……)

 マリウスはあっさりと諦めた。
 エマやロヴィーサに訊くか、素直に「リードシンク」を使うかすれば解決するはずだ。
 それよりも問題なのは何故全員が女性なのだろう。
 貴族の家と言えば渋い年配男性の執事がいるというのが相場だと思うマリウスにとって、かなり意外な人選の結果である。

(俺ってそんなに女好きに見えるか?)

 ロヴィーサと仲よくなりたいし、エマやバーラと仲よく出来れば嬉しい。
 ゾフィらを召喚獣にしてからは楽しい日々が続いている。
 女好きと決めつけられても否定しきれないとは思うが、ルーカスやニルソン、レイモンドらとは仲よくしているつもりでいたのだ。
 このへんの事情も説明されるかと思っていたら、王は何も言わずに話を進めてしまった。
 後でアイナかレミカにでも聞いてみようと思った。
 ヘルカが選択肢として浮かばないあたり、マリウスの微妙な心理が表れている。

「今日からマリウス・トゥーバン侯爵の門出である!」

 ベルンハルト三世の厳かな宣言で解散となった。
 叙任式は上流貴族としては極めて珍しく簡略なものだったし、その後も異例ずくめだったが、マリウスが嫌だと言ったら誰も覆す事が出来ない。
 何よりマリウスの存在からして異例であり、その事に不満を持つ者は貴族社会から一掃された。
 まだ残存勢力はいるが、青息吐息で相手にするのも馬鹿らしい。
 そしてマリウスにしてみれば「まだパーティーする気だったのか」と言いたかった。
 魔演祭でパーティーがあり、帰ってきたら数日でバーラがやってきて、それからまた数日でキャサリンがやってきた。
 たまになら珍しくてありがたいパーティーも、これだけ開催頻度が高ければうんざりしてくる。
 貴族ならばやらない方が珍しいくらいだとファルクに言われた時はげっそりとした。
 精神面はなかなか庶民レベルから脱却出来ないマリウスだったが、「金銭感覚が麻痺するよりマシ」と半ば開き直りに近い事を考えていた。

「それではマリウス様、お越し下さいませ」

 ヘルカに声をかけられ、マリウスも歩き出した。
 今日で王宮生活も終わりを告げるのである。
 一か月以上も住んだ場所を去るのは一抹の寂しさを感じる。

(いつの間にか馴染んでいたな……)

 初めて来た時は王の住まいに相応しからぬ質素さに驚いたり、若くて容姿のいい侍女達の歩く姿が目の保養になったりしたというのに。
 もっとも、これからは今までよりも豪奢な生活を送る事になる。
 これは散々に釘を刺された事だ。
 王家よりも豪華な生活を送っていいのか疑問だったのだが、「そうしないと経済が回らない」と指摘された。
 王家があまり生活に金をかけないのは、軍事予算などに余裕を持たせるという理由がある。
 王家の財産と国家予算は等しいのがフィラートという国だった。
 一方で貴族は独自に税を徴収したり、事業を行ったりして財産を築くという。
 才覚次第では一国の王よりも贅沢な暮らしも可能だとか。
 ただ、ほどほどにしておかないと王家に睨まれたり、他の貴族の嫉視反感を買うという。

「マリウス様ならば心配いりませんね」

 ロヴィーサにそう言われた時、マリウスは反応に困った。
 限度を弁えていると信頼されているのか、貴族達に睨まれても全く問題ない戦闘力の事を言っているのか。
 でもまあロヴィーサだし、前者だろうと自己完結した。
 ヘルカならば間違いなく後者だろうが。
 引っ越すと言っても与えられた屋敷は王都にある。
 本来、領土に本宅を構えなければならないのだが、マリウスはそれを持たずに王都の屋敷が本宅となる。
 どこまでも異例ずくめな存在だったが、定期的に領土へ訪れるよう、エマにそれとなく忠告をされた。
 どれだけ高潔な人間であっても、一度も仕事を見てもらう事さえないと堕落しかねない。
 そうでなくても気のゆるみが生じる可能性は高いと。
 納得出来る事だったのでマリウスは素直に頷いておいた。

 トゥーバン侯爵の屋敷は赤い煉瓦造りで長い歳月、風雪に耐えてきた趣がありそうだった。
 建坪約二百坪との事で、場所が王都であり貴族の邸宅が集結しているという事を考えればかなりの広さだ。
 少なくとも隣接している他の屋敷よりは広いのは確実である。

「全員が泊まりでの勤めになります」

 アメリアが唐突に衝撃的宣言をした。
 年長者、少なくともヘルカは既婚者である。
 夫がいる家に帰らなくてもいいのだろうか。
 マリウスはフードを被っているのだから表情を読めたはずはないが、それでも年の功で言いたい事は察したらしい。

「侯爵家にお仕えするという事はそういう事ですわ」

 マリウスは納得するしかなかった。
 気にし始めたらキリがない、とつっこむのを諦めたとも言える。
 大体、男がマリウスだけという時点で既に奇妙なのだ。
 こうして波乱の連続になりそうな新生活が始まった。






「やられたー!」

 バーラはきちんと防音魔法を使った後、絶叫した。
 マリウスが王宮から去ったせいで、頑張って考えたマリウスと仲よくなる方法の大半が無駄になってしまったのだ。
 もっとも、フィラートの言い分は頷くしかないものだ。
 魔王を討伐した人間に褒賞を与えないわけにはいかない。
 伯爵だった人間を侯爵にするのも、侯爵になった者に新たに屋敷を与えるのも自然と言うよりは当然の事である。
 そして新しく屋敷を与えれば新しく使用人を用意するのも。
 バーラとキャサリンが特定方面にだけ不利益を蒙る形だっただけで。
 考えるまでもなく、バーラとキャサリン対策であろう。
 もっと言うならばフィラート人とマリウスが結ばれる事を奨励するという意思表示だ。
 でなければ使用人全員を女性にする必要などありはしない。
 こんな露骨な方法を取ってくるとは思わなかったが、考えてみれば「マリウスが選んだ」という形ならばいいのだ。
 いつまでも嘆くのは性に合わないバーラはすぐに策を練り始めた。

(こんな事もあろうかと、マリウス様の召喚獣とツテを作ったわけだしね)

 バーラはまだまだへこたれていなかった。
 むしろ火がついたといってよかった。
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