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ネクストライフ 作者:相野仁

四章「婚活戦争?(前)」

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五話「魔人討伐隊」

 ホルディア王アステリアの名は、外国の上層部では魔人と並ぶ程の悪名だったが、国内ではなかなか評判がよかった。
 民から重税を搾り取っていた悪逆貴族を殲滅し、その財を富国に当てた。
 貴族達のせいで光が当たる事がなかった有能で信頼出来る文官を登用し、大きな権限とそれに見合った俸給を与えた。
 ミスラに倣って民の声を聞く為に国民議会も発足させた。
 奴隷も有能で信頼出来る者は解放され、公正に取り立てられた。
 税も軽減され、まっとうな商人達や市民を喜ばせた。
 文官達は多忙を極め、家に帰れぬ日々が続いたが、瀕死と言われた民力は急速に回復しつつあり、アステリアは「ホルディアの暗闇を切り裂いた希望の光」と称えられるようになっている。
 残念ながら彼らには、ホルディア軍が苦しめた他国の民について想像すらする余裕がなかった。
 つい先日まで彼らこそが虐げられ苦しめられる対象だったのだから。
 そんなアステリアにイザベラがお茶を淹れていた。

「アーちゃん。紅茶淹れたよ?」

「ああ。ありがとう、ベラ」

 二人きりの時は、幼少の頃の名前で呼び合っている。
 ミレーユ、バネッサ、アネットといった侍女達でさえ、アステリアがイザベラに見せる優しい表情に度肝を抜かれただろう。
 彼女はこの時間だけは女王の仮面を脱ぐ事にしているのだ。

「それで、マリウスって人はそんなに強いの?」

「ああ。私の手には負えない。ひょっとしたら魔王の手にも負えないかもしれない」

 アステリアの珍しく弱気な態度に、イザベラは驚いた。
 彼女が知る大切な友達はいつも自信たっぷりで優しくて、強気な姿勢を崩さないのだ。

「それだけ強いなら、私達がしてきた事は無駄だったんじゃ……?」

「無駄じゃないさ」

 アステリアは友達の疑問と不安を即座に打ち消した。

「犠牲は更に減らせる。大いに意味があるさ」

 自信たっぷりに言い切った友達に対して、イザベラは不満げに口を尖らせた。

「アーちゃん。一人で分かった気になって変な事ばかり言って。皆、不満たっぷりなんだよ?」

「知っているさ。しかしおかげでほとんど警戒されなかっただろう?」

 アステリアは人の悪い笑みを浮かべる。
 「頭のおかしい王女が何やらほざいているぜ」と、貴族達が思い油断していたからこそあっという間に叩き潰せたのだ。

「……まあ、アーちゃんの言う事を信じない人達が悪いんだけどさ」

 イザベラはしぶしぶ認める。
 アステリアにも包み隠さず全てを打ち明けていた時期があったのだ。
 邪神ティンダロスと魔王が揃って復活し、人類は滅亡する可能性をイザベラ以外は信じようとしなかった。
 アステリアのスキルの弱点は明確な証拠を用意出来ない事にある。
 「狂人王女」という通称が有名になったのはそれからだ。
 魔人達に肉親を殺されたミレーユ、バネッサ、イグナート、アネット達でも全面的に信じているとは言いがたい。
 せいぜい「可能性があるのは否定しきれない」程度だ。
 ちなみに人類を救おうというのはアステリアの本心であるが、その為に祖国丸ごとを捨石にするのも辞さないのは本性である。
 だからこそ周囲からの信頼を確立させていないマリウスにしか打ち明けなかったのだ。 
 下手に打ち明けたりしていれば、とっくに断頭台で首を落とされている。

「マリウスのせいですっかり予測不能になってしまったが……準備はしておいてほしい。ミスラ、バルシャーク、ヴェスターが手を組んで攻めてくるようだから」

「何でもありなら楽勝なんだけどなぁ……」

「生憎、時期尚早だ。マリウスは思ったより腰が重いようだしね」

 第三者が聞いたとしても何の事か分かりそうもない会話が続く。
 お互いには理解出来ているので充分なのだった。








 マリウスは自室に戻ると早速ゾフィを呼び出した。

「お呼びでしょうか、ご主人様」

 ゾフィは甘えるような声と仕草で応じた。
 淫魔はベッド戦で負けた相手に従順になる事、召喚獣契約するには相手の心を屈服させねばならない事を考えれば特に奇妙ではない。

「いきなりだが、魔人達についてお前が知っている事を全部教えてくれ」

「かしこまりました」

 ゾフィは刹那の逡巡もなく、かつての仲間達の情報を明かし始めた。
 魔人達の頭目の名はルーベンス。
 千年以上も生きている古参で武闘派の上級魔人であり、彼の実力と統率力で魔人達はまがりなりも組織を形成している。
 詳細は不明だが、ドラゴンの魔人。
 二番手はアルベルトとフランクリン。
 ルーベンスと同じく古参の武闘派であり、魔王ザガンと勇者ベルンハルト、魔法使いクラウスの戦いの生き残りでもある。
 アルベルトはグリフォン、フランクリンはスフィンクスの魔人。
 ガスタークとメルゲンは兄弟で、ルーベンスの下僕となった人類出身の魔人。
 ゲーリックは人類の中で最も有名な、ミミックの魔人。
 パルはブラックアウル、ルパートはコカトリス、センドリックはアルラウネの魔人。
 そしてレーベラはゴブリンの魔人。
 彼らが保有するスキルについてはゲーリックの「トランスフォーム」が有名だが、他はよく知らないという。

「ガスタークとメルゲンは人間の魔法を使うと聞いた事がありますが……」

 そう言ってゾフィは言葉を濁した。
 組織といっても常に行動を共にするのではなく、ルーベンスが召集すれば応じ、指示を出せばそれに沿って行動する以外は自由らしい。
 魔王でもないとそこまで束縛するのは困難だし、ルーベンスにその意思はないようだ。
 だからこそゾフィも他の魔人達についてそれほど詳しい情報を持ってはいないのだ。

「まあいいや。それで魔人達の目的は?」

「魔王様……魔王並びに邪神ティンダロスの復活です」

 アステリアが正しかったと証明する言葉が出たが、マリウスはすぐには納得しなかった。

「その割には随分と回りくどい事してないか? さっさと復活させてしまえばいいのに」

 マリウスの疑問にゾフィは我が意を得たとばかりに何度も頷いた。

「魔王ザガンは厳格ですし、復活すれば人類への報復を行うでしょう。それ故に迂闊な事は慎もうという事みたいです」

 ザガン用の生贄として人類国家は存在価値があるとされているようだ、とマリウスは見立てた。
 ルーベンス達は魔王が勇者に敗れ、封印されてしまった事を体験しているが、どこに封印されたのかは知らないのだ。
 魔人がいくら強いと言っても、たった数人で全ての人類国家の軍勢と戦うのはさすがに厳しい。
 だから新たな魔人達の誕生を待ち、組織を作ってから行動を始めたのだという。
 魔人とは思えぬ慎重な性格をしているのがルーベンスという男らしい。

「ルーベンスって奴を倒せば、統制は取れなくなるんだな?」

「はい。ルーベンスがいなくなれば、残った者達は無軌道に暴れ始めるでしょう。ですから倒すならば最後にすべきかと存じます」

 それだけルーベンスという魔人は他の仲間から恐れられているわけだ。

「てことは最初に倒さなきゃいけないのはやっぱりゲーリックか……」

 人間に変身するスキルを持ち、セラエノに大打撃を与えるきっかけを作った魔人として有名である。

「ゲーリックを早急に倒さねばならない、という点は賛成ですが、今、最優先すべきはルパートとセンドリックかと存じます。奴らはザガン復活の為にフィラートに来るはずですから」

「……そういう事はもっと早く言おうな」

「申し訳ございません」

 ゾフィは深々と頭を下げた。

「ザガンの封印地はどこなんだ?」

「はい。人間達が奈落の湖と呼んでいる地でございます」

 マリウスが転生した地だった。
 奇妙な符号に不自然さと不気味さを感じながらも急ぐ事にした。

「よし、陛下に一言断って出発しよう」

 歩き出そうとしたところでマリウスはふと気になった事を尋ねた。

「なあ、魔人達は拠点を持っていないのか? 持っているならそこを襲撃して一気にカタをつけられると思うんだが」

 当然な疑問にゾフィは申し訳なさそうな顔をして答える。

「残念ながらそのようなものはありません。ルーベンスが毎回、召集をかけるだけです。何でも昔勇者に拠点を襲撃された事があったとか」

 先人は偉大さも時と場合では恨めしさに変わるのだとマリウスは知った。



 マリウスが「ちょっと魔王討伐に行ってきます」と言うと、ベルンハルト三世は怪訝な顔で事情説明を要求した。
 説明されると表情を強張らせながらも許可を出した。
 事実だとするならばフィラートどころか大陸存亡の危機である。
 どういう巡り合わせか、たまたまバーラがやってきて、事情を聞くと同行を申し出た。

「魔王となれば人類全体の敵。国や種族を超えて団結して当たるべきです」

 まことにごもっともな意見であったのだが、問題は足手まといにならないかという点である。
 魔人相手ならば戦力として計算出来るのだろうけども。
 そういったマリウスの迷いを明敏に察知したバーラは

「マリウス様の魔力を少しでも温存するお手伝いをさせて下さい。魔王が復活したら、全力で逃げます」

 と言ってマリウスのみならず祖国の者達をも安心させた。
 ゾフィもいるので、もしかしたら魔人戦は少しは楽出来るかな、とマリウスは思った。
 ザガン戦でどれだけ労力を必要とするか予想が出来ないので、力を少しでも温存出来るならばしておきたいというのが本音である。

「そう言えばルパートとセンドリックってどれくらい強いんだ?」

 もし強敵ならばバーラに戦わせるのはまずいだろう。

「単純な戦闘力では私よりも上ですね。とりあえずザムエルよりはかなり強いと思っていただければ」

 主従の会話を聞いた者達は「一番大切な点を今更?」と思ったが、誰も口には出さなかった。
 何故なら質問者がマリウスだからだ。

「私、でしゃばってしまいましたね。やはり止めておきます」

 マリウスに気を遣われたと察したバーラは申し訳なさそうに辞退を申し出た。
 ゾフィ達と協力すればマリウスに楽をさせられると計算して言い出したのであって、ただの足手まといになるのは本意ではなかった。

「いや、大丈夫ですよ。一緒に行きましょう」 

 マリウスがとりなすように言ったのは、この世界の人間の危機感のなさを不安視しているからだった。 
 バーラに同行してもらって魔王復活の可能性を実感させ、周囲に伝えてもらおうと考えたのだ。
 何せ一国の王女であり、しかも相当な実力者である。
 マリウスとゾフィが言うだけより、ずっと説得力が増すだろう。

「えっとでもご迷惑では……」 

 バーラとしては大好きなマリウスへの遠慮がある。 
 そんな少女に対してマリウスは安心させるように言った。 

「あなたは私が必ず守ってみせます」 

 男らしい言葉に周囲は感心したし、バーラは頼もしさに乙女心が出てこないように抑えるのに苦労した。
 マリウスは何かのフラグを立ててしまった気がしたものの、相手が一国の王女という事で「これくらい言われ慣れているよな」と自己完結してしまった。
 ちなみにバーラに好意を持たれているのは既に気がついている。
 どう反応すればいいのか分からないのでよく分かっていないフリをしているのだが。
 とりあえず魔人達は完全装備で当たればいいし、ゾフィも出していれば万全だろう。
 マリウスの見立てが正しければ、バーラは魔人相手でも自分の身を守る程度の実力はあるだろうから。
 魔王と戦う時は強制転移させればよい。 
 マリウスはそう結論づけたが、それではすませる事が出来ない者達がいた。
 この人達は王女や親善大使を危険な目に遭わせるわけにはいかないという、ごくまともな事を主張した。
 マリウスの強さとは関係なく、バーラが魔人や魔王との戦いに参加する事そのものが認められないと言うのである。
 この主張はバーラ本人が却下した。

「フィラートとの友好を望んだのはこちらです。にも関わらず、フィラートの方々が危険な目に遭うのを見ているなど、恥知らずな真似が出来ますか?」

 反論出来る者はいなかった。 
 誰がどう考えてもフィラート内に存在するランレオ人で最強はバーラなのだ。
 何もバーラである必要はないとか、きっとマリウスにとっては危険ではないとか、誠意を疑われる類の事は言えないのである。
 かくして「ザガンと魔人討伐隊」は更に何人か追加されて出発した。

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