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ネクストライフ 作者:相野仁

四章「婚活戦争?(前)」

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三話「ハッスル」

(随分と穴だらけだな……)

 夜の帳が下りて人間達が寝静まった頃、魔人ゾフィとその部下、アルとエルは難なく王宮内に侵入していた。
 呆れたのはほんの一瞬で「下等で脆弱な人間ごときではこれが限界か」と思い直した。
 彼女の目的はマリウス=トゥーバンである。
 本来ならば自分達の目的の障害になりそうな輩は皆殺しにするのが一般的なのだが、マリウスくらいの力がある者は部下として取り立てる場合もある。
 時折、二人一組の兵士達が巡回しているが簡単にやりすごしていく。
 星も月も出ていなくとも彼女らは昼間同然に見えているし、気配察知能力も優れている。
 人間達が知覚出来ないレベルまで隠されてはいるものの、ゾフィは強大な力を持つ者の存在をはっきりと捕捉していた。
 これが例のマリウスであろう。

「ゲーリックの危惧も満更的外れではなさそうだな……だがしかし、我が下僕に変えてしまえばよき駒となる」

 ゾフィは艶やかに笑った。
 彼女は強い男を嬲って隷属させる事が何よりも好きなのだ。
 だからルーベンス、アルベルト、フランクリンといった上級魔人達を屈服させてやりたいというのが密やかな野望だった。

「ん? それなりの気配がもう一つあるな……」

 ゾフィは知らなかったが、バーラの気配であった。 
 だが匂いから女だと察知すると途端に興味を失った。
 女は同族の者達しか信用しないし、部下にもしない性質なのである。
 ゾフィと二名の部下は音もなくマリウスの部屋に滑り込み、そして能力を開放した。
 ゾフィは淫魔と呼ばれている者の中でも最上位種に当たるリリム出身の魔人であり、アルとエルもリリムだった。
 ゾフィがその気になれば王宮内に寝ている全ての者の夢の中に侵入し、終わりなき淫夢を見せて精気を吸い尽くして枯渇死させる事も可能だ。
 しかし、アルとエルはそこまでの力はないし、標的はマリウス一人だけ。
 ならば室内から確実にしとめた方がよい。
 ベッドの中でマリウスは寝息を立てている。
 ローブも杖も装飾品も身につけていないし、結界も張っていない。
 一思いに殺せそうではあったが、念には念を入れてスキルを使う。
 リリムが持つスキル「プレジャー」は寝ている者に快楽の夢を見せ、精気を奪う。
 強制魅了効果を伴う上に夢だから自力で逃げる術もないという凶悪コンボが可能だ。
 まずゾフィがマリウスの夢の世界に入り、アルとエルが続く。
 夢精の嵐で腎虚にし、隷属させてやるつもりだ。
 過去、無数のオスをある時は支配し、ある時は枯渇死させてきた。
 今回も成功を疑っていなかった。





 マリウスの索敵能力や危機察知能力は高いが、肉体に危害を加える気がない魔人とその手下が部屋に侵入しただけでは起きなかった。
 だからまんまと夢の世界まで侵入されてしまった。
 彼が気づいた時はあたり一面花畑の世界で、見た事もない美女が三人もいたのだ。
 三人とも目の覚めるような美女で、お揃いの黒いビキニを着ていた。
 元の世界ならグラビアアイドルとして第一線で活躍出来そうな、グラマーな体つきをしている。

「初めまして、マリウス様」

 ゾフィは男の煩悩を刺激するべく甘ったるい声で挨拶をする。
 さりげない仕草で胸の谷を強調すると、アルとエルもならう。
 マリウスは戸惑いを隠せない。

(あれ? こんな夢を見るなんて俺、溜まりすぎ?)

 こちらの世界から来て一度も欲望を解消していなかった事を思い出す。
 若くて健康な男ならば……というハナシだ。
 それにしても見た事もない顔の巨乳美女が複数出てくる夢など、どれだけ欲求不満だったというのだろうか。

「精一杯ご奉仕させていただきますわ」

 マリウスの困惑を魅了が効いた第一歩だと勘違いしたゾフィらが誘惑を始める。
 三人が間近まで近寄ってくると首筋がチリチリするという、毎度お馴染みの本能の警告が起こり、やっと敵の攻撃だと気づいた。

(ああ。淫魔達の攻撃か?)

 今まで気づかなかったのは賢者補正の恩恵の一種に魅了完全無効というものがあるからだ。
 力の差が大きくあるのでマリウス本人が気づく前に無効化されてしまったのだった。
 ただ、ゲームではなく現実だから「夢の世界に侵入する」という行為までは消されなかったのである。

(いや、でも気づいたら無力化してましたって……こいつらが弱すぎるって事だよな)

 それはもう、慌てるのが馬鹿馬鹿しいくらいに。
 三人に密着され、魔法を使う心構えだけはしたが、一向にそういう気配はない。
 どうやら徹底して下半身攻撃をしてくるつもりのようだ。
 ならば魅了されて言いなりになっているフリをした方が得かな、と思い身を預けかけてはたと気づいた。
 ここが夢の世界だということは、起きたら夢精している事になるのだろうか。
 そのへんが非常に気になる。
 淫魔に罪をなすりつけるにせよ、いい年して夢精はかなり恥ずかしい。

「やっぱり止めた」

 マリウスは名前も知らぬ美女、ゾフィの腕をがっしりと掴んだ。

「な、何……?」

 ゾフィは突然の事に頭がついていかない。
 アルとエルも硬直してしまう。

「【ウェイク】」

 使ったのは「スリープ」などで眠らされた味方を起こす魔法だ。
 警戒するのが馬鹿馬鹿しい程に力の差があるのならば、これで充分だという判断は正しかった。
 ガラスが砕ける様のように視界にヒビが入って割れる。
 そうして次の瞬間、マリウスは起きていた。
 部屋の隅には三人の女が悔しそうな顔をして睨んできていた。

「くそ、まさか“悪夢破り”のスキルを持っているとは……」

 ゾフィが悔しそうに舌打ちする。
 マリウスには何の事かさっぱり分からない。
 そんなスキルなど聞いた事もなかったが、彼女らこそが敵だとは理解した。

「お前らって夢に入るしか能がないのか?」

 挑発しながらベッドから身を起こし、さりげなく大天使長の首飾りと神言の指輪を装備する。

「その挑発、乗った。アル、エル、行くよ」

「は、はい」

 ゾフィは淫魔としての誇りを取り戻す為にマリウスに戦いを挑んだ。
 マリウスは防音魔法「サイレント」を使った。
 そしてハッスルした。
 今まで溜め込んでいたものを放出した。




「マリウス様、何事ですか!?」

 異変を察したバーラが護衛を伴ってマリウスの部屋の中に突入したら、ベッドの上で顔を上気させ腰砕けになった三人の女がいた。
 マリウスはどう説明するか困り、一瞬気まずい空気が流れる。
 突入組はギョッとしたが、バーラがよく見ると女達の耳は尖っていて、尻尾もはえていた。

「えっと……淫魔達に襲われてたけど、返り討ちにしたんですか?」

「よく分かりましたね」

 マリウスはどうやら誤解されずにすんだと、ホッと胸を撫で下ろした。
 バーラ達の注意はすぐに淫魔達に向かったが、彼女らは完全に放心状態で敵意を向けられても反応がない。
 と、バーラが眉を寄せた。
 中央の女は別格に強い気配がするのだ。
 それこそ、魔演祭で出てきたザムエルよりも。

(まさか魔人……?)

 恍惚と魂まで蕩かされてしまったかのような、だらしない顔だ。
 しかし彼女が内包する力は明らかにモンスターの領域を超越している。

「えと、マリウス様……?」

 果たしてマリウスは気づいているのかと確認するつもりで話しかける。
 何やらすっきりとした顔をしたマリウスは意味ありげに頷いた。

「魔人とその手下ですね。返り討ちにしましたが」

 バーラに小声で話しかけた。
 と言うのも他の者はどうやら魔人だとは気づいていないようなのである。
 バーラ並みの実力者でなければ見抜けないのはさすがと言うべきなのか。
 などと考えていたらフィラートの近衛兵達、ついでルーカスや近衛騎士総長のユーゼフ、ベルンハルト三世らもやってきた。





 ベルンハルト三世、ルーカス、ユーゼフ、そしてバーラとマリウス以外は部屋から退去を命じられた。
 本来ならばバーラにも退去願うところではあるが、第一発見者で他国の王女を追い出すのは難しかった。
 マリウスは「サイレント」を使った後簡単に事態を説明する。

「淫魔の魔人とその手下が襲ってきたからまとめて返り討ちにしたと……」

 国王は一言で要約した。
 何故淫魔達が腰砕けになっているのか、とは訊かなかった。
 若い女性であるバーラへの配慮だ。
 とんでもない事態を「野良犬に襲われたので撃退しました」みたいなノリで解決してしまったマリウスには呆れたが、問題は今後である。
 魔人とその手下という危険極まりない存在はただちに滅ぼすべき。
 そう思っていたのだが、バーラとマリウスが消極的に反対したのだ。
 二人は彼女らから魔人関連の情報を引き出す事を主張した。
 一理ある、とベルンハルト三世は思う。
 マリウスがそう言うのであれば可能なのだろう。
 不可思議な行動が多い魔人達の思惑が知る事が出来るならば、それに越した事はないのだ。
 王が賛成するとマリウスは一人と二体に近寄って尋問するフリをして「サイコメトリー」を使おうとした。
 それを見たバーラがニコニコとしながら

「マリウス様って凄いですね。魔人を召喚獣にしてしまうなんて」

 と言い放ち、周囲をギョッとさせた。
 バーラはマリウスが「サイコメトリー」を使える事は知らない。
 だから情報を引き出すならば、召喚獣にして主従関係を作るしかないと思っていたのだ。
 今更そんな方法はしないとは言い出せず、目だけでマリウスに問いかけると
軽く頷いた。

(召喚術、習っておいてよかった……)

 さもなくば禁呪指定の記憶消去魔法を使う必要があった。
 実のところマリウスの感覚としては魔人を召喚獣にするのは珍しくはない。
 ザムエルはあまりにも弱すぎて、する気にならなかっただけで。
 放心状態のゾフィに近づき「誓約の呪文」を口にする。

「我、汝の主となりて、汝を手足とせん。汝、この契りに応ずるならば応えよ」

「我、汝を主と認め、その手足とならん。ここに契りは成り立たん」

 ゾフィは虚ろな目をしたまま契約に応じた。
 アルとエルも同様だった。
 魔人を召喚獣にするというのは人類史で言えばメリンダ=ギルフォードに次ぐ快挙だったりするのだが、誰もその事は思い浮かばなかった。

「ところで、お前達の名前は?」

 マリウスの様子を見ていると「気にしたら負け」という感覚だったのだ。
 不慣れなはずのバーラはと言うと、

(マリウス様って絶倫なのね。私一人じゃ体がもたないかも……?)

 淫魔達に手伝ってもらおうか、など将来の事を心配するのに忙しかった。






 何事もなかったかのようにフィラートの王宮で朝は迎えられた。
 異変は皆に伝わっていたが、「マリウス様が瞬殺」で納得してしまった。
 マリウスが魔人を召喚獣にした事はごく一部の秘密とされた。
 それ以上探る者がいなかったのは他に大きな関心事があったせいである。
 もちろんランレオからの親善大使、バーラ王女だ。
 バーラの公的な任務はフィラートとの親善と、ランレオの魔法技術の普及である。
 うら若く美しい女性である以上、下種な勘繰りも出来るものの少なくとも公式見解ではそうなっている。
 ランレオは国力ではフィラートより下と目されるが、魔法関連では数段上をいっているとされる。
 それ故に歓迎パーティーの後「バーラ姫の講義」の参加希望者を募った時、宮廷魔術師ほぼ全員が参加を希望し、仕事に支障が出るのが危惧された程だった。
 マリウスが呆れたのはルーカス、ニルソンといった重鎮中の重鎮まで手を挙げていた事だろうか。

「魔法使いは好奇心が命ですからな」

 ルーカスは重々しく言ったが、目が泳いでいたので威厳は感じなかった。
 マリウスはどうするのか、むしろランレオに教えるべき事があるのではと期待がこもった目で質問されたが、教える事については断った。
 幼い頃から魔法使いとして修練を積んできた者達に何かを教えられる程、魔法に精通しているという自信がなかった。
 フィラートでいくつか教えているものはいずれも発想に依存した事で、思いつきさえすれば魔法エリート達ならば練習すれば出来る事ばかりである。
 苦手な事を上達させたとか、新しい才能を開花させたとか、そういった事実はないのだ。
 ルーカスらは薄々そのあたりに気づいていて、マリウスならではの発想がないか聞いたりするだけで指導育成は求めてこないのだが、下の者はそうはいかないのでその都度「育成能力はないよ」と断っていた。
 実力があっても後進を育てるのが苦手な者は枚挙にいとまがないと言うのに、マリウスだと「謙虚な人」扱いされる事が多かった。
 「ケチな人」扱いされたの方がまだ気が楽だというのにと、不思議に思っているマリウスに「聖人扱いする方は多いですよ」とくすくす笑いながら、こっそり教えてくれたのは侍女のアイナだった。
 理由はと言うと、バルデラ砦を無血で奪還し数万の奴隷兵を「狂王から救出」した事だそうだ。
 単に人殺しは嫌だというへタレ扱いされても仕方がない理由だったのに、周囲は「強くて優しい人の弱者救済」と認識したそうだ。

「あれだけ強いのに奴隷なんかにも慈愛を注ぐなんて素敵!」

 と若い女性達の間では評判になっているそうである。
 魔演祭前ではただの英雄扱いだったはずだから、きっと魔演祭での活躍が評判の底上げに一役買ったのだろう。
 マリウスは戸惑いを隠せなかったが、いつまでも戸惑っていられないとも思った。
 アステリアの言う事が間違っていないのならば、今後魔人や魔王との戦いが激化するはずだ。
 いちいち周囲の賞賛に動揺していてはキリがないだろう。
 とここまで一気に考えて、まだ講義に参加するか答えていないと気づいた。

「講義内容はどんな事なんですか?」

 ルーカスやニルソンが興味を持つくらいだからさぞ高度なものだろう、とついていけるか若干の不安を覚えつつ訊いたのだが……。

「基本講義らしいですよ」

 マリウスは目が点になった。
 フードを被る習慣をつけていてよかったと、後で思い返した。
 基本となるとマリウスは己も聞くべきだと参加する事にしたのだが、これには周囲も驚いた。

「まだ基礎をやり直すおつもりか!」

「何と言う向上心!」

「だからこそあれだけの実力を身につける事が出来たのだろう」

 何やら壮絶な勘違いをしていそうな声が多かったが、聞こえないフリをした。
 ルーカスは「意外と基礎が抜けていたりするからなぁ」と思い、納得してはいたのだが、同じくマリウスが基礎不足な点を見抜いていたバーラは驚いた。

(嘘! マリウス様なら独学でもいけるはずなのに!?)

 第三競技の決勝で見せた成長速度ならば、今更誰かに教えを乞う必要などないと思える。
 にも関わらず、外聞も気にせずに自分の講義をわざわざ聞きにくるとは。

(何て貪欲で慎重な人なの! 誇りや面子を気にしないなんて!)

 バーラは想定外の事態に大いに驚き、ついで思いがけない幸運に狂喜し、最後にこの機会をいかそうと大いに張り切った。
 頑張って考えた「マリウス様と自然に会話する為の方法」約二十通りは、乱入した魔人のせいで無駄になった気がしたが、そんなのはどうでもよかった。
 「マリウス様が食いついてきそうな話題」を頑張って考える事にした。
 立場上、他の人間がついてこれなくても困るので、あまり難しいものは避けつつ。
 バーラはへこたれない少女だった。
+注意+
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