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ネクストライフ 作者:相野仁

四章「婚活戦争?(前)」

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十五話「笑ってばかりはいられない」

 「バロース公爵家ご乱行事件」と呼ばれる事件がある。
 バロース公爵家頭首にして大将軍であるアシュトン=ヴォン=バロースを筆頭とする、貴族の当主達とその子弟達が男同士、裸で乱痴気騒ぎを起こしたのだった。
 男同士での大乱交となると、前代未聞の大スキャンダルである。
 身に覚えのない本人達は必死で言い訳したが、裸で抱き合っている様を複数の人間に目撃されてしまったのだからどうしようもなかった。








「沙汰を言い渡す」

 ベルンハルト三世が重々しく発表する。
 アシュトンらは噂のもみ消しに失敗し、翌日王宮への出頭を命じられ、悲壮な顔をして出向いた。
 「はめられた」という想いは強いが、こうなってはどうしようもない。
 出自に大いなる愛着を持つからこそ、悪あがきは諦めたのだ。

「アシュトン=ヴォン=バロース、貴様は公爵の名を汚した。よって大将軍の地位を剥奪、爵位を三つ下げて子爵とし、領土はナンカルを除き没収とする」

「はは」

 アシュトンは這いつくばって受け入れた。
 「爵位を汚す」というのは貴族社会において「反逆罪」に次ぐ大罪である。
 平民に落とされても文句は言えなかった。
 反発ばかりしてきた王に、今だけは感謝した。
 他の者達も軒並み処罰されていき、大半は貴族から追放処分となった。
 選民意識の塊であり、平民を見下してきた者達である。
 彼らはいちいち覚えてはいないが、平民達の方は忘れた日はない。
 さぞ寒々しい生活が待っているだろう。
 彼らが抵抗せずに処罰を受け入れているのは、既に周囲から見放されたからだ。

「さよなら」

 夫人達は冷然と別れを告げ、子供を連れて実家に帰っていた。

「最低です」

 婚約者達は汚物を見るような目で、婚約解消を申し出た。

「違う! これは陰謀だ! マリウスの仕業だ! 我々は皆被害者だ!」

 アシュトンの叫びは概ね事実だったが、誰も信用しなかった。
 彼がマリウスを敵視していたのは周知の事実である。

「もしマリウス国賓魔術師の仕業だとすれば、あなたがた全員を拉致し、一箇所に集め、しかも朝まで誰にも気づかれなかったという事になるのですよ?」

 それがどうした、奴はそれが出来る化け物だとアシュトンは言う。
 しかし、言われた方は鋭く疑惑がこもった目を向ける。

「そのような化け物を何故あなたがたは敵視していたのです? 勝ち目がない相手だと言うのに?」

「そ、それはだな……」

 アシュトン達は反論出来なかった。
 彼ら自身はともかく、使用人や私兵の類はマリウスの力を完全には知らない。
 勝ち目があると思っていたからこそ、くっついていたのだ。
 つまり勝ち目のない怪物に戦いを挑んでいた救いようがない馬鹿か、おぞましい趣味を持つ理解外の生き物か。
 彼らが選べる評価は二つしかなくなっていた。

「見苦しい言い訳はお止めいただきたい」

 ばっさりと切り捨てられてしまった。
 実のところ彼らの「問題はあっても有能ではある」という王家の評価は、世間にも浸透している。
 要するに「勝てない戦いをするほど愚かではない」と信頼されているのだ。
 それこそが致命傷を受ける要因となったのだがら、世の中というものは分からない。

「栄光あるバロース家も落日の時が来ましたな」

 その言葉にアシュトンは慌てた。
 目の前の人物は先祖代々、バロース家に仕えてきた、言わば侍従職としての名門であり、アシュトンにとって右腕と言える人物だ。
 それほどの人間に終わりを告げられて、反論したい心理になっていた。

「ま、まだだ。ここから挽回出来るはずだ……」

「無理です、旦那様。最早誰にも相手にされません」

 「マリウスという馬の骨」をごり押しする王家と戦う為、団結せねばならなかった時期にこの騒ぎである。
 女性達の反応は素早かったが、使用人達も我先に逃げ出していた。

「私兵達がいる。かき集めれば三万にはなる……」

「ありえません。国家の大事より男と遊んでる貴族の為に戦うのは嫌だと、皆が去りました」

 淡々と告げられ、アシュトンはがっくりと膝をつく。 
 バロース家が名門貴族という期待感は、今回の事件が全て吹き飛ばしてしまったのだ。

「だからこそ、奴らの仕業なのだ……」

 最早アシュトンは同じ事をうわ言のように繰り返すだけだった。
 誰かの陰謀だと言うのならば、証拠を揃えて証明して見せねばならない。
 その事すら分からなくなったか、と老執事はため息をついた。
 人間、誰かを見限って逃げ出す時は実に素早いものだ。
 噂が流れたその日のうちに、アシュトン一派と呼ばれる勢力は崩壊した。

「どうしてこうなった……」

 アシュトンの嘆きはむなしく響いたのだった。

(せめて晩節は汚すまい)

 妻に見捨てられ、部下に去られ、アシュトンの心は折れている。
 ウィルスンに至っては最早正気かすら怪しい。
 彼らは沙汰を受け入れ、悄然と王宮を去っていった。

「さて。続いてマリウス殿」

 アシュトンらが退出した後、マリウスの名を呼ぶ。
 何も聞かされていなかったマリウスは怪訝そうにしながらも応ずる。

「魔王ザガンの討伐を称え、侯爵に叙任する。また、アスバス、レーべの領地を新たに授ける」

「謹んで承ります」

 アシュトンらを失墜させた功は闇へと葬るしかないのだ。
 バーラは「褒賞を与えるのがいちいち遅い」と思ったが、態度には出さなかった。
 キャサリンは「魔王を倒したのに侯爵?」とボルトナーとは違う、フィラートの評価制度に疑問を持った。
 ゾフィ達は「人間如きでは偉大すぎるご主人様の真価を理解出来ないのは無理もない」などと考えていた。
 もっとも重臣会議でもマリウスへの恩賞は揉めたのだ。

「魔王を倒したのに侯爵では……」

 という意見が多数を占めた。
 それが変わったのはベルンハルト三世の

「今後を考えよ。まだ魔王も魔人もいるのだぞ。今多くを与えると、後で与える物がなくなってしまう」

 という発言に絶大な説得力を感じた為だ。
 他国に攻め入って領土や財貨を得たわけではないのだから、無理もない。
 このままだとマリウスに恩賞を与える為だけにどこかを攻める、という滑稽な事態になりかねないのだった。
 マリウスが怒りそうな展開だと、何となくは分かる。

「魔王や魔人は倒してほしいが、手柄は立ててほしくない」

 などと言う笑い話の類が現実的になりつつある。
 この手のものは笑い話だからおかしいのであって、現実になったところで少しも笑えない。

「何とかバーラ王女の指導の下、魔人を倒せる戦力を得たいのだが」

 それも滑稽と言えば滑稽だ。
 一番滑稽なのは魔王や魔人を倒し、内憂の原因となった勢力の排除に成功したのに、かえって苦しくなり始めているという点だろうか。
 今のままではホルディアに攻め込むしかない。
 それもマリウスなしで。
 マリウスがいるなら平気だが、いないとなると非常に厄介な相手だ。
 何か手を打たねばならないだろう。
 ベルンハルト三世は頭と胃が痛かった。







「いくら何でも早すぎのような……」

 マリウスは王の苦労も察せず、事態の変化の急速さに呆気にとられるばかりであった。
 ゾフィ、アル、エルが「ご主人様褒めて」とやってきて、話を聞いて飲んでいた紅茶を噴いたのはつい先日のはずだ。

「それだけ“爵位を汚す”というのは重罪なんです」

 ロヴィーサが解説する。
 貴族にとっては名誉や世間体、風聞が何よりも大切で、それを貶める振る舞いは最悪の禁忌となる。
 ある意味では反逆罪の方がマシ、とまでされている。
 反逆は成功して権力を握れば反逆ではなくなるので。
 アシュトンら数名は貴族の地位は保てたが、恐らく二度と浮かび上がる事はないだろう、とロヴィーサは語る。
 貴族社会からは相手にされないし、商人達からも同様だ。
 今回の場合は平民達からも軽んじられるだろう。
 自らの地位を貶めるような愚者には厳しい世界なのだ。
 諜報部の部長が最近、何度も入れ替わるのもその一例である。
 ルーカスや二ルソンが免職にならないのは恐らく運の要素が強い。

「まあ魔人やドラゴンでも倒して、名誉を挽回すれば話は違ってきます」

 エマがそう捕捉した。
 魔人やドラゴンを倒せば「英雄」としての名を残せる。
 過去、魔人やドラゴンを倒して貴族に序せられたり、王女と結婚して王族となった者は何人もいる。
 呼吸するように容易く倒しまくっているマリウスには実感が難しいのだが。

「全部ご主人様が倒せば、自然と防げるわけですね」

 エルが何気なくつぶやいた事に一同は顔を引きつらせながらも頷く。
 確かにマリウスが全部やれば、功名をたてる機会が来ない。

「いずれにせよ、エルでかした」

 マリウスが褒めるとエルは「やったやった」と尻尾を動かした。
 ゾフィとアルは悔しそうに唇を噛む。
 それを見たマリウスが付け加える。

「ゾフィとアルもよくやってくれた。ただ、独断で動き回るのはほどほどにするように」

 ゾフィとアルは目を輝かせながら、何度も頷いた。
 これでめでたしめでたしといけばよかったのだが、生憎そこまで甘くはなかった。

「素朴な疑問なのですが」

 ロヴィーサがゾフィ達に質問する。

「ワイバーンに陛下を襲わせたのはあなたがたではないのですか?」

「違うな」

 ゾフィが即答する。

「ルーベンスはそんな指示を出していない。もちろん、独断でやった者がいないとも断言は出来ないが」

 一同は考え込んだ。
 マリウスはワイバーン襲撃事件について訊く事を忘れていた、と今更ながら思い出して冷や汗をかいた。
 ロヴィーサにしても訊きたかった事をようやく訊けたという思いはあったものの、自発的に動き回る淫魔達が何も言わなかったのだから、と答えは薄々察していた。 

「ご主人様。お知らせしておきますが、貴族どもには召喚士はいませんでした」

 エルはキリッとした顔になって報告する。
 召喚獣を保有しているかどうかは、触れば探れるそうだ。
 召喚獣を保有する召喚士は独特な感覚があるという。
 つくづく便利な生き物だ。
 つまり、ベルンハルト三世らの一行をワイバーンに襲わせた黒幕は人類国家のどこか、あるいは誰かである。
 魔演祭で襲撃されなかったのはマリウスが一緒だったからだろう。

「他の国の者が襲われなかったのは……あくまでもフィラート王狙いという事でしょうか」

 バーラが首をひねる。
 ランレオの精鋭部隊がワイバーン一頭しとめるのに何人もの犠牲を出したと、苦笑混じりに報告する。

「いずれにせよ高位の召喚士が敵として存在するのは確かでしょうね」

 ロヴィーサの発言に異論は出なかったが、事態の深刻さを理解していないのはマリウスだけである。
 召喚士として、あるいはマリウスのように他の職でも強い程に従えられる召喚獣の数は多く、そして強い。
 しかしながら召喚獣を得る為には、相手を倒すなりして心服させなければならない。
 強力なモンスターを何頭も従えられるという事は、それだけの戦力を保有しているという事になる。
 戦わずとも味方に出来る非常に稀有な存在も、過去の歴史では確認されているのだが。

「でもご主人様と戦うでしょうか」

 アルがもっともな疑問を発した。

「そりゃ、戦わないだろう。ザガンをも一蹴するお方だぞ。人間なんぞ、消し炭も残らんわ」

 ゾフィは当然のごとくそう主張したが、人間達の反応は思わしくなかった。

「言いにくい事ですが……」

 ロヴィーサが歯切れ悪く言葉を発する。

「マリウス様のお優しさももう有名です。ダメ元でやってみて、失敗しても命は助かると思っていても変ではありません」

 ホルディアの奴隷兵を救った事が、未だに祟っているのだった。
 平民達は純粋に英雄的美談と受け止めているのだが。
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