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ネクストライフ 作者:相野仁

四章「婚活戦争?(前)」

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一話「時の人」

 マリウスは一躍時の人となっていた。
 具体的には王宮内ですれ違う若い侍女や女中らから媚を含んだ視線や笑顔を向けられたり、貴族令嬢達から招待状が毎日のように届いたり。
 はたまた男女問わず魔法使い達から弟子入りを嘆願する手紙が来たり。

「今更ながら魔演祭って凄い大会なんですね」

 マリウスは珍しく揃ったロヴィーサ、ルーカス、レイモンド、ヤーダベルス、そして侍女のエマ、アイナ、レミカといった面子にぼやいていた。
 バルデラ砦から凱旋した際の反響も大きかったが、あれはどちらかと言えば民の方だった。
 魔法一発で砦を奪還しました、などという冗談としか思えぬ現実を咀嚼するのに時間がかかっていた者が多かっただけなのだが、マリウスはそこまで考えていない。
 今回は「魔演祭優勝」という、受け入れやすい結果だからこその反応なのだ。
 魔人ザムエル撃破については一般には伏せられた。
 多分誰も信じないだろうから。
 もちろん観戦客として会場にいた者達からそれとなく噂として流れているものの、各国政府が示し合わせたかのように統制しているので大きくはならなかった。

「マリウス殿はなかなかピンと来ないでしょうな。私は一度も優勝した事がないので、割と肩身が狭かったのですよ」

 ルーカスがおどけるように言った。

「今回は割と大会の雰囲気がよかったですからね。ランレオだともっと殺伐としたものになってましたよ」

 エマも同調する。

「確かに前回はひどかったわ……」

 前回も観戦していたロヴィーサが顔をしかめた。
 そんな雰囲気を察したマリウスは今回でよかったと思った。

「しかしマリウス殿もこれから大変ですな。求愛攻勢がそろそろ始まるでしょう」

「はぁ……」

 ヤーダベルスの揶揄するような言葉に対しマリウスの反応は鈍かった。
 そんな露骨な「掌返し」をされても、問題にならない程度に断ろうとしか思わなかった。
 しかしこの時、マリウスは元の世界とは倫理観も違う可能性を失念していた。
 だから続いて発せられたエマの言葉に驚く事になる。

「正妻選びは慎重に行った方がよろしいですよ」

「……え? 正妻? 嫁じゃなくて?」

 言われた事を理解するのに数秒要し、その後やや呆然と聞き返していた。

「ええ。マリウス殿なら誰も文句ないでしょう」

 ルーカスもヤーダベルスも、女性陣さえも一も二もなく頷いた。

(え? どういう事?)

 マリウス一人が展開についていけない。

「この国は、と言うより大陸は一夫多妻ですよ。まあ貴族だとか、宮廷魔術師だとかそういった者限定ですが」

「早い話、能力が高い者に多く子供を作ってほしいって事です」

 ルーカスとヤーダベルスが相次いで言葉をつなぐ。
 いわゆる「強者の横暴」に非寛容な国風であるフィラートでさえ、これは例外ではないのだ。
 国家同士の小競り合い、魔人の暗躍、モンスターとの戦闘……人間の死は日常的かつ慢性的に起こっていて、一夫一妻にこだわると人口が恐ろしい事になりかねない。
 だからこそ性格に難があっても能力に申し分がないアシュトン一派のような輩を排除出来ない、という弱みもあるのだが。

「はぁ」

 マリウスは生返事しか返せなかった。
 元々「ハーレムモノ」愛好家である。
 元の世界の本やゲームではそういうシチュエーションを楽しめるものを複数所有していた。
 しかしそれが現実の世界であり、それも自分が出来ると言われたところで、すぐに飛びつくには元の世界で過ごした年月の重みがある。
 生まれ育った国では一夫一妻が常識とされていて、創作物で楽しむのが常であった。
 そんなマリウスの反応を見て取ったルーカスはしつこく勧めるのは逆効果だと判断し、好みの女性について尋ねた。

「そう言えばマリウス殿はどんな女性が好みですかな?」

 年頃の男ならば一度くらいは友達とやりとりするであろう言葉。
 相手の年が親ほど離れている事を奇妙に感じつつ、マリウスは答えた。

「はぁ。確固とした芯を持っていて心が清らかで強い女性でしょうか」

 そしてチラリとロヴィーサを見る。
 マリウスなりのアプローチのつもりである。
 その事にアイナとレミカ以外は気づいたが、表面上態度には出さなかった。
 マリウスは空振りに終わったと勘違いし、やや悄然としながらお茶を飲み終え、マジックアイテムを開発する為の研究に戻った。

「ロヴィーサ様、何らかの反応を見せるべきでしたよ」

 マリウスが部屋から出た後エマがたしなめ、ルーカスとヤーダベルスが首肯した。
 ロヴィーサも反省はしているので、「そうだったわね」と相槌を打った。
 アイナとレミカは事態が飲み込めずきょとんとしている。
 そんな二人にエマは仕事を言いつけて部屋から追い払った。
 二人はエマとは違い、侍女とは言っても限りなく地位が低く、教えてよい情報も多くはない。
 魔演祭でマリウスと戦う事の愚を思い知った各国は手を変え品を変え、篭絡する手で来るだろう。
 フィラートとの友好化はまともな方で、マリウスに対して引き抜き工作などを用いてくる可能性は極めて高かった。
 現実にその手の類の公文書が何通も来ていてフィラートも国家としての対応を迫られている。
 裏でも工作員と思しき輩の存在はいくつも目撃されてはいたが、完全に把握しているとは言いがたい。
 先のホルディアとの戦いで諜報網の建て直しを強いられ、まだその途中だからである。
 幸いにもマリウス自身はフィラートを出るつもりはないようだし、ロヴィーサに気があるらしいので仲を進めてほしいところだ。
 ロヴィーサ本人が乗り気ならばなおさらである。
 マリウスとロヴィーサが結婚すれば、どの国も引き抜きを企もうとはしなくなるだろうから。

「ええ。理解はしています」

 ロヴィーサは力強く頷いたが、王女としての使命感が勝ちすぎているように見えて、エマらは若干の不安が残った。





 マリウスは部屋に戻ると用意してもらった各素材に魔法をこめてみる。
 この世界でのマジックアイテム開発は、原則として既存の魔法を素材にこめて作るものらしい。
 それだけだと説明出来ないものもあるので、別の製造法もあるのだろうが。
 フィラートはマジックアイテム開発が収入源の一つではあるものの、ルーカスら宮廷魔術師達が既存の製造法で作っているだけだ。
 ホルディアのイザベラのように開発の天才がいるわけでもなく、ランレオのように国家規模で製造出来るわけでもない。
 だからこそマリウスは己が突破口にでもなるつもりでいた。
 その分、給料も上がるからだ。
 と、そこでマリウスはまだ一度も給料を受け取っていない事に気づいた。
 ホルディア軍の奇襲などでとてもそんな状況ではなかったのだ。

(まあ今月が終わっても貰えなかったらでいいか)

 あっさり結論を出した。
 王宮で暮らしている限り、生活費は無料同然である。
 それなのに国内の建て直しなど、忙しい人々から給料の催促をするのは何だか浅ましい気がした。
 「武士は食わねど高楊枝」という言葉が元の国にはある。
 そこまで己が立派な人間だとは思わないが。
 マリウスが取り掛かったのは温泉採掘アイテムの作成であった。
 国内に点在した温泉は、過半数が既に枯渇したという。
 他の場所で枯渇したのに新しく掘り出せるのか、という疑問を持つには持ったものの、温泉好き民族出身としては出来れば掘り出したいとも思った。
 地面の穴を掘るだけの十二級魔法「ブロウ」の出番ではあるが、ヌンガロとは違って機械自体を組み立てる必要がある。
 「ブロウ」はあくまでも機械に組み込まねばならないのだ。
 幸い組み立てる人間は別にいるので、マリウスは魔力をこめれば誰でも使えるように魔法を付加させればよかった。
 厄介なのはマリウスの魔力が他人の魔力を弾いてしまう点にあった。
 これを克服しない限り誰でも使えるようにはならない。
 国有にして温泉掘りは国の事業でやればいいのかもしれないが……。

「ところで何の用だ?」

 マリウスは窓からこっそり忍び込んできた人間に背を向けたまま問いかけた。
 不意打ちで声をかけられた人間は一瞬硬直したが、すぐに応答した。

「私はベルガンダ帝国の者でして。お慕いするあなた様に是非お目にかかりたいと思い、恥を忍んで参りました」

 媚を大量に含んだ声にマリウスは少しも動じなかった。
 ベルンハルト三世らが懸念していた事が本当に来た、と思った程度である。

「とりあえず忍び込んでくる奴には否だ」 

 忍び込んできた割には礼儀正しそうだったので、振り向きつつ一応答えてやった。
 ベルガンダの皇帝は若い美女が声をかければ自分が靡くと思ったのか、とやや不愉快ではあった。
 マリウスの態度から旗色の悪さを察した女は、それでも淡々として本来の自身の立場について説明した。

「突然忍び込んだ無礼はお詫びいたします。しかし、こちらも命懸けですから」

「命懸け?」

 マリウスは思惑に乗せられる事に気づいてはいながらも、質問せずにはいられなかった。

「ええ。本来他国に仕官するかは自由ですが、あなた様ほどの地位と実力を備えた方は別です。フィラートの諜報部は黙っていないでしょうから」

 言われてみればもっともな事だった。
 マリウスのような人間の場合、一国の軍事力を増減させると言っても決して過言ではない。
 つまるところ目の前の女の任務は求愛を装った引き抜き工作だったというわけだ。
 フィラートに限らずどの国でも他国人との恋愛や結婚を禁じてはいない。
 しかし能力や地位のある者が他国に流出し、そこで地位を得るという展開は殺してでも防ぎたいというのが本音である。
 だから見つかり次第、目の前の女のような引き抜き工作をする者は殺される。

(まあ突然求愛されるよりはよほどありえるか……)

 求愛者が増える事も引き抜き工作が発生する事もフィラートでは当然予想ずみである。
 予想はしていてもマリウス本人の意思を尊重すると言った事で、フィラートとマリウスの力の差は明確になっている。
 ベルンハルト三世は隠そうという努力はしなかった。
 アシュトン一派はともかく、それ以外の者には「魔人退治」を素直に信じたので反発はほぼなかった。

「しかし王宮内までよく来れたな」

 本当にこの国の諜報部は何をしているのだ、とマリウスは呆れずにはいられなかった。
 再編中とは言え、見つけ次第殺す必要があるような相手を発見出来ないとは。

「自分で言うのも何ですが、今のフィラートの諜報網をかいくぐるのはそこまで難しくはありませんよ」

 ホルディア戦で受けた打撃が大きかったようですね、と続けた。
 マリウスは舌打ちしたい気分に駆られた。
 そんなマリウスの態度を察したのか、女は「月給百万ディールまで出すとの事です」と条件だけ提示してさっと姿を消した。
 マリウスは追わなかった。
 ただ、ベルガンダの人間が接触してきた事は報告しておこうと思った。
 まずは今の女のような存在が国内に入り込んでいる事を教え、警戒の強化を促すべきだろう。
 ついでに「月給百万ディール」がどの程度の条件なのか、一応聞いておこうとも思った。
 しかし事態はマリウスの予想よりも進展していたのである。


「ここがフィラートスか。どう見てもランレオより上ね。仲よく出来ないと国に未来はないわね」

 護衛と侍女を伴い王都フィラートスを興味深げに眺め、暗い内容を悲壮さとは対極的な口調で言い放った少女がいる。

「ひ、姫様……」

 その名はバーラと言い、ランレオ王国の王女という地位を持っていた。


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